第五十六話 「バトル! 生徒会VS音楽研究同好会! 前編」
ライブハウスでの演奏のため、僕らは練習を繰り返している。
ジャスティンさんからは連絡もなく、以前と同じように、バンド練習をしていた。
「よし、ギターは完璧だ! 曲のサビまでは弾けるようになったぞ」
金本はギターを鳴らし、はしゃいでいる。他の三人も同じで、自分のパートに自信を持っていた。
「なぜだ……」
その様子を見ていた僕は、小さくつぶやく。僕もギターのパートは弾けるようになってきた。
だが、ボーカルに関しては言葉も出ない。それだけ歌が、上達していないのだった。
「大丈夫大丈夫! できるようになるって」
金本はそう声をかけてきたが、僕は自信がなかった。全体で合わせて弾くレベルにまでいっていなく、この日も個人で練習していた。
おそらく、金本たち四人が合わせたならば、すでに完璧になっていただろう。そう思い込んでしまった僕は、ますます自信がなくなる。
「ああー、音楽の神様とかいないのかな。僕に、最強のテクニックをくれる神様」
「はは! いるわけないでしょう、岩崎君は想像力が豊かだな!」
金本は笑いながら、話している。
前に、なにかの雑誌で読んだことがあった。
とあるアメリカのギタリストが、アコースティックギターを持ってアメリカ大陸を渡り歩いた。彼の弾く、ギターのテクニックに聴いた人は驚いたという。
それは、どこかの十字路で悪魔に魂を売り渡し、その引き換えにブルースのテクニックを身につけたと伝説だ。
僕は、そのことを金本たちに話した。
部室からは、大笑いをする声が聞こえる。
「あはは! それはあれだな、私に魂を売って、ギタリストになってよってやつだ」
「いや…… どこかの魔法少女みたいなことではなくて」
金本が話す元ネタを知っていた僕は、冷静にツッコミをいれる。
僕の言ったことを聞いた金本たちは、キョトンとした顔をしていた。
「あー、知ってるのか……岩崎君も」
ニヤニヤと笑いながら、じっと僕を見つめる。
「岩崎君も成長したなあ、着々とオタクの道を歩んできているじゃないか」
まるで我が子の成長を見守るような表情に、和田たちもうなずいている。
「そんなことより! 僕のギターパートを教えてくださいよ」
ギターを弾けるのは、金本と和田。
自分のパートが順調ならば、僕の練習を見てもらおうと声をかける。
「はっはっは! 自分のパートは、自分でやりたまえ!」
金本は突き放すように、そう言う。
ーーくそう! 自分が弾けるようなったら、それでおしまいかよ。
僕はそう思いながら、和田のほうへ目線を向ける。金本と違って、和田は教えてくれる気がした。
「ふむ、どれどれ」
そう言いながら、和田は僕の楽譜に目を通す。
ささっと読み終えた和田が、僕に話した。
「なんだ……簡単じゃないか、コードを弾くだけだしさ」
和田の言う通り、僕の楽譜には難しい弾き方をするのはない。ただギターのコードを繰り返して、弾くだけであった。
それでも、僕にとっては難しい。
「でも歌いながらだと、どうしてもうまくいかないんですよ」
この曲は、今まで弾きながら歌った曲とは、どこか違う。僕は自分が思っていたことを和田に話した。
「ひたすら弾いて歌いまくるしかないね。上達するには、それが一番さ」
今回ばかりは、和田も手伝ってはくれない様子。
和田と話し終わった僕は、一人だけギターを弾くことにした。
ーージャンジャカ、ジャジャジャーン。
楽譜とギターを交互に見ながら、ギターを鳴らす。
「すぅーっ、ほっ!」
息を吸い込み、歌い出しのところで、声を出す。
歌い出したと同時にギターを鳴らすも、前と同じように音色がストップしてしまった。
「ああー! ちくしょう、ギターボーカルとか難し過ぎる!」
その後も和田に言われたように、ひたすらギターを弾きまくる。
金本たちは余裕なのか、ゲームの雑誌を読みながら談笑していた。
「雑誌を読む暇なあるなら、生徒会室へ行ってライブハウスの許可を取ってきてくださいよ」
その姿を見て僕は、嫌味ったらしくつぶやく。
「むむ、わかっているさ! あの会長、お願いに行くたびに断りやがって!」
ライブハウスへ出るためには、学校と生徒会の許可を得ないとダメだった。
学校側には山本先生が話してくれるが、生徒会は僕らでどうにかしなければならなかった。
これまでに何度も生徒会室へ行ったが、返ってくる言葉は一言。
ーー却下だ……。
そう一言だけ言われ、追い返されてばかりだった。
「たかがライブハウスじゃないか! なぜダメなんだ」
金本は頭をかきむしりながら、ぶつぶつとつぶやいている。
「ところで、ライブハウスでやる日にちとかは決まったのかい?」
荒木は話題を変え、僕に尋ねてくる。
「ああ、そういえば 二、三日前に酒井からメールが来てましたよ」
僕はスマートフォンを取り出し、メールを確認する。
「ライブは二カ月後で、九月の中頃に決まったみたいです」
今は七月で、これからの練習を考えると、ちょうどいい時期だった。鏡香たちのバンドや僕らを合わせて、四組のバンドが出る。
僕はメールに書いてある内容を、荒木たちに伝えた。
頭をかきむしっていた金本は、話を聞くと、動きを止める。
「出演するバンドさんは、まともなバンドなのだろう?」
金本が言うまともなバンドとは、一般人が好む曲を演奏するバンドのことだろう。
「んー。多分そうじゃないですか? ライブハウスでやるんだし」
どんなバンドが出演するまでわからない僕は、曖昧に答えた。
金本は話を聞くと、目つきが変わる。
「相手にとって不足はない! 僕らのバンドでひねりつぶしてやるわ」
そう言い放つと、金本は椅子から立ち上がる。そして、 そのまま部室を出ようとしていた。
いきなりの行動に、僕だけではなく荒木たちもおどろく。
「どこに行くんだ?」
荒木が金本に声をかけると、金本は振り向いた。
「生徒会室だ! なんとしてでも許可をもらう! ライブハウスが、僕らを待っているんだ」
「わけわかんねーぞ! って、話を聞け金本」
荒木の話を無視して、金本は扉を開けると、見覚えのある人が現れた。
「ハーイ! ミナサン、練習はグッドな感じデシタカ?」
現れたのは、ジャスティンさんだった。
「ジャスティンさん! また来てくれたんですか?」
突然、また学校に来ているジャスティンさんに、僕は声をかけた。バンドの練習が気になって、様子を見に来たようで、そう話すと部室に入ってくる。
「すまないジャスティンさん! 今日は練習どころじゃない、急がなくては」
僕らがジャスティンさんと話している最中に、金本は走り去っていく。
「金本ボーイは、どうしたんデスカ?」
「ええ、実は……」
僕は、これまでのいきさつを話す。
「ナルホド! オーケー、恭介ボーイ。ワタシに任せなサーイ」
話を聞いたジャスティンさんは、部室を出ようとする。
「ワタシたちも、生徒会室にゴーしましょう!」
そう言うジャスティンさんに、僕らは仕方なく向かうことにした。
「部外者のジャスティンさんが、どうにかできるんですかね?」
廊下を歩く途中、僕は荒木に尋ねる。
「わからん……」
荒木はそう言うけど、さすがに無理だと誰もが思っていた。僕らは不安な気持ちを抱え、ただジャスティンさんの後をついていく。
生徒会がある教室の前まで来ると、廊下にまで聞こえるほどの、大きな声がした。
その声は、間違いなく金本だった。




