第三十五話 「言葉選びは慎重に」
「今回、僕は演奏をしない!」
金本は僕らに、そう宣言した。老人ホームでの演奏に参加をしないことに僕はおどろく。
「ちょっと! どういうことですか?」
金本の意外な発言に、僕はそう尋ねた。アニメや、ギャルゲーを誰よりも伝えたがっていたのは金本だからだ。
「岩崎君、落ち着きなさい。今、説明するから」
そして金本は、僕らに話し始める。
「僕らはギターが多いだろう? 曲によっては、そこまで人数はいらないと思うんだ」
同好会のバンド構成はギターが三人。一般的なバンドよりも多いと僕も思っていた。けれど、ギターがそこまでうまくない僕にとっては、金本のギターは必要だ。
ーー金本先輩が弾かなかったら、僕の音が目立ってしまう!
そんな不安感を僕は持つ。
「まあ言いたいことはわかるけど、それならおまえはなにするんだ?」
話を聞いていた荒木は、金本を見てそう話す。
「ふふふ、それはだね……」
金本のもったいぶるような様子に、僕らは少しイライラする。
「早く言えよ!」
その場にいる全員が同じ言葉を口にした。
「僕がやるのは……これだ!」
金本は、カバンからぬいぐるみを出してくる。
「おまえたちの演奏する曲に合わせて、僕は人形劇をやる!」
突然、わけのわからないことを言い出した金本に、僕の思考は止まる。
「え? なんですかそれ! 全然、バンド演奏と関係ないですよ」
「僕らの目的は、アニメやギャルゲーの良さをわかってもらうことにある!」
ぬいぐるみの劇と、それがどう関係するのか、僕は疑問に思った。
「作品のBGMを弾くのだから、そのシーンを劇で演出すればイメージが付きやすいだろう?」
どういった頭をしたら、そんなことを思いつくのだろうか。金本はたまに、誰も考えないようなアイディアをひらめく。
それがいいのか悪いかは、僕らにはわからない。
「いいんじゃない? それも、おもしろそうだね」
和田は金本の話に賛成をしている。
「どうせやるなら、童謡の曲にも劇を付け加えよう。お年寄りにはわかりやすいし」
「いいね! そうしよう」
金本と和田は、お互いに意見を出し合って盛り上がっている。
「こんなのでいいんですかね……荒木先輩」
その様子を見ていた僕は、荒木に尋ねた。
「こうなっちまったら、もう止まらないだろうね」
お互いに苦笑いをしながら、反対はできないだろうと納得した。
「ということで! 岩崎君は早めに歌詞を考えること、 今日は解散」
同好会が終わり、僕らはそれぞれ帰宅する。
「まいったな、やることが多すぎる」
自分の部屋で僕は、楽譜となにも書かれていない用紙を見つめる。
曲を覚えるのは後からでもいいのだが、問題は歌詞だろう。僕は、原曲の童謡を流して歌詞を確認する。
「初めてまともに聴いたけど、長い曲なんだな」
冒頭のフレーズしか聴いたことがない僕は、そんな感想を持った。
ーーたねきの日常を歌ったような歌詞を、どうギャルゲーぽくするんだよ。
とりあえず原曲の歌詞を書き写してみる。
「問題はここからだな……」
僕はペンを持ち、 歌詞が変えれそうなところがあるか考える。
「思い浮かばないよ! なんて書けばいいんだ」
やはり前と同じように、なにも思いつかない。
ギターはできても、作詞家にはなれないだろうと僕は思った。
「金本先輩から借りたCDでも、聴いてみるか」
カバンから借りたCDを取り出して、音楽プレーヤーに入れる。
ーーいろいろな曲が入ってるから、そこからヒントをもらおう。
曲を再生するや、いきなりキュンキュンするような歌が流れる。
僕は歌詞カードを見ながら、曲を聴く。
「なんか……恋愛ぽい歌だな」
片思いや初恋を歌ったような歌詞が多い印象だ。
何曲か聴いても、似たような曲ばかりで、ほとんどが恋という言葉がつく。
「つまり、恋愛要素を書けばいいのか?」
そう考えながら、さっそくマネをして歌詞を書いてみる。
書いては消してを繰り返し、時間が過ぎていった。
数時間ほどたつと、書き終わった歌詞を見る。
「これ……やばいな」
原曲は山にいるタヌキを歌った曲。
しかし僕が書いたのは、たぬきが一匹も出てこないどころか、恋も愛もない。
「どうして、こうなった?」
あまりにもひどい下ネタがオンパレードな歌詞に、自分にドン引きする。
間違いなく、金本たちにダメ出しをされるだろうと、書き直す。
「真面目に書こう」
それから何度もCDを聴き、自分が納得するまで書き続けた。
「できた……完璧だ!」
自信がないとはいえ、完成した歌詞を見て僕はそう声にする。
すでに夜中を過ぎ、睡魔が僕を襲う。
「ダメだ眠い、書いた紙をカバンに入れよう」
僕は紙をカバンに入れ、そのまま眠りについた。
「やばい、また遅刻だ」
朝になり、普段よりも遅い時間に目が覚める。
急いで自宅を飛び出して、学校へ走り出した。
「あれ? あれは鏡香か?」
信号待ちをしていると、鏡香の姿があった。
「よっ、この間はありがとうな! すごい使いやすいな、 あのギター」
僕は鏡香にそう話しかけてる。
「アンタか、どう? さっそくギターは使ってる?」
「ああ、次の演奏で使う予定だよ。先輩たちからも、いいギターだって言われてさ」
信号が変わり、僕らは話しながら歩き始める。
「アンタって、この近くに住んでるの?」
会話の途中に、鏡香はそう尋ねる。
「そうだけど? おまえもか?」
「まあ……ね。学校が近いから、こっちから通学してるのよ」
鏡香を見ると、僕が通う学校よりもレベルの高い進学校の制服を着ている。
「その制服、竹谷場高等学園だろ? おまえ、頭いいんだな」
見た目とは違い、頭がいい学校に通う鏡香に僕はおどろく。
「そんなことないわよ、勉強ばっかのつまらない学校よ」
鏡香は不満そうにそう答える。
「けど時間は大丈夫か? 遅刻するぞ?」
すでに学校が始まった時間。僕は完全に遅刻だが、時計を見て確認する。
「別に大丈夫よ、成績が良ければ問題にならないし」
ーーさすがは進学校、うらやましい話だ。
僕なんかと違い、いい学校生活を送っているんだと思った。
「それより、アンタは大丈夫なの? 急いだほうがいいわよ」
「わわっ! そうだった、また反省文を書かせられる」
鏡香はため息をついて、僕に早く行くようにうながす。
「じゃあな! 機会があったらギターでも教えてくれよ」
僕は鏡香と別れ、そのままダッシュして学校へ向かった。
結局、遅刻で怒られた僕は、昼休みにまで反省文を書く羽目になった。
同好会が始まる時間になり、部室に顔を出すと、金本たちはぬいぐるみで遊んでいる。
「やあ岩崎君! 見たまえ、かわいいだろう?」
動物ではなくキャラクターのぬいぐるみを手に、僕に聞いてくる。
「いや……かわいいですけど、なんですか? それ」
「劇で使うんだよ! このぬいぐるみは、その主人公だ」
金本はそう言いながら、グイグイとぬいぐるみを僕の顔に近づける。
「そんなことより、ちゃんと歌詞は書いてきたんだろうねぇ?」
不気味な顔をする金本に、僕はカバンから書いた紙を差し出す。
「期待はしないでくださいよ? 」
僕から受け取った紙を見た金本は、なぜか笑い始める。




