第三十三話 「少年よ少女に学べ」
ーーこいつ、本当に女なのかよ。
目の前でアコースティックギターを弾く姿に、僕はおどろいていた。
どうせ女の子だから、コードをジャカジャカと弾くだろうと甘くみていた。
「え? アコースティックギターって、指でたたくもんなの?」
女の子は、見たことがない演奏をしている。親指で弦をたたいたり、フレーズによって、ボディを手でたたいていた。
まるでベースでスラップをしているような、派手な音が鳴り響いている。
「手の動きが……なんというか、気持ち悪い」
もちろん、悪い意味で言ったわけではない。あまりにもすごすぎて、そう例えてしまったのだ。
「ふう、まあまあね。悪くない音色だわ」
弾き終わった女の子は、満足したようにギターをスタンドに戻す。
僕は言葉が出ずに、その場で固まっていた。
「どう? なにか言いたいことはある?」
その様子を見ていた女の子は、ニヤリとながら僕に話す。
「ぐぬぬ……」
圧倒的な敗北感に、僕はなにも言えない。
「ふふ、店員さん。これ買います」
店員は女の子からそう言われ、すぐにギターをレジに運ぶ。
「くそ! 僕だって、あのギターが欲しかったのに」
値段もお手頃で、次回に来た時に買えるだろうと考えていた。
「けどギターも下手くそなやつより、うまい人に使われるほうがいいか」
自分のギターが改めて、レベルが低いことを実感する。
結局、楽器屋でアコースティックギターを買うことはなかった。
「……帰ろう。ギターは金本先輩から借りようかな」
肩を落として出入り口まで歩く。
レジでは、女の子が清算を済ませている。
ーーそれでも、くやしい! あんな生意気そうなやつに買われるなんて。
ジッと見ていたら、女の子と目が合う。
「なに? まだ、なんか用?」
女の子の手に、買ったギターがないことに気づく。
「あんた、あのギターは持って帰らないのか?」
すると、女の子はキョトンとしていた。
「え? ああ、今日は持っていかないわね、 こいつがあるし」
手に持つハードケースを、ポンポンとたたく。
「日を改めて取りにくるわ、練習用に買っただけだし」
ーーこいつはもしかして、バンドマンじゃないか?
あれだけのうまい演奏ができるのだから、本格的にバンドをやっているように見える。
「そういうアンタは? 初めてギターを買いに来たの?」
僕が考えていると、女の子はそう聞いてくる。
「そうだよ、部活でアコースティックギターが必要で買いに来たんだ」
女の子は僕の話を聞いて、なにかを考えている。
「ふーん、ちなみにお金はどれくらいあるの?」
僕は手をパーの形にして、女の子の前に出す。
「五千円だ……今は、それしかない」
自分で言ってて、恥ずかしい気分になる。低予算で買えるほど、ギターは安い買い物じゃない。
「ならいいところを知ってるから、行ってみる?」
突然の言葉に、僕はおどろく。
見ず知らずの人から、そんなことを言われたことがない僕は警戒した。
「どっ、どこに連れていくつもりだ?」
身構える僕に、女の子は店を出ていく。
「ほら! 行くわよ、アコギが欲しいんでしょ?」
そう言われ、わけがわからずに僕は後を追う。
しばらく街を歩いて、リサイクルショップに着く。
ーーリサイクルショップ? なんで、こんなところに。
女の子は店に入っていく。
「おいおい、なんでリサイクルショップなんだよ? ギターとかないだろ」
「黙ってついてきなさい!」
僕の話を聞かず、慣れたように店の中を歩いていた。
ジャンクコーナーと書かれた場所で、女の子の足はピタッと止まる。
「今日は、あんまり品数が増えてないわね」
僕もその場所を見ると、そこにはエレキギターが何十本も並んでいた。
「おお! リサイクルショップにもギターがあるんだな!」
ギターが売られていることにテンションが上がった僕は、見て回る。
