第十二話 「そろそろ、岩崎って言いなよ」
夜中の二時を過ぎても僕は、ギターを鳴らしていた。
とにかく、基礎がきちんとしなくては意味がない。簡単なことだが、大切なことだと思いながら練習を続ける。
「ふー! 今日は、ここまでかな」
ギタースタンドにギターを置くと、ベッドに倒れこむ。手を見ると、左手が真っ赤になっていた。
「いてて……長時間ギター弾いてたら、血マメができちゃったな」
何時間もギターを弾いていると左手の皮がむけてしまう。
それだけ、ギターに指が慣れていないことだと思うと、くやしい気持ちになる。
ーーもっと上達して、なんでも弾けるようになりたい。
焦る気持ちをおさえながら、自分にできることを頑張ろうと思うことにした。
今日はいろいろあって疲れたのか、僕はそう考えながら眠りについた。
次の日、眠たい顔をしながら学校へ向かう。教室へ着いて自分の席に座ると、すぐに倒れこんだ。
「ふあー! 眠い」
今にでも、眠ってしまう感覚になっていると、隣から小さな音が聞こえる。
見ると、ひなたがイヤホンでなにか音楽を聴いていた。
「んだよ、耳障りだなー」
寝不足で不機嫌な僕は、イラつきながら小声で言った。
ひなたはこちらに気がつくと、イヤホンを外して話しかけてくる。
「聞こえてるよ、がんちゃん! 耳障りって失礼じゃない」
ーー聞こえてたのかよ、曲を聴きながらよく僕の声がわかったな。
心の中でそうツッコミをいれると、僕はひなたになにを聴いていたか尋ねた。
「なにを聴いてたんだよ、アイドルグループの曲か?」
女の子が聴く音楽といえば、アイドルかイケメンのバンドだろうと考えていた。
僕がひなたのイヤホンを取り上げようとすると、嫌がっているのか離れていく。
「ちょっと! やめてよー、そういうのはセクハラだよ」
そう言われると、なにもできなくなってしまう。
「ふっ、ふん! なにがセクハラだ、そんな色気ないだろ」
カチンと頭にきた僕は、そう言い返すしかできなかった。僕の言葉にひなたも頭にきたのか、いつのまにか口論になった。
言い争いをしていると、なにかのタイミングでひなたのイヤホンが外れる。すると、小さな音が聴こえてくる。
ーーん? この音、どこかで聴いたような。
そう考えていると、ひなたは恥ずかしそうな顔をして黙っている。
「がんちゃんのバカー!」
それから、ひなたとは授業が始まっても口をきくことはなかった。午後の授業も終わり、同好会へ向かわなければならない。
「しかし、ひなたが聴いてた音楽はなんだったんだろう」
向かう途中、そんなことを考えながら廊下を歩く。ボロい小屋へ着くと、中にはすでに金本たちがいた。
「やあ! 岩崎君、曲の楽譜が出来上がったから見てくれよ」
机の上には、金本が書いた楽譜が置かれていた。
「早いですね! もうできたんですね」
楽譜を見ると、きちんとタブ譜で書かれていて見やすい。正直、一日でここまで作れるとは思っていなかった。
「とりあえず、二曲は作れたけど……岩崎君の選んだ曲はまだ作れていないんだ」
バンドでするのは、僕と金本、荒木の選んだ曲を演奏することになっている。
「岩崎君の選んだ曲、バンドで演奏するにはいろいろ構成を変えなきゃだしな」
楽譜を見ながら、荒木はそう話す。
「今は二つの曲に集中して練習していこうか」
金本はギターを取り出して、さっそく弾いてみせた。
ギターだけを聴くと、シンプルであるが弾き方が難しいと思った。
「僕、きちんと弾けるのか不安になってきた」
金本のギターを聴いた僕は、うっかり本音が出てしまった。
すると、金本たちが笑いながら僕の肩をたたく。
「大丈夫だよ岩崎君、僕らもサポートするからさ! 自信持って」
たしかに、金本たちに教わればなんとかなるかもしれない。そう自分に言い聞かせて、楽譜をじっくり見ることにした。
すると、岡山が金本に尋ねた。
「楽譜ができたのはいいけど、誰が歌うの?」
たしかに、演奏のことばかり考えていて、大切なボーカルが決まっていなかった。
「そうだよ、誰がボーカルやるんだ?」
荒木が聞くと、全員が目をそらした。
「なら……ボーカルを誰がやるかのオーディションをしよう!」
金本はそう話してにっこりしている。それを見た僕は、とても嫌な予感がした。