第九十九話 「学校でライブだ! ただし、僕は......」
現在、学校ではちょっとした動画が話題になっている。
スーパーマーケットに現れた、聴いたことがない曲をバンドでやった学生のバンド。
かわいらしい歌詞の歌なのに、それに反するようなロックな演奏。そのアンバランスながらも、高いパフォーマンスが学生さん間で注目されている。
ーーこいつらは、どの生徒なんだ?
僕の教室では、その話で持ちきりだ。
「というのが、今起きている現象です」
放課後の部室に集まった金本たちに、僕はそう説明する。
「なるほど、だいたいわかった……」
金本は冷静な顔をして、一言そう話す。幸い、顔は誰かわからないようなのでまだ僕らとは知られてはいなかった。
しばらく沈黙が続き、金本が声を荒げる。
「いやっほーい! ついに、念願だったギャルゲーソングが認められつつあるぞー!」
舞い上がる金本は、その場で高らかに踊り始めた。
「けど、そこまで話題になるとはね」
「どこの誰が撮ったんだろうな? 見た感じ、正面から撮影したっぽいし」
「よっ、よく撮れているなあ。僕の姿も、きちんと映っているし」
踊る金本に誰もなにも言わず、和田たちは問題の動画を見ている。
「まだ僕たちの動画ということはバレていないですし、そこがまだマシかと」
顔にモザイクがなかったら、すぐに誰かわかっていただろう。そうなっていたら、どんな騒ぎが起きるかわかったもんじゃない。
「でもー、なんで会長は学校でライブをやれって言ったんだろうね」
響子がそうみんなぬ声をかけると、僕は頭をひねる。
たしかに、なぜ会長はいきなり学校でライブをやるように言ったのか。学校の行事もあるわけでもなく、理由がわからなかった。
「おそらく、合同学校視察会の話題作りにしたいんだろう」
「合同学校視察会?」
僕と響子はハモるように、同じ言葉を口にした。
「ああ……時期的にそうかもな」
「あの、なんですかそれ?」
初めて聞く行事の名前に、僕はそう和田に尋ねる。最初はおどろく和田だったが、すぐになにかに気づくと答える。
「そうか、岩崎君たちは一年生だから知らないよね」
「まあ、学校の行事とかあまり興味ないんで」
僕は体育祭や文化祭くらいしか学校でやることはないだろうと思っていたほどだ。
「合同学校視察会ってのは、他校のお偉いさんが来てその学校を評価するんだよ」
「なんすかそれ? 意味がないような、あるようなやつは」
ーー他校の人が来て学校を評価するとは、なにかを競うのか? この地域の学校らは。
などと考えていると、和田は話を進める。
「どの学校が一番優れているかを見るんだよ、それによって学校の知名度を上げて来年度の生徒数を増やしたいんだろう」
「はん! あんなのは、スポーツの部活がやればいいんだよ」
聞いていた金本は、話に割って入ってくる。
「学校としては、一番優れている部活動を見せたいからねえ」
「じゃあつまり、僕らが今年の部活動の代表ってことですか?」
生徒会が僕らにライブをやれということは、その合同学校視察会に出るということになる。
「仮にそうだとしても、なぜ僕らなんかに」
そう思った時、学校で話題になっている動画を思い出す。
「……まさか」
「そのまさかだろうさ、あの動画の話題性を利用してやるつもりさ」
この学校だけでなく、そこそこ全国に話題になっていた僕らのライブ映像。
それを隠し玉として、学校は知名度を上げようとしていると和田は考えていたようだった。
「学校で騒ぎになったから、それを利用しようと校長が判断したんだろう」
「かあああ! あのハゲ校長め、よりによって神聖なギャルゲーソングをダシに使いやがって」
金本は怒り狂うように、ガンガンと頭を机にぶつける。
「けどこれってさー、かなりあたしらの同好会に有利じゃない?」
ここで僕らが動画に映っていたバンドだと知られると、さらに話題が呼ぶ。
さらにギャルゲーソングが知れ渡り、みんなにも曲の良さをわからせることもできる。
響子がそんな風に話したら、金本はピクリとした。
「もしかすると、結構すごいことになるんじゃないー? ギャルゲーソングで天下取れるかもー」
ーーおいおい、 そんなことを言ったら金本先輩が反応しちゃうだろ。
ギャルゲーやアニメを世に広めたいと考える金本には、響子の言葉は希望でもある。
話を聞いた金本は先ほどとは違い、目をキラキラさせながら話す。
「その通りだな! ギャルゲーソングで天下を取るためならば、僕はなんでもするぞ!」
すっかり響子に乗せられた金本は、すぐに行動に移した。
「こうしちゃいられない! ハゲ校長のところへ行ってくるぜ」
ノートパソコンとギャルゲーの雑誌を持った金本は、勢いよく部室を飛び出していった。
「は、はやい……」
「校長のところに行って、詳しい話をしてくるんだろう? ほっておこう」
金本がいなくなり、残った僕らは話を続ける。
「けど、会長はそんな行事があるって言ってなかったですよね」
「だなあ、あくまで候補ってことで僕らは考えていればいいさ」
「かっ、金本はやる気満々だったけどいいのかな?」
金本が不在の中、とりあえず生徒会から正式に依頼がくるまで待つ。
僕らはそう結論づけて、話を終える。
ーーガラガラ。
しばらく雑談しながら金本を待っていると、山本先生が部室に入ってくる。
「あれ、山本先生。どうしたんですか、その顔」
山本先生の顔は、げっそりしていて疲れきったようだった。
「他の先生にあれこれ聞かれたり、前のライブハウスでやった報告書を書いてたんだよ」
お疲れモードの山本先生は、金本が座っていた椅子にもたれかかる。
「まったく、おまえたちがなにかやるたびに俺の仕事を増やしやがって」
「まあまあ、お茶でも飲んで落ち着いて」
僕らは召使いのように、山本先生を労う。
「今回もやらかしたらしいじゃないか、なんだあの動画は」
「いやあ、僕らもなにがなんだか……」
ーーガラガラ!
「行ってきたぞー! あのハゲ校長め、いい趣味しているじゃないか」
金本が校長先生のところから帰ってきた。
「んで、なに話してきたんだよ?」
「やはり僕らが参加するのは間違いないらしいよ、反対する先生も何人かいたらしいけどね」
金本を見ると、行く時に持っていたパソコンや雑誌がない。
「金本先輩、パソコンとかはどうしたんです?」
不思議に思った僕は、金本に尋ねる。
「ああ。校長にやらせたらハマったみたいで、置いてきちゃった」
ーーいやいや、校長先生。あんたがギャルゲーやったら問題でしょうよ。
「とにかく! これで、僕らがやるべきことが決まった!」
「またライブかあ! 楽しみだな」
かくして、僕らは学校でライブをやることになった。ライブハウスの時のように、盛り上げていこうと気合が入る。
「よーし! じゃあ、さっそく練習をしましょうよ」
やる気が湧いてきた僕は、そう金本たちに話す。金本たちがうなずくと、さっそく楽器を手に持つ。
「あー、せっかくのところで悪いんだが」
部室を出ようとする僕らを山本先生は引き止める。正確には、僕に山本先生は話しているようだった。
「なんですか? これから練習に行くのに」
「朝のホームルームに渡すのを忘れてたが……岩崎、ほれ」
そう言うと、先生は僕に一枚の紙を渡す。
ーー落第点対象の生徒への再試験のお知らせ。
紙にでかでかとそう書かれていた。
「……岩崎、おまえは練習よりもこちらを受けなさい」
部室に静けさが漂う。そう、僕は落第点対象者なのだ。




