第三十二話 「行こう! 買おう! アコースティックギター」
休みの日になり、僕は楽器屋へ向かう。
「アコースティックギターか、いくらくらいするんだろう?」
電車の中で、僕はそんなことを考えていた。ドアが開いては、乗客が入ってくる。
ーーやっぱり休日だから、人が多いな。
僕がイヤホンで音楽を聴いていると、目の前に女の子が立っている。電車が揺れると、僕の足になにかがゴツンと当たった。
なにかと思って、視線を横に向けた。
ーーん? ギターケースか。
ギター用のハードケースを目の前にいる女の子が置いていたようだ。僕と同じように、耳にイヤホンをしている様子で、僕の足に当てたことに気づいていない。
ーーへえ、女の子がハードケースか。エレキかな?
気になった僕は、ケースを眺める。
「……なに?」
女の子がイヤホンを外して、にらみながら話しかけてくる。
「あっ、すみません。つい……」
突然にらまれた僕は、反射的に謝ってしまった。女の子はケースを手に持つと、ドアまで歩いていく。
電車が止まり、ドアが開いて女の子は降りていった。
「こっ、こえー。まるで、ゴミでも見ていたような顔だったぞ」
いなくなった後、僕はつい口にしてしまった。
電車のアナウンスが流れると、女の子が降りた駅が僕も降りる駅だと気づく。
「あ! やばいやばい、僕も降りなきゃ」
慌てた僕は、すぐに電車を降りる。改札口を出て、楽器屋まで歩き出した。
「さっきのやつ、バンドの練習とかするのかな?」
楽器を持って外に出るってことは、練習かライブくらいしかないはず。
僕は歩きながらそう考えていた。しばらくして、楽器屋が目の前に見える。
「毎回思うけど、楽器屋って変に緊張するんだよな」
普通のお店と少し違う空間に、僕は未だに慣れていない。店内に入ると、すぐにギターが多く並べられている。
入ってすぐに僕は、エレキギターが並ぶフロアに入る。
「ほうほう、いいレスポールがあるな」
自分が使っているのがレスポールなだけに、すぐに目に入る。
ーーロックといえばレスポール!
僕がそう考えるくらい、メジャーなギター。
あの丸いダルマのような形、太くてパワフルな音を出すハムバッカーピックアップ。
まさに僕のためにあるようなギターだ。
「しかし……値段が高い」
値札を見て僕は、そう思い知らされる。
数十万円という、高校生には手が出せない値段。
ーーこんなの買えるわけないだろ!
誰がこんなの買うんだと思っていると、同じようにギターを見ているサラリーマンがいる。
「すみません、これって試奏できますか?」
店員を呼び、指を指したギターは、僕が見ていたギターだった。
ーーマジか! まさか買うつもりなのか?
その様子を見ていた僕は、サラリーマンと店員のやりとりに聞き耳を立てる。
「こちらは、最近になって入荷したんですよ! 掘り出しものですよ?」
店員はペラペラと説明している。
サラリーマンは椅子に座りながら、ギターを軽く弾く。
ーージャラ〜ン!
どこかで聞いたことのある有名なフレーズを弾いているようだ。
ーーしかし、下手すぎじゃないか?
変につっかえたり、弦がうまく鳴っていない。僕よりもヘタなのかもしれないと思った。
しばらく弾いて満足したのか、サラリーマンは立ち上がって財布を取り出す。
「これ、 買います」
そう言うと、クレジットカードを手にレジカウンターに向かっていった。
「マジかよ…… 買っちゃったよ、 あのおっさん」
数十万円のするギターを、なんの迷いもなく買ったおっさんに、僕はおどろいた。
さすが社会人と思いながら、その様子をじっと見ている。
「けど、宝の持ち腐れじゃないのか?」
僕がそう言うと店員が話しかけてくる。
「なにかお探しですか?」
突然、声をかけられた僕は言葉に困ってしまう。
「え? いや、あの」
店員はニコニコしながら、僕の返事を待っているようだ。
「アコースティックギターを探しに来たんですけど……」
つい、エレキギターを見て回っていたため、本来の目的を忘れしまっていた。
アコースティックギターを探しに来たことを思い出した僕は、そう店員に答える。
「アコースティックギターですね? それでしたら、二階になりますよ」
案内され二階に上がると、そこにはアコースティックギターがたくさん置いてあった。
どれも同じような形をしているため、良し悪しが僕にはわからない。
「ご予算はどれくらいですか?」
そう店員に言われ、財布の中身を確認する。
「ご…… 五千円で買えたりしますか?」
僕の言葉に、店員は苦笑いをし始める。
そんな金額で買えるわけないだろうという顔をしているように見えた。
「五千円ですか……」
さすがにその値段では、この店に置いていないようだった。
店員が頭を下げ、その場を後にすると、僕はため息をつく。
「はは……あるわけないわな」
一人、残された僕はそうつぶやく。
さすがに出直そうと、出口に向かおうとした僕は、中古楽器コーナーを見る。
ギター、ベースなどの、ワケあり商品などが売られている。
「いいな、安い。けど買えないよ」
どれも欲しくなるようなギターばかりで、僕は夢中になって見ていた。
眺めていると、一本のアコースティックギターに目が止まる。
「なんか、だいぶ年季が入ったギターだな」
ボディにはキズが多く、金属が使われているパーツはさびついている。
しかし、なにか惹きつけるようなオーラがある気がした。
「なんでだろう、ものすごく気になる」
気になった僕は、店員を呼んで弾かせてもらおうとする。
すると、となりにハードケースを持った女の子が現れた。
ーーげっ! こいつ、電車にいたやつか。
女の子は、僕と同じアコースティックギターを見ている。
「すみません! これ、弾かせてもらえません?」
僕が呼んだ店員が来ると、女の子は同じように試奏したいと話しかける。
ーーおい! 僕が先にお願いしたんだぞ。なんで、おまえもなんだよ。
店員は女の子に、申し訳なさそうに話す。
「申し訳ございません、こちらのお客様が先に……」
店員が言うも、女の子は納得していない様子だ。
「あんた、ギターが弾けるの? そうは見えないんだけど」
僕の顔を見るなり、失礼なことを言ってくる。
「ふざけるなよ! 弾けるに決まってるだろう、見ていろ」
僕はギタースタンドにおいてある、アコースティックギターを手に持つ。
ーーこのやろうが! 今におどろかせてやる。
初めて弾くアコースティックギターに少しとまどいながら、いつもと同じように弾く。
ーージャラ……ビィィン。
僕はギターを鳴らすが、弦が詰まって変な音が鳴る。
「あれ? おかしいな」
もう一度弾いてみるも、結果は変わらず、音がキレイに出ない。
「あははは! 弾けてないじゃん、音がビビってるよ」
その様子を見ていた女の子が、笑い出している。
「ダメダメ、ちょっと貸してみなさい」
女の子は僕からギターを取り上げると、チューニングをし直す。
「見てなさい、こうやって弾くのよ」
カウントを自分でとる女の子がタイミングよく、ギターを鳴らし始める。
その光景に僕は、目を疑う。




