第九十話 「ライブスタート! まずはライブを見よう」
ライブがスタートするまで、残り時間は少ない。時間は過ぎるにつれて、緊張が増していく。
僕はそわそわしながら、自分が弾くギターのフレーズを再確認する。
「あー、ダメだ! 緊張しすぎて集中できない!」
ピックをテーブルにたたきつけて、僕は頭をかかえる。
「まあまあ! いつも通りにやればいいじゃない。キョウちゃんは心配しすぎー」
「そうだぞ! 場所が違うだけで、そんな悩むことじゃないだろう?」
響子や金本は僕とは逆に、まったく緊張している様子はない。ベラベラとギャルゲーの話で盛り上がっていた。
「んなこと言ったってさあ……はあ、ちょっとトイレに行ってきます」
僕はそう金本たちに話すと、楽屋を出て廊下を歩く。一人歩く僕は、いろいろ考える。
「はあ、失敗したらどうしよう。もしウケなかったら、気分的に落ちちゃうよな」
考えるのは、不安なことばかり。
ライブハウスで演奏できるのは、素直に嬉しい。しかし、そういった不安が頭から離れない。
「よう! 岩崎君、どうしたんだ?」
声がしたほうを振り向くと、店長さんが自販機で缶コーヒーを飲んでいた。
「ライブはもうすぐ始まるぞ? なにしてるんだ?」
「いやあ、緊張と不安でトイレに……」
そんな僕を店長さんは、黙って見ていた。
ーーまずいな、なんか怒られそう。
ライブハウスの店長に、不安なことを口にしてしまった。自信があり、うまいバンドでなければ店側からしたらいい風に思われないだろう。
そう思って、ちらっと店長の顔を見る。すると、缶コーヒーをゴミ箱に捨てた店長は間を置いて口を開いた。
「緊張するのはいいことだ! 誰だって初めてのライブハウスだし、不安に思うさ」
怒るわけでもなく、ただ笑いながらそう話している。
てっきり、皮肉のようなことを言われると思った僕はおどろく顔をする。
「ただ純粋に楽しめばいいのさ、バンドが楽しくやんないとお客さんだって楽しめないだろ?」
そう言って店長さんは、僕の肩をたたいて去っていく。
「ただ……純粋に楽しめか」
ライブハウスの店長なだけあって、いろいろなバンドを見てきたんだろう。
ヘタクソでも楽しく演奏すれば、きっと見た人もなにかを感じとってくれる。
僕はそう言われたような気がした。
「当たり前じゃないか、楽しく演奏してやるさ」
店長さんから言われたことで、僕の不安は少しだけ消えていく。
逆にその言葉を頭に入れた僕は、やる気が湧いていった。
トイレから戻り楽屋に入ると、なにか騒がしい。
「なにかあったんですか?」
そう尋ねると、僕に気がついた和田が答えた。
「ああ、さっきカフェのほうに行ってきたんだけど、人がぞろぞろ集まっていたんだよ」
それがどうしたのと思いながら、和田は話を続ける。
「スタッフさんに聞いたんだけど、どうやら今日のライブを見に来たらしいんだ」
「なんか……いよいよ始まるって感じですね」
リハーサルが終わり、お客さんも集まってくる。本場のライブというものが始まるんだと実感してくる。
「そうだね、いよいよだね」
部屋の時計を見ると、ライブがスタートするまで残り数十分。
一番手のバンドは、そろそろ準備をしている頃だろう。
「楽屋にずっといても仕方ないし、最初のバンドのライブを見に行こうか」
「そうですね、どんな曲を弾くのか気になってましたし」
「あっ! あたしも行きたーい」
話を聞いていた響子も、ライブを観に行くことになった。
「金本先輩たちもどうです? 行きませんか?」
「いや、僕らは残らせてもらおう!」
他人のライブを見る機会はそうないのに、金本は楽屋で待っていると答えた。
せっかくのライブハウスで見るライブなのにもったいない。そう思いながらも、金本は誘いを断った。
テーブルには金本が持ってきたであろう一台のパソコンが置いてある。
「まさかと思いませんが、ギャルゲーをやるから行かないとかじゃないですよね?」
金本の視線が僕の目から離れる。どうやら図星のようだ。
ライブハウスの楽屋でギャルゲーをやってるバンドマンが今までいただろうか。
金本はバンドマンではなく、ギャルゲーの伝道師。場所は関係ないのだ。
はあっと、ため息をついた僕はガクリをうなだれる。
「僕らだけで行きましょうか」
和田と響子にそう話して、僕らはライブステージに移動する。
楽屋からカフェに行き、そのまま地下にある階段を下りる。受付のスタッフさんに事情を説明して、中に入った。
「おお……すげえ」
扉を開けた先には、すでに観客が何十人も入っていた。学生ぽい人やら大人まで、いろいろな人がいる。
「有名でもないのに、よくこんなに人が集まったなあ」
いくら店長の娘が出るライブだからといって、ここまで集まるとは思っていなかった。
「あれ? キョウちゃん知らないの?」
フロアを見回す僕に、響子は意外そうな顔で話す。
「知らないって、なにが?」
「竹谷場学園の軽音学部って、結構有名らしいよ?」
響子が言うには、鏡香たちのバンドはライブハウスのイベントに出るほど実力派のバンド。
チケットを売るもんなら、ソールドアウト。固定のファンもいるほどらしい。
「マジかよ……そんなにすごいのか」
たしかに、鏡香たちの演奏は僕よりも上だ。それでも、高校生の部活バンドくらいしか思っていなかった。
ーーまさか、そこまで有名だったとは。
ということは、今日のライブに来た客のほとんどが鏡香たち目当てということだろう。
「けど、僕たちにとってはチャンスでもあるね」
フロアにいる人たちを見ながら、和田は眼鏡をくいっと上げる。
「ここにいる人は、ギャルゲーソングとかを聴いたことがないだろう?」
「まあ、見た感じ普通のロックバンドとか好きそうではありますけど」
「たしかにー! すごいこだわりがありそうな感じー」
和田が言うように、おそらく聴いた人はいないし響子の言葉にもうなずける。
簡単に言えば、僕らのやるギャルゲーソングがウケるかはわからない。
「だからその認識を変えてやるのさ、ギャルゲーソングだって負けてないってね」
和田の話し方はいつもと違い、どこか強い意志を感じる。
それはギャルゲーソングというものが、いかに知られていないかがわかるからだ。
「そうですね! ここにいる客を全員、僕らのファンにさせちゃうくらいに」
そんなことができるかと言われたら、正直わからない。しかし、できないということもない。
やってやるんだという気持ちが、ふつふつと湧いてくる。
「あっ、ライブが始まるみたい」
ステージからは、一組目のリトルウイッチカルテットが現れる。初めてのライブなのか、ものすごい緊張した様子だ。
観客はというと、歓声が上がることもなく静かにバンドを見ている。
「え……えっと。リトルウイッチカルテットです、 よろしくお願いします」
弱々しい声が、マイクを通してフロアに聞こえる。
「なんか……大丈夫か心配になってきた」
知り合いというわけでもなく、今日初めて会ったバンド。
それでもなぜか応援してあげたい気持ちになった僕は、声を上げる。
「頑張れー! リラックス、リラックス!」
大声でさけぶと、マイクの前になっているメンバーが僕に気がつく。
僕の顔を見ると、小さくうなずき他のメンバーに合図を送った。
リトルウイッチカルテットのライブが始まる。




