第四十二話 「やるかやられるか! 音楽の方向性とは」
老人ホームでの演奏が終わり、いつものように部室で過ごす日々が続く。
「また機会があれば、よろしくお願いします」
後日、演奏をさせてもらったお礼をした時、そう言われた。
お年寄りの方々もよろこんでいたと、逆にお礼を言われてしまった。電話で言われた僕は、そのことをすぐに金本たちに伝える。
「形はどうあれ、僕らの演奏も捨てたもんじゃないですね」
僕がそう口にすると、和田たちはうなずく。
「けど、あんな曲でもウケたのはびっくりしたよな」
僕の話を聞いていた荒木は、そんなふうに答える。
「少なくとも、ちょっとは進歩したんじゃないか?」
初めの頃よりも同好会はバンドらしい活動をしている。
アニメやギャルゲーについての話はするが、それ以上に楽器を弾く時間が多い。
「なにが進歩だ! 逆に停滞しているじゃないか」
金本は雑誌を読みながら、話に割って入る。
「お年寄りにはいまいち理解はされてなかったし、まだまだ努力が足りない」
「そんなこと言ったって、一度だけで理解しろってほうが無理だろ」
金本の話を聞いた荒木は、あきれながらそう話している。二回ライブをしたが、アニメやゲームが良いとはまだ思われてはいない。
学校でも変わらず、流行っているのは今時の音楽ばかり。
「あー。なんで、みんなこの手の曲を聴かないんですかね」
金本たちとバンドを結成してから、僕が聴く音楽が少し変わった。
アニメの主題歌や、ギャルゲーソングの歌手が歌う曲にハマっている。
テレビやラジオで聴く曲よりも、いい曲がたくさんある。
それが周りに受け入れられていないことが歯がゆいと僕は思った。
「そうだよな、こんなに神曲がいっぱいあるのに」
ーーピピッ!
金本はリモコンを使って、部室にあるCDプレイヤーを動かす。
スピーカーからは、アニメの曲が流れ出している。
「この曲を歌ってる歌手って、ギャルゲーソングからデビューなのを知ってた?」
しばらく静かに音楽を聴いていると、和田がそう話しかけてくる。
「え、そうなんですか?」
「いやいや、 有名な話だよ? 昔はギャルゲーソングの主題歌ばかりを歌ってたし」
そのことを知らない僕は、荒木の言葉におどろく。
「アニソンは声優さんとかも歌ってるから、いろんなパターンがあるんだよ」
それからも歌手の話や、曲についての話が続いた。
「とにかく! 僕らは、その音楽をもっと広めなければならない」
話の最後に金本は口にする。
そのために、バンド活動をやることに変わりはない。
同好会の演奏を伝えられるかが重要だと、金本は言いたいのだろう。僕は、なにができるかを考える。
ーー演奏するだけでは意味がない。
きちんと僕らの音楽が受け入れられるのが大切だ。
「なにも浮かばない……」
具体的にどうやれば、それができるのかを考えても答えが出ない。
全員が頭をかかえ、黙っている。
「とにかくやるしかない! バンド演奏をしながら、ピーアールしていこう」
それぞれ考える中、金本がそう結論をつける。
「バンド演奏をやるのはいいけどさ、ちょっとやり方を変えてみない?」
金本の話が終わると、和田が最後にそう口にする。
「やり方を変えるって?」
和田の言葉に、全員がそう聞き返した。
「僕らの演奏って、聴いてる人に対して主張が強すぎるんだよ」
自分たちの好きな音楽を、ただ押し付けているんだと和田は説明する。
「それがどうした? バンドなんだから、当たり前だろう?」
和田の話を理解していない金本は、そう反論した。
「いやいや、好きでもないものを押し付けられたら誰だって嫌だろう?」
「例えるなら……あれだ! ご飯がしか食べない人に、毎日パンを勧めてくるやつと同じだ」
わかっていない金本に、荒木は例え話をする。
「いや、パンくらい食べろよ」
話を聞いた金本は、真顔でつっこむ。
「ダメだこいつは! 話にならねー」
荒木は金本も言葉を聞くと、大きくため息をついて頭をかく。
「一般人が聞いても、違和感がないギャルゲーソングとかやればいいのさ」
アニメやギャルゲーに使われているとは思わない曲を弾く。
和田はそう言いたいらしい。
「つまり、普通のバンドがやるみたいな演奏するってことですか?」
僕は和田に尋ねた。
「やる曲は今まで通りさ、ただ選曲を受け入れやすいのにするみたいな?」
ーーえ? これがアニソンとかギャルゲーソング?
そう言われるような、かっこいい演奏をしようということらしい。
「なるほど! いいじゃないですか、普通なバンドっぽくて」
やりたかったバンドのような感じに、僕はよろこぶ。
「なにが普通なバンドだ!」
いきなり金本が怒りだす。
「普通に僕らがおすすめする曲を演奏すればいいじゃないか!」
和田の提案に金本は反対しているようだった。あくまで、今まで通りのやり方で演奏したいらしい。
意見が二つに分かれ、平行線のまま部活が終わる。
ーーとりあえず、どういう方向で演奏するかをみんなで考えてこよう。
和田が話をまとめると、それぞれが部室を後にする。
「考えるって言ってもなー」
自分が好きな音楽をやるか、聴く人のニーズに合わせるか。
どちらがいいかと言われても、僕はすぐに答えは出なかった。
確かに聴く人が、興味が湧くような曲選びは大切だ。
だが金本が言うように、好きな音楽を弾きたい気持ちもわかる。二つのことを考えながら、僕は帰り道を歩く。
「あ……」
しばらく歩いていると、信号機の近くで見覚えのある姿を見つける。ハードケースを手に持ち、特徴的なポニーテールをする女の子。
「あれは……鏡香だな」
僕は声をかけようと近づく。だが僕は、立ち止まる。
「誰だ……あれは?」
鏡香のとなりには、背が高い制服を着た男が立っている。
親しそうに話す二人を見た僕は、声をかけづらくなった。
ーーどうしよう、なんか話しかけづらいな。空気を読んでスルーすべきか、気にせずに話しかけるか。
そんなことを考えていると、僕に気がついたのか向こうから近づいてくる。
「アンタ、どしたの? そんなとこで立ち止まって」
鏡香からそう言われ、僕はあたふたする。
「鏡香、前に話していた人って彼?」
突然、となりにいた男が鏡香に話しかける。
「そうそう、彼もバンドをやってるって言ってたでしょう?」
鏡香が話していると、僕のほうを見る。
ーー僕がバンドをやってるのが意外なのか? ぐぬぬぬ。
バンドとは無縁と思われているんじゃないかと、僕は警戒する。
「そうかそうか! どんな曲をやってるの? あっ、 確かギターだっけ?」
僕が思っていたのとは違い、彼は笑顔で話しかけてきた。
「え……え? は、はい」
その勢いに僕は、つい敬語で答えてしまった。
「おっと! ごめんごめん、俺は酒井って言うんだ。鏡香と同じバンドを組んでいるよ」
彼が名乗ると、僕も同じように自己紹介をする。
ーーめちゃくちゃいい人じゃないか!
酒井の印象を僕はそう感じた。
「あんたはしゃべりすぎ」
「悪い悪い、 つい嬉しくなって」
鏡香は酒井が話しすぎるのを注意する。
「ところで、あんたってライブとかやる予定あるの?」
「いや、今のところは予定ないけど」
僕が答えると、鏡香はなにかを考え始める?
「そう……じゃあさ」
鏡香の話を聞いた僕はおどろく。
まさかそれが、僕にとって思いがけない出来事になるとは思っていなかった。




