第七十六話 「波乱、 駐車場ライブ! 観客はゼロ?!」
目の前に広がる光景は薄暗く、人の姿はない。僕たちだけが、ぽつんと立っているだけだ。
「観客はクルマかよ……」
そんな冗談を言うも、笑う者はいない。
「想像していたのと、全然ちがーう」
マイクスタンドの前に立っている響子が、不満気な顔で話す。アンプを置いて、ギターの音をチェックする僕は、無言でうなずく。
ーーだよね、こんなところに人が来るとは思えないよ。
商業施設から離れた場所にある、この駐車スペース。入り口から遠いのか、誰も車を止める気配がない。
わずかに止めてある車が数台しかない状態だ。
そんな目立たないところで演奏することになる。僕だけじゃなく、みんなはそう思っているだろう。
「いや! これは、ギャルゲーのイベントにありがちなシチュエーションだ」
なぜか、この状況で盛り上がっている金本。待ってましたかという感じで、ウキウキとしていた。
「ギャルゲーでは演奏が始まるにつれ、少しずつ見に来る人が増えていくんだ!」
ーーそれはあくまで、ゲームの話だろう?
金本の言葉にはそう思うが、ゲームと現実とでは違いすぎる。
「まあ、変に緊張してやるよりはマシだよ」
先に準備を終えていた和田が、前を向いて話す。僕らの他に人はいない、部室で練習するのと同じ感覚だ。
「やっぱり、覆面マスクとか持ってくるばよかったかな?」
まだわけのわからないことを話す金本を無視して、僕はマイクスタンドに近づく。
「よし、始めましょうか!」
僕のかけ声に、全員がスタンバイする。
この静まり返っている駐車場で、いよいよライブが始まろうとしていた。
初めに、岡山のカウントからスタートする。
ーーカンッ、カンッ!
すると、バスドラムの重い打撃音が辺りに響き渡る。コンクリートに覆われた影響か、いつもとは違う音が広がっていく。
一曲目は、ギャルゲーの主題歌。
もはや、僕らが弾く定番の曲だ。慣れた手つきで、僕はギターの弦をはじいていく。
荒木のベース、そして僕らのギター。
二つの楽器の音色は、ずれもなくきれいに合わさっていく。素直に弾く金本のギターは、安定している。
もともとうまいテクニックで弾く彼だが、今回は僕のサポートをする形だ。
ーージャンジャンカ、ジャンー!
一ミリもずれがない、三つのギターサウンド。
それぞれ違う音色を奏でているが、それが一つになっていく。そこへ、響子のボーカルが重なる。
途中から加入したにもかかわらず、僕らの演奏についてくる。歌い始めが大切だが、響子はそれをなんなくこなす。
六人で、人前に出てやる初ライブだ。
ーー人はいないけどね。
辺りを見回しても、誰かがやってくる気配はない。
あるのは、車が数台だけ。それでも僕らは、構わず演奏を続けた。
一曲目が終わり、すぐに二曲目に入る。
しばらく演奏が続いていると、買い物を終えた客が駐車場に入ってきた。
ーーおっ、もしかして立ち止まってくれるかな?
淡い期待を持ちながら、僕はちらっと目線を向ける。
すると、いきなり大声で怒鳴る声がした。
「うるせーぞ! んなところで、でかい音を出すな!」
僕はその声を聞いて、少し演奏がもたついてしまう。
響子のボーカルに合わせて歌っていた声も、弱々しくなってしまった。
まるで迷惑そうに思う目線が、あちらこちらから見られる。あくまで買い物に来ただけの人からしたら、騒音に聞こえてしまうだろう。
嫌な雰囲気の中、僕らは演奏を続ける。途中で止めてしまったら、意味がないのだから。
ーーううっ、きついな。
しかし、冷ややかな視線を向けられて、僕は弱気になってしまっていた。
駐車場に来た人たちは、そのまま車に乗って去っていく。数曲を弾き終わり、いったん休憩をとることにした。
「ちくしょう! なんだい、あの言い方は!」
飲み物を口にしながら、金本はかなり怒っている様子だった。
「まあ、あれが現実だな。あんなもんさ」
そう言いながら、タオルで顔をふく荒木。
ああいうことも言われるのは、理解していた。しかし、わかってはいたものの、実際に言われしまうと落ち込んでしまう。
「嫌な気分になるのはわかるけど、それを演奏に出ちゃうのはよくないね」
今の段階で、僕らの演奏を聴いた人はいない。その状況を確認しながら、和田はそう話す。
「すみません、僕がリズムを乱してしまって」
「いや、岩崎君だけじゃないよ。僕も少し、遅れてしまった」
謝る僕に、和田はそうフォローする。
「反省は後にしよー! とりあえず、残りの曲に集中!」
響子がマイクを持ち、また演奏するスペースに戻った。
「そうだね、やるからには最後までやり切ろうか」
和田たちもそう言葉にして、歩いていく。
「ヤジなんか気にせず、思いっきり歌いなよ」
荒木に背中をたたかれた僕は、気合いを入れ直す。
「よっし! やるしかないな」
自分の顔をパチンとたたき、ギターを手に持つ。
「ヘーイ! ミナサーン、見に来ましたヨー!」
どこからか、聞き覚えのある声が聞こえる。
駐車場に現れたのは、ジャスティンさんだった。本田さんも連れ、手を振りながらこちらに向かってくる。
「ジャスティンさん! それに、本田さんも」
「いやー、ライブをやるって聞いたから来たんだけど、場所がわからなくて」
そう言いながら、ジャスティンさんたちは僕らの前に立つ。
「オー! マイガール、恭介ボーイたちに溶け込んでますネー!」
響子に気がつくと、大声で声援を送る。
「うわあ……相変わらず、うざいわー」
そんなジャスティンさんに、響子は嫌な顔をしていた。
「おーい! がんちゃーん、見に来てあげたよー」
いつの間にか、ひなたの姿まであった。
「会長……ここみたいですよ」
「うむ、まあ別に来たいわけではなかったのだが」
次第に、知っている顔ぶれが駐車場に集まってきていた。
「おお……これがアニソン、ギャルゲーソングの力か」
「いやいや、違うだろう」
ぞろぞろと集まる様子に、金本は感動している。
「よーし! こうなりゃあ、全力でやるぞ」
金本のかけ声に、僕らはうなずく。
ーーせっかく見に来てくれたんだ、それに応えよう。
そう思いながら、僕は立ち位置に戻る。
マイクスタンドの前で、ギターを構えると、となりにいる響子が話しかけてきた。
「キョウちゃん、喫茶店で話した通りにね」
そう一言だけ言って、響子はマイクをにぎる。僕は、響子がなにを言いたいかわかっている。
「ああ、やろうぜ」
すうっと息を吸い、僕は意識を集中した。
そして、みんなが見守る中で次の演奏が始まる。
作者の一言。
本来ならば、この話でライブは終わらせるつもりでしたが、力不足により成し遂げられなかったです。
前編、後編のようなものだと思ってください!すみません。




