第六十七話 「僕はリードコーラスボーカルだ!」
場所は変わり、僕は録音をする部屋にいる。
そこは以前、金本たちと一緒に弾いた部屋だ。今回は広い空間の中に、ぽつんと一人だけ。
耳にヘッドホンをつけて、マイクスタンドの前でそわそわしていた。
ーーなにが、どうなっているんだ?
ジャスティンさんから呼ばれ、スタジオに来たのはいいが、いきなり歌を歌えと言われるとは思っていなかった。この状況に、僕は戸惑っているだけだった。
あれこれ考えていると、ヘッドホンから声が聞こえる。
「ヘーイ! 準備が終わったら、カメラの前で合図してクダサイー」
そう言われた僕は、目の前にあるカメラを見つめる。
「準備もなにも、なんでいきなり歌わなきゃならないんですか!」
僕が大きな声を出しても、返事はない。
こちらの声は、ジャスティンさんたちに聞こえていない。なにを歌うのかも知らされず、目的もわからない。
「ゴミ箱を使った練習をしても、そこまで変わってないんだぞ……」
毎日のように、ゴミ箱をかぶって歌い続けていた。けれど、自分がうまくなっているとは思っていない。
そんな中で今から歌っても、前と変わらないだろう。僕はだんだんと、歌うことに不安になっていく。
「リラックスだよ岩崎君、カラオケだと思って歌ってごらん」
別の部屋で僕を見ていたのか、本田さんは優しく声をかける。
「ああ、そうか……別にライブじゃないんだし、誰かに見られるわけじゃないか」
ジャスティンさんと本田さんだけならば、そこまで恥ずかしくはない。そう考えていたら、すっと不安感が消えていった。
「よし、やってやろうじゃないの!」
マイクスタンドがある位置まで行き、大きく息を吸う。
ーーすーはー!
呼吸を整えた僕は、カメラに向かって手で丸のポーズをした。
「それじゃあ、曲を流すね」
本田さんの声を聞き、曲が始まるのを待った。ヘッドホンに耳をすましていると、曲が聴こえ始めてくる。
ーーあれ? この曲って、聴いたことがあるような。
聴き覚えがある楽器の音が、耳に入ってくる。それは僕たちが練習している、あの曲だった。
何度も聴いて覚えているのか、自然に歌詞が出てくる。頭の中ではメロディーが浮かび、それが歌に変わる。
ーーけど、音程はどうだろうか。
歌っていると、 自分の音程が外れているのかわからない。自分の中では、歌えているようにも感じる。
僕は、ただひたすら歌い続けた。曲が終わるまで、集中を切らさずに。そして曲の音が消え、ヘッドホンは無音になる。
「ふう……最後まで歌いきったぞ!」
間違えることなく歌うことができた僕は、満足していた。しかし、よかったのかダメだったのかはわからない。
それはジャスティンさんたちが、判断してくれるだろう。
「お疲れさま! 一度、こっちに戻って来てくれるかい?」
「待ってますカラネー!」
話を聞いた僕は、二人がいる部屋に戻る。部屋に入ると、ジャスティンさんたちはパソコンを見ていた。
「オー! 岩崎ボーイ、待ってましたヨ」
そう言うと、ジャスティンさんは僕をパソコンがあるところに誘導する。
「あのー。そろそろ理由を教えてくれませんかね?」
歌わなければならない理由、 それが知りたかった。僕がそう尋ねると、ジャスティンは答える。
「実は、ちょっと確かめたいことがアリマシテ」
「確かめるって、なにをです?」
ジャスティンさんは、本田さんに合図をする。本田さんは、パソコンの画面をクリックした。
すると先ほどの曲が、スピーカーから鳴り出す。曲が始まると、僕の声が聴こえてきたのだった。
「わわ! まさか、録音してたんですか?」
自分の歌が聴こえてきたあまり、僕はびっくりする。
「サビのところまで、早送りしてみるね」
カチカチっと、マウスを動かして本田さんは曲を早める。
「イエス! そこでリピートしてクダサイ」
何度も同じところを流しては、繰り返す。聴いた感想としては、どこか音程がおかしい。
