第112話「ライブ、始まる」
全校生徒が体育館に集まり、がやがやとし始める頃。僕らはステージの裏で、そわそわしている。
「あー、ついに始まるよ。周りがざわつく音が聞こえる」
「僕らの出番って、最後なんだろう? とりあえず、落ち着けよ」
不安と緊張で落ち着かない金本に、荒木が声をかける。そうは言っている荒木も、足は小刻みに震えていた。
「岩崎君はギターかい? ステージの裏にまでギターを持ってきて」
「なんか、弾いてないと金本先輩みたいになってしまうんで……つい」
ギターを持ち込んでいた僕は、椅子に座りながらギターを軽く弾いていた。
小さく鳴る音は、これから弾く曲のフレーズだ。
「まあ、悪くはない音だね。本番も、それなら大丈夫だろう」
「問題は……歌いながら、きちんと弾けるかですね」
音を聴いて話す和田に、僕はそう答える。
何度も繰り返した練習の成果が、もうすぐ試される。
数人ではなく、何百人もの前で演奏しなければならない。
きちんと弾けて歌えるだろうかと、僕は不安を感じつつあった。
「まあー、大丈夫だよキョウちゃん! いざとなったら、あたしがフォローをするしー」
「あ、ああ……ありがとうな。期待してないでおくわ」
「それって、ひどくなーい?」
響子はむすっとした顔をしながら、僕をにらみつける。すると、僕らはクスっと笑い合う。
「はは! 少しは緊張が解けたんじゃないか?」
たしかに、和田が言うように多少は気が楽になった。
荒木たちも黙ってはあるけれど、顔は笑っている。全員の変な緊張が、なくなったようにも見えた。
「しかし、馬場さんは大丈夫か? 学校でライブをやるのは初めてだろうし」
「別にー? ライブハウスに比べたら、たいしたことはないよー?」
「けど、友達とかに見られたら変な風に見られちゃうかもだぞ?」
金本が言うように、響子は僕らと違ってオタクには見えない。
ーー僕らが陰ならば、響子は陽。
見た目だけならば、僕らとライブをやるようには思われないだろう。
「まあたしかにそうだな、おまえは大丈夫なのか?」
僕はそう思いながら、響子に尋ねた。
「それは特に問題ないよー? むしろ、違った風に見られるかも」
「……なんだ、それは?」
よくわからない返しに、僕は首をかしげる。
「オタクに混じって歌うギャルって、案外ポイントが高いかもね」
響子はなにかを考えながら、話を続ける。
ーーいやいや、自分でギャルって言うなよ。
なにを考えているかわからない響子に、僕はそう思った。
「あのー、そろそろレクリエーションが始まりますんで」
ステージ裏に、生徒会の実行委員がそう僕らに伝える。
「ああ、はいはい。僕らは、どこに行けばいいんです?」
「とりあえず、隣の部屋に移ってください。順番になったら、また呼びますから」
「隣の部屋って、放送の機材がある場所か?」
すでに、他の部活が発表をするために準備をしている。実行委員に言われたように、僕らは部屋へと向かう。
「じゃあ、そろそろ時間なので」
時計を見ると、レクリエーションが始まる時間だ。
すでに進行役の生徒が、ステージに上がりマイクで話している。
僕らは部屋を変えて、スピーカーから聞こえる声に耳をかたむけていた。
「なんか……すでに他校の校長先生たちも座ってるぞ」
「うちの学校を審査する立場でもあるからね、みんな厳しそうだ」
チラシと小窓から、体育館の様子を見ていた金本たちがそう話していた。
たくさんいる生徒に混じって、前のほうには他校のお偉いさんが座っていた。
「それでは、私たちの学校を代表して各部からの発表を始めたいと思います」
ーーパチパチ。
体育館から大きな拍手と共に、部活動の発表が始まる。
「ついに始まったか……」
「ほら金本……おまえの目的が今、始まろうとしているぞ」
ギャルゲーソングをもっと広めたい。
そんな野望を持っている金本の夢が、実現しようとしていた。
