第六十五話 「フィアー! マイボイス」
次の日から、バンドの練習に大なわとびが追加された。
レコーディングスタジオでの出来事がきっかけで、互いに悪いところがあると知る。
「いつから、スポーツみたいな練習をしているんだ?」
山本先生は、だるそうに大なわとびを回す。
「ほっ、それは言わない約束ですよ! ほっ」
金本は跳びながら、山本先生に話している。みんながなわとびをしている声を、僕は部室で耳にしていた。
「暗くてなにも見えない、なぜ僕が……」
ジャスティンさんから渡された、ゴミ箱を頭にかぶっている。
なぜ、こんなことになったのか。僕はジャスティンさんの言葉を思い出す。
「恭介ボーイ、アナタは一体感よりもまずは歌を鍛えるんデス」
チームワークよりも、僕の歌とギターのレベルアップが優先ーーそうジャスティンさんは、話していた。
「よりバンドの、完成度を高めるためデス」
「いやあ……うまさよりも、楽しんでやるバンドのほうが」
楽しくバンドをやる姿を、見せたほうがいいと思っていた。
そのことをジャスティンさんに話すも、彼はこう言い返した。
「イエス! しかし、ライブハウスはそうはいきませんヨ」
楽しいだけでは、ライブハウスに通用しない。バンドの完成度も大切だと、ジャスティンさんは語る。
「対バンはかなりの実力者だと、ワタシは聞きましたケド?」
ーー鏡香たちのバンドか。
言われた通り、鏡花たちのバンドはうまい。それに対抗する、力が僕らにはまだないのだろうと、僕は考え込む。
どうせ一緒にやるならば、一番すごいと言わせたい気持ちもある。
「うーん、けどなあ」
悩む僕に、ジャスティンさんは喝を入れる。
「なにを迷っているんデスカ! やるからには、全力でやるのデス!」
「はっ、はいー」
あまりの気迫に、僕は思わず返事をしてしまった。
「まあ、バンドで一番ヘタなのは僕だしな……」
なんとか変わりたいと思った僕は、ジャスティンさんに従うことにした。
「にもかかわらず……」
歌の練習をする時は、ゴミ箱をかぶって歌う。その意図がわからず、僕は部室で言われた通りゴミ箱をかぶる。
「えーっと、このまま歌えばいいのか」
とりあえず、曲を流して歌ってみることにした。
「まあたしかに、歌声が目だ立たなくはなっているな」
防音の効果があるのか、前よりもうるさくはない。
ーー他の生徒に、笑われなくていいな。
そう思いながら歌っていると、あることに気がつく。
「あらためて自分の声を聴くと、ひどいもんだよなあ」
密閉されたゴミ箱なのか、声がダイレクトに伝わってくる。
自分の歌声を、こんなにも近くで聴いていると違和感があった。
「まったく、音程が取れていない……」
ボーカル入りの曲と歌っても、はっきりとわかる。
それは、ただ気持ち悪いだけだった。
「とにかく、我慢して歌うしかない」
僕は自分の声に苦痛を感じながら、歌い続けることにした。
ーーバンド練習の日。
この日は、みんなで音を合わせて弾く。
いつもと変わらないが、なにか違う。
そう思ったのは、曲を弾いてしばらくしてからだ。前に比べてると、それぞれが他の音をしっかり意識している。
お互いに弾くタイミングを合わせて弾いていた。
大なわとびで足をそろえて跳ぶ。それが弾くことにも生かされているようだった。
ーーあっ。
そんなことを思っていると、僕は弾くところを間違える。
「こらー! 岩崎君、また君が間違えているじゃないか!」
金本は変わらず、僕のミスに怒る。
少しずつではあるが、僕らのバンドは変わっていった。
「岩崎君のそれ、いつ見ても面白いな!」
僕がゴミ箱をかぶって歌を練習していると、金本がそう声をかける。
「笑わないでくださいよ、こっちは真面目に練習しているのに」
笑う金本に気にせず、僕は歌うのを続けた。
「けど、なんでゴミ箱をかぶって歌わなきゃいけないんだ?」
疑問に思った荒木は、和田に話す。
和田はしばらく考えると、スマートフォンを取り出した。
「わからない時は、検索するのが一番だよ」
そう言って、スマートフォンでなにやら打ち込む。
「あった、多分だけど音程を良くするトレーニングみたいだね」
バケツやゴミ箱をかぶって歌うと、音が反響する。それによって、自分の声を客観的に聴くことができるらしい。
「音がずれていると、それが耳に伝わって自然に矯正されていくらしい」
インターネットで書かれている内容を聞いて、僕らは思わずうなる。
「へえ、そうなんですね」
ボイストレーニングだと知らず、僕はそう声に出した。
「けどさ、そこまで変わっていないよなあ」
荒木の言葉に、金本たちはうなずく。
「まだ始めたばかりだからね、これから変わっていくさ」
僕の肩をたたきながら、和田はフォローする。
「とにかく! 練習あるのみだ、さあ! もう一度最初から」
その後も練習が続き、この日の部活は終わった。
自宅でも練習をしようと考えは僕は、ゴミ箱を持って帰宅した。
「あ、お兄ちゃん。帰ってきたんだ」
玄関に入ってすぐに、若葉と出くわす。
「部活だったからな、よっこいしょ」
ゴミ箱を横に置いて家に入ると、それを見た若葉が尋ねてきた。
「……なにそれ? ゴミ箱なんか、持って帰ってきてさ」
「え? ああ、僕にとっての最終兵器だよ」
僕が答えると、若葉は理解していないようだった。
「若葉のバンドって、ボーカルはうまいのか?」
話を変え、僕は若葉にそう聞いてみた。
中学生とはいえ、他のボーカルにも興味があったからだ。
「え? んー、うまいほうじゃない? 毎日、練習しているみたいだし」
ーーやっぱりそうだよな、当たり前か。
最初から、歌がうまい人はいない。なにかしら努力をしているから、うまくなっていく。
若葉の話を、そう考えながら聞いていた。
「そういえば、お兄ちゃんも歌うんだっけ?」
「ああ、ギターボーカルってやつだ」
すると、若葉はニヤニヤと笑う。
「お兄ちゃんがボーカルって、なんか似合わないー」
からかっているように言われた僕は、ムッとした顔をした。
「ふん! 今に見ていろ、お兄ちゃんは変わるんだからな」
そう言い放った僕は、そそくさと部屋に向かった。
ーーバタン!
部屋のドアを閉め、すぐに練習の準備を始める。
「ちくしょう! どいつもこいつも、好きなことを言いやがって」
不機嫌になりながら、持って帰ったゴミ箱を頭にかぶる。
ーーなにがなんでも、うまくなってやろうじゃないか!
バンドのレベルアップよりも、若葉にぎゃふんと言わせてやりたい。
今はそんな気持ちになり、ひたすら歌いまくる。
「恭介ー! 晩御飯だよ」
うっすらと母親の声が聞こえても、構わず歌う。
ーーバタン!
いきなり、部屋のドアが開かれた。
「恭介! ごはんだって言ってるでしょう!」
いつまでたっても来ない僕に、母親が部屋に入ってくる。
「うるせー! いらねーよ、さっさと出ていけババア!」
自分の歌う声にイライラしていた僕は、ついそう言ってしまった。
その後は、母親からげんこつをもらい、夕飯を食べたことは言うまでもない。




