第三十六話 「たしかに恥ずかしいよね……そのワード」
部室は笑い声に包まれている。
「あはは、岩崎君! なんだいこの歌詞は」
大笑いをして笑う金本は、僕にそう尋ねた。
なぜ笑っているのか、わからない。そこまで笑われるような内容の歌詞を書いた覚えはない。
ーーそりゃあ、ちょっと恥ずかしい言葉とか書いたけどさ。
バカみたいに笑う金本たちに、少し不機嫌になる。
「ごめんごめん、そんな怖い顔しないでよ」
「いや、いいんですけど。そんなに笑うような歌詞でしたか?」
僕は金本にそう聞いてみる。
「そりゃあ笑うよ! なんだいこの歌詞は、君は欲求不満なのか?」
金本は僕が書いた歌詞の紙を差し出す。渡された紙を見た僕は、目が飛び出す衝撃だった。
そこには、初めに書いた下ネタ満載のボツにした歌詞が書かれていた。
「な、なんだこりゃー!」
確かにきちんと書いた紙を、カバンに入れたはずだった。
ーーもしかして、間違えてこっちを入れちゃったのか?
眠気がひどくて、どの紙を入れたか僕は記憶にない。
入れ間違いをしてしまったことより、金本たちに歌詞を見せたのがなによりも恥ずかしい。
「どれどれ?」
固まっている僕の手から紙を取り上げた荒木は、その歌詞を見る。
「わははは! なんだこれ」
荒木の笑い声を聞いた和田たちも、側で見始める。
「カチカチお山が、カチカチキノコってて……」
「もうやめてー!」
恥ずかしい歌詞を読み上げる和田に、僕は大声で止めに入る。岩崎恭介、一生の恥。
「まあ、使えそうな歌詞の部分もあるし、みんなの歌詞を合体させよう」
ほとぼりが冷めると、金本はみんなから集めた歌詞を見ながら話す。
「おっぱいという言葉は恥ずかしいが、そこは我慢だな」
荒木は話を聞いて、そう口にする。
「……」
魂が抜けたような僕は、黙ってそのやりとりを聞く。
金本を中心に、童謡の替え歌が完成する。
「うむ、完成だな! それじゃあ、岩崎君。歌はまかせたよ」
全員の考えた言葉を一つにした歌詞が書いている紙を僕に渡す。
「え? また、僕が歌うんですか?」
「当たり前だろ? 君はギターボーカルなんだから」
前回やったライブだけと思った僕は、金本の言葉におどろく。
「嫌ですよ! おっぱいなんて、恥ずかしくて歌えないです!」
まともな歌詞になってはいるが、その単語に抵抗感があった。
ーー誰が好き好んで、おっぱいなんて言わなきゃならないんだ!
僕は全力で反対する。
「なにが恥ずかしいんだ! 男のロマンだろ!」
僕が反対するも金本は、そう力強く声にした。
「男子たるもの、 一度は口にしたいだろう? 恥を捨てるんだ岩崎君」
「……いや、でも」
そう言われようとも、いまいち踏ん切りがつかない。
恥ずかしいというよりも、お年寄りに向かってそれを言っていいのかと僕は思った。僕が首を縦にふらないことに、しびれを切らした金本は口にする
「そんなに嫌なら、君が書いた歌詞に変更するぞ?」
「やりますやります! 僕、歌います」
あんな黒歴史になるだろう歌詞を、歌うわけにはいかない。
僕は冷や汗をかきながら、ボーカルを引き受けることにした。
「よーし! では、さっそく練習を始めるぞ」
机をどかして、金本は練習する場所を作る。
「……金本、おまえはなにしてるんだ?」
金本の行動に荒木は尋ねる。
僕らが練習するスペースは別に、金本は部室の角っこに机を置く。
「なにって、劇に使う小道具を作るんだよ? おまえ達は曲の練習だ」
画用紙に色鉛筆などを出しながら、僕らに練習を指示する。
「さーて、背景でもサクッと描いちゃおう」
僕らに構わず、金本は一人で作業を始めてしまった。
「……練習するか」
荒木はそう僕に言うと、ベースを取り出す。
「じゃあ岩崎君は、僕とギターを練習しよう」
和田はギターを持って僕に話しかける。全体で合わせて弾くことはせず、今日は個人で練習するようだった。
僕はアコースティックギターを持ち、楽譜を広げる。
「それじゃあ僕が最初に弾いてみるから、よく聞いてね」
和田はギターを弾き始めた。
すでに楽譜を覚えたように、曲に合わせて完璧に弾いている。
弾けていることもそうだが、その覚える早さに僕はおどろく。
「いつも思うんですけど、なんでそんなに早く覚えられるんですか?」
不思議に思ってそう聞いてみる。
「聴いたことがあるし、いいなって思ったら自然に弾いたりするからかな」
「けど今までと違うジャンルというか、 歌ものじゃないですよね?」
僕は自分が好きな曲しか弾こうとしない。
ロックな音楽ばかり聴いてきたからだ。
それとは違い、和田はギャルゲーソングでも様々なジャンルを聴くと話す。
ーーそこが和田先輩たちとの違いなのだろうか?
ギターのうまさが違うのは、そういうことが関係しているかと僕は思った。
和田がギターを弾き終わりると、僕の楽譜に赤いペンでなにかを書く。
「ここの部分は間違えやすいから注意だね。それから……」
曲を弾きやすくなるように、アドバイスをしてくれる。
僕でもわかりやすいように、見やすくなった楽譜。
「ありがとうございます! これなら、僕でも弾けるようになりますね」
僕は、楽譜を見ながら感謝をする。
「それじゃ、最初のほうから弾いてみようか」
和田からそう言われ、さっそくギターを弾いてみる。
ーージャンジャカ、ジャカジャカ。
僕のアコースティックギターから、大きな音が鳴り響く。
四つのコードを繰り返してループさせる。
難しさは感じられないが、コードチェンジをする時に手こずる。
「ゆっくりゆっくり! 一音ずつ、しっかり弾くんだよ」
僕が弾く音を聴いた和田は、テンポを合わせるように手をたたく。
ーーいきなり、そんなことを言われても。
押さえていた左指が、少しズレてしまいミスをする。
変な音になって、途中で弾くのを止めてしまった。
「おしい! きちんと弾けているし、もっと練習すれば大丈夫かな」
和田はそう話すと、僕が弾いたのと同じコードを再び弾く。
「……和田先輩はミスがない、それにリズムもちゃんと意識して弾いてるな」
「テンポに合わせて弾くんだよ、そうすれば安定する」
ベースの練習をしていた荒木が、ギターの音色を聴きながら話す。
「ドラムやベースを耳で聴けば、もたついたり音が走ったりしないもんよ」
「岩崎君のギターは弾くってよりも、弾かされているって印象だからね」
和田と荒木は、僕の弾くギターのクセをきちんと理解していた。
的確な指摘に僕は、すぐにそれをメモをする。
自分では気づかない欠点やクセを見抜く二人に感心してしまった。
「それじゃあ、また最初から弾き直してみようか」
それから同じような練習を、ひたすら繰り返した。
同じフレーズを弾いていくにつれて、初めよりもミスが少なくなる。
ーー手こずるけど、慣れてきたな。
僕は、まだ完璧に弾けていないギターの音を聴きながらそう思った。
弾いている僕のギターに、合わせて弾く音が聞こえる。
横を見ると、和田がメロディラインを弾いていた。
「そのまま続けて」
そう言われた僕は、ギターに集中してフレーズを弾く。
僕と和田の合わさったギターの音色が、部室を包み込んでいた。




