第四十一話 「ナーシングホームライブ! 後編」
それからも演奏が続き、残すは最後の曲になった。
ーーさすがに、二曲だけは少なすぎる!
演奏の練習をしていた時、金本はそう話していた。
もともとは二曲を演奏して、同好会の活動を金本が説明して終わることになっていた。
三十分くらいを目安に、お願いできますか?ーーそう老人ホームからお願いされてしまい、曲を増やすことになった。
「とにかく! できそうな曲を、探すしかない」
そんなことがあり、簡単に弾けそうな曲を見つけて演奏する。
「目的の曲とは違ったけど、つなぎにはなったかな」
最後の曲を演奏する合間に、和田は小声で話しかけてきた。
演奏した曲はアニメやゲームの曲ではなく、普通の歌謡曲。
簡単なコードとメロディさえ弾ければ、それっぽく聴こえる感じだ。
「金本が演奏してたら、間違いなくキレてるだろうな」
ーーアニメ、ゲームの曲以外はお断り! 金本ならそう言うだろう。
今回は仕方ないという理由で、納得はしたものの。
「劇もする必要ないし、あいつは椅子に座ってるだけだったな」
僕らが演奏している最中、金本は静かに座っていた。その姿はまるでシュールで、僕らは笑いそうになりながら演奏していた。
僕らがヒソヒソと話していると、金本がにらみつけてくる。
ーーおっと、やばいやばい。
僕はすぐにアコースティックギターの
チューニングをする。
何曲か演奏すると、ギターの音程が狂う。
僕のギターは中古であるため、曲が変わるたびにチェックをしていた。
チューニングを合わせ終わり、いつでも弾ける体勢にする。
和田たちも準備が終わり、いよいよ最後の曲が始まる。
「次の曲で最後になります、この曲は童謡を替え歌にしまして……」
金本が、そう観客がいるほうに向かって話しかけた。
すると、おじいさんやおばあさんたちは興味深そうに金本の話を聞いている。
替え歌はギャルゲーのような物語を歌詞にした曲だ。
歌詞が少し恥ずかしいことに、僕は心配になる。
ーー歌うことはできるけど、聴く人はどう
思うのだろう。
楽しく歌えば、歌詞が変でも大丈夫なはず。
僕はそう思うことにして、演奏するのを
待った。
金本が話終わり、ぬいぐるみを持ち帰る。
その様子を確認すると、僕は和田たちと目線を合わせる。
ーーよし! 始めよう。
僕がそう合図を送ると、岡山はドラムセットに置いた小さな太鼓をたたきだす。
ーーポン、ポン!
岡山の太鼓に合わせ、荒木はベースを弾き始める。
それと同時に、和田と僕はギターの弦をはじく。
今までの曲とは違い、軽快な音が流れる。
祭りに流れるような曲調だろうか、どこか懐かしさを感じる。初めに聴いた時、僕はそう思った。
コミカルな演奏に、金本はぬいぐるみを手に動かしていた。曲に合わせ、ぬいぐるみで劇を演じる。
イントロからメロに入る時、僕は息を吸い込む。
ーーさあ、僕の歌を聴け!
そう意気込みと、マイクに向かって僕は歌い出す。
弾いた楽器の音に重なるように、僕の声が入っていく。
マイクのスピーカーを通して、歌声が会場に響き渡る。
「はーい! ここで、女の子と男の子が、偶然出会います」
金本の劇も同時に始まり、お年寄りの人たちにわかりやすいように 語り出した。
みんなは歌を聴きながら、劇を見ている。
ーーなんか、 思ったよりもウケがいいな。
笑いながら見ていたり、楽しんで聴いているような雰囲気を僕は感じた。
ーーそろそろだな。
曲も順調に進み、いよいよ恥ずかしい歌詞のところまでくる。
金本が前の方から、僕が見えるように合図を出す。
「おっと! ここで男の子がコケて、女の子の胸に手が……」
金本がセリフを言うと、僕はタイミングよく歌う。
「そーれ、おっぱい! おっぱい!」
突然の歌の歌詞に、会場の雰囲気が変わった。
あきらかに先ほどとは違う様子に、僕は思ってしまう。
ーーやっぱり、ダメだったか。
場の空気が変わったことに、僕はグッと目をつむる。
すると、会場から笑い声が聞こえてくた。
嫌な笑いではなく、面白いものを見て笑っているような笑い声だった。
「わっはっは! 男の子、胸を触ってはいかんぞー!」
観客席のほうから、ちょっかいを出すように言うおじいさんがいた。
その声に反応してか、一気に笑い声が大きくなっていく。
ーーこれは、どう感じればいいんだ?
