第八十八話 「始まるライブ、 その前にリハーサルだ!」
ライブハウスに入ると、すでに鏡香たちが店の中にいた。
「あっ。アンタたちも来たんだね」
僕らに気がついた鏡香は、僕にそう声をかけてきた。
「おうよ! 今日は負けないぜ、僕らが一番に盛り上げてやる」
「ふーん、まああたしらも負けないけどね」
バチバチと対抗心を燃やす、僕と鏡香。戦いってやつは、ここから始まっていると僕は思った。
「岩崎君は、なんかいろいろ燃えているねえ」
「帰ってこい岩崎! 君は、三次元より二次元だろ? 義妹が好きなんだから」
横で和田と金本が、そう話している。
「それは今、この場で言うことじゃないでしょ!」
僕はすかさず、金本たちに言い返した。ギャルゲーソングを歌うことは知られているが、僕の趣味趣向は言う必要はない。
「ぷぷぷっ……そんな怖い顔をして言わなくていいだろうに」
「くっ……というか、ライブをするんですよ! 少しは緊張してくださいよ」
普段と変わらず、金本は冗談を言えるほどだった。こういうライブをやる日は、誰よりも落ち着きがないのに。
「はっはっは! 今まで、どれだけライブをやってきたと思っているんだ? 今さら緊張など」
「いや……こいつ、来る時に何回もトイレに行ってたぞ」
高笑いしている金本に、荒木は真実を告げる。
「そういえば、僕たちの他にもバンドが一組いるんだろ?」
金本は目をそらして、話をごまかすように鏡香に尋ねる。
「あー、そうだったね! 紹介をするのが忘れてた」
そう言うと、鏡香は店の隅っこの方に座っている人たちを呼ぶ。
「ど……どうも」
四人組の男女が、挙動不審な様子で僕らにあいさつをしてきた。
「こちらが今日あたしたちと一緒に出てくれる……えっと、バンド名はなんだっけ?」
「リトルウィッチカルテット……です」
小さな声で、気弱そうに話す女の子。その後ろで、同じようにモジモジしている男が二人。
ーーおいおい、大丈夫か? ライブをやるようなキャラじゃないぞ。
その見た目、性格から人前で演奏をしてきたという感じがない。この人たちをどこで誘ったんだと不思議に思う。
そういう僕たちだって、ライブをやるような見た目をしていないけどさ。
「なんか……どこかで聞いたことがあるようなバンド名ですな!」
「え? はあ……そうですか」
初対面とはいえ、なんともいえない雰囲気。金本が話しかけて、そこで会話が終わってしまった。
「まあ、四人はインストバンドでクラシックギターを使ってた曲が多いのよ」
鏡香は付け加えるように、四人のバンドについて話していく。
ーーへえ、クラシックギターか。
自分が使っているエレキギターとは違うギターを使うバンド。どういったものか、少し興味がある。
これもギターをやっている人あるあるなのか、気になってしまう。
「おー、全員が集まったな」
話の途中で、ライブハウスの店長こと、野中さんのお父さんが全員に向かって話し始めた。
「これから楽屋に移動して、その後でそれぞれのリハーサルをやるから」
店長さんの話を聞きながら、僕は前にもらった予定表を取り出す。
「えっと、リハーサルは楽器のセッティング。パート別に音を出して、最後に全体の音出しって書いてありますね」
「なんかちょっと面倒だな、本格的なのは初めてだけど」
ライブハウスに出演をしたことがない僕らにとって、すべてが初めてやることだ。
「そこまで難しく考える必要はない、自分たちの伝えたい音が出せていればいいだけだ」
鏡香たちのバンドのボーカル、大山が僕にそう言って話す。
「前に俺が言ったけど、 おまえたちはそれができているか?」
「ああ、前のような僕たちじゃないぞ? それを今日は見せてやる」
僕の言葉を聞いた大山は、ふっと笑うとそれ以上はなにも言わなかった。
