1.黒い海に……
……現実を生きた……。
……僕の現実を生きていた……。
それはいつからだったのか。想うようにも過ぎていった時間。それに思うだけに今…。何か思い出そうとしてもいるような気がした。
いつかに思い続けた恋人と約束をした海岸。そこは恋人という事になる時にあるようにしていた君と初めて出会った場所でもあった。
……今になってその海の海岸線に波打つ寸前の海砂の上に載るようにして、一人立っている……。
そこで波を見た。
揺れては動きながらも流れているようにある。
それは繰る日々のようにも思い。重ねて眺めていたりした。
……いつかの君…出逢いにあった海にいた僕の君……。
そこは君の地元でもあり、出逢い…知り合い…そしていつしか君の両親に結婚の挨拶をしに行った場所でもあった。
君と僕が初めて出会った場所。そして変わらないその風景を見ていると、いつそれは訪れるのかに思うような、そんな睡眠りからも醒めない侭にいて、いつか終焉を迎えようとしている君の事に思う。
いつかに約束した事。
……もし私たちが困難に出会った時は……。
その時はこの場所でまた逢おうと…君は言っていた。
僕が大切に思う大事な人。それにある傍からも、その存在だけをそこに残した侭離れているようにもあったりした時。
……もし、それにある時間を戻せるならば……。
何をするべきなのか…何を思いその胸に抱くのか。
それに思う。
何かその時の事は…それは何故か永久に思うようにもあった。
でも…もしかすると、睡眠り続ける君…それは永久に眠りつくまでにある事なのか。僕はその時間までの君を睡眠らせた侭にしておいて、少しの時間をいつかