第七十九話 「食う、語る、騒ぐ! それが打ち上げ」
打ち上げが始まり、僕はとりあえずラーメンを注文した。
器から出る、香ばしいしょう油。チャーシューとネギが色を添える。
「やっぱり、ラーメンはチャーシュー麺だよな」
ライブをやった後は、異様にお腹が空く。激しい運動をしているわけではないが、なぜか空腹になる。
僕は、ラーメンの香りにテンションが上がった。
「それにしても……」
テーブルを見ると、大量の食べ物が並んでいる。
ーーたこ焼き、うどん、焼きそば。
それに、なぜかスルメイカが皿に盛ってあった。
「先生たち、間違いなくお酒を飲むつもりでしょう!」
僕たちの他に、山本先生やジャスティンさん。そして、普通に座っている店長さん。大人が三人もいて、お互いに酒を交わし合っている。
「まあまあ、気にするな! これもなにかの縁だ」
グラスに注がれたお酒を持つ、店長さんがそう話す。
「いやいや、仕事中でしょう? ダメでしょ」
「固いこと言うな、少年! タイムカードなら、押してきた」
そういう問題ではないと思う僕をよそに、先生たちは勝手に始め出した。
「ありゃあ、ヘタしたらクビになるぞ」
トレーを持つ荒木は、その様子を見ながらあきれている。
「ひっく、勤務時間外だ! クビが怖くて教職員をやってられるか」
酔っ払い始めた山本先生は、荒木の言葉にそう返す。
そうだそうだと、ジャスティンさんたちも同調して盛り上がっていた。
「あんな人たちなんかほっておいて、あたしたちも始めましょ」
響子はコップを手に持ち、僕らに話す。
「ああ……そうだな」
「それじゃあ、今日のライブを祝して! かんぱーい」
乾杯の音頭をとり、僕らは互いにコップをコツンと当てた。もちろん中身はジュース。僕は一気に飲みほす。
「ぷはー! うまい」
空になったコップを置き、注文したラーメンにかぶりつく。
金本たちも口がいっぱいになるほど、勢いよく食べている。
ーー腹、減ってたんだなあ。
その様子を見ながら、僕はラーメンをすする。
「六人でやった初めてのライブだったけど、けっこう楽しいよね」
「そうだな、悪くはなかった」
食べながら響子が話しかけてくると、僕はそう答えた。
全員が息を合わせた演奏。前よりも技術は上がってきている。僕のギターも、少なからず成長していると思った。
コーラスはまだ完璧とはいないが、手ごたえは感じる。
「まだまだ、練習が必要だな」
僕は食べながら、そう思ったことを口にした。そんな僕に、響子は背中をたたいてくる。
「まあまあ、うまくいったからいいじゃないの!」
陽気に笑いながら、響子はもぐもぐと食べている。
「いやあ、やっぱりそこの選択肢は間違ってるだろ? バッドエンディングのルートじゃないか?」
「けどよ、CGをコンプするなら仕方ないだろ」
前の僕を見るや、金本と荒木がなにか話している。
「メインヒロインを先に攻略しなきゃ、意味がない!」
話の内容から、ギャルゲーの話をしているようだった。
「こんな時でも、ギャルゲーかよ」
金本たちは演奏について反省している様子ではなく、ゲームについてばかり話している。
たしかに、演奏は間違っていたところはない。文句なしに、完璧だった。
けれどどうせなら、ギターとかの話もしたいと思う僕である。
「ほっ、ほうしたの? ひわさきふん」
口に食べ物でいっぱいにしている岡山が、僕に尋ねてくる。
「岡山先輩……食べながら話さないでくださいよ」
なにを言ってるかわからない岡山に、そう返事をした。ごっくんと、飲み込んで岡山はまた話す。
「ごっ、ごめんごめん! おいしいから、つい食べ過ぎちゃって」
この人は、ドラムをたたくか食い物を食っているところしか見たことがない。
「はあ、なんでもないっすよ。好きなだけ食べててください」
僕はため息をついて、岡山にそう話した。音楽について話すのは、難しいと思ったからだ。
