変な後輩とマドンナ
連続投稿 2/3
翌日。早乙女 瑞希について俺は色々と自分で調べてみることにした。
「よう。そこの後輩くん。ちょっと話聞いていいか?」
「あっ、二年の高嶺先輩じゃないすか。なんかようすか?」
廊下で捕まえたのは早乙女と同じクラスの男子生徒。運動部の所属だそうだ。
「早乙女 瑞希って子についてなんだけど……」
「早乙女ですか? あいつ、なんかしたんすか?」
「いやいや。ちょっとうちの王様からの依頼でさ。使えそうな一年がいないか調査しているんだよ」
「王様先輩がですか……なら仕方ないっすね。流石、王様の右腕と呼ばれる高嶺先輩っす」
ちなみに、王様っていうのは清麿のことな。うちの学校は私立高校で鳳凰院財閥の経営で、清麿は現生徒会長。自分の快適な学園生活のために色々な規則を曲げてきたことで王様と呼ばれてる。
俺は庶務で、雑用やらなんやらしてます。
「早乙女はうちのクラスですけど、俺はあんまし喋ったことないんですよ。そもそもあいつ、ノリ悪いってか……人見知りつーか」
「物静かな感じか?」
「そっすね。多分、大人数でガヤガヤするのが苦手なんだと思いますよ。特別仲良いヤツとかいないらしいですし」
「まぁ、賑やかって感じでもないしな」
脳裏をよぎるのは、昨日の俯きがちな顔。普段もあんな風ってことか。
「あと、かなり変ですね」
「変? どういうところが変なんだ?」
「体育の授業のときにいっつも遅刻するんですよ。そもそも教室じゃなくて別の場所で着替えてるみたいですし。変でしょ?」
「そうか? 男同志でも裸をあんまり見られたくないとかあるんじゃないか? うちの王様は専用の更衣室とかあるけど」
「それは王様が特殊なだけっすよ……」
「あぁ、やっぱり清麿は別枠か」
「で、体育のときはクソ暑くても長袖のジャージですね。本人は寒がりだとか言ってたんですけど、ダラダラ汗掻きながら走るくらいなら脱げって思いましたね」
「清麿は日焼けしたくないからって長袖長ズボンなんだが……」
「……先輩。王様と仲良いのは分かりましたから、あの人な基準で考えない方がいいっすよ」
後輩くんは呆れた様子でそう言った。どうも俺の感覚は、長い間清麿と一緒にいたせいで世間一般のソレからズレているらしい。
何はともあれ、早乙女についての情報が少し集まった。人見知りで友達がおらず、恥ずかしがり屋で体育が苦手ってことが。
「協力に感謝する。これは礼だ。受け取りたまえ」
自販機で買っておいたスポーツドリンクを後輩くんに渡す。
「あざーす。部活の時はこれないとキツいんで助かるっす。あっ、あと、早乙女のことなら保健室に行けばなんかわかるかもっすよ。あいつ、かなりの頻度で利用してるらしいんで」
「保健室か……。サンキュー、ちょっくら行ってみるな」
王様にサッカー部の予算増やしてくれるように頼んでくださーい、というちゃっかりしたお願いを聞き流して、俺は保健室へと向かった。
◆
「で、私のところに来たってわけね」
「その通りです。マドンナ先生」
場所は変わって保健室。男子校では数少ない女性教諭。その中でも美人と評判の通称マドンナ先生。独身の三十代前半。金持ちで都合のいい彼氏募集中。
「何か君。失礼なこと考えてなかった?」
「イエ、滅相モ御座イマセン」
恐るべし女の勘。これも独身のなせる技なのか。
「まぁ、いいわ。で、王様の家臣くんは何の用だって?」
「ですから、ちょっと早乙女 瑞希って生徒について聞きたいことがありまして」
「あの子について? ……それはどうして?」
「優秀な人材を一年生から発掘しようということで、たまたま早乙女が気になりまして」
「あの子。成績なんかは悪くないけど、生徒会に呼ぶほど優れてないわよ。何より、目立ちたくないようだし」
「ソウナンデスカ。ソレハ、初メテ聞キマシタ」
「高嶺くん。あなた嘘つくのが下手ってよく言われない?」
ジーッとこちらを見つめるマドンナ先生。
「……はい。言われます」
その眼力に我慢出来ずに屈しました俺。
「王様の、鳳凰院くんからの命令じゃないなら誰があの子のことを調べるように言ったの?」
