第164話「想い、オリジナルに込めて」
イントロのギターサウンドが鳴り、ボーカルがすぐに入る。
マイクに向かって、僕は歌い出す。
「……最高ニジマース釣りー!」
僕はたしかに、最高ニジマス釣りと言っていた。
ーーいや、歌詞にはそんな言葉はなかった。
きちんと歌詞通りに歌っているのに、なぜかそう聴こえてしまう。
金本は僕の歌に、ニヤニヤしながらギターを弾いていた。まるで、この空耳を待ってたかのような満足げにしている。
曲を聴いている観客の何人かは、最高ニジマス釣りと聴こえたらしく、クスっと笑う人を僕は発見してしまう。
同じく歌う響子は、歌詞を完全にそうはっきりと歌ってしまう始末だ。
ーーあいつ、わかってて僕に歌わせたな。
ウケを狙ったに違いないけれど、曲自体は普通にかっこいい曲なのだ。
冒頭の最高ニジマス釣りだけでないところを、僕は歌に込めて声を出す。
軽く歪んだギターサウンドと共に、僕が歌うハモりがストレートに放つ。
まるで、この曲が使われているゲームの主人公が出す必殺技のように強烈だ。そして響子のメインボーカルを埋もれさせるかのように、激しく目立つ。
もちろん原曲にこんなものはないが、僕らのアレンジも決して悪くはなかった。
それが認められるかのように、観客はこの曲にも盛り上がりを見せている。一曲目からの繋ぎ、この曲もまた成功と言えるだろう。
「ギャルゲーソングが、このライブでも知らしめられているうぅぅ!」
演奏中、金本がそう口にしているのを耳にする。
声はマイクに拾わなく、観客には聞こえない。しかし、僕らには充分に聴こえる声だ。
「あいつは変わらないな、気持ち悪い声出してるのにギターは完璧に弾きやがる」
「そうだね、けど金本が言うようにこのライブでもギャルゲーソングが通用しているね」
和田たちがそう会話を、僕は歌いながら聞き耳を立てて聞いている。
まさにその通りで、ギャルゲーソングでもここまで盛り上げられることができる。
決して、オタクが好むギャルゲーソングが恥ずかしく、周りを気にして隠れて聴くことはない。
こうやってライブで歌い演奏しても、きちんと聴いてくれる人はいる。
「これも……岩崎君のおかげだな」
僕がそう考えていると、荒木はそう口にする。
「ああ、岩崎君がバンドを組みたいと言わなかったら人前でギャルゲーソングを弾くことはなかった」
ーーなに言ってるんですか……先輩たちが、僕にギャルゲーソングの良さを教えてくれたからですよ。
今まで聴いた音楽も良いが、ギャルゲーというものにハマらせてくれた。新しいジャンルを知り、ギターで弾きたいと思えたギャルゲーソング。
それを、僕に気づかせてくれた先輩たちのおかげなんだ。僕はそう強く思いながら、話す和田たちに感謝をする。
ギターとボーカルで、この想いで応えるように懸命に演奏した。
二曲目も終わり、いよいよラストソング。
仙道たちと同じか、それよりも盛り上げているかわからない。
どちらがすごい演奏をするかなど、どうでもいいくらいライブが楽しい。
ギャルゲーソングで、オーディエンスになにか爪痕さえ残せばいいのだ。
ーーギャルゲーソングも悪くない、いい曲じゃないか。
そう思わせられれば、僕らがライブをやる意味があったのだから。
「次で……最後、だな」
「はあ、はあ……熱気がやばいな! 体力の限界は近い」
まだ二曲しかしていないのに、みんなは息を切らしている。
それだけ演奏に全力で、夢中になって弾いていたからだろう。
額からは汗が流れ、体は疲労が増す。
「何人くらい、ギャルゲーソングの良さを知らしめられましたかね?」
次の曲を始める前、僕はそうみんなに尋ねた。
「どうだろうなあ、さすがに全員は……」
ライブを見に来た全員に、ギャルゲーソングの良さを知らしめるのは無理がある。
どんなに曲が良くてすごい演奏をしても、人にはそれぞれの音楽ってやつがあるのだ。
僕がそう口にすると、ずっと黙っていた金本がいきなり叫ぶ。
「全員に知らしめられてるに決まっているだろう! まだ、良さを知らないやつがいるならば……」
金本が話していると、観客がいるほうから歓声が響き渡ってくる。
次の曲はまだかと、そんな風に訴えるように歓声は大きくなっていく。
「聞きたまえこの歓声を! まぎれもなく、ギャルゲーソングが届いている!」
「いや……まあ、そうだけどさ。そのテンションはどうしたよ」
「ええい! 荒木、おまえは黙ってろい」
残す曲は、僕らが作り上げたオリジナルソング。ギャルゲーに使われてもいない、ただのオリジナルだ。
それでも、僕らのギャルゲーソングに対する想いが形になった大切な曲。
「さあ……最後に僕らのギャルゲー愛を表したこの曲を、 炸裂させましょう!」
「そうだな! このまま突き進むぜ」
いよいよ、ラストのライブが始まろうとしている。
オリジナルであるがゆえ、それがウケるかはわからない。動画を投稿した後から書かれたコメントのように、良いと言われるとは限らない。
しかし、僕らには曲を弾くことになんの不安もなかった。ただ純粋に、この曲をみんなに聞いて欲しいのだ。
ギャルゲーソングを世に広めようとした、僕らという存在がいることを。
観客の盛り上がる声がまだ響く中、僕らは楽器を持ち直す。
この熱気に包まれながら、最後に弾くオリジナルソングのイントロを弾き始める。
ギャルゲーソングのような爽やかな優しい音が響く。
「それじゃあ、ラストソング……いきます! 曲名はフォーエバーキューティーガール!」
僕はそう観客に向かって、曲名を叫んだ。
残り数分で、僕らのライブは終わってしまう。だから僕らはありったけの体力を振り絞り、この曲を観客へと届ける。
ギャルゲーソングを愛する、僕らの想いを込めて。