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第二十六話 「瞬間、音、重なる」

 きらめく明かり、鳴り止まない歓声。


 そういった、最高の瞬間になると思っていた。


「いっ、岩崎君……」


 ーー僕らのライブが始まる数分前。


 ステージ裏でスタンバイしていると、金本は僕の名前を呼ぶ。


「どうしたんですか? 具合が悪くなりましたか?」


 金本の様子が少し違ったので、僕はそう尋ねた。


「テンションが上がってきたー!」


 金本はいきなり、大声でそう叫んでいる。


「うるさいな! 突然、でかい声を出すなよ! びっくりするだろうが」


 叫び声を聞いた荒木は、金本に注意をする。


「ふふふ……僕らの活動を世にアピールするチャンスだと思っていたら、ついな」


 金本は不敵な笑みを浮かべてはいるが、足がガタガタ震えている。


「と言っても、めちゃくちゃ緊張しているじゃないですか!」


 異常なまでの震えに僕はそう話す。緊張するのは仕方ないが、本番でそれが悪い方向にいかないか心配になった。


 他の三人を見ても、似たように緊張が形になっている。人前で演奏したことがない彼らにとっては、当たり前なのかもしれない。


「あと少ししたら、始まります」


 スタッフからそう言われると、僕は目を閉じる。


 以前のような、不安や恐怖心はない。いろいろあったが、ライブができるこの瞬間を楽しもうと僕は考えた。


 アニメやゲームの音楽の良さを僕らなりに伝える。


 ーーテレビに映るバンドがすべてではないってことを証明してやる!


 僕は目を開け、ライブが始まるその瞬間を待った。


「それじゃあ、ステージに出てください」


 どうやら、その時が来たようだ。


 僕は、金本たちのほうを向いて、話しかける。


「見せつけてやりましょう! ギャルゲーソングの良さを」


「えい、おー!」


 僕らは気合いを入れ、ステージに上がった。


 僕はステージに上がって、マイクスタンドの位置に向かう。


 正面を見ると、学校の体育館で演奏した時よりも大勢の人がいる。


 ーーそれにしても、すごい人の数だな。


 そう思った僕は、ギターケーブルをアンプに接続する。


 金本たちも同じように準備を終えている。


 司会者は僕らの準備が終わると、紹介をし始めた。


「それでは! 最後のバンドは、現役の高校生です! 軽音楽部でしょうか?」


 金本の着る萌えTシャツが違和感に感じたのか、司会者はそう尋ねる。突然の質問に金本はあたふたしている。


「えっーと、僕らはその……」


 緊張からか、言葉をつまらせている金本を見た僕は、代わりに答える。


「違います! ただ、軽音学部よりもすごい部活であることに違いはありません」


 そう答えてると、司会者は少し戸惑っている様子だ。本来ならば、ここで他にいろいろと言うものだろう。


 しかし、僕らはしゃべってウケを狙うわけではない。曲を聴いてもらえればいいだけだ。


「すみません、そろそろ始めていいですか?」


 僕は素っ気なく司会者にそう話した。


 司会者は僕の話を聞くと、観客に一声をかけてステージを降りた。


 僕は一呼吸おいて、金本たちに目で合図を送る。


 こくりとうなずく金本たちは、弾く態勢に入った。


 岡山がドラムスティックでカウントを取る。


「ワン、ツー。 ワン、ツー、スリー!」


 フォーの声と同時に、岡山のドラムが力強く鳴り始める。


 僕は岡山のドラムを聴き、ピックを持っている右手で一気に弦をはじく。


 はじいた弦から、ギターの激しくひずんだ音がアンプから大きく鳴る。


 ーーよし! うまくギターが入ったかな?