和田ならばなにか話せるだろうと、彼のほうに目線を向ける。両手にナイフとフォークを持ち、きれいに食べていた。
「へえ、なんか金持ちらしい食べ方してるんだな」
などと感心して見ていると、皿に盛ってある物にびっくりする。
「……って、それたこ焼きじゃないっすか! ナイフとフォークを使わないでしょう」
「ん? いやいや岩崎君、このほうが汚れずに食べれるだろう?」
ーーたこ焼きをそんな風に食べる人、初めて見るぞ。
そう言って小さく切られたたこ焼きを、ゆっくり食べている。
「わっはっは! 和田よ、なにセレブみたいな食べ方してるんだ! こうやって食べい!」
話終わった金本が、和田の皿にあるたこ焼きをつまようじでついばむ。
「ああー、せっかく切ったのになにをするんだ」
「たこ焼きは、つまようじで食べるんだよ! おまえはお金持ち学生じゃないだろ」
もはや、テーブルはカオス状態。
酒に酔っ払ってどんちゃん騒ぎをしている先生たち。こちらは、食べ物を争奪するバトルが行われている。
「もう、なんなの。これ……」
バンドマンがやる打ち上げとは、こんなものなのだろうか。
そんなはずはないと思う僕は、一人でラーメンを食べることにした。
打ち上げがしばらく続いた時、金本がなにか紙に書いている。紙には、正の字が書かれていた。
「なにを書いているんです?」
「ああ、これか。今日のライブを聴いた人の数を分けてたんだよ」
気がついた金本は、そう言って紙を僕に見せる。
「おおよその数は数えてあるし、この正の字はギャルゲーソングを知った人の数だ」
ーーギャルゲーを知った人の数?
ただ正の字だけが書かれているだけで、よく意味がわからない。
「つまりだ! 今まで知らなかったギャルゲーの曲を、今日知ることができた。そこに意味があるんだよ」
僕らのバンドは、ギャルゲーソングの良さを広めていくのが目的だ。
それが、今日のライブで少しできたことに金本は満足しているようだった。
「あー、なるほど。たしかに、その通りですね」
もしかしすると、曲に興味を持った人がネットで調べるかもしれない。そこでギャルゲーも知ることができる。
金本が書いた正の字は、その可能性がある人数なのだと僕は気がつく。
「この調子で、ライブハウスに来た人もギャルゲーソングを知らしめるぞ!」
テンション高く腕をのばした金本が、僕らにかけ声をかけた。
「おおー!」
僕はかけ声に合わせて、同じように腕を上げる。だが、声を上げたのは僕だけ。
「ひっく、なにがどうしたって?」
振り向くと、ゆでダコみたいに真っ赤な顔をしている響子たちがいた。
「わわっ! おまえ、なに飲んでんだよ」
ジャスティンさんたちと一緒になって、なにか飲む響子のコップを奪い取る。
ーーシュワシュワー。
コップには、金色をした炭酸が入っており、白い泡が出ていた。
「おまっ、まさかこれ……」
その正体に、僕の顔は青ざめる。もし予想が正しければ、大問題だ。
「なにって、ジンジャーエールだよ。ひっく、悪いー?」
「そうだぞー! いわはきくん、僕らが悪い飲み物を飲むわけにゃいだろ」
同じように真っ赤な顔をした和田が、僕の顔に近づいてくる。
「オオー! これは、B的ななLデスネー!」
ジャスティンさんが茶化すように、大声でさけぶ。フードコートにいる、何人かの女性客がこちらへ振り向く。
「ただの場酔いみたいだね……」
酒を飲んでいるジャスティンさんたちの雰囲気に、ただ気分良くなっているだけのようだ。
「この……ろくでもない大人どもが」
初めての打ち上げは、とんでもない雰囲気で幕を閉じる。
ライブハウスでのライブは近い。金本の話を聞いて、僕は気合いが入る。
それともう一つ、決めたことがある。
「もう絶対、こいつらと打ち上げなんてやらん!」
そう強く、決めた僕であった。




