第三十四話 「疑いの眼差しは、すぐに向けられる」
僕は上機嫌で、登校している。右手には買ったアコースティックギター。
ケースに入っていない本体のみを持って歩いていた。
「やはり目立つか? けど、気にしなーい!」
教室に着いて、机の横にギターを置く。
「おはよう! がんちゃん、そのギターはどうしたの?」
ギターに気がついたひなたが、そう聞いてくる。
「これか? 実はさ、リサイクルショップで安く買えたんだよ」
気分が良い僕は、自慢するように話す。
「ふーん、それはよかったね。けどさ、その顔はなんなの?」
「相変わらず、失礼なやつだな! 普通の顔だろ?」
僕の顔を見て話すひなたに、そう言い返す。
「いや……ニヤニヤしてて、気持ち悪いんだけど」
ーーさらに失礼だろ!
僕はスマートフォンで自分の顔を見てめる。
「ニヤニヤ……しているな、たしかに気持ち悪い」
反射で写る自分の顔を見て、僕はそう口にする。
「なんかあったの? がんちゃんが、上機嫌ってめったにないし……まさか!」
ーーその時、ひなたはなにかを感づく。
「まさか、女の子が関係している……?」
まるで探偵のようにひなたは、手をアゴに当ててそう話す。
「そそっ……そんなことはないぞ? ありえないだろ」
あきらかに動揺する僕の声は、どこかおかしい。ひなたは、じっと僕の顔を見る。
「怪しい……ものすごく怪しいわね」
「あー! 授業が始まる時間だぞ? ほら、準備だ準備」
チャイムが鳴り、逃げるように話を誤魔化す。
授業中も、ひなたはあやしむように僕を見ていた。
ーー女の勘ってこわい。
その後も同じように、しつこく聞いてくるのだった。部活の時間になり、ひなたから解放された僕は急いで部室へ向かう。
「まったく! 時間が遅くなったじゃないか」
集合時間を過ぎてしまい、廊下を走る。
部室に入ると、すでに金本たちは集まっていた。
「やあ岩崎君! 今日はやけに遅かったじゃないか」
金本はそう話しかけてくる。
「すみません、ちょっとありまして」
和田は僕が持っているギターに気づく。
「あれ、それってアコースティックギター? 買ったんだね」
「そうなんですよ、リサイクルショップで買いました」
僕はギターを和田に見せる。
「へえ、ちょっと触っていいかな?」
ギターを渡すと、和田は軽く弾いてみせる。
「なんか弾きやすいね、僕のよりいい音が鳴ってる気がする」
「ほう! 和田がそう言うなんて、めずらしいじゃないか」
金本は和田からギターを奪うと、同じように弦をはじく。
「うむ……いい音だ。本当にリサイクルショップで買ったのかい?」
まじまじとギターを見ながら、金本は僕に問い掛ける。
「疑ってますね? 本当ですよ、レシートを見せましょうか?」
僕は財布からレシートを取り出して、金本たちに見せる。
ーージャンク品、一点。
そう書かれているレシートを見た金本はおどろく。
「ジャンク品? 三千五百円……嘘でしょ?」
「見た目は、どこも悪いようには見えないよな? 錆びついてたりはしてるけど」
一緒にレシートを見ていた荒木は、そう口にする。
「けどジャンクなら、ここまでしっかりした音にはならないけど……なぜだ!」
「そっ、それは多分、メンテナンスがされてたからじゃない?」
金本が疑問に思っていると、僕らのやりとりを見ていた岡山が話に入る。
「おっ、音を聴いただけだけどさ、きれいに鳴るってことはギターの調整がされてるからだろ?」
ーー岡山先輩が話すって、めずらしいな。
いつも黙って話を聞くだけの岡山に僕は意外だと思った。
「あ、ああ。そうだけどさ、リサイクルショップってジャンクでもメンテナンスとかするの?」
岡山の話を聞いた金本は、みんなに聞いてみる。
おそらく誰もそれはないと思っているのか、黙っている。
「岩崎君、誰かにギターを直してもらったの?」
話題を変えた和田は、僕に聞いてくる。
「え? いや、その……」
楽器屋で出会った女の子に、直してもらったとは言えない。
ましてや、ギターを選んでもらったなんてしゃべったら、なにを言われるかわからない。
「じっ……自分で直しました」
僕はバレないように、嘘をつく。
ーーさすがにひなたのように感づいたりはしないだろう。
僕がそんなことを考えながら話すと、金本たちはおどろいた顔をしている。
「すごいな岩崎君! さすがバンド小僧なだけあるね」
荒木は感心したように話す。
僕は苦笑いしながら、適当に話を合わせる。
「けどギターから、いい匂いがするな」
ギターのボディに鼻を近づけて、匂いをかいでいる金本がそう口にする。
「あ、本当だ。なんだろう? 香水のような」
近くにいた和田も匂いをかぐ。
「女の子がつけるような、香水の匂いっぽいが……」
金本たちの目線が即座に僕に向く。
「えっと……それは」
だらだらと嫌な汗が僕の顔から流れる。
「まさか……」
金本の口から出る言葉に、僕は息を呑む。
「女の店員さんがつけてた香水だな!」
「……へ?」
バレたと思った僕の予想とは違い、金本は的外れなことを言っている。
「おそらく、接客をした女の店員さんがつけていたものだろうさ」
そう納得する金本は、高笑いをする。
ーー良かった。まあ考えたら、金本先輩たちには二次元の女の子しか興味ないだろうし。
金本たちが話す女の子の話題は、アニメかゲームしかない。
僕は少しだけ、二次元のキャラに感謝するのだった。
「おっと! そんなことより、楽譜ができたから、それぞれ見てほしい」
楽譜を渡されると、僕はすぐに確認する。
金本が書く楽譜は、いつものことながら完成度が高い。
「相変わらず早いですね」
それに、書き上げるスピードが早いことにおどろく。
「まあ、書くのは一曲だけだからね! 残りはネットから印刷さ」
「楽譜もできたんだしさ、そろそろ練習したほうがいいんじゃない?」
楽譜を見ていた和田が、そう提案する。
同好会の活動が停止になって、久しぶりの練習に僕はテンションが上がる。
「そうですね、さっそく練習しましょう!」
早くアコースティックギターを使ってみたい僕は、ギターを持って立ち上がる。
「けど童謡の歌詞を考えなきゃだしなー、それが終わってからでもよくないか?」
ーーあっ、そうだった。歌詞を書くんだった。
ギャルゲーっぽいような歌詞を書かなけれはならないことに気づく。
「どう? みんなは書き終えた?」
金本がそう聞くと、和田たちは紙を取り出す。
「まだ終わってないけど、ある程度は書いてるよ」
「そうか、僕もだよ。まだ納得はしてないけどね」
荒木の言葉を聞いた金本も、歌詞を書いた紙を見ながら話す。
「岩崎君はどう?」
一人黙っていた僕に、金本は尋ねる。
「あ……すみません、まだ一文字も書いてないです」
僕の言葉に、金本は険しい顔をしていた。
「まずは、曲を聴きまくれ! 練習はそれからだ」
金本はカバンからCDを取り出すと、 僕に手渡す。
「僕のベストセレクション集だ、ロックな曲から電波ソングまである」
ーーつまりは、これを聴いて勉強しろってことか。
せっかくギターを買ったのに、練習がまだできないことに落胆する。
「それともう一つ、みんなに伝えることがある」
金本がそれを口にすると、僕らはぶったまげた。




