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第四十九話 「僕らのバンドはどうですか? あっ、ダメですか……」

 ただ、おどろくことしかできない。鏡香たちの弾く姿を見た僕は、しばらくその場で黙っていた。


「なにもかもが、違いすぎる」


 演奏のテクニックが高いだけでなく、聴く人に衝撃を与えることができる。


 そんな言葉が似合うような、バンドの演奏だった。


「むう……」


 僕と同じような気持ちなのか、金本も言葉が出てこない様子だ。


 ーー先輩も、驚いているのかな?


 僕は金本を見ながら、そう思っていた。


「どうだったかな? まだ完璧とは言えない演奏だったけど」


 小泉がこちらへ歩いて、僕にそう声をかけた。僕はなにを言っていいか、わからずに戸惑う。


「はっはっは! そうだな、そんなにすごくなかったぞ」


 金本は突然、口を大きく開けて笑い声を上げている。


「金本……先輩?」


 僕は金本がウソをついているのがわかった。


 声はいつもようだけれど、金本の体はプルプルとしていたからだ。


「そっ……そうだね、練習を頑張らなきゃ」


 金本の笑い声に困惑する小泉。


「なら、あんたらも演奏していきなよ」


 横で話を聞いていた鏡香は、僕らに提案してくる。


「え……演奏?」


 予想外の言葉に、金本がおどろきながら、あたふたする。


「あんたらも楽器があるんだし、別にいいでしょ?」


 鏡香は、僕らが持っている楽器に視線を向ける。


「あんたたちの演奏も見てみたいし」


「ああ! そうだな、僕も見てみたいよ」


 目を輝かせながら、小泉はこちらを見ていた。もはや、やらなきゃいけないという空気だった。


「なぜ……こんなことに」


 場所が入れ替わり、今度は僕らが演奏する所にいる。


 ギターケースから取り出し、僕はギターを背負っていた。


「金本が変なふうに挑発したからだろうな」


 ベースのチューニングをしている荒木は、ふうっと息をはく。


「僕は、あくまで本当のことを言っただけだぞ!」


「なにを言ってんだよ、あっちの演奏にびびっていただろう」


 それは本当のことらしく、金本は言い返せずにいた。


「けど、 ちょっとやりづらいね」


 ギターのセッティングを終えた和田が口にする。


 すごい演奏を見た後に、演奏しなければならない。

 

 和田が言うことがわかる僕は、より不安な気持ちになった。


「とにかく! アニメ、ギャルゲーの曲を知ってもらえるチャンスだ!」


 金本の言葉に、僕らはうなずく。


 ーーそうだ! 曲のジャンルより、僕らの演奏のレベルを見てもらおう。


 バンドとしての実力を評価されたことがない僕らには、いい機会かもしれない。


 そう思った僕は、ギターを握る手が強くなっていた。


「とにかく、やりましょう! 金本先輩の言う通りですよ」


 なんとか荒木たちをやる気にさせ、演奏する準備に入る。


「演奏する曲はどうしようか?」


 準備も終わり、僕らは演奏する曲を決めていた。


「まっ、前にショッピングモールでやった曲でいいんじゃない?」


「そうだな、一番まともなバンドっぽい曲だしな」


 今まで演奏してきた中で、そこそこ自信がある一曲。岡山の意見に全員が賛成する。


「準備はできたー?」


 向こうのほうで、鏡香がさけぶ。


 僕らの準備が遅かったのか、少し退屈な様子だ。


「おう! これから、演奏を始めるぞ」


 僕はそう答えて、マイクがある位置まで移動する。


 金本たちも、それぞれの位置に立つ。


「よーし! 先輩たち、見せつけてやりましょう」


 僕が金本たちに向かって、声をかける。


「うーん、なんか嫌な予感がするような」


 和田の予感は、意外な形で当たる。


 ーードッ、ドッ、ドン!


