第六十八話 「リードボーカルは誰だ! 僕ではない」
ーーボーカルではない、なにか。
聞いたことのないパートの名前に、僕はおどろいた。コーラスとボーカル、その二つをすることなのだろうか。
「それって、具体的になにをするんです?」
わからない僕は、ジャスティンさんに尋ねた。すると、ジャスティンさんはニコニコしたがら答える。
「ズバリ! ハモリ、コーラスを一人でやるんです!」
ものすごい簡単な説明に、僕はガクッとなった。
「なんすか、それ! すごい地味」
バンドの中心であるボーカルのサポート役。コーラスなどは、そういうものだと思っていた。
歌手が歌う時に、後ろの方で目立たなく歌っている人。そんなものをやれと言われても、バンドマンはやりたいとは思わないだろう。
僕はすぐに、不満を口にした。
「まあまあ! トークは、最後まで聞いてくださいヨ」
そう言うと、ジャスティンさんは話を続ける。
「たしかに、目立たないし地味なものだと思ってしまうでショウ!」
「いや、実際にはそうでしょう」
あまりやりたくないと思った僕は、話の途中でそう口にする。そんな僕に構うことなく、ジャスティンさんはしゃべるのをやめない。
「しかし! ワタシハ、あえてコーラスを目立たせてしまおうと考えたのデス!」
まるで舞台役者のように、オーバーリアクションをするジャスティンさん。
その姿に引きつつも、その内容に興味を持った。ボーカルではなく、コーラスを中心にバンドを構成していく。
今までにないバンドになるのではと、思ったからだった。
「それもなんか、面白そうですね」
そう言ったものの、一つ疑問が生まれる。
「コーラスが目立つと、バンドがめちゃくちゃになりません?」
バンドでやるのはいいけれど、聴く人からしたら違和感があるはず。
バンドの音が変になってしまう可能性もあるからだ。そんな疑問をわかっていたのか、ジャスティンさんはすぐに解決策を見つける。
「大丈夫ですヨ! むしろ、今より楽しいバンドになるデショウ!」
「楽しいバンド……ですか」
ある意味、難しい課題になりそうだがなにか変わりそうにも思えた。
「ハイ! 安心してクダサイー、ワタシたちがフォローしますヨ」
ジャスティンがアイコンタクトをすると、本田さんは無言でうなずく。
「けど、一番肝心なことを忘れているよね」
本田さんは難しいそうな顔で、ポツリとつぶやいた。
ーー次の部活時間。
「やあ! 岩崎君、例のブツを買ってきたぞー!」
金本はうれしそうな顔をしながら、 手に袋を持っていた。
それがなにかは、すぐにわかった。
「……ギャルゲーですね」
でかい箱の形がはっきりわかり、僕はすぐにそう答えた。
「すごい人の多さで、かなり並んでやっと買えたんだよ」
話をしながら机にポンポンとギャルゲーを置く。山積みに置かれた箱を見た僕は、数におどろく。
「いいと思ったゲームは、すべて買う! 常識だね」
自慢げな姿で、金本は買ったゲームを見ている。
「ところで、岩崎君のほうはどうだった?」
「……ええ、実は」
僕はレコーディングスタジオであったことを、金本たちに話した。
「……それ、おもしろいじゃないか!」
僕の話を聞いた金本は、興味があるように食いつく。
「ギャルゲーソングやアニソンを良く弾くためには、コーラスも必要!」
どうせ演奏するならば、CDから流れる音をすべて聴いてもらいたい。
そんな考えを持っていた金本は、ジャスティンさんのアイデアに賛成だった。
「けど、問題がありまして……」
すでにやる気になっている金本に、僕は気まずそうに話す。
「ん? なにか、問題があるのかい?」
そんな僕の様子を見ながら、和田は尋ねてくる。僕は、本田さんから言われたことを口にした。
「ボーカルが……いなくなっちゃうんですよ」
仮に僕がコーラスなどをやると、ボーカルをすべて歌うことはできない。
誰かがボーカルをしないと、いけないのだ。本田さんは、そこが難しいのではないか心配していた。
「つまり、僕たちからボーカルを決めなきゃってこと?」
僕の言葉を聞いた金本たちは、嫌そうな顔をしている。ここにいる全員、 ボーカルには向いていないことは明白だった。
誰もが口をつむぐ。
「ぼっ、僕はやらないぞ! 聴いただろう? 僕の歌は絶望的だって」
先に口を開いたのは、金本だった。
やりたくないと言わんばかりに、必死でしゃべる。和田や荒木も、同じような態度を見せた。岡山にいたっては、パンを食べて話を聞いていない。
ーー本田さんの言ったように、これは難しいぞ。
僕はそんなことを考えながら、金本たちのやりとりを聞いている。
「新しいボーカルを、募集するのはどうかな?」
和田がひらめいたように、そう提案する。
「いいアイデアだ! だが、無意味だ」
金本はすぐに、和田の提案に反論する。
「今さら誰がやるというのだ? 僕らと同じような趣味を持つ人はいないだろう」
アニソンやギャルゲーソングが好きで、それを広めたいと思う人はいない。
そう考えていた金本は、あまり乗り気じゃないようだった。
「けど、そんなこと言ってたらライブハウスに間に合いませんよ」
ライブハウスまでの時間は、そこまで長くはない。さらにいい演奏にするためには、新しいボーカルが必要だと考える。
僕は、そう話を切り出す。
「……むう、わかってはいるが」
「すぐには決まらないだろうから、後日に話し合おうか」
おそらく話が進まない、荒木はそう言って話を終わらせた。
「しかし、岩崎君にそんなチート能力があったなんてな」
金本は話題を変え、そう話しかけてくる。
「チートってなんですか、別にすごくはないでしょう」
ただ歌ってみたらハモれただけで、そこまでおどろくことはないと思った。
「どんな風になるか、歌ってみせてよ」
そう言って、部室からパソコンを取り出して曲を流し始める。それは、僕らが練習している曲。
「ええー、嫌ですよ。学校で歌うのは、恥ずかしいですし」
なんとかやらないように、僕はごまかす。しかし、そんなことで金本たちが納得するはずもなかった。
「まあまあ、いいじゃないか! 聴いてみたいんだよ」
ーーすごいとか言っておきながら、絶対にからかうつもりだろうが。
そうは思いながらも、歌わなければならない雰囲気。僕はあきらめ、ため息をつきながらパソコンのほうへ近づく。
「歌いますけど、笑わないでくださいよね」
パソコンから流れてくる歌に、僕は合わせるように歌う。途中から、すっと割り込むように声を合わせた。
「おー! たしかに、ハモっているな」
感心した様子で、金本は曲を変える。
「次はこれね!」
僕が知っている曲の数々を、順番ずつかける。
それでも僕は、歌ってはハモる。どの曲を歌っても、すべてがハモる。
「いや、すごすぎだろ! ハモりすぎて、逆に気持ち悪い!」
歌い終わった僕に言った感想は、そんなひどいものだった。
「けどすごいよ、僕らじゃ真似できない」
僕の思いがけない特技に、ただ金本たちはおどろいていた。
作者からの一言。
簡単に言うと、〇〇の歌をすべてハモってみた。
みたいなやつが現れやがったな!みたいな
もんだと思ってください。
正直、どうなんでしょう?




