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第五十話 「逃げ出した先に、新しい目標が生まれる」

 僕は、先に教室を出た金本たちを追いかける。走りながら、大山が話していたことを考えていた。


「バンドっていうのは、曲でなにを伝えたいかが大事なんだよ」


 去り際に言い放った大山の言葉は、僕の心をえぐるようだった。


 僕らは今まで、単純にアニメやギャルゲーの曲を、弾いていただけかもしれない。


「おまえらのバンドからは、なにも伝わるものがなかった」


 ーーその通りだ。


 曲の良さを知ってもらうために、バンドで演奏をしてきた。だが、どこか心の中でそれは無理ではないかと僕は思っていた。


 最初にライブで曲を弾いた時、誰もいい反応をしていなかった。


 妹にはオタクだとバカにされ、理解されてもいない。走る足が、その場で止まる。


 ーーアニメやギャルゲーの曲は、オタクしか聴かないもの。


 僕はそう考えてしまっていた。それが演奏に出ていたのかもしれない。鏡香や大山は、それを聴いて感じていたのだろう。


「金本先輩も、そんなふうに思っているんじゃないか?」


 校舎を出ると、歩道の近くに金本たちが立っていた。


 まるでゆでたタコのように、金本は真っ赤な顔をしていた。


「ぐぬぬぬ! あの連中め、バカにしやがってー」


 その様子は、今にも暴れそうだった。


「すまない岩崎君、置いていってしまって」


 僕が来たことに気づいた和田は、申し訳なさそうに謝ってくる。


「けど、あいつらが言っていたことは事実だよな」


 荒木は自分の演奏がダメだったと反省しているようだった。


 僕は先ほど、大山から言われたことを金本たちに話した。


「なにー? 曲の愛が足りないだと?」


「いや、微妙に違いますよ。僕らの意識の問題です」


 金本のボケを、僕は冷静につっこむ。


「ますます腹が立つ! これだから今時のバンドマンってやつは」


「でも、彼が言っているのは正しいかもしれない」


 和田がそう答え、自分たちの演奏を振り返るように、なにか考えているようだった。


「みんなも、思ってたんじゃないか? この人たちには理解されないだろうって」


 すると、全員がだまってしまう。


「まあ……な、すごい演奏を見せられた後だったし」


 しばらく沈黙が続くと、荒木がそんなふうに話した。


「あんなすごい演奏をしたバンドなんだぜ? 比べ物にならねーよ」


 自分たちはギャルゲーソングをコピーしただけの曲。


 曲を理解されるよりも、バンド自体を比較したのが、さらに悪くさせた。それがあの演奏につながってしまったと僕らは思った。


「やるぞ……」


 下を向いていた金本が、小さな声でつぶやく。


「あいつらがなにも言えないような、すごいバンドになるぞ!」


「けど、今までのやり方ではダメなんだぞ? 前にも言ったけど」


 和田の言葉を理解しているのか、金本がニヤリと笑う。


「わかっているわ! 僕だってきちんと考えている」


 その言葉に、僕らはうなずく。


「よーし! おまえら、明日から本格的にライブハウスに向けて会議だ」


「おおー!」


 金本のかけ声に、全員がこぶしを上にかがける。


「違うな……ここは右手を心臓にかかげよう?」


「僕らは、戦いに行く兵士じゃないですから」


 そんな会話をしながら、鏡香たちのいる学校を後にした。


 ーー次の日。


「今回は、全員で曲を決めていく!」


 この日、部活はその一言から始まった。


「決めていくって、今まで通りだろ?」


 特に変わったことではないと、荒木は金本に話す。


「いや、今までは自分の好きな曲をただ選んで決めていた……今回は違う」


 いつもと違う様子の金本に、僕らは顔を合わせる。


「どうしたんですかね? アニメかギャルゲーの話から部活が始まるのに」


「昨日、痛いところをつかれて変なスイッチでも入ったんじゃない?」


 ヒソヒソと金本を見ながら、僕は荒木と話している。


「スイッチなど入っていない! 僕はスーパー金本くんだ」


 金本はビシッと右手を胸に当てている。


「まっ、間違いなく入ってるね、スイッチ」


 岡山がしゃべると、僕らはうなずく。


「ええい! 話をそらすな、続けるぞ」


「ああ、どうぞどうぞ」


 せき払いをした後、金本は話を続ける。


「これからは、この曲を本気で伝えたいというのをみんなで考えていく!」


 それは今までとは違う曲の決め方だった。


 全員で共感でき、伝えたいという使命感を感じる曲を選ぶことらしい。


「けど……そんな曲を見つけられるか? アニメやギャルゲーだけでも、かなりの数だぞ?」


 曲の数だけでも、相当あるはずだ。その中から、ピンポイントで見つけるのは至難の技だ。


「それでも探すしかない! 必ず見つかるはずだ、 僕らがやるべき曲が」


 ーー僕らがやるべき曲か。


 アニメやギャルゲーソングでも、必ずなにか衝撃を与えることができるはずだ。


 ーー魂に触れる音。


 昔、なにかの漫画で読んだことがあるセリフを、僕は思い出した。


 その時のフレームが印象的で、ふたたび胸が高鳴る。


「みっ、見つかるかなー? 全員がだろう?」


 いつもは黙って話を聞いていた岡山が、話に入ってくる。


「とりあえず探してみるか……」


 席を立つ荒木は、部室にあるCDを机に並べる。


 ーーバサッ! バサッ!


 机には、山のようにCDが置かれた。


「これを全部、聴くんですか?」


 アルバムだけでも何十曲もあり、それが大量にある。


「当たり前だ! もしかすると、この中に弾く曲があるかもしれない」


 金本は適当にCDを手に取り、プレイヤーの中に入れる。一曲、二曲と次々に曲が流れてくる。


 金本たちは、一言もしゃべらずに曲を聴いている。


 ーー数時間後。


「まったく見つからない!」


 時刻はすでに部活が終わろうとしていた。

何十曲も聴いたが、全員が共感するような曲を見つけることはなかった。


「やっぱりさー、無理じゃない? そんな都合よくないって」


 曲を聴き疲れている荒木は、机に倒れこんだ。


 部室にあるCDのほとんどを聴き込んだ僕らは、ため息をつく。


「あと何枚?」


 机を見るが、CDは一枚も残っていなかった。


「結局、時間だけが過ぎてしまったか……」


「明日、ネットで探してみるか……」


 部活が終わりそうになり、金本が声をかけると、全員が帰り支度をする。


「はあ、なかなか巡り合わないもんですね」


 僕はそう言いながら、カバンに手をいれる。


 ーーガサガサ。


「……あれ?」


 カバンから取り出したのは、一枚のCD。


「ん? 岩崎君、それはなんだい?」


 僕はジャケットに書いてあるタイトルとアーティストの名前を確認する。


「ギャルゲーソングのアルバムかな? 見たことがないね」


 以前に、ひなたと買い物に行ったお店が買ったものだった。ずっとカバンに入れ忘れていて、僕自身も忘れてた。


「曲……聴いてみましょうか」


 僕はCDをプレイヤーに入れて、ボタンを押す。


 スピーカーから音が流れた瞬間、僕らのなにかが変わった。

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