第八十三話 「このライブは、僕のなにかを変える」
カフェで食事をした僕らは、再びステージがある場合へ向かった。
「はい、ドリンクのチケットをどうぞ」
受付でお金を払い、小さな紙切れをもらう。入場料を払うと、ワンドリンクが飲めるというサービスがあるらしい。
ライブハウスで見るのが初めてだった僕は、とまどいながら受け取る。
薄暗い空間の中に、わずかながらの明かりがついていた。ドアを開け、中の雰囲気に僕は息を飲む。
「しかし、まさかこんなところで見られるとはな」
横にいた荒木は、少し落ち着かない様子でそう話す。響子は先ほどからずっとしゃべらずに、ただステージを見つめていた。
ーーいったい、どうしたんだ?
普段と違う彼女の様子に、僕はそう思う。
辺りを見回すと、少ないながらも見に来た人がいる。
ファンなのか、たまたま見に来たのか。それはわからないが、少しすつ人が集まってきている。
しばらくすると、観客席から声が聞こえてくる。
「久しぶりにライブをやるみたいだよ? ネットで調べなきゃ、わからなかったよ」
「最近はライブとかやってないならな、辞めたかと思った」
などと話している内容に、僕は聞き耳を立てる。
ーーへえ、そんなにライブをしていないのか。
そんなことを考えていると、ステージに人がやって来る。
男性が二人、そして女性が一人。
「スリーピースか」
三人組で構成されるバンドの編成で、よく見るパターンの一つだ。
僕はドラム、ベース、ギターボーカルだなと、楽器を見て判断する。演奏する準備をしながら、女性はマイクの前に立ち始めた。
「どうもー! KORUKAです。よろしくお願いしまーす!」
どういう運命なのかは、わからない。しかし、僕らが衝撃を受けたギャルゲーソング。
その曲を歌う、人が目の前にいる。
野中さんからアーティストの名前を聞いた時、僕はおどろいた。
CDでしか聴いたことしかなく、情報がなにもなかったアーティスト。
「……偶然って、あるんだなあ」
さすがの荒木も、おどろきを隠せないようだった。
「ですよね……」
観客に軽く手を振り、演奏の準備をしている。
どんな曲をやるのか、もしかしたらギャルゲーの曲もやるかもしれない。
ライブが始まるのを、僕は今かと待っていた。会場が暗くなり、ライトがステージを照らし出す。
「では、一曲目から……」
そう話す声はがらりと変わり、先ほどの元気な声ではなかった。その様子を見て、空気が変わったように僕は思った。
ーードッ、ドッ! ドドドン!
ドラムの演奏が始まり、三人は息を合わせるように弾きだす。
「すごい……」
演奏のレベルは、どのパートも高い。僕でも弾けそうなフレーズに聴こえても、別の音に聴こえる。
「前にCDで聴いた曲ではないね」
鳴り響く爆音の中、荒木が僕に耳打ちをしてきた。
「新曲とかですかね?」
そう荒木に耳打ちして答えた僕は、ステージを見る。マイクスタンドの前にいるKORUKAがそっとマイクに口を近づける。
そして、彼女は歌い出す。
突き抜ける声量、感情が込められた歌声。楽器の音に合わされたその歌は、僕のなにかを突き動かした。
ーー高揚感。感動。興奮。
そんなものが、ふつふつと込み上がっていく。
ライブハウスで演奏する人たちは、どうしてみんな輝いているのだろう。自分たちの音楽を聴かせたい。ただそれだけなのに。
「すっ、すげー!」
気がつけば、僕の体は自然と曲に合わせて動いていた。
「いっ、岩崎君……」
おどろく荒木に目もくれず、僕は曲に夢中になっている。
一曲、二曲と演奏が終わり、次がラストのようだった。KORUKAは観客に向かって、また話し始めた。
「えー、次の曲がラストです! この曲はとあるゲームで歌ったものでして」
ーーもしかして。
僕がそう思ったのと同時に、曲がスタートする。ギターアンプから流れる、聞き覚えのある始まり。
その曲が、僕たちに衝撃を与えた曲に間違いはなかった。アレンジしているのだろうか、CDとは雰囲気が違う曲調に聴こえる。
余計な音がない、シンプルな音色。しかし、彼女が歌うメロディはあの曲だった。
これがギャルゲーの主題歌だと、初めて聴いた人にはわからないだろう。
周りを見ると、知らないうちに人が集まってきている。上のカフェにいたお客さんが、見にきたのかもしれない。
僕や見にきたお客さんも、彼女の歌声に惹きつけられていた。
ーー湧き上がる歓声、ステージに漂う熱気。
バンドを見る側から、僕は初めて感じることができた。
短い時間のライブだったはずなのに、とても長く感じる。
すべての演奏が終わり、KORUKAたちはステージを去っていこうとする。
興奮が冷めやらぬ中、彼女たちのほうへ走り出した。どうして走り出したのか、自分でもわからない。
それでも、僕は伝えたかったのだ。
「KORUKAさん! 僕、岩崎って言います!」
僕の声に気がつき、彼女はこちらへ振り向いた。
「今日のライブ、感動しました! 今度、僕もKORUKAさんの曲を演奏するんです」
彼女たちのような、ライブをやりたい。
ギャルゲーの曲でも、ここまで人を魅入ることができるはず。そう思った僕は、拳を前に突き出す。
「KORUKAさんたちより、すごいライブをしてやりますよ!」
彼女は僕の言葉を聞いて、少しおどろいた顔をしている。けれど、すぐに笑みを浮かべた。
「そう、期待しているね」
ただ一言、そう言って去っていく。
ーー僕らのライブも、今日みたいな盛り上がりにしてみせる。
そう決意した日になった。
作者の一言。
ライブハウスで演奏するのを見ると、妙にテンションが上がります。
あの感じが私は好きです。




