第三十七話 「歌う意味を考える」
バンド練習も本格的になったある日。僕らは、全員で合わせて演奏する。
「うーん、演奏はまあまあだな。金本のやつを除けば」
練習をいったんやめて、休憩をしている時に荒木は金本を見る。
「なんだよ! 僕だって、真面目にやってるだろ?」
演奏に合わせて金本は、ぬいぐるみを持ちながら劇をしていた。
その光景はシュールと言えるものだった。金本自身が考えた脚本やセリフ。
なにかのギャルゲーのシーンを再現したものであり、すべて金本が担当している。
「よくもまあ……恥ずかしいセリフを、ポンポン言えるな」
僕らが演奏している最中、告白するであろうセリフが聞こえる。一人二役らしいが、女の子のセリフは裏声を出して気持ち悪いものだった。
「なにをいうか! おまえも知ってるだろう? この有名な場面を」
「知ってるよ! けど、おまえがやるとすべて台無しだろうが」
二人は言い争いをするように、話していた。僕は金本たちをほっておいて、自分の楽譜を見直す。
ーーギターはだいぶ弾けているけど、歌が……。
歌詞が書かれた紙を取り出すと、僕は憂うつな気持ちになった。
「どうしたんだ? 岩崎君」
僕の様子を見ていた和田が、話しかけてくる。和田は歌詞の紙を持つ僕に、気がついて尋ねる。
「歌詞だね? やっぱり、歌いにくいかい?」
「ええ、金本先輩から言われたもののまだ抵抗感が」
僕は童謡の替え歌に、頭を悩ませていた。歌詞は半分以上が、恋愛ソングみたいな内容だった。
それだけならまだいいのだが、おっぱいという単語があるのが嫌な気持ちになる。
ーーそこは原曲の歌詞を、持ってこなくていいだろ!
などと、心の中で僕は思っていた。
「ほとんど、金本の考えた歌詞が使われているからね……」
和田は苦笑いをしながら、そう話す。
「けどあまり難しく考えずに、楽しむように歌えばいいと思うよ」
楽しんだもん勝ちだということを和田は言いたいのだろう。
「……楽しめるかわかんないっす」
それが僕の本音だった。
「よーし! 次は、童謡の歌を弾いてみてくれ」
金本はぬいぐるみを入れ替えて、僕らに話してくる。
「やるしかないのか」
ギターを持った僕は重たい腰を上げて、演奏する準備をする。
「それでは、始めようか!」
金本の掛け声に合わせて、練習が始まる。
「ワン! ツー! スリー!」
岡山のドラムがカウントを取ると、僕らの演奏が部室に鳴り響く。
その演奏に合わせるように、金本はぬいぐるみを手で動かしていた。
僕は歌詞を見ながら、ギターを弾いて歌う。
「おっ……」
問題の歌詞が近づくにつれて、僕の声は小さくなっていく。
「ストップだストップ!」
金本がいきなり演奏を止める。
「こらこら、岩崎君! 前に言っただろう? 恥を捨てろって」
そう僕の前に立つと、ダメ出しをする。
「わかってはいるんですが、なんか……こう」
「そんなんじゃダメだぞー? さあ、大きな声で叫んでみよう!」
金本はそう言うなり、大きな声で叫び出す。
「おっぱーい!」
恥ずかしげもなく、部室に響き渡った声に僕は引いている。
その後も練習するが、なかなか進展することはなかった。
「はあ、疲れた」
部室の片付けをしながら、僕はそうつぶやく。
「今日の練習はまあまあだったね、岩崎君の歌が完璧なら大丈夫だろう」
僕を見ながら金本は、みんなに話す。ギターに関しては、前よりは難しを感じなかった。
問題は歌だろうと、誰もが思っている感じだ。
「けど岩崎君は純情ボーイだな、あんな言葉一つで恥ずかしいだなんて」
金本は笑いながら、僕を茶化す。
「逆に金本先輩たちは、なんでそんなにハレンチなんですか」
嫌みなつもりで、そう言い返す。
「岩崎君……」
僕の話を聞いた金本は、荒木たちと目を合わせる。
「そんなのは決まってるだろう! 常にアニメやギャルゲーで目を養っているからだ」
「……は?」
突然の言葉に、僕は理解できずにいる。
「物語の内容は二の次だ、 大事なのはキャラクターのどこを見るかだよ」
金本は腕を組みながら、興奮するように話し始めている。
「可愛いキャラの絵を見る時、まずどこを見る?」
唐突に僕に質問を投げかけてきた。
「え? やっぱり、顔とかじゃないですか?」
真っ先に、そう思い浮かんで答える。
「ナンセンス!」
金本はシュッと指を僕の顔に近づけて、左右にゆらす。
「それは三流がやることだ! まず見るのは身体のラインだ」
金本はアニメ雑誌を取り出して、イラストに指を指した。
「見たまえこのキャラの絵を! 素晴らしいボディラインだ、男の欲望を満たすだろう?」
イラストを見ると、学生服を着たかわいい女の子の絵がある。
金本の言っている意味がわからない僕は、なにがそこまで熱くなるか疑問に思った。
「……いや、コレを見たからってなにがいいたいかわからないですよ」
「君はバカなのかね? 僕らはね、毎日こういう絵と共に生きているんだ」
引きつった顔をするしかなく、荒木たちのほうに目を向ける。
金本だけだと思っていたが、荒木たちも納得するようにうなづいていた。
ーーまさか、僕だけなのか? まったく話についていけてないのは。
そう思っている僕を横に、金本は話し続けている。
「つまり! 毎日のように、キャラクターのおっぱいとか、お尻とかを考えているんだ」
だから恥ずかしいという感情はないと、金本は結論づける。
「日頃からこういうのを考えていれば、自然と口にできるのさ」
「けど、二次元ですよね? 現実の女の子にはどうなんですか?」
あくまで二次元にこだわる金本に、僕は尋ねる。
「三次元? もちろんだとも、だが二次元には勝てまい!」
ーーああ、こいつらは絶対にリアルの彼女はできないな。
金本の言葉を聞いた僕は、そう確信した。
僕自身も、モテる要素がないことに気づくが、金本たちはそれを超えている。
「……先輩たちは、ある意味で変態ですね」
ボソッと本音が口から出てしまう。
「そうだよ僕らは変態だ! だが、 その可愛いキャラをもっと知ってほしいのさ」
聞こえていたのか、金本はそう答える。
「とにかくだ! 君には歌ってもらわなきゃ困る!」
老人ホームでの演奏までに、なんとか克服するように僕に告げる。
「ライブのためだ! 頑張れ岩崎君」
金本は僕の肩を叩き、片付けの続きを再開する。
片付けが終わってそれぞれが帰り、一人になった僕は考える。
ーー演奏をして誰かに喜んで欲しい。
誰かになにかを、伝えることができたらと僕はバンドを組みたかった。
金本たちはアニメやギャルゲーソングの良さを楽しく伝えたいとしている。
同じような目的ではあるが、僕にそれができるのだろうかと思う。
「ああ! どうしたいんだ僕は」
あの歌を歌う恥ずかしさと、演奏を楽しんで欲しい気持ちが頭の中で交差する。
僕は頭をかきながら悩んでいると、誰かが部室のドアを開ける音がした。




