表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/173

第三十七話 「歌う意味を考える」

 バンド練習も本格的になったある日。僕らは、全員で合わせて演奏する。


「うーん、演奏はまあまあだな。金本のやつを除けば」


 練習をいったんやめて、休憩をしている時に荒木は金本を見る。


「なんだよ! 僕だって、真面目にやってるだろ?」


 演奏に合わせて金本は、ぬいぐるみを持ちながら劇をしていた。


 その光景はシュールと言えるものだった。金本自身が考えた脚本やセリフ。


 なにかのギャルゲーのシーンを再現したものであり、すべて金本が担当している。


「よくもまあ……恥ずかしいセリフを、ポンポン言えるな」


 僕らが演奏している最中、告白するであろうセリフが聞こえる。一人二役らしいが、女の子のセリフは裏声を出して気持ち悪いものだった。


「なにをいうか! おまえも知ってるだろう? この有名な場面を」


「知ってるよ! けど、おまえがやるとすべて台無しだろうが」


 二人は言い争いをするように、話していた。僕は金本たちをほっておいて、自分の楽譜を見直す。


 ーーギターはだいぶ弾けているけど、歌が……。


 歌詞が書かれた紙を取り出すと、僕は憂うつな気持ちになった。


「どうしたんだ? 岩崎君」


 僕の様子を見ていた和田が、話しかけてくる。和田は歌詞の紙を持つ僕に、気がついて尋ねる。


「歌詞だね? やっぱり、歌いにくいかい?」


「ええ、金本先輩から言われたもののまだ抵抗感が」


 僕は童謡の替え歌に、頭を悩ませていた。歌詞は半分以上が、恋愛ソングみたいな内容だった。


 それだけならまだいいのだが、おっぱいという単語があるのが嫌な気持ちになる。


 ーーそこは原曲の歌詞を、持ってこなくていいだろ!


 などと、心の中で僕は思っていた。


「ほとんど、金本の考えた歌詞が使われているからね……」


 和田は苦笑いをしながら、そう話す。


「けどあまり難しく考えずに、楽しむように歌えばいいと思うよ」


 楽しんだもん勝ちだということを和田は言いたいのだろう。


「……楽しめるかわかんないっす」


 それが僕の本音だった。


「よーし! 次は、童謡の歌を弾いてみてくれ」


 金本はぬいぐるみを入れ替えて、僕らに話してくる。


「やるしかないのか」


 ギターを持った僕は重たい腰を上げて、演奏する準備をする。


「それでは、始めようか!」


 金本の掛け声に合わせて、練習が始まる。


「ワン! ツー! スリー!」


 岡山のドラムがカウントを取ると、僕らの演奏が部室に鳴り響く。


 その演奏に合わせるように、金本はぬいぐるみを手で動かしていた。


 僕は歌詞を見ながら、ギターを弾いて歌う。


「おっ……」


 問題の歌詞が近づくにつれて、僕の声は小さくなっていく。


「ストップだストップ!」


 金本がいきなり演奏を止める。


「こらこら、岩崎君! 前に言っただろう? 恥を捨てろって」


 そう僕の前に立つと、ダメ出しをする。


「わかってはいるんですが、なんか……こう」


「そんなんじゃダメだぞー? さあ、大きな声で叫んでみよう!」


 金本はそう言うなり、大きな声で叫び出す。


「おっぱーい!」


 恥ずかしげもなく、部室に響き渡った声に僕は引いている。


 その後も練習するが、なかなか進展することはなかった。


「はあ、疲れた」


 部室の片付けをしながら、僕はそうつぶやく。


「今日の練習はまあまあだったね、岩崎君の歌が完璧なら大丈夫だろう」


 僕を見ながら金本は、みんなに話す。ギターに関しては、前よりは難しを感じなかった。


 問題は歌だろうと、誰もが思っている感じだ。


「けど岩崎君は純情ボーイだな、あんな言葉一つで恥ずかしいだなんて」


 金本は笑いながら、僕を茶化す。


「逆に金本先輩たちは、なんでそんなにハレンチなんですか」


 嫌みなつもりで、そう言い返す。


「岩崎君……」


 僕の話を聞いた金本は、荒木たちと目を合わせる。


「そんなのは決まってるだろう! 常にアニメやギャルゲーで目を養っているからだ」


「……は?」


 突然の言葉に、僕は理解できずにいる。


「物語の内容は二の次だ、 大事なのはキャラクターのどこを見るかだよ」


 金本は腕を組みながら、興奮するように話し始めている。


「可愛いキャラの絵を見る時、まずどこを見る?」


 唐突に僕に質問を投げかけてきた。


「え? やっぱり、顔とかじゃないですか?」


 真っ先に、そう思い浮かんで答える。


「ナンセンス!」


 金本はシュッと指を僕の顔に近づけて、左右にゆらす。


「それは三流がやることだ! まず見るのは身体のラインだ」


 金本はアニメ雑誌を取り出して、イラストに指を指した。


「見たまえこのキャラの絵を! 素晴らしいボディラインだ、男の欲望を満たすだろう?」


 イラストを見ると、学生服を着たかわいい女の子の絵がある。


 金本の言っている意味がわからない僕は、なにがそこまで熱くなるか疑問に思った。


「……いや、コレを見たからってなにがいいたいかわからないですよ」


「君はバカなのかね? 僕らはね、毎日こういう絵と共に生きているんだ」


 引きつった顔をするしかなく、荒木たちのほうに目を向ける。


 金本だけだと思っていたが、荒木たちも納得するようにうなづいていた。


 ーーまさか、僕だけなのか? まったく話についていけてないのは。


 そう思っている僕を横に、金本は話し続けている。


「つまり! 毎日のように、キャラクターのおっぱいとか、お尻とかを考えているんだ」


 だから恥ずかしいという感情はないと、金本は結論づける。


「日頃からこういうのを考えていれば、自然と口にできるのさ」


「けど、二次元ですよね? 現実の女の子にはどうなんですか?」


 あくまで二次元にこだわる金本に、僕は尋ねる。


「三次元? もちろんだとも、だが二次元には勝てまい!」


 ーーああ、こいつらは絶対にリアルの彼女はできないな。


 金本の言葉を聞いた僕は、そう確信した。


 僕自身も、モテる要素がないことに気づくが、金本たちはそれを超えている。


「……先輩たちは、ある意味で変態ですね」


 ボソッと本音が口から出てしまう。


「そうだよ僕らは変態だ! だが、 その可愛いキャラをもっと知ってほしいのさ」


 聞こえていたのか、金本はそう答える。


「とにかくだ! 君には歌ってもらわなきゃ困る!」


 老人ホームでの演奏までに、なんとか克服するように僕に告げる。


「ライブのためだ! 頑張れ岩崎君」


 金本は僕の肩を叩き、片付けの続きを再開する。


 片付けが終わってそれぞれが帰り、一人になった僕は考える。


 ーー演奏をして誰かに喜んで欲しい。


 誰かになにかを、伝えることができたらと僕はバンドを組みたかった。


 金本たちはアニメやギャルゲーソングの良さを楽しく伝えたいとしている。


 同じような目的ではあるが、僕にそれができるのだろうかと思う。


「ああ! どうしたいんだ僕は」


 あの歌を歌う恥ずかしさと、演奏を楽しんで欲しい気持ちが頭の中で交差する。


 僕は頭をかきながら悩んでいると、誰かが部室のドアを開ける音がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