第139話「かき鳴らせ! 僕だけのギターを」
ここへ来て、どれくらい時間が過ぎただろうか。僕はちらりと、部屋にある時計に目をやる。
ーーまだ、三時間か。
あれから、僕はどれだけギターを弾いただろうか。数えきれないほど、弾いたのにもかかわらず。
「はい、やり直し。また最初からね」
その言葉で、いわゆる無限ループというものに陥っている。理由は単純で、僕の弾くギターの音が、曲のイメージに合わないからだ。
どうにも、本田さんたちが納得をする演奏ができていないらしい。
「まだまた、時間はたくさんアリマース! 岩崎ボーイ、頑張りマショー」
ジャスティンさんからそう言われるも、僕はため息をつく。
まだイントロのところですら、まともにOKが出ていない。三時間かかっても、曲が始まっていたいも同然だ。
「とりあえず、数回くらい弾いてダメなら休憩にしようか」
「……はい」
ここまでノンストップで弾き続けていた僕を気遣ってか、本田さんはそう提案をする。
僕はそれに答えると、ギターをにぎる。左指には、赤く腫れたようなタコができていた。
痛みもあるが、ぐっとこらえて弦を押さえる。
「じゃあ、曲を流すね」
ヘッドホンから何度も聞いた音が聴こえてくる。そして、僕はまた勢いよくギターを鳴り響かせた。
ーーギュワァァン!
僕の弾くギターの音色は、間違えることがなくきちんと鳴っている。
タイミングや音の強弱。それらを正しくできたとしても、結果は変わらず。
「うーん、悪くないけど……やり直しかな」
結局、先に進むことはなく休憩に入ってしまった。僕は椅子から転がり落ちるように、倒れ込む。
「いったい! 僕のなにが悪いんですか!」
本田さんたちがいる部屋で水をグビグビと飲みながら、僕は怒鳴るように話す。
練習は自宅や部室で、きちんとやってきている。
プロのスタジオミュージシャンが弾くのとはレベルが違うのはわかる話だ。それでも、僕なりにはうまくやっているほうなのに、いまだにレコーディングは進まない。
「ま、まあ……岩崎君。少し、落ち着いて」
「ソウデース……ユーにはクールダウンが必要デス」
「だあああ! これが、落ち着いていられますか! 腹が立ってきたああ」
二人はなだめようとしてくれているが、僕は怒りでいっぱいだった。
「そんなに僕の音はダメですか? 弾いた感じだと、そこまで違和感がないですよね?」
「う、うーん。そうなんだけれど」
「だったらせめて、イントロくらいはあれでいいじゃないですか!」
おそらく金本たちは僕とは違い、もっと早い段階で進んでいたのだろう。僕よりも、弾くのがうまいのだから当たり前か。
それとは逆に、僕はまだまだ未熟だ。
いい曲になるようにしようと思えば思うほど、焦りが出てしまう。
そんな考えもあってか、次第に僕の口調は荒々しくなっていく。
「残念デスガ、曲を作っていくのに一切の妥協はしないのデス」
先ほど僕が言ったことに、ジャスティンさんは静かに答える。
その顔はいつものふざけたものではなく、真剣な表情だ。
「ギャルゲーもそうデスガ、遊ぶ人や曲を聴く人が満足してもらえるように、作り手は全力でやらねばならないのデース」
ジャスティンさんたちは、遊びやネタでゲームや音楽を作っているわけではない。
誰かにその作品を好きになってもらえるように、努力をしているのだ。
そのためならば、僕らのようなアマチュアの学生バンドだろうと手は抜かない。
「それに岩崎ボーイには、決定的な音の違うを感じマシタ」
「え? 音の違いですか?」
「ハイ、ユーは金本ボーイたちのようにうまく弾かなければならないという考えが、音に現れてマス」
「たしかに、他の人のようにうまく弾こうとして岩崎君の音が感じなかったね」
僕が考えていた焦りや、不安を音を聴いて感じ取っていたジャスティンさんたち。
そう言われた時、僕は見透かされたように思った。どんなにいい曲にしようと思っていても、心の底ではそれらでいっぱいだったからだ。
そんなことを考えて弾いていたのが、そのままギターに出てしまっていた。それがジャスティンさんが話す、決定的な音の違い。
「岩崎君にしか出せないギターを僕は、この曲に入れたいと思っているんだ」
「けど……そんなに、うまく弾けないですよ? ギターだってまだまだ」
「ハッハッハ! ライブで弾いているユーは輝いていましたヨ? アレを出せればパーフェクト!」
「まあ、時間はまだまだあるからね。気長にやり続けよう」
休憩の時間は、そろそろ終わる。
僕はジャスティンさんたちに言われたことを頭に入れながら、またブースに戻る。
ーー金本先輩たちのように、うまく弾かなくていい? 僕にしか出せない音。
言葉の意味が、わかるようでわからない。
自分が弾くギターの音色に、他と違いはあるのだろうか。うまい、ヘタの違いくらいしか考えていなかった。
再び、僕はギターを手に持つ。
休憩が終わり、またレコーディングという作業を繰り返す。
このまま続けていても、本当にジャスティンさんたちが言う音が出るのか。
ぐるぐると、また頭で考えてしまう。
「それじゃあ岩崎君、また初めから録るよ」
「……はい」
「岩崎君、ちょっといいかな?」
ギターを弾こうとした時、本田さんから声をかけられる。
「一度、なにも考えずに頭を空っぽにして弾いてみてごらん」
「頭を空っぽに……ですか?」
「うん。金本君たちがとか、うまく弾こうとか考えずに、ただ自分が弾く音だけに集中をするんだ」
ーー曲だけに、集中か。
僕は目を閉じて、耳をすます。
これから流れる、金本たちが弾いた音よりも自分が弾く音に意識を集中させる。
「自分の弾く音を、信じるんだ」
ーーそうだ、うまいとかヘタは考えるな。僕ができることは……。
ヘッドホンから、また曲が流れ始める。
僕はピックに力を入れず、そっとなでるように弦をはじいた。
誰の音も、今は関係などない。
ーーそう、信じるんだ。僕が弾くギターの音色を。この曲を聴く、すべての人のために。
もうはじいた弦から聴こえる音に、不安や迷いはない。
あるのは、自分を信じる気持ちと届けたいという思いだけだった。