「他の誰かじゃないですよ。俺自身が気になっただけで」
「高嶺くんが? それまたどうして? 学年も違うし、部活に入っていないあなたなら、あの子とは接点が無いんじゃないの?」
その通り。普通に考えて俺が早乙女について嗅ぎ回る理由はない。それは余程のことがない限り。
そして、今回の告白はその余程のことになるわけで。
「先生。先生を頼れる保健室のお姉さんと見込んで話します」
「あら、正座までしてどうしたの。そんな誰かに聞かれたらまずい話でもあるの?」
「えぇ。末代まで聞かれたくない話です。……実は俺、早乙女から告白されました!」
・・・・・・・・・・・・。
気まずい沈黙が続いた。時計が時を刻む音がけしかしない。
先生の反応を確認すると、目を見開いて、口をポカーンと開けていた。
「あら。あらあら。これは先生予想外だわ。んんっ? 告白ときたか……」
お茶の入ったマグカップを持ち上げようとした手が取っ手を掴み損ね、テーブルの上に液体が溢れた。
「先生。やっぱりそういう反応になりますよね」
「あっ、プリントが! ってか、熱っ⁉︎」
閑話休題。
溢れたお茶を台拭きで拭いてプリントを乾燥させてます。
「男子校で後輩から告白されるとか、俺くらいのもんですよね」
「そうね……。私もここで長いこと先生やってるけど、こんな相談は初めてね」
ようやく落ち着いた先生と向かい合わせで椅子に座り会話再開。
「高嶺くんは早乙女…くんについてどれくらい知ってるの?」
「全然何も知りませんでした。昨日、いきなり校舎裏に呼び出されて告白されました。なので、急ピッチで情報集めてました」
「じゃあ、早乙女くんについては殆んど何も知らないのね」
「帰国子女で、美術部で、運動音痴で、不覚にもちょっと可愛かなぁ、位のことしか知りません」
「それなりには調べたわね」
「これだけじゃあ、早乙女についてまだよく分からないので、彼がよく利用する保健室のマドンナ先生なら詳しいことを知ってるのかと思った次第です」
「ふむふむ。事情も必要性も分かったわね」
「で、気になったんですど、早乙女って病気かなんかしてるんですか?」
「どうしてそう思ったの?」
実は保健室に来る前に清麿から連絡があった。内容は早乙女 瑞希についての追加情報。
曰く、早乙女は入学早々に胸を押さえて苦しみ出し保健室に連れて行かれた。
曰く、体育はいつも長袖だったが、真夏のプールの授業は体調不良を理由に欠席。
曰く、トイレにはいつも一番遠い旧校舎を理由して個室によく閉じこもる。
その他……。
といった感じだった。
「そうね……持病があるとかじゃないけど、体が丈夫というわけでも無いわね。うちの学校は結構イケイケなところがあるからあの子
は体調を崩しやすいだけよ」
「なるほど。それは心配ですけど……少し安心しました」
「安心? どうして」
「昨日。告白された時に、もの凄く苦しそうに心臓を押さえてて。顔はスゲー真っ赤で、熱でもあるんじゃ無いかって……」
「………ぷっ! あははははは‼︎」
俺が胸を撫で下ろすと、先生が突然笑い出した。
何がおかしいんだ?
「君は察しがいいのか悪いのか分からないわね」
「はい?」
「それはね……恋して、告白するのが恥ずかしかったからよ。あなたはそういう経験ないの?」
「…………………………………あー」
そうだ。そうだよ。そうなんだよ。
男だからって警戒して悩んでたから気づかなったよ。
俺もあるじゃん。誰かを好きになって胸がモヤモヤして、どうしようもなくなって思いを
ぶつけた事。
ありったけの勇気を振り絞って心臓が病的なくらい警鐘を鳴らしてでも必死に喋って。噛みまくって。
どうしても心の内側に秘めておけないその言葉を。
『あなたのことが好きです』って。
「先生。放課後のこの時間、早乙女がどこにいるかってわかります?」
「多分、美術室にいるわよ。あの子、部活には熱心だから」
「美術部って確か早乙女だけでしたよね」
「そうね。一人しかいないから来年には廃部になって困るって相談もあったたけど、どうして?
「俺、今すぐ早乙女に告白の返事をしてきます!」
バン! と勢いよくドアを開けて、俺は保健室を飛び出した。