第四十八話 「見せてもらおうか、お前たちのバンド力を!」
教室から、ギターの音が鳴り響く。
それぞれが弾く音が、互いに主張し合っている。
ーーギュィィン!
金本がギターのローポジションで、高い音を鳴らしている。鏡香も負けずに、ハイポジションでテクニカルなコードを弾いていた。
僕はその様子をだまって見ている。
「なかなかやるな! この女子は」
金本はそう言うと、ギターを弾くのを止める。
「あんたもね」
鏡香も言い返して、ギターを弾き終える。
「けど、聴いたことがないギターソロのパターンね」
金本が弾いたソロを聴いていた鏡香は、興味があるように金本に尋ねた。
「ああ、これかい? とあるゲームの主題歌なんだけどね」
金本は意気揚々と、曲とゲームについて語り出す。
「なにを言ってるか、全然わからないわ……」
鏡香は話を理解できないような顔をしている。しかし、曲は気に入っているように見えた。
「曲は良いと思うわ、オルタナティブロックに似ているし」
ギターをまた持つと、ジャガジャガと曲を弾いている。
「意外に理解がある女子だな! アニメには無関心だが……」
金本はくやしがりながら、鏡香が弾く姿を見ている。
「オルタナティブロックか……」
最近、そういったバンドの曲を聴いていないことに、僕は気がつく。
ーーほとんどが、アニメかゲームの曲ばっかりだな。
金本たちほどではないが、曲を聴けばなにに使われているかわかるくらいだった。
「……岩崎君」
そんなことを考えていると、和田が話しかけてくる。
「どうしました?」
「そろそろライブの話についてさ、詳しく聞いたほうがいいんじゃない?」
僕らがわざわざ来た理由は、ライブのことについてだった。話をするのを忘れていた僕は、鏡香に尋ねる。
「ライブのことなんだけど、具体的にいつやるかとか教えてくれないか?」
鏡香も話を思い出したのか、立ち上がる。
「そうだったね、えっと……酒井?」
鏡かは酒井の名前を呼ぶと、手招きをした。
「ライブについて? 話をするのはいいけど、まだはっきりとは決めてないよ」
ーーまだ決まってない?
話を聞いていた僕は、おどろいた。
「え? まだやるとも決まってないのか?」
僕がそう聞くと、酒井はポケットから紙を取り出す。
「ライブはやるよ? ただ、ライブハウスをどこにするとか決まってないんだよ」
紙にはライブについての、提案などが書かれていた。
やりたい曲や、演奏する構成などが文字になって埋めつくされている。
「出演するバンドは、 対バンとかにしようとしたけど見つからなくてね」
この学園では、鏡香たちしかバンドをしていなく。一緒にライブをやるバンドがいない状態。
そんな時に、僕にライブに出ないかと誘ったらしい。
「岩崎君たちが、ライブに参加してもらって助かるよ」
酒井が僕に頭をさげながら、感謝をしている。
「いやあ、ありがたいのは僕らだけどさ……」
まだ曖昧な計画に、僕は複雑な気持ちになった。
ーーせめて、ライブの日にちとか決めてから誘えばいいんじゃないか?
そう思いながら、僕も頭を下げる。
「とりあえず、ある程度決まったら連絡するよ! はい、これ」
酒井は僕に、連絡先が書かれた紙を渡す。
「ああ、どうも」
紙を受け取って、すぐにスマートフォンに登録する。
「これなら、いつでも連絡が取れるわね」
鏡香がそう言うと、またギターを持って離れていく。
ーーどうせなら、鏡香が良かったな。
登録し終わって、手に持っていた紙を握りつぶす。
「いやあ、待たせた! やっと連絡がついたよ」
小泉がこちらへ、歩いてくる。
まだ来ていないメンバーが、教室に向かっていると僕らに伝える。
「しかし、君たちは楽器を弾くのがうまいね」
先ほどの金本が弾いていたのを聴いていたのか、小泉がそう話しかけてきた。
「ふふん! そうだろう? ギャルゲーソングで鍛えたからな」
自慢するように、金本が答える。
「へえ! 聴いたことがないけど、そんなにうまくなるのかい?」
小泉は興味深そうに、金本の話を聞いている。
「もしよかったら、あたしらの演奏を見ていきなよ」
「あれ? これから練習をするのか?」
てっきり話し合いだけをすると思っていた僕は、そう尋ねる。
「当たり前じゃない、なんのための部活時間よ」
そう言い残し、鏡香は酒井たちに指示をする。
「うっす……遅れた」
ガラガラとドアを開け、やる気がない生徒が入ってきた。
「やっと来たわね、遅いわよ? 大山」
大山と言われた生徒は、頭をかきながら、歩いてくる。
「彼らは、僕らとバンドをやる予定の他校から来た生徒さんたちだ」
「あ、そう…… ども」
小泉が状況を説明すると、大山は僕らに一言だけ言って、鏡香たちがいる場所まで歩く。
「無愛想なやつだなー」
大山の態度を見た僕は、そうつぶやく。
「ごめんね? あんなやつだけどさ、演奏は見ていってね」
「あ、ああ……とりあえず、見るか」
僕らは近くにある椅子に座り、鏡香たちの演奏を見ることにした。
五人は、それぞれの立ち位置で、楽器の調整をしている。
「ふん! どうせ、コピーバンドだろ? なんてことないさ」
金本はバカにしたような態度で、その様子を見ている。
「まあ、そこまでうまくないだろ? 高校生のバンドなんて」
荒木も同じように、そこまで期待していないようだった。
「準備できた?」
全員が弾く態勢になると、小泉はうなずく。
「それじゃあ、今日は全体で合わせて弾こう」
ーーカッ! カッ!
ドラムスティックのたたく音が、カウントを取る。
「どんな曲をやるんだ?」
僕はこれから始まる、鏡香たちの演奏に期待がふくらむ。
そして教室中に混ざり合った、一つのバンドの音が鳴り響いた。
音が出るだけで、場の雰囲気が変わるような気がした。
ーー間違いなく、僕らが出せるとは思えないほどの音色だ。
「おお……」
思わずそう口にしてしまうほど、圧倒的な演奏力。
金本たちも、なにかを感じ取ったような様子をしていた。そして、無愛想な大山がマイクを握ると歌い始めた。
ボーカルの良し悪しは、声がいいだけではない。なにかを伝えることがきちんとできる、表現力が大切だ。
「なんだよ……これ、歌かよ」
大山のボーカルは迫力があり、感情を爆発させたような歌声だった。
ーー心からの叫び、歌への想い。
そんなものが、僕の胸に突き刺さる。大山もボーカル、鏡香たちの演奏。
だだその圧倒的な空間に、僕は息をのむことしかできなかった。




