第161話「やるなあ、仙道バンド」
ライブを見に来た人数は、数百人を超える。
高村さんの懸命な告知や、人脈を使ってチケットノルマはクリアされていた。そのことを、僕らはスタッフさんから聞かされる。
会場はすでに人が溢れ、今かとライブが始まるのを待っていた。
「仙道たちのライブが、始まろうとしていますね」
僕らの順番までは、まだ時間に余裕がある。だからなのか、仙道たちのライブを見ようとステージの脇に僕らはいた。
「もともとは、僕らと彼らだけのスケールが小さいライブバトルかと思ったんだがな」
「ですよね……気がついたら、こんな大きなイベントになるなんて思いもしませんでしたよ」
知名度と人気がある高村さんたちのバンドが参加したことによって、僕らの予想を超えるイベント。
いつのまにか話は変わり、高村さんのバンドのイベントに参加するような形になってしまったようなものだ。
今になって、僕はバンドマンの行動が恐ろしいものだと再確認する。
けれど、僕らの弾くギャルゲーソングを多くの人に知ってもらう意味ではまさにチャンスでもある。
「けど、リハなしの本番だからね。すべてが予測不可能だよ」
「大丈夫なのか? あのバンド……」
そう心配する中、仙道たちがステージへと上がってきた。
見に来た人たちのほとんどが高村さん率いる、グライドサマー目当てだろう。
そのアウェーな中で、僕らだけじなく仙道たちのバンドも試されている。自分たちのバンドの力ってやつを。
仙道たちがステージに現れ、楽器を構える。
ライブハウスではなく野外でのイベントでも、観客が見せる独特な雰囲気が僕らにも伝わってきた。
ーーこいつらは、どんな音楽をやるのだろう?
そんなことを言われているかのような、ライブをやる人にしかわからない雰囲気。
しかしライブに立つ仙道は、そんな雰囲気に飲まれていない。
「俺はMCとか苦手なんで……一言だけ」
マイクで観客に向け、仙道はぶっきらぼうな口ぶりで話し始めた。
「俺たちは最強のバンド、最高のロックをやるバンドだあああ!」
次にそう叫び、仙道はギターを力強く弾き出す。
ーー言葉はいらない、俺たちの歌を聴け。
そう伝えるだけのように、勢いよくギターから音が鳴り響く。
雨のせいで機材は濡れ、代わりにサブのアンプを使っている。にもかかわらず、仙道の弾く音は凄まじい。
たった一人のギターで、観客がいきなり盛り上がりを見せ始めた。
「……すげえ」
初めて見る仙道のギターサウンドに、僕は自然とそう口にしてしまう。
「上手いわけじゃないけど、ギターの音色からは惹きつけるなにかを感じるね」
「むむ……やるではないか」
同じくギターを弾く和田や金本は、仙道の弾く音を聴きながらつぶやく。
すると、他の楽器の音色も混ざり合っていく。
「有本君のギター、仙道にぴったり合わせて弾いてるな……乱れることなく」
互いに信頼し合っているかのように、二つのギターは綺麗に重なっていた。
もちろんベースやドラムも、同じことが言える。
ーー完全無欠。
まさに、そう言わざるおえないバンドの演奏。僕らとは違うタイプで、観客を魅了する。
そしてイントロを弾き終わり、仙道はマイクに顔を近づける。
その瞬間、感情を爆発させるような叫びに近い歌声が響き渡った。
「英語の歌か? 岩崎君、聴いたことある?」
「いや、仙道たちの歌う曲は初めて聴きました」
知っている曲ならば、すぐにどんなものかはわかる。けれど、僕は彼らが弾く曲は聴いたことがない。
「オリジナルだよ、あいつらのは」
高村さんが現れ、僕らにそう話す。
「え……オリジナルなんですか?」
「ああ。晴樹たちのライブは自分たちで作った曲しかやらないんだ。前は、いろいろなカバーをしてたけどね」
スピーカーから響く、仙道が歌う歌。それが、オリジナルだということに僕はおどろく。
僕らと同じ高校生にもかかわらず、クオリティが高い曲を作って弾いている。
「まだ荒削りなところはあるけど、あいつららしいロックな曲だよ」
ステージでは仙道たちが、生き生きを演奏している。リハなしで本番を迎えたにもかかわらず、堂々と。
それに応えるように、観客は盛大に盛り上がっていた。
ーー歓声。熱気。
仙道たちの曲は観客に受け入れられているようにも見えてくる。
前に仙道が言っていた、僕らよりもすごいライブをやる。それがまさに目の前で披露されていた。
「あれが……仙道たちのバンドなのか」
ライブをやる仙道たちの姿はまさに輝いている。
僕はその姿に、焦りや嫉妬を感じた。
けれどそれ以上に、純粋に彼らの弾く音楽をかっこいいと思ってしまった。
「最強のバンド……最高のロックか、たしかにあいつらならなれそうだな」
「ああ、ああいうバンドの曲も悪くないよな? 金本」
「み……認めたくないものだな! 若さゆえの過ちを」
金本は悔しそうな口ぶりで話すが、片足は曲のリズムに合わせて動いていた。
紛れもなく、金本は曲にノッているのだ。
「あっ、あの盛り上がっている雰囲気の中で……僕たちが次にやらなきゃいけないのかあ」
岡山は不安そうに話すが、僕は答える。
「たしかにびびってしまいますが、あの盛り上がりをそのまま頂いちゃいましょう」
「うむ! 僕らも、負けじとギャルゲーソングで対抗だ。この場にいる連中すべてに、思い知らせるぞい」
そう僕らに話す金本だが、右手がかすかに震えている。
会場からは、先ほどよりも観客が湧く声が大きく聞こえてきた。仙道たちのバンドが、今も会場に自分たちの曲を聴かせ続ける。
しばらく黙っているみんなに、僕は話す。
「金本先輩の言う通りですよ! 仙道たちのバンドに続くように、僕らもギャルゲーソングで繋ぎましょう!」
「うむ! 今日のライブで一番は……ギャルゲーソングの良さを知らしめる僕らだ!」
僕と金本の言葉に、みんなはただうなずく。
「次のバンドのジ・アゴットさん? もう少しで、ステージチェンジするので準備を」
スタッフさんが僕らにそう告げ、みんなで円陣を組む。
「あいつらのバンドがなんぼのもんじゃい! 負けてたまるか、ちきしょうめ!」
「いや……金本、せめてもっといいことを言えよ」
クスクスとみんなが笑い、そしてお互いを見つめ合う。
「今日のライブでも、ギャルゲーソングを知らしめましょう! もちろん観客だけじゃなく、仙道たちにも!」
「おおおー!」
僕の言った言葉に、全員が叫ぶ。
仙道たちのライブも終わりかけ、いよいよ僕らのステージだ。
ーー見せつけてやろう。
僕らの、ギャルゲーソング魂ってやつを。