しかし、なにかがおかしいことに気づく。
「あれ? なんか、パーツが無いのばっかりだぞ?」
弦を巻きつけるペグがなかったり、ピックアップが一つ欠けていたりする。
「ただのガラクタじゃないか!」
とても使えそうにないギターばかりに、ガッカリする。
「どこ行ってんの? こっちよ、こっち」
女の子が呼ぶほうへ行くと、アコースティックギターがある。
「これなんかいいんじゃない?」
その中の一本を指差して、僕に話す。
「HAYAMA? 聞いたことがないブランドだぞ?」
似たような有名ブランドのロゴとそっくりではある。
「多分、パチモンね。たまにあるのよ、こういうギター」
「へえ…… というかあんた、なにしてんだ」
女の子は勝手にギターを持ち出して、軽く弾いている。
「さすがに、状態が悪いわね」
パーツを一つずつ確認しながら、チェックをしているようだ。
見た感じにはどこも悪くはないように僕は見えた。
「そこまで悪いのか? ぱっと見、 良さそうだけど」
「アンタ、ギターをメンテナンスしたことないの? 一目見ればわかるじゃない」
そう言われても、僕にはよくわからない。
女の子はため息をつくと、説明をし始める。
「まずはここ! ペグが錆びついてて、チューニングが狂いやすいし、弦高が高くて弾きにくい」
またギターを弾くと、音がビビって聞こえる。
「多分、ネックも反ってるわね。順反りかしら」
女の子はアコースティックギターのヘッド部分からのぞきこんでいる。
その後、工具をポケットから取り出すと、なにやら作業をしていた。
「勝手にいじっていいのか? 壊れたらどうするんだ」
僕の言葉を聞くことなく、ひたすらネジを回している。
「こんなところかしらね、これならアンタでも弾きやすいはず」
作業が終わると、ギターを僕に手渡す。
「ちょっとグリグリって回したからってそんな簡単に……」
受け取ったギターのフレットを押さえて、弦をはじく。
ーージャラン!!
「あれ? 楽器屋で弾いたギターよりも、しっかり音が出ている」
古い弦ではあるものの、きちんとした音色に僕はビックリする。
「いったい、なにをしたんだ? 弾きやすくなってるぞ?」
「ただ、ネックの反りを直して弦高を低く調整しただけよ」
女の子は簡単に説明して、ハードケースを持つ。
「さてと……アタシはもう行くわね、これから予定があるの」
そう話すと歩き出す。
途中、振り向いて僕にまた話しかけてきた。
「そのアコギは買っておいたほうがいいわよ? 部活で使うくらいなら十分だし」
女の子の話を聞いた僕は、最後に尋ねる。
「おい! なんで、そこまで良くしてくれたんだ? 僕らは初対面だろ」
僕の問いに女の子が答える。
「ギターをやってるんでしょ? なら音楽仲間みたいなものじゃない、理由なんかないわ」
その時、女の子が少し笑っているように僕は見えた。
「あんた……名前は? 僕は、岩崎 恭介」
僕の名前を言うと、同じように女の子は自分の名前を口にする。
「きょうか……田所 鏡香よ」
名前を告げ、そのまま去っていった。
「田所……鏡香か」
いいやつだなと思った僕は、このギターを買うことに決めた。
「けど、買っておいたほうがいいって……値段が」
購入を決めたはいいが、五千円で買えるのか。
そう思い、ギターが置かれていたところにある値札を見る。
「マジかよ……三千五百円って、しかも税込み」
あまりの安い値段におどろくが、田所のことを信じてレジに持っていく。
「これください!」
すぐに会計を済ませて、店を出る。
僕は店を出ると、うれしい気分になった。
アコギを買えたこともそうだが、新しい音楽仲間ができたような気がしたからだ。
「けどさ……これ、どうすんだよ」
ソフトケースがないアコースティックギター。
リサイクルショップの袋に入ったギターを手に持ち、僕は自宅へ帰ることになる。




