第六十話 「君のハートにサウンドアタック!」
学校でのライブが終わり、僕らは生徒会室に呼び出されていた。
「音楽研究同好会を、ライブハウスでの参加を許可する」
そう、僕らはライブハウスで演奏ができるのだ。
ーーそれは、学校でのライブ終盤。
気合いを込め、曲がスタートする。僕は何度も練習を重ね、余裕を持って弾くことができていた。
初めて弾いた時のような、緊張感や不安はない。金本たちが奏でる音に、僕もついていけている。
ギターやベースの音が混じり合い、ドラムのリズムに溶け込む。それは曲というものを、きちんと演奏で表現できていた。
そこに、僕が歌う声が合わさる。
歌声は楽器の音につぶされることなく、まとまっている。商業施設で歌った時や、鏡香たちの前で歌った時よりも、うまくなっていた。
「うーむ。演奏は素晴らしいデスガ、恭介ボーイの音程が合っていませんネー」
貸しスタジオで練習した時、ジャスティンさんがそう話していた。
「え? 原曲のキーを下げて、アレンジしているんですよ?」
そのままのキーだと、とても歌いづらい。女性の歌を歌うためには音程を下げる必要があった。
ジャスティンさんに伝えると、意外な言葉が返ってくる。
「それは間違ってイマスヨ、恭介ボーイの声ならキーを上げたほうがいいデス」
「それだと、岩崎君がさらに歌いづらくなりませんか?」
和田が尋ねると、ジャスティンさんは首を横に振る。
「アナタたちは、まだ気がついていないようデスネ……彼の特技に」
なにを言っているのかわからない僕らは、互いに顔を合わせる。
「とにかく! きちんと恭介ボーイに合うキーで、練習し直してクダサーイ」
そう言われた僕らは、わけがわからないまま、アレンジし直すことになった。
ーージャジャーン! ジャーン!
何回もキーを変えては、演奏する。そうやっていく内に、ピンポイントで当てはまるキーにたどり着いた。
ジャスティンさんの言ったとおり、キーを上げたほうが、僕は歌いやすかった。
「ブラボー! やって見つけれましたね、自分に合うキーが」
満足そうな顔をして、ジャスティンさんは拍手をする。
「まさか、ここまで違うとは……」
僕だけでなく、金本たちもおどろいている。最初にアレンジした時よりも、数倍もよくなっていた。
「これなら、本番も大丈夫デショー」
ジャスティンさんのアドバイスは正しかった。急な変更に戸惑いながらも、本番ではうまく弾いている。
ーーそろそろ、サビか。
曲が盛り上がるところまで来ると、僕の声はさらに大きくなる。
聴く人にインパクトを与えるならば、サビしかない。
気持ちを込めながら、一気にサビの歌詞を歌う。
ーーよし! うまく歌えているな。
歌った瞬間、ほんの数人がのっているいるように見えた。
見間違えかもしれないが、僕は高揚感に包まれる。ギターを弾く手がいつもより動き、歌声と一体化するように奏でている。
生徒会の出した条件とか、ライブハウスでやるためとか関係なく。今は純粋に、この時間を楽しみたいと僕は思った。
すると、目の前の光景が変わり始めた。
最初に人がいた時よりも、体育館にいる生徒の数が増えている。
ーーどうなってるんだ? 人が多くなってるぞ。
異変に気がついた金本たちも、面を食らっていた。動揺してか、音が少しだけヅレている。
ーー金本先輩! 音が早いです、合わせて合わせて。
アイコンタクトで、僕は金本にそう訴える。
「うおりゃー!」
いきなりさけびだす金本は、ギターを激しく弾き始める。
ーーええー? また暴走してるのか、あの人は!
