第八十九話 「なにを言おうとがリハーサル!」
まだお客が入らないライブフロア。
リハーサルのため、僕たちはステージに立っていた。一番手であるリトルウィッチカルテットはすでに終わっており、次である僕らの番だ。
「ステージに立ったはいいけど、具体的になにをやるんだ?」
「スマホで調べたけど、よくわからないんだよね」
本格的なライブでのリハーサルは初めてである僕らは、お互いに首をひねる。
「立ち位置はあらかじめ決めてあるからいいけど、後は音くらいですかね?」
リハーサルはただ練習してきたことの最終的な音合わせでなく、聴く人が聴きやすいように調整する。というようなことを、雑誌で読んだことがあった。
「とりあえず、スタッフさんの言う通りに聞いとけば大丈夫ですよ」
ギターを肩にかけながら、僕は金本たちにそう話した。
足元にある、ジャスティンさんからもらったエフェクターを軽くいじりながら、スタッフさんの指示を待つ。
すると、スタッフさんの声がどこかのスピーカーから聞こえてくる。
「それじゃあ、さっそくリハーサルのほうを始めますねー。最初にドラムからお願いしまーす」
「ぼっ、僕からか……」
ドラムから始まると思っていなかったのか、岡山は戸惑っている顔をしている。
それでもスタッフさんの指示を受けながら、岡山はドラムをたたく。一つ一つの音を確認しながら、ドラムの音を出していった。
「さっぱりなにをやってるかわからんな、いつも通りにたたいているだけじゃないか」
岡山がドラムの音を出す様子を、横で見ている僕たち。金本はそれを見ながら、退屈そうに話す。
「はい、オッケーです。次はベースですねー」
そんなに長い時間はかからず、すぐに別のパートに変わる。
岡山から荒木に変わり、ベースを持った荒木はステージに上がった。
ーーボーン! ボボーン。
重低音がステージに鳴り、荒木はベースを軽く弾く。
「すみません、少しボリュームを大きくできませんか?」
ベースの音量が気に入らなかったのか、荒木はスタッフさんにそう伝えている。
「おお……荒木、なんかプロのようなことを言ってるぞ」
「いやいや、あれくらい誰でも言えるでしょうよ」
いろいろなパターンのベースラインを弾いて、その音を確認する。アニメやギャルゲーが大好きではなかったら、そこらへんにいるベーシストだと思ってしまう。
荒木のベースも終わり、金本と和田のギターに移る。
「どーして、僕らは二人なんですかー?」
岡山たちのように一人でやるものだと思っていたのか、金本は不満そうに尋ねた。
「すみませーん、予定より時間がかかりそうなんでー」
謝ってはいるが、スタッフさんは事務的な言葉で金本に返した。
「くそう……僕だって、一人でかっこよくやりたかったのに」
「まあ仕方がないさ、さっさと済ませよう」
金本をなだめる和田は、ギターのボリュームを上げて音を出す。
ーージャカジャカ、ジャーン。
適当にコードを弾く和田は、エフェクターをいじりながら音を確認している。
一方、金本は和田とは反対に思うがままにギターをかき鳴らす。
「あの人……いい音にしようって思わないんですかね」
「ジャスティンさんに言われた通りの設定でやってるからな、それが正しいと思っているんだろう」
他力本願かよと思いながら、僕らは金本たちが終わるのを待っている。
「けど……なにもいじってないのに、いい音を鳴らしますね」
エフェクターを使えば、それなりに弾く音をごまかすことはできたりする。しかし金本や和田は、ギターのテクニックが元々うまい。
うまく弾ける人がエフェクターを使ったら、さらに音がよく聞こえる。
スタッフさんもおどろいたような顔をしながら、金本たちのリハーサルを見ていた。
「そろそろ、岩崎君たちの番だね」
二人が弾くギターの調整が終わると、荒木が僕と響子にそう話す。残るは僕のギターとコーラス、 響子のボーカルパートだけになった。
響子はジャスティンさんから渡されたマイクを手に持ち、スタンバイしている。
「さあキョウちゃん! パパッと終わらせちゃおー!」
「あ、ああ……それにしても、おまえは緊張してないんだな」
「え? あー、パパとよくギャルゲーソングのレコーディング風景を見てたから慣れてるんだよね」
そう言うと、響子は軽くストレッチをしながらステージに向かっていく。
「岩崎君! 頑張りたまえ。君の音を最大限に引き出してくるんだ」
ステージから降りた金本は、僕の肩をポンポンとたたきながら自慢げにアドバイスをしてくる。
やってしまったら、そこまで大したことではない。そんな余裕を見せる金本の表情。
ーーできるなら、こいつの顔をグーパンしてやりたい。
そんな気持ちになって、僕もステージに上がる。
「それじゃー、お願いしまーす」
スタッフさんの声を合図に、僕と響子はマイクスタンドに近づく。
響子はマイクを取り替えると、軽く手でたたく。
ーーボッ! ボッ!