 曲が始まり、バスドラムの低い音に合わせるように全員が楽器を弾く。岡山のたたく正確なリズムに、曲の出だしは完璧だった。


 ーーあれ? なんか、微妙に音が合わない。


 イントロを弾き始めて、約数十秒。歌う手前あたりから、少し違和感を感じた。


 僕の弾くギターの音と、金本たちの音がずれていくのだ。


 ーージャカ、ジャカ。


 横目で金本を見ると、動揺しながら弾いている姿があった。


 手は震え、ピックをはじく動きに余裕がない。


 荒木の弾くベース音も、いつもと違く、ベースラインが安定していない。


 ーーどうしたんだ、金本先輩たち。


 途中で弾くのを止めてしまうわけにはいかず、僕はそのまま歌う。


「……っ!」


 前にライブでやったような、勢いがある歌声が出ない。


 ーーあれ? 全然、声が出ていない。


 僕の歌声は、次第に弱まっていく。


 異変に気がついた和田が、ギターの音でフォローするが、僕は耳に入っていない。


 完全にテンパってしまった僕は、歌だけでなく、ギターもおかしくなっていった。


 ーーなっ……なんとか立て直さなきゃ!


 正面を向くと、鏡香たちの顔色が変わっている。


 まるで見なくていいものを、無理に見ている。そんな風な雰囲気だった。


 結局、立て直すことができずに僕らの演奏はひどいありさま。


 ーージャーン!ジャン!


 むなしくも、最後のところだけは完璧に合わせられたが、それが逆に目立ってしまった。


「あ……ありがとうございました」


 演奏が終わり、僕は顔を引きつりながら、あいさつを終える。


 ーーパチパチパチ。


 小さな拍手の音が教室に鳴る。


「とても良かったよ! いい曲だと思う」


 小泉がこちらに駆け寄ってきて、笑顔で話しかける。


「あ……ああ、どうも」


 お世辞にしか聞こえない、小泉のほめる言葉に金本は、どんな顔をしていいかわからずにいた。


「そう思うだろう? みんなも」


 後ろを振り返る小泉は、鏡香たちに尋ねる。


「そ……そうだね! 文化祭に初めて出るバンドみたいだった」


 どう話したらいいか困った野中は、そう答える。


 ーー遠回しに、ディスってないか?


 いいことを言われると、逆に疑ってしまう。


 その後も、どこか微妙な空気が流れる。


「みんな、本当にそう思ってんの?」


 微妙な空気を壊したのは、鏡香の一言だった。


「はっきり言うけど、ヘタすぎて聴いてて苦痛だったわ」


 その言葉は、はっきりと演奏を聴いて出た感想だった。


「鏡香、そっ……それはちょっと言い過ぎじゃないか?」


「なに言ってんのよ。事実でしょう?」


 酒井の話をさえぎるように、鏡香はさらに話を続ける。


「弾くテクニックは確かにすごいけど、バンドとしてはまるでダメ」


 演奏のダメ出しから始まり、なにが悪いかまで的確に指摘する。


 僕らはその話を黙って聞いている。


「コピーバンドにありがちな、ただコピーをしておしまい! みたいな感じね」


 ぐうの音も出ない僕は、言い返すことができなかった。


 ーーただ、コピーをしておしまい?


 僕らは曲をアレンジしたり、自分たちなりに工夫して弾いていた。


 それが聴き手によっては、そんな風に聴こえていることにショックを受ける。


「もっ……ももも」


 金本がなにか言いたそうに、体を震わせている。


「もういい! 帰る!」


 ボロクソに言われて腹が立っているのか、金本は教室の出口まで猛スピードで走っていく。


「かっ……金本?」


 荒木たちも金本を追いかけていった。


 一人残された僕は、鏡香たちに頭を下げて後を追う。


「けど、まだ可能性を秘めている気がする」


 出口へ向かう最中、引き止められるように大山が小さくつぶやく。


「え? そう思うのか?」


 ピタっと止まり、僕は振り向いて大山に聞き返した。


「バンドは、ただうまいやつらが集まればいいわけじゃない」


 その先から言われた大山の言葉は、僕にとって印象に残るものだった。

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