第六十六話 「金本たちは買い物!岩崎はスタジオに!」
僕らの部活は、バンドの練習だけではない。本来は、アニソンやギャルゲーソングの良さを研究をするのが目的だ。
「……むう」
金本は真剣な、まなざしで雑誌を読んでいた。
「こんにちはー! あれ、どうしたんですか?」
部室に入った僕は、その姿を見て話しかける。
「やあ、岩崎君。金本のいつものやつさ」
荒木はそう言うと、同じ雑誌を僕に渡す。開かれているページを見て、僕は理解した。
「ああ、新作のギャルゲーが発売するんですね」
「そうなんだよ、だがしかし……これはきつい」
ため息をつきながら、荒木は発売日を指を差した。そこにはびっしりと、ゲームのタイトルが並んでいる。
「へえ、どこも同じ日に売るんですね」
僕が適当に言っていると、金本が机をたたいた。
「なにをのんきなことを、言っているんだ! これは、大問題だ」
そう言った金本は、頭を抱える。
「……なにが、大問題なんです?」
「欲しい作品がありすぎて、資金が足りないんだよ!」
くやしがる金本に、僕はぽかんとする。
「たまにあるんだよ、日にちがかぶっちゃうのが」
和田がそう話すと、荒木たちはうなずく。
決して安い買い物ではなく、選ぶのが慎重になると、説明する。
ーーわかる気がするな、ギャルゲーって高いもんな。
以前、ひなたにギャルゲーを買わせられた時にその値段におどろいた。
和田が言うことも、僕は納得してしまう。
「こうなったら、みんなで一作品ずつ買おう! それをシェアだ」
そうは言っても、欲しいわけではない僕は、不満が残る。
「嫌ですよ! なんで僕も買わなきゃいけないんですか!」
ギターの小物を買う予定でいる僕にとって、それは迷惑な話だった。
「これも、ギャルゲーソングを研究するためだ。必要なことなんだよ」
「ただ金本先輩が、ゲームをやりたいだけでしょうが!」
金本と僕は、互いに言い合う。どちらも自分の発言を曲げることはなかった。
「でも、岩崎君が好きそうなジャンルがあるよ?」
雑誌を読んでいた和田は、そう口にする。
ーーピクッ。
その言葉を聞いて、僕は反応する。
「義妹との恋愛シミュはレーションゲームか、なるほどな」
横で同じように、荒木はパラパラと雑誌を読みながら話す。
「原画もなかなかいいし、地雷ではなさそうだな」
ーーぐぬぬ、すごい気になるじゃないか。
その様子を見ていた金本は、ニヤリと笑う。
「いやあ、残念だ! 君が買わないならば、僕が買うしかあるまいな!」
僕の顔を見ながら、意地悪そうに話しを続けた。
「ただし、ゲームを貸すことはできない! 君は買わないんだから」
みんなでゲームを買って、貸し借りをする。買わない僕には、それができない。
僕はちらりと、雑誌のページをのぞく。
ーーくそう、かわいいじゃないか。
自分好みのイラストが描いてあるのを見た僕に、選択肢はなかった。これ見よがしに、和田たちは雑誌を僕に見せつけている。
「よーし! それじゃあ、発売日にみんなで買いに行こう!」
どんどん話が進んでいき、金本たちは盛り上がっていた。
「ちょっ、ちょっと待ってくださ……」
そう言いかけた時、僕のスマートフォンが鳴り出した。ポケットから取り出して、通話ボタンを押す。
「はい、もしもし?」
「ハーイ! 恭介ボーイ、ワタシデース」
電話の相手は、ジャスティンさんだった。変わらずハイテンションの声に、僕はまだ慣れていない。
「……なにか用ですか?」
そう尋ねると、ジャスティンさんは答えた。
「ちょっと恭介ボーイに、やってもらいたいことがあるのデス」
ーーなんだ? なにをやらせる気なんだろう。
嫌な予感を感じつつ、ジャスティンさんの話を聞いている。
「まあ詳しい話は、本田のレコーディングスタジオで話しますヨ」
「ああ、わかりました。みんなで行けばいいんですか?」
バンドのことだと思った僕は、そう尋ねる。しかしジャスティンさんは、僕だけが来るように話した。
「ということで、待ってますヨー! バーイ」
電話を終え、金本たちに内容を伝えた。
「なんだろうね、岩崎君だけを来させるなんて」
「どうせ大したことじゃないさ、それよりいつ来いって?」
金本がいつ行くのか聞いてくる。僕は、ジャスティンさんに言われた日にちを話した。
すると、金本は険しい顔をしている。
「ちょっと待つんだ、ギャルゲーの発売日とかぶるじゃないか」
発売日にみんなで買いに行く日と、同じだった。言われた時間に行くと、僕はギャルゲーを買いに行くことができない。
「それじゃあ困るじゃないか! せっかく、みんなで買うのに!」
「いやあ、でも行かないとジャスティンさんになにを言われるか……」
僕だって正直、ギャルゲーを買いに行きたい。けれど、レコーディングスタジオにも行きたい気持ちだった。
ーー行ったついでに、ギターの練習もできちゃうかもだし。
どちらも捨てがたいと思う僕は、どちらに行こうか迷っている。
「じゃあ、こうしたらいいんじゃない?」
悩む僕に、和田はあるアドバイスをする。
ーー当日。
僕は自宅を出ると、走り出した。
「よし! いくぞ」
向かう先は、本田さんがいるレコーディングスタジオ。金本たちは、新作のギャルゲーを買いに行っている。
和田がアドバイスしたのは、実にシンプル。
「お金だけ渡してもらえれば、僕が買っておくよ」
和田はそう話して、すっと手を出す。僕はサイフからお札を取り出して、和田に渡した。
「くそう! 一万円は高いが、仕方がない」
そんなやりとりを思い出しながら、僕はレコーディングスタジオに向かう。
到着してすぐに、スタジオの中へ入った。
「こんにちはー!」
あいさつをするが、誰も姿を現さない。
ーー誰もいないのかな?
しかし留守というわけでもなく、部屋は明かりがついていた。
「すみませーん! 岩崎ですけどー」
返事はなく、僕の声だけが響く。
その時、部屋の一つから楽器の音が聞こえた。音が鳴る部屋へ、おそるおそる近づく。
同じフレーズが何回も聴こえ、不思議な感覚だった。僕はゆっくりと、部屋のドアノブを回した。
「ここはもう少し、音を大きくしたほうがいいかな?」
「それだと、ボーカルの声が目立たなくなるデース」
部屋の中で、ジャスティンさんと本田さんがなにか話していた。
「お、恭介ボーイ! 待っていましたヨ」
僕に気がついたジャスティンさんは、声をかける。
「もしかして、仕事中でしたか?」
なにか作業をしていたと思った僕は、気まずそうに尋ねた。
「仕事じゃないんだけど、馬場からちょっと言われてね」
「そうなんですか……けど、僕が呼ばれた理由は?」
今日の目的を聞くと、ジャスティンさんの口からおどろく言葉が出る。
「恭介ボーイ! この曲に合わせて、歌ってみまショー!」
一瞬、なにを言われたのかわからなかった。
それくらい、僕は気が動転していたのだから。