僕らとは違うコード進行で、好き勝手に弾いている金本を止めることはできない。
曲がめちゃくちゃになると思った時、和田が金本のギターに合わせてくる。
ーーなんとかついていく、岩崎君は歌に集中するんだ。
目でそう伝える和田は、暴走する金本の弾く音に、アドリブを入れる。二人の弾くギターは、互いに主張し合い、すさまじいものになっていた。
そこに、先ほどとは違うベース音が聞こえてくる。まるで打楽器のように、はじく音がかっこよく決まっている。
ーーはは、すげーや。さすが荒木先輩だ。
姿は見えないが、弾くベースの音を聴いた僕はそう感じた。
金本たちが弾く演奏に、おどろいている生徒もいる。ギャルゲーソングとか関係なく、純粋にそのテクニックにおどろいているのだろう。
観客は盛り上がり、歓声も上がっていく。それはテレビなどで見る、ライブシーンに似ていた。
曲もそろそろ終わりが近づくと、もう少しで僕が弾くギターソロが始まる。ソロは、ひたすら練習したからできるはず。問題は、ギターを押さえる場所が違うところだ。
曲のキーが変わっているため、当然変わってくる。自信があるわけじゃない、もしかすると失敗するかもしれない。
僕は成功させる自信がない。
しかし、この盛り上がっている状況を壊すわけにはいかなかった。
ーー成功……させてやる!
ギターを握る手が少し強くなり、自分にそう言い聞かせた。
フレーズを弾いていた僕は、そっと手の形を変えソロを弾く準備に入る。顔をマイクから遠ざけ、ギターソロを弾き始めた。
ーーギュィィン!
その時、いきなり僕じゃないギターソロが鳴り出した。
「これが、ギターソロじゃーい!」
金本が、僕の弾くはずだったギターソロを勝手に弾いている。
聴いたことがないパターンのソロで、それはすごいものだった。
ーーええー! ちょっとちょっと、僕の見せ場が……。
金本に、おいしいところを持っていかれた僕は、どうすることもできない。
そこへ和田が近寄ってくると、僕に小声で話しかけた。
「うまく曲をつなげるから、岩崎君はタイミングよくソロを弾くんだ」
「え? けど、それじゃあソロが二つになっちゃいますよ?」
一つの曲に、ギターソロが二つあるのは聴いたことがない。そんなことをしていいのか、僕は疑問に思った。
「君もソロを弾けるようになったんだ、それを聴いてもらいたいじゃない?」
そう言い残すと、和田は自分の立ち位置に戻っていく。
ーーかっこいいじゃないの、和田先輩。
粋なことを言われた僕は、ギターを弾く手を直す。金本のギターソロが鳴り続ける中、僕はタイミングを見計らう。
事態を察した荒木たちも、僕のソロができるように合わせてくれている。
ーーここしかない!
一瞬、金本の弾く音にすき間ができた時、そこに割り込む。
ーーギュワワーン!
金本のソロと入れ替わるように、僕のギターソロが始まる。
楽譜どおり、原曲と同じソロではあるが、きれいに決まった。流れるように素早く、一音ずつ鳴るギターソロが体育館に広がっていく。
ーーよし! うまく入れた。
ミスすることなく、勢いよく弾く手はスムーズに動いている。そこへ、僕の弾くギターソロにハモるようなギターの音が入ってくる。
金本は弾くポジションを変え、僕の音にうまく合わせてきた。
「おおー! ツインギターでソロか!」
体育館からそんな声が聞こえ、わっと歓声がまた上がる。わずか三十秒ほどの短い時間、僕と金本の弾くギターソロが互いに混じり合う。
違和感がない二つの音は、曲をさらに盛り上げた。ソロも終わり、曲の終わりが近づく。
僕は再び歌い出し、残りはあとわずか。
ーー歌い終えるまで、手を抜かない。
感情をむき出したように、僕は声を上げた。歌のパートが終わり、僕らは音を合わせていく。
ーージャガジャーン、ジャーン!
すべてをやりきったような、想いと共に曲のフレーズを弾き終わった。
体育館からは、大きな拍手が鳴り響く。
「ありがとうございました!」
僕はお礼をマイクに向けて言うと、その場に倒れてしまった。
ーーあれ? そういえば、どれくらいの人が集まったのかな?
薄れゆく意識の中で、そう考えていた。その後のことは、あまり覚えていない。
それでも、止まない拍手や歓声だけは覚えていたんだ。