「いやいや……岩崎君。そんな展開より、リハーサルの詳しいやり方を聞いてきなさいよ」
僕と大山の話を聞いていた金本は、ジト目で僕に話してくる。
無駄話をしすぎたせいで、店長が最後になにを言ったのか聞き取れなかった。話が終わると、それぞれが楽屋に向かっていく。
「よし、僕らもその楽屋ってやつに行こうか」
「早く行こうー! あたし、楽屋見たい見たい!」
響子は一人走りだしながら、先に向かっていった。僕らも荷物を持って、響子の後を追う。
ーーガチャ。
「おお、なんか芸能人になった気分だな」
楽屋の中に入ると、きれいな部屋の様子に僕はおどろく。もっと小汚くて粗末なものだと思っていたが、花瓶なんかが飾られていてオシャレな部屋だ。
「水も置いてあるよ! 飲んでいいのかな?」
初めて入る楽屋で、金本たちは浮かれている。まるで、修学旅行の旅館に来たような感じだ。
「金本先輩……備品とか壊さないでくださいよ」
ギターケースを床に置いて、僕は椅子に座る。
座ってみたはいいが、どうにも落ち着かない。数時間後にライブが始まると考えてしまうと、ソワソワしてしまう。
気を紛らわすために、僕は予定表をもう一度見る。
僕らの出番は二番目。順番でいけば、リトルウイッチカルテットさんの次。
今日のイベントを主催した鏡香たちがトリなのはわかる。
「二番目って、微妙に嫌な順番だな」
最初のバンドがもしウケて盛り上がった場合、その雰囲気の中でやらなくなればならない。
もし曲がウケなければ、見に来た人がしらけてしまう。トリである鏡香たちに、変な形で交代する形になる。
「けど、もし曲がウケたら次のバンドに相当なプレッシャーを与えるよねー」
僕の心を読んだみたいに、向かいに座った響子がそう口にする。
「ああ、そうなんだよ。だから僕らにもプレッシャーがかかるだろ」
あれこれ考えたら、余計に緊張してきた。
「ははは! キョウちゃん、変なことで考えすぎだって。大丈夫大丈夫!」
響子はそんな僕に笑いながら話す。僕と違って、響子は緊張している様子はない。
僕はちらっと金本たちを見る。
「見ろ荒木! 冷蔵庫もあるぞ? 中には……なんにもなーい!」
ゲラゲラと笑う金本たちを見た僕は、ため息をつく。
ーー頼むから、いい意味で緊張してくれよう。
本当にライブをやりにきたのかと、疑うレベルの騒ぎ。
「どいつもこいつも! ったく、リハーサルはまだかよ!」
時間を見るが、まだ数十分しかたっていない。僕らの番は、まだ来ないようだ。やることがない僕は、ギターを取り出して軽く弦をはじく。
「リハーサルの呼び出しがあるまで、 ギターで遊んでようか」
和田もギターを取り出し、僕が弾くギターの音に合わせて弾く。
「アドリブで適当にコードを弾きなよ。それに合わせて、曲のメロディを弾くから」
そう言うと、和田はギターでいろいろな曲のメロディを奏でる。
これをセッションと呼んでいいかわからないが、普段やらない演奏に僕は楽しくなる。
しばらく和田とギターを弾いていると、ドアがコンコンとたたかれた。
「えっと、アゴさん? そろそろリハーサルが始まるんで、準備をしてくださいー」
ライブハウスのスタッフさんがそう言って出て行く。
「……よし! いっ、行くか!」
金本は言葉を詰まらせながら、全員に声をかける。
僕はすうっと、深呼吸をする。気持ちを落ち着かせ、ギターを持つ。
「行きましょうか」
そう言って僕は、ドアノブを回す。
初ライブハウスでのリハーサルが、どういうものかはわからない。けれど、リハーサルだろうと手は抜かない。
ーーすべてはライブのためなのだから。
それよりスタッフさん。僕らのバンド名は、アゴじゃなくてアゴッドです。