 僕のギターはテンポが遅れることはなかったが、少しリフが変になった。


 少し不安になりつつも、岡山と僕の音が合わさる。


 そこに低い、ずっしりと重い音が加わった。


 荒木はベースを指で弾き、しっかりとした安定感のある音でリズムを刻む。

 

 ーーさすが荒木先輩だ、安定感がすげえ。


 ドラムとベースのリズムがバンドの基盤を作る、僕のギターが下手でもごまかせるだろう。


 三人が音を合わせてると、和田、金本のギターが途中から入ってくる。ギターがうまい彼らの弾く音は、曲の形を完成させている。


 僕らが奏でる音は、会場の雰囲気を変えているように感じた。


 ーー練習した時よりも、うまく弾いてるじゃないか、ならこの流れに乗らなくては。


 イントロを弾いた後、そろそろ歌い出しが始まるタイミングを見計らって僕はマイクに口を近づける。


 やはり本番になっても歌は自信がなく、不安な気持ちになる。


「君なら楽しくギャルゲーの曲を表現してくれるさ」


 一瞬、金本が言った言葉を思い出した。


 ーーそうだ、楽しくやればいいんだ! 僕らは楽しく演奏するんだ。


 なにか吹っ切れた僕は、マイクに向かって歌い出した。


 僕の声はマイクを通して、観客へと向かって放たれる。それはまるで、今までのうっぷんを晴らすような勢いだった。


 全員で弾く音に合わさった僕の歌は、原曲とはまったくの別物だ。


 おそらく黙っていれば、これがギャルゲーソングだと誰も気づかないだろう。だが、歌はやっぱりギャルゲー。


 甘ったるい、キュンキュンするような歌詞だ。


 アンバランスな気もするが、僕はそれでも歌う。


 この曲の良さを少しでも見ている人達に届けばいいのだから。


 ーーでも、すごい気持ちがいい! 楽しいじゃないか。


 バンドで演奏する高揚感から、僕はそう感じた。


 金本たちの演奏する姿は目には見えないが、弾く音から同じ感情だと肌で感じる。


 曲で盛り上がるサビのところで、僕はそう思った。


 観客のほうを見ると、数人は曲にノっているように見える。


 その中に、ひなたの姿を見つける。


 ーーどうだ? ひなた、練習した時よりもうまくなっているか?


 僕はそう訴えるように、ひなたをチラっと見て歌う。


 しかし、歌に集中する僕は、ひなたがどういう風に感じているかを読み取ることができない。


 ーーどうせなら、見ている全員をおどろかしたい。


 そろそろ僕が弾くギターソロがやって来る。驚かせるならば、ソロだと僕は思った。


 この日のために、頑張って覚えた初めてのギターソロ。


 ーーその成果を見せてやる!


 サビが終わりそうになり、間奏が始まるタイミングで、マイクスタンドから少しだけ下がる。


 タイミングよく歌とギターを切り替えると、僕はギターソロの弾くところまで左手をずらした。


 ーーさあ、いくぞ!


 間奏が始まると、僕はギターソロを弾き始める。


 金本たちはそれに合わせるように少しだけ楽器の音量を下げた。


 僕の左指は、素早い動きで弦を押さえては移動する。


 ーー落ち着け、弾けてはいる。


 ミスをするわけにはいかない部分であるため、僕は意識を集中させた。


 三十秒と短いが、その中で自分の努力を出し切る。もう少しで一番、難しいフレーズになる。


 自分にとって、やっかいな所だろう。


 失敗したらどうしようと、不安が頭をよぎった。


 ーーいや、やれる! やってやる。


 成功させてやる気持ちが強くなり、僕は一気に難しいフレーズに挑んだ。


 それに応えるかのように、僕の左指はギターソロを弾けている。


 ーーそうだ! いける、いけ!


 そして間違えることがなく、ギターソロは最後まで弾き終わった。


 会場からは、歓声が上がっている。


 成功したうれしさで僕のテンションは高くなり、歌声がさらに大きくなる。


 曲はもうじき、終わりに近づく。長いようで、短い時間が過ぎてしまう。


 僕は少なくとも、この曲は誰かが気に入ってくれているはずだと思った。


 金本たちも、おそらくそう考えているだろう。


 そして、僕らは曲の最後まで弾き終わろうとする。すると突然、どこからか奇声が聞こえてくる。


 僕は奇声が聞こえるほうを振り向くと、目を疑った。

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