よろこんでいいのかガッカリすればいいのかわからず、僕は和田に顔を向ける。
ーーウケてるから、いいんじゃない?
和田はそんな顔をしていた。
みんなの笑顔をあらためてみた僕は、形はどうあれ歌が受け入れられていると感じることにした。
ーーよーし、このまま歌ってしまえ!
ギターを弾く形を変え、僕はがむしゃらに弦をはじく。
音の強弱が変わり、より感情的に弾いている。
和田たちも、いつもより楽しく演奏しているようだ。
それは彼らが弾いている音を聴けば、すぐにわかった。
「おっぱい! おっぱい!」
僕が歌っていると、和田や荒木がコーラスを入れてくる。
練習にはないアドリブのようだった。
けれどそれすらも、気持ちがいいものだと僕は思った。
ーー僕らは初めて、人がよろこぶ演奏をしたのかもしれない。
老人ホームでの演奏も、もう少しで終わってしまう。
「おっぱい! おっぱい!」
僕は曲が終わるまで、そう叫んでいたのだった。
「ありがとうございましたー!」
曲を弾き終え、金本の劇が終わると僕はそう会場に向かってあいさつをする。
パチパチと拍手の音が観客席から返ってきた。
「おもしろかったぞい! 久しぶりにいいものがみれたわい」
おじいさんが席を立ち、僕らにそう声援を送る。
僕らは照れくさくなり、頭をかく。
「どうもどうも! おじいさん、劇の内容はわかってもらえましたかな?」
金本はマイクを手に持ち、おじさんさんに尋ねる。
ーーおいおい、頼むからいい気分を壊さないでくださいよ。
僕は金本の様子を見ながらそう思った。
当の本人は、なにかを期待しているかのようでソワソワしている。
「ほえ、内容? ちーっともわからんかった」
「そりゃないよ、おじいさーん」
おじいさんの言葉を聞いた金本は、その場に崩れ落ちる。
アニメやギャルゲーソングがお年寄りに理解されたかはわからない。
ーーまあ、演奏は成功したからいいか。
僕は自分の演奏がうまくいったことに
笑い声に包まれながら、僕らの演奏はすべて終わった。
お年寄りの人たちが会場を後にしたのを見届け、僕らは座り込む。
「無事に終わりましたね」
僕がそう金本たちに話けると、荒木は答える。
「……疲れた」
ただ一言そう答えるも、荒木の顔はどこか満足そうだった。
「けど、前回よりも盛り上がったよね」
和田は思い返しているような顔で、そう 話し出した。
「そっ、そうだね! 楽しかったな、みんなが笑顔だったし」
話をきいていた岡山がその言うと、僕も同じことを思っていた。
ーー本当に楽しかったな。
恥ずかしいな思っていた歌も、あんなによろこんでもらえた。
僕自身も恥ずかしさよりも、楽しい気持ちになれたのがうれしかった。
僕らは自分たちの演奏を話しながら、盛り上がっている。
金本は頭を下げていて、会話に入ってこない。
「金本先輩、どうしたんです? ずっと黙ってばかりですよ」
僕は金本の姿を見て、話しかける。
「……じゃないか」
金本は聞き取りにくい声で、小さく話す。
「あん? なんだって? 聞こえねぇよ」
荒木はなにをいってるかわからない金本に、もう一度尋ねた。
「アニメやギャルゲーのよさが伝わってないじゃないか! これじゃダメだ」
金本はでかい声で、そうさけびだした。
突然さけびだす金本に、僕らはぽかんとする。
「このままではダメだ! もっとお年寄りの人にもわかりやすい曲にすればよかった」
「それは制作会社に言ってやれ」
くやしがる金本に、あきれた荒木はそう言い返している。
「よし! 次からはもっと考えて曲を演奏するぞ! おまえたちも気合いを入れろ」
張り切る金本は、僕らに向かって意気込む。
「……はあ、元気だな」
ーーアニメやギャルゲーが知れ渡るまで止まらない。
金本の野望がかなうまで、僕らは演奏し続けるのだろう。
誰もいなくなった会場で僕は、そう思うのだった。




