第二十七話 「終わりよければいいのだよ!」
ーー曲が終わる最後のフレーズ。
僕らはラストまで、気を抜くことはなかった。たった一人を除いて。
「いやあ、やらかしてしまったな」
演奏が終わり、待合室に戻った僕らは、気分が消失していた。
金本は笑いながら、僕らにそう話しかけてくる。しかし、誰も口を開かない。
誰一人話すことなく、待合室は静まり返っていた。
ライブ自体は良かったと思う。少なくとも、受け入れられたように感じた。
「ふおぉぉー!」
ライブ終盤、金本は雄たけびを上げて暴走したようにギターを弾いた。練習した通りでもなく、それは突然に。
金本のギターは、僕らを無視するように自分勝手にソロを弾きまくっていた。そのいきなりな行動に、一瞬演奏が止まる。
立て直そうにも演奏がめちゃくちゃになり、どうすることもできなかった。
「おい! 金本」
慌てた荒木が金本を止めに入るが、その時にベースとアンプをつなぐケーブルが勢いよく抜ける。
ケーブルが和田の足に引っかかり、和田はど派手にこけた。
「痛い! 頭を打ち付けた!」
頭をかかえて、ゴロゴロと動き回った和田の足が僕のマイクスタンドを蹴り飛ばす。
マイクスタンドが僕の頭にぶつかり、歌すらも止まる。岡山のドラムだけが、会場に鳴り響くだけだった。
もはや収拾がつかない状況を見た金本は、転げ落ちたマイクを拾い観客に向けて話す。
「いやあ、すみません! ついテンションが上がってしまい、グダグタになってしまいました」
笑いを誘っているのか、ヘラヘラした顔で話している。
会場にいる観客は一気に静まり返った。
冷めきった雰囲気に、金本はさらに話を続ける。
「えー、演奏は台無しになりましたが、この曲というのはですね……」
演奏した曲はギャルゲーの主題歌だの、キャラが可愛いだの明らかに場違いな会話をしていた。
「僕らは音楽研究同好会と言いまして、アニメ、ゲームの曲の良さを広めていきたいと考えてます」
最後に金本は自分で書いたのか、紙に書かれたものを見せている。
「現在、僕ら音楽研究同好会は学校、生徒から不当な扱いを受けています!」
そう語る金本はさらに話を続ける。
「それでも、僕らは文化祭でのライブを目標に頑張っていますので、皆さまのご声援をよろしくお願いします」
金本は最後にさけぶように大きな声で。
「 アニメ、ゲームソングの文化をもっと世の中に!」
そう話した金本は頭を下げて、話を終えた。
その後の記憶は、僕らになかった。
気がついたら、待合室に戻っていた。そして、待合室すらも、お通夜のように沈黙が続いていた。
「……っけるなよ」
荒木は小さい声でなにかつぶやく。
「へ? なんだって?」
聞こえなかったのか、金本は耳に手をあてる。
「ふざけるなよ! なんだよ、あれは」
待合室に荒木の怒鳴る声が響き渡る。
「勝手に一人で暴れまくりやがって! おまけに空気読まないで、わけわからん宣伝はするし」
荒木の言葉に、金本は黙っている。
大きくため息をつくと、荒木は手で顔を覆う。
「まっ、まあ。少しは……インパクトを残せたよな」
岡山はそうフォローをする。
僕は飲料水を飲んで、立ち上がる。
「岡山先輩の言う通りですよ。最後は失敗したけど、演奏自体は完璧でしたし」
僕がそう言うと、みんなの目が点になっている。
「ん? どうしたんですか?」
なにか変なことでも言ったかと思い、そう尋ねた。
「いやあ、まさか岩崎君がそう言うとは思わなかった」
和田はメガネを直すしぐさで、おどろいたように話す。
「いつもなら誰よりもぶち切れそうなのに! マイクが顔に当たって、どうにかなったのかい?」
ーー僕って、すぐ切れるやつだと思われてたのか……。
軽いショックを受けた僕は、少し苦笑いをする。
「とにかく! 失敗は成功のなんたらですよ! これから頑張っていきましょう」
和田たちは納得したようにうなずいた。
「ははは! そうだね岩崎君、僕らの冒険はこれからだってことだな」
金本はでかい声で大笑いしている。
「……岩崎君」
荒木は一言、僕の名前を呼ぶ。
なにが言いたいか察した僕は、金本に指を指す。
「あんたはなにも言うな! 反省しやがれ、このファッキン野郎」
金本は地面にひざをつき、手を合わせて拝んでいる。
待合室には、最後の出番であるアイドル歌手が歌う声が聞こえてくる。
こうして、僕らの初ライブは終わった。
イベントが終わった後、店長は僕らに笑いながら話しかてくる。
「わっはっは! いやあ、君たち! 今までで、一番面白かったよ」
あんな失敗したライブをやった僕らに店長は励ましの言葉をかけた。
「まるでピタゴラスイッチみたいだったよ! 笑わせてもらった」
あそこまでうまく、悪いことが続いたのだから誰でもそう思ったのだろう。
ひきつった顔をした僕らは、店長に頭を下げて帰ることにした。
「あー、振り返るとあれはひどかったな」
帰り際に演奏を思い出した僕は、ふいにしゃべった。
「そうだな、最後のあれがなければ完璧だったのな」
ため息をつく僕らは金本を見て、もう一度ため息をついた。
「そんなにいつまでも根に持つなよー。悪かったからさ」
金本は何度も謝っているが、僕らは無視をして歩き続ける。
「ライブは終わったことだし、今日は僕がなにかをおごってあげようではないか! なんでも食べさせちゃうよ」
バンッバンッと財布をたたきながら、僕らに話しかけてきた。
僕らの足がピタッと止まる。
「今、なんでもって言ったな?」
荒木は振り向くと、金本に近づく。
「お、おう。なんでもいいぞ」
荒木は手をパンッとたたいて、近くにある焼き肉屋を指差す。
「よーし、みんな! 金本が焼き肉をおごってくれるぞ! 食べ放題だ」
喜ぶ僕らは、焼肉屋へと向かっていった。
「あのー、諭吉が一枚しかないんだけど……」
誰もいなくなった歩道で、金本は小さく声をもらした。
焼き肉を食べ終わり、金本たちと別れて自宅へ向かう途中に僕のスマートフォンが鳴る。
「ん? 誰からだ?」
画面をタッチすると、メールが届いていた。
ーー最後がひどかったわ、歌はまあまあね。
メールの相手はひなたからだった。
短い文で送られた内容に、僕は複雑な気持ちになる。
「ほめてるのか、けなしてるかのどっちかにしろよ」
僕はそう返信すると、新しいメールが届く。
今度は若葉からのメールだ。
ーーお兄ちゃんがボーカルだなんて、引くわー。演奏した人とかキモいわー。
若葉からのメールは、完全に僕らをバカにしている内容だ。
「ふざけるな! おまえも下向いてないで、前を見て弾け!」
若葉の弾くギターを見た感想を嫌みっぽくメールで返した。
「くそう! 今に見ているがいい……次こそは完璧なバンドにしてやるぜ」
僕はそう決意して、歩き出した。