しかし金本は今までにないほど、絶望した顔をしている。
「先輩……なに終わったような顔をしているんですか」
「な……なにを言うんだい岩崎君。ぼっ、僕は普通だ」
「いや、どう見てもびびっているようにしか」
先ほど、緊張が解けたばかりなのに金本はまた緊張でブルブルしている。
「はは! これはいわゆる、武者震いってやつだ! 問題は……ない」
ーーいやいや、手足がものすごく震えているぞ。
僕はそう思いながら、金本の様子を見ていた。
しかし、話していた荒木や和田も少しだけ緊張しているのがわかる。
緊張がやわらいできたと言えど、やはり学校でやるのはそれなりに不安なのだろう。
ライブハウスや路上でやった時とは違い、自分が通っている学校。
クラスメイトなどの前で演奏するのは、精神的に来る。ましてや、ギャルゲーソングをやるのだから。
最悪なパターンをすでに経験している僕ですら、まだ恐怖感はあった。
「大丈夫ですよ! 恥をかいても、開き直ればいいんです」
「君はもう開き直っているからいいだろう! 僕らは、まだ心の準備ができていないのだよ」
なんとかフォローしようと話した僕に、金本の怒号が飛ぶ。
「あー、いじめられないか心配だ! 後ろ指とか、指されないかなあ」
「なんすか……その地味な嫌がらせは」
などと話している中、順番に他の部活動が発表を終えていく。
科学部の研究発表が終わる頃、そろそろ僕らの番が近づいてくる。
「さすが、科学部だな……頭が良くないと理解できない内容だ」
「あー、あー! ついに僕らの番だよ、失敗は許されない」
「腹をくくれよ金本、そんなんじゃギターが失敗するぞ」
みんなが楽器を手に持つと、ステージに上がる準備をする。
「せめて顔は隠させてくれ! 全校に顔を覚えられたくない」
「いや……同好会の名前で、バレるだろ」
「だまれーい! なにかないか、なにかないかー?」
ステージの横まで向かおうとする中、金本は部屋を見渡す。
「ん……? これは」
僕らは、ステージの横で待機をしている。
科学部の発表が終わり、ステージを去っていく。拍手が鳴り止むと、司会者は話し始める。
「次の部活で、発表は最後になります。ここで、校長先生からお話しがあります」
名前を呼ばれた校長は、ステージにあるマイクスタンドに近づく。
「……最近、我が校で話題になっているインターネットの動画があります」
話の内容は、僕らが路上ライブでやった動画のことらしい。
ーーなにを言うんだ? あのハゲ校長。
校長が話すのを、僕らはじっと見ている。
「生徒のみんなが感づいていると思いますが、その演奏をしたのが我が校の生徒であります」
ざわつく体育館。
校長の話に、生徒たちはおどろく声を上げていた。
「校長先生ー! つまり、次の部活がその動画の主ってわけですかー?」
一人の生徒が、大きな声で校長に尋ねる。
「その通りです、これから演奏するのが動画で演奏した生徒たちです」
わあっと、体育館から歓声が上がる。
「いや、ちょっと大げさに言い過ぎじゃないか?」
「ハゲ校長め……学校のアピールにしようとあれこれ好きに言いやがる」
僕はすうっと深呼吸をする。
「まあ、やるからには全力を出し切りましょう!」
「あ、ああ……そうだな。けどさ」
なにか納得がいかない様子の荒木は、そう言い返した。
「よっしゃ! これなら、問題ない! 派手に行こうぜ」
金本は逆に、テンションが高まっているかのような様子。
「それでは、ご紹介しましょう! 我が校の名前を広めてくれた生徒たちを」
校長が横で隠れている僕らに向かって、手を向ける。それが合図かのように、僕らはステージに歩き始めた。
僕らがステージに現れた瞬間、体育館にどよめきが起きる。運命のライブが始まろうとしていた。
ーーそれは最高のライブか、最悪のライブか。
音楽研究同好会の演奏がスタートする。




