第七十七話 「地味なコーラスを捨て、 ボーカルより目立て!」
もはや、身内だけでやるレベルのライブ。
それでも、僕らの演奏を見に来てくれたのはありがたいと思った。全員の手が、わずかに固くなる。緊張とは違う、別のものがあったからだろうか。
ーーかなり、目線が近いな。
いつもとは違い、観客との距離が近い。そんな中で、演奏がスタートする。
ドラムのたたく音から始まり、ベースの低い音と合わさっていく。
左右からギターのバッキングが鳴り、曲の出だしが始まった。
ーージャガジャガ。
僕もそれに合わせるように、ギターの弦をはじく。
六つの弦をすべて、流れるように弾いていった。低い音が中心に鳴るも、わずかに高い音も鳴る。
僕の弾くパートは金本と同じだ。譜面こそ同じでも、弾き手によってまったく違う。
ーーくう、やっぱり金本先輩のギターは正確だ。
ギターの練習も、何度も繰り返してやってきた。しかし自分の弾く音と、金本が弾く音の違いは聴けばすぐにわかってしまう。
金本のレベルまでいくには、まだまだ練習が足りない。そう考えながも、自分のギターに集中する。
ーーギュイィィン!
力強く弾くギターの音に合わせてくるように、響子は歌い始めていく。
まっすぐ、芯のある声がマイクから出ている。
原曲に近い歌い方をするも、響子なりに歌い方を変えていた。
僕のハモリは、まだやらない。自分の中で、このタイミングだと思うまで出さずにいる。
それでも、響子が歌う間に少しだけコーラスで入る。
「ウォウオー! イエイ!」
自分のマイクスタンドに近づき、短くそう歌う。
よく聴くコーラスだが、自分の中ではこれしかないと思った。
ーーめちゃくちゃ、恥ずかしいな。
いざ歌ってみたが、これは恥ずかしい。
曲を盛り上げるには、こういうのが大切だと思って歌ってみた。
ーー正直、これっている?
ちらっと金本たちに目線を向ける。彼らは無言で、うなづいている。
ーーいや……それってどういう意味だよ!
いいとも悪いとも言えない、微妙な表情。くすっと笑いながら、響子は歌を続ける。
「うーむ……これじゃナイ、これじゃナーイ」
ぶつぶつとつぶやきながら、ジャスティンさんはこちらを見ている。僕と目が合うと、首を横に振る。
ーーあんたも、なにがしたいんだよ。
期待しているのはそうじゃない。そう、言われているような気がした。
曲もそろそろ、サビに入る。
僕は頭の中で、ハモるならここからしかないと考えた。ワンパターンのようにもみえるが、見せるのはハモリだけではない。
ーーよし、いくぞ!
サビに入り、僕はギターから手を放した。
響子が歌うメロディ、それに重ねるように僕は声を出した。なにも意識せず歌う声は、自然とハモり声へと変化する。
僕が歌ってすぐ、駐車場の雰囲気が少し変わった。見ている人たちの顔も、変わり始めている。
ーーいいじゃん、うまくハマってるよ。
響子は歌いながら、僕のほうを見つめる。
ーーだろう? けど、これからだぜ。
僕はそう目で答えて、マイクスタンドからマイクを外し、響子は後ろへ下がっていく。
数歩ほど下がった響子は、声の大きさを変えずに歌う。
「ん? なぜ、ボーカルが後ろに行くんだ?」
ーーあたしは、あくまでもわき役。キョウちゃんが、メインだよ。
そう言いたいように、僕を歌に合わせてくる。
ーー今こそ、リードボーカルコーラスの見せ場だ。
すでにギターを弾いていない僕は、ハモることに集中する。そこに、僕は体を使って歌を表現していく。
僕は喫茶店でのことを思い出して歌っている。
「コーラスをしながら、その歌詞の言葉を視覚化すればいいのよ!」
それは、ひなたと響子のアイデアだ。
ボーカルよりも、どうすれば僕のコーラスを目立たさせるか。二人が考えたのは、それであった。
ーー手や足、顔の表情などを使い、歌を表現する。
よく歌手が歌う時にやるやり方である。それを、響子ではなく僕がやる。
聞いた時は、おどろきとめんどくささを感じた。しかし、やってみると歌詞の言葉をうまく伝えられることに気づく。
「ほうほう……ここは、手でこんなふうにしたほうがいいかな」
それからは、部活を終えてから自宅でこっそりと練習していた。
その成果が、この駐車場でのライブで発揮させる。僕は歌詞の言葉を、手を使い観客に向けて伝えていった。
駐車場に広がる、僕のコーラス。ちょうど、買い物から帰ってきた人が通ってくる。
「なんだ? なにかのイベントか?」
歩くのを止め、こちらに興味があるように見ていた。
「へえ、変わったバンドだな」
初めて見る人からすれば、不思議に思うだろう。ボーカルよりも、コーラスの人が目立っているのだから。
曲が盛り上がるにつれて、歌もさらにヒートアップしていく。
気がつけば、知り合いの他にも人だかりができていた。最初は数人だけ、それが徐々に人が集まってきている。
金本たちの演奏も、次第に力が入る。練習では出さなかった、フィーリングが楽器から伝わってくる。
ーーおいおい、本気を出しすぎやしないか? 後で倒れちゃうよ。
そう考えている僕も、額に汗が流れていた。
スマートフォンで撮影する人や、曲をまじめに聴いている人の姿が見える。
どんな風に見られているか不安に思うけれど、今はそんな気持ちにならない。歌を、曲を伝えていくことに僕らは集中していた。
演奏も、あと少しで終わってしまう。
ーーあっという間に、曲が終わっちゃうな。
一曲、約三分半。
それは長いように見えて、とても短い時間。
限られた時間の中で、僕らは全力を出し切る。観客には、どう写っているのだろう。
「フォー! 完璧ですヨ、恭介ボーイ!」
あの声を聞けば、それはおのずとわかってしまう。ラストへ続く、ギターソロが入る。
僕はギターに手をかけ、勢いよくピックをはじいた。
「うおおおー! いやっほーい」
奇声を上げ、金本のギターが炸裂する。
僕のギターよりも大きい音で、激しいテクニックだ。
ーーやっぱり、この人はダメだったか。
場の雰囲気に金本のテンションはマックス状態。彼が暴走しないわけがなかった。
けれど、前の時ほど暴れっぷりは少なくきちんと楽譜どおりのギターソロだ。
ーーまあ、ついていくしか……ねぇな!
僕は、マイクスタンドから離れた。
ーーギュィィン! ギュワーン!
食らいつくように、金本のギターソロに合わせる。二つの音は重なり、きれいに鳴り響く。
ーーよし! うまく弾けた。
ミスもなく、僕のギターソロも無事に弾き終わる。これが終われば、残りはあとわずか。
最後のフレーズも、全員で呼吸を合わせる。響子も歌いきり、僕らの演奏で終わる。
僕らは目線を合わせ、最後の音を響かせた。それは今までで一番、やりきったライブだった。
わずかながらの、歓声と拍手に包まれながら。
作者の一言。
やっぱりライブシーンは難しいです。
勉強不足だなといったところ。
反省しつつ、次回に向けて頑張ります。