マイクに触れた時の音が、スピーカーから聞こえてくる。ノイズのような異音に、僕は思わず耳に指を入れる。
「おい、遊ぶなよ。時間がないんだから」
「わかってるわかってるー! あーあー、マイテスー!」
響子はマイクに口を近づけ、音の大きさを確認している。
「よし……僕もやるか」
すーはーと深呼吸して、ギターとマイクに集中する。初めに、軽くギターをはじいてみた。その瞬間、ギターアンプから爆音が鳴り響く。
今まで味わったことがない、音の大きさに僕の心臓はバクバクだ。
「ギターの音量はどうです?」
「え? ああ、ちょっと大きい気がするような」
正直に言うと、どういう音の大きさが正しいのかよくわかっていない。
なるべく響子と歌う時に、ギターの音が大きくなりすぎないように注意を払う。
ーーそれにしても、今までと音が違うな。
エフェクターが新しくなったおかげか、ギターから出る音がガラリと変わる。より激しく、一つ一つの音がはっきり聴こえるようだ。
「それじゃあ、マイクに声をくださいー」
スタッフさんからそう言われ、僕も響子と同じようにマイクに向かって声を出す。
「あーあー、マイテスマイテス。ワンツー、ワンツー」
学校の放送部がやっていたように、見よう見まねでやってみた。
ステージの前にあるスピーカーから僕の声が大きく聴こえる。
「どうですかー? マイクの音量は」
僕のマイクの音量は特に問題はない。さすがプロのスタッフさん、きちんと調整されている。
しかしそれは、コーラスをする人のマイクの設定だろう。僕らのバンドはリードボーカルではなく、コーラスの僕が中心だ。
「あのー、できれば響子のボーカルのマイク設定と替えてもらえませんか?」
僕がそう伝えると、スタッフさんは困惑した顔をしながら再度確認する。
「え……いいんですか? そうすると、メインボーカルの声が目立ちませんけど」
「オーケーでーす! キョウちゃんと替えっこしてくださいー」
代わりに答えた響子の言葉を聞くと、言われた通りに作業をするスタッフさん。
「じゃあ最後に全体で音を確認しますから、お願いしまーす」
僕と響子の調整が終わると、最後にみんなで弾いてみるらしい。
金本たちがステージに上がり、本番と同じ立ち位置に移動する。
「全員が集合したけど、なに弾けばいいんだろう?」
「とりあえず、演奏する曲を弾けばいいんじゃないか?」
和田がそうみんなに話すと、最初に演奏する曲で決めた。
「よーし! やるぞー!」
金本のかけ声で、僕らは曲を弾き出す。
「はーい、オーケーです。なにか返す音はありますかー?」
先ほどからもそうだが、よくわからない単語が飛び交う。
ーーえ、なに? 返す音って。
初めてのリハーサルで僕らはよくわからない。僕らがあたふたしていると、金本がさけぶ。
「よくわからないんで、いい感じにしてやってくださいー!」
金本がスタッフさんにそう話して、気がつけばリハーサルが終わる。
「なんか、すでに疲れたな」
本番はまだだが、すでに疲労している顔をする荒木。
ステージから離れ楽屋に向かう途中、金本がスタッフさんに話しかける。
「あの、このDVDってライブ中に流せますか?」
「まあ、できなくはないですが」
なにを話しているかわからないが、そんな金本を呼ぶ。
「なにやってるんですか? 早く戻りましょう」
僕がそう声をかけると、ぺこぺことスタッフさんに頭を下げて金本が戻ってくる。
「スタッフさんとなに話してたんですか?」
僕の言葉を聞いた金本は、にやりと笑って答える。
「それは……秘密だよ」
結局、なにをやっていたかは教えてくれなかった。
ーーまた、ろくでもないことをするんじゃないか。僕はそう思いながら、楽屋に戻っていく。
僕らのリハーサルは終わり、ライブの本番まであと少しだ。




