第八十二話 「ライブハウスに来たなら、ライブを見よう!」
目の前に広がる、ライブハウスの光景。それは、僕がイメージしていた通りだった。
広いフロア、さまざまな色の照明。そして、バンドが演奏するステージ。
実際に目にした僕は、感動で言葉が出ずにいた。
「うちは、一つしかステージがないの。けど、敷居は高いほうね」
ーー収容人数は、約三百人。
有名なライブハウスは、その倍くらいあると聞いたことがある。しかし僕にとっては、多いほうだと感じるくらいだ。
「わたしたちがやる日は、そこそこ人が入る予定だから覚悟しておいてね」
そう野中さんが言うと、僕らに中を案内していく。
「へえ、ライブハウスってこんな感じなんだね」
荒木はあちこちを見ながら、僕に話しかけてくる。響子はスマートフォンを手に持って、写真を撮っていた。
「だいぶ前にやったギャルゲーの背景、こういうのだったなー」
「え? ギャルゲーにライブハウスとか、出てたの?」
興味がそそる内容に、僕は食いつく。学園の恋愛ゲームしかしていない僕は、そんなものがあるとは知らなかった。
「かなり昔のゲームだよ、けど作品に出てくるバンドのCDとかあったな」
ーーへえ、ゲームのキャラが歌うバンドか。
僕の知らないところで、そういうのもあるんだなと荒木たちの話を聞いて思った。
「そこそこ、しゃべってないで行くよ」
話に夢中で立ち止まっていると、奥で野中さんが僕らを呼ぶ。
「そうだった、今はライブハウスの下見だった」
あわてて、僕は野中さんのほうへ向かう。それからも、ステージの設備や楽屋を見せてもらった。
「まあ、こんな感じかな?」
見終わって、野中さんがそう話す。
「いやあ、感動したな! 初めて内部まで見たよ」
「そうだね、ステージに立ってみたら変に興奮してきた」
この場所でライブができる。僕はそう思ったら、自然とワクワクしてくる。
「あはは! みんな最初はそう言うけど、本番になったらどうなるかしらね」
話を聞いていた野中さんは、笑いながらそんなことを口にする。
ーーん? どういう意味だ?
言葉の意味がわからない僕は、首をかしげた。
「さあ、見学も終わったし! 上でなんか食べていって」
野中さんは最後まで、本番でやるとどうなるかは教えてくれなかった。特に気にする必要もないと考えて、ステージを後にする。
「やあ、どうだった?」
カウンターに戻ってくると、店のマスターがそう尋ねてくる。
「いやあ、かなりかっこいいなと!」
僕は見て思ったことを、そのままマスターに伝えた。すると、マスターの顔が笑顔になる。
「そうかいそうかい! やっぱりバンドはライブハウスでやるのが一番さ」
うまくなければ、こういう場所でできない。そんな考えを持っているバンドが多く、ハードルが高く感じる。
「うまくなってからやるからでは遅いんだよ、やろうと思ったらやればいい」
このライブハウスは、そういう場所にしたいと熱く語りだした。
「たしかに……けど、やる曲がなあ」
ライブハウスでやるバンドのイメージは、どれもかっこいい曲ばかり。
ジャンルが、一般の人が受け入れやすい感じがした。しかし、僕らがやるのはアニソンやギャルゲーソング。
その差に、僕は不安を感じつつあった。
「ジャンルとか、なにの曲をやるとかは関係ないよ。その曲をお客さんに届けられるかが重要さ」
僕の不安をかき消すように、マスターは話す。
「受け入れられないなら、無理やり受け入れさせろ! って話だ」
「なるほど、それもそうですね!」
最初は入りづらかったライブハウスも、店の人と話すだけで違ってくる。
マスターと話した僕は、いつのまにか居心地がいいと思った。
「話しかけてばかりいないで、仕事しなさいよね」
野中さんはトレーを持ちながら、こちらをにらんでいた。
「おっと! つい長く話してしまったな、岩崎君だっけ? まあ、 ゆっくりしていきなよ」
そう言うと、マスターはカウンターへ戻っていった。
「せっかくカフェもやってるんだから、なにか食べていきなよ」
メニューを手渡された僕は、その中身を見る。
「なに食べよっかなー、サンドイッチも捨てがたいなー」
「フランクフルトか、なんか小腹がすいてきたな」
荒木たちは先にメニューを見ながら、選んでいる。
「まあ、なにか頼むのもアリか」
ライブハウスだけを見に行く予定だったが、気がつけばかなり時間が過ぎていた。
荒木が言うように、おなかがすいた僕もなにか頼むことにした。
「じゃあ、パンケーキとコーラ」
そう注文すると、野中さんはカウンターへ向かう。
「けど、ライブハウスに来てよかったねー。いろいろ勉強になったよ」
「そうだね、思ってたのとはちょっと違ったけどな」
料理を待っている間、僕らはしゃべっていた。椅子に座り、テーブルにある水を僕は飲んでいる。
「金ちゃんたちも来ればよかったのにー」
「あの人たちは、それどころじゃないんだろうさ」
「同人誌を買いに行くのも、ステータスだからな……あいつは」
しばらく話していたら、野中さんが料理を持ってくる。
「お待たせしましたー!」
テーブルに料理が置かれ、僕らは驚く。
「おお! すごいおいしそうだな」
カフェのメニューはたかが知れていると思っていたが、本格的だった。
「料理もこだわっているからね! 味は他に負けてないわよ」
「ほうほう、どれどれ」
目の前に出されたパンケーキを、口に含む。パンケーキのやわらかさに、ハチミツの甘さが口に広がっていく。
「うっ……うまい!」
あまりのうまさに、僕はそう口にする。一口ずつ食べるつもりが、気がつくとムシャムシャと口にほうばっていた。
「キョウちゃん……もっと上品に食べなよー」
「まるで野良犬のようだな……」
横で静かに食べている、二人の視線が痛い。
「そういえば、ワンマンでやる人いるけど見ていく?」
野中さんはいきなり、僕らに声をかけてくる。
「え? イベントとかって、夜からじゃないの?」
時計を見ると、夜になるまで時間がある。こんな時間から、ライブをやる人がいるとは思わなかった。
「なんか予定があって、この時間しかできないんだって」
急な時間変更でお客さんが集まらず、カフェのお客さんに声をかけていたらしい。
「女の人が一人らしいから、なんかかわいそうでしょう? 食べたついでにどう?」
僕らはお互いに顔を見合わせる。
「どうします? 僕はこの後、予定がないから構わないけど」
「うーん、どうしようか。目的はライブハウスを見に来るだけだったし」
見るか迷っている僕と荒木に、響子は答える。
「いいんじゃないー! ライブを見る側からも、なにかつかめるかもだし」
そう言われてしまうと、それもアリかと考えた僕らはうなずく。
「ちなみに、誰がライブをやるんだ?」
僕が聞いた後、野中さんから言われたアーティストの名前に全員がおどろく。
ーーこれは、ライブを見なければならない。
僕たちは、そう考えた。