僕はそう思いながら、二人の様子を見ている。
「やっぱり……思っていた通りデース」
しばらくして、ジャスティンさんはつぶやく。
「ここの部分、見事にハモっているね」
「ええ、完璧なピッチ……デスネ」
二人のやりとりを聞いていた僕は、よくわからずにいた。
「……あのー」
真剣になにか話している二人に、僕は声をかける。
「ああ、ごめん。君にも、話さないとだったね」
本田さんはそう言うと、僕のほうを向く。
「はっきり言うけれど、君はボーカルに向いていない」
ばっさりと切り捨てるように、本田さんは告げる。僕はその言葉を聞いて、ショックを受けた。
プロの人にそう言われてしまえば、そう感じてしまう。なにも言えずに、僕は黙る。
「こらこら、それじゃあ意味が違いマース! 岩ボーイがダウンしていますヨ」
ジャスティンさんは、本田に注意をして代わりに話す。
「ボーカルというより、コーラスなどが向いているって意味デス」
そして、また曲を流す。
「歌いにくくて、恭介ボーカルは音をよく外しますネ?」
曲が流れる中、ジャスティンさんはそう話しかけてきた。
たしかに、声が出しにくい時は音程を外す。高く歌わなきゃいけないのに、わざと低くく歌うところもあった。
「外れたと思っているその音程が、偶然にもハモっているんだよ」
「え? いや、その……ハモっているんです? 僕の声」
僕の問いに、二人はうなずく。
「前からずっと、思っていたのデース! 岩崎ボーイの歌を歌を聴いていて」
僕らの練習を見ていたジャスティンさんは、そのことを感づいていたらしい。
何度も聴いていくうちに、耳が違う音程に変えてしまう。
そう簡単に、ジャスティンさんは説明する。
「耳を鍛えればボーカルの声を聴いただけで、すぐハモる音が歌えるはず」
よくわからないが、僕にそれができることだと知る。
「もう一回、歌ってもらっていいかい?」
「また、歌うんですか?」
先ほどと同じように、歌ってほしいと本田さんはお願いしてくる。そのまなざしは真剣で、僕は断ることができなかった。
そして、僕はまた録音をする部屋へと向かった。
「次は、ボーカルが入ってるからね」
ヘッドホンをつけると、本田さんはそう指示をする。
「え? ボーカルが入ってるのに、僕も歌うんですか?」
意味がないようにも思えた僕は、カメラに向かってジェスチャーをする。
「ボーカルの音程は無視して、少しずらして歌ってみて」
僕の問いに答えるように、本田さんは続けて話した。そして、よくわからないまま曲が始まる。
ーーどう歌えばいいんだ?
頭で考えてみたが、どう歌えばわからなかった。曲の歌が聴こえると、僕は合わせて歌う。
ーーハモるように、ハモるように。
そう頭で考えながら、本田さんに言われたように歌っていく。
しばらく歌っていると、なにか違和感を感じた。
ボーカルの声に、僕の声が合わさる。すると、なぜか二つの声は重なっていった。
例えるならば、コーヒーとミルクが混ざって、カフェオレになるようなもの。
ーーハモっているな、僕の声で。
それがきれいなハモリなのかは、僕には判別できない。しかし、ハモれたことにおどろいてしまう。
歌い終わって、無音だけが残る。
ジャスティンさんたちは、なにも言ってこず変な時間だけが過ぎていく。
「……岩崎ボーイ」
ヘッドホンから、ジャスティンさんの声がする。
「ワタシの目に狂いはなかったデース! ブラボー」
ヘッドホンの音が割れそうなくらい、大きな声が聞こえていた。
「これで、決まりましたネ」
ーーなにが決まったんだ?
そう思いながらヘッドホンに耳を傾けていると、ジャスティンは話す。
「ユーは、リードコーラスボーカルになるんデース!」
その言葉を聞いた僕は、思った。
「なに……それ?」
聞いたこともないパートに、僕は目が点になったのだった。
作者からの一言。
簡単に言いますと、岩崎はどんな曲を歌わせてもハモることができるということです。
なんだそりゃ。




