第四十話 「ナーシングホームライブ!前編」
会場にはぞくぞくと、人が入ってくる。僕らはその様子を、別の部屋で確認していた。
ーーどうせなら、紹介されて出てきたほうが皆さんも驚きますよ!
見に来てくれる人を待っていると、介護士さんの一人がそう提案する。
「おおそれはいいですね、おまえたち! そうしなさい」
話を聞いた山本先生は、僕らに指示した。
「……いや、最初から出たほうが進行がやりやすいような」
金本がそう言い返すも、山本先生は僕らを別の部屋へ押し込んだ。
「なんだよこれー! 前のライブと同じような状況になったじゃないか」
狭い部屋の中で、金本は納得がいかず怒っている。
「まあまあ、落ち着け。おまえがまた失敗しなければ問題ない」
荒木は落ち着いた様子で、金本をなだめる。
「でも本番を前にすると、緊張しちゃいますね」
一度はライブをした僕らだが、緊張はするものだと僕は口にする。
普段と変わらない金本たちも、同じようにソワソワしている。
「せっ、成功するといいな」
岡山は小さな声で、僕らに話しかけてくる。
「もちろんだ! 年代なんか気にするな、アニメやゲームの良さを広めるぞ」
「広められるもんかなー?」
気合いが入った金本の言葉を裏切るように、荒木は小さくつぶやく。
「あっ! 人が入ってきますよ、足音がする」
窓をのぞくと、お年寄りの人や他の介護士さんたちが会場に入っている。
「いよいよだな」
もうすぐで始まる演奏に、僕は息をのむ。
会場からは、介護士の須藤さんがマイクで話している。
「今日は高校生の生徒さんが、皆さんのために演奏を披露してくれます」
須藤さんは今日のイベントの説明をしながら、会場を盛り上げているようだ。
その様子を僕らは静かに聞いている。
「えー、それでは! 部活動の顧問である山本先生に一言いただきたいと思います」
須藤さんが山本先生にマイクを渡す。
「大丈夫かよ山本先生、 あの人って人前に立つの苦手だろ」
荒木は苦笑いをしながら、少し不安な顔をしている。
「みっ、皆さんこんにちは! えー、私は……」
荒木の読み通り山本先生は、緊張して声が裏返っていた。
「……言った通りじゃないか、はやく引っこめろよ」
「待て! 山本先生がなにか言うぞ」
金本が山本先生の様子を見て、僕らに話す。
僕らはその様子を見ることにした。
「生徒は現代のアニメやゲームを、もっと知ってもらおうと活動してまして」
山本先生は同好会の活動について、話出している。
ーーそれは僕が説明しようと思ってたのに!
自分が言いたいことを先に言われた金本は、くやしがっている。
「アニメってなんだかのぅ? なんたら馬力のロボットかえ?」
話を聞いていた一人のおじいさんが、そう声をかけてくる。
「いやいやぁ、それは古すぎじゃないですか? 孫がよく見ていた……なんだったかしら」
おじいさんとおばあさんが話していると、会場が話し声で大きくなった。
「いくらなんでも古すぎだろう! 何十年前のアニメを話しているんだ」
頭を抱えている金本は、今にも飛び出しそうな勢いだ。
「こうなったら、僕が直接話すしかない!」
ーー金本がガラガラと扉を開こうとした時。
「それでは、さっそく学生らに出てきてもらいましょう! 皆さま、 拍手でお出迎えください」
山本先生がそう話した同時に、金本がドアを開く。
「……あ」
タイミングよくドアが開かれ、僕らは会場を出てしまった。
パチパチと手がたたく音に導かれ、僕らは足早にステージに上がる。
商業施設でやった時とは違う雰囲気を僕は感じた。
ーーなんか、落ち着くような。
変な目で見られるような空気感がなく、少なくとも受け入れられている。
そう思っていると、金本がしゃべりだす。
「どうも! 僕らは、音楽研究同好会という部活で……」
金本は部活動の内容を説明し始める。
おどろくことに、席に座っている人たちは金本の話に耳をかたむけていた。
ーーみんなはなんで、真面目に聞いているんだ?
不思議な光景に、僕はおどろく。
「ですから! 今日はみなさんに、アニメやゲームの良さを知っていただけたらうれしいです」
話が終わると、おじいさんやおばあさんが拍手をしている。
「ではさっそく、演奏を始めたいと思います!」
金本が合図を送ると、僕らは楽器を持って決めた位置へと動く。
「まずは、ゲームに使われた曲からいきます! 僕の人形劇も合わせてお楽しみください」
金本はテーブルの下に隠れるようにして、ぬいぐるみを持つ。
ひょこっとテーブルの上に、ぬいぐるみが現れるようにしていた。
それを見た僕らは目線を合わせ、僕と和田はギターを弾き始める。
ーージャンジャカ、ジャンー。
アコースティックギターから鳴る、温かみがある音。
エレキギターとは違った、生音が会場を包み込んだ。
ーー今回はきちんと出だしがうまく弾けてるだろう?
僕はそう言っているように、和田と目を合わせる。
ーーまあまあじゃない?
というように、和田は視線を返す。
僕と和田のギターに合わせるように、岡山のドラムが入ってくる。
ーードン、タッ! ドン、ツッタ!
乱れることがなく、安定したリズムを岡山はたたく。
ギターとドラムの音が混ざり合い、だんだんと原曲らしくなる。
ーーけど、まだなにかが足りない。
そう思ってるいると、荒木の弾くベースが遅れて入る。
ーーこの曲のベースは、少し遅れて入るんだよ?
わかるよね?という荒木はベースの音で伝えてくる。
それがわかっている僕らは、ベースの音を引き立たせる。
曲はギターの音が目立つが、ベースの音も負けていない。
すべての楽器をバランスよく聴かせる。
そこを意識して、みんなで練習してきた。
曲が進み、ここから僕のギターはメロディラインに変わる。
歌がない曲であるため、それをギターで表現する。
簡単そうにみえるが、一音一音をしっかり出さなければならない。
僕は左指の形を変え、右手でリズムよく弦を鳴らした。和田たちの伴奏に、僕の弾くメロディが合わさる。
激しさはないが、落ち着いた音が広がっていく。
ーーきちんと届いているだろうか?
僕は弾きながら、正面をチラっと見た。
見ると、お年寄りの方や介護士さんが静かに聴いている。
反応は薄いようにも見えるが、冷めたような視線を僕は感じなかった。
ーーどこか、見守られているように思えてくる。
僕らの弾く姿を見て笑顔になる人、手を小さくたたく人。
いろいろと感じてくれる人がいることを実感するのだった。
不安といえば、金本の人形劇。
自分の演奏に集中していたため、金本をよく見ていなかった。
気になった僕は、演奏に気をつけながら金本がいるところを見る。
ーーやらかしていないだろうな?
嫌な予感がする僕の目には、違った様子がそこにあった。
「そこで、ヒロインの女の子と主人公は!」
金本は人形を両手に持ち、一生懸命に劇を演じている。
ーーはは、やれはできるじゃないか。
最初はウケないと思っていた劇も、そこそこウケている。
今回は真面目にやれている金本に僕はホッとした。
一曲目が無事に終わり、演奏は受け入れられた気がする。
そして僕らはすぐに、二曲目の準備にとりかかった。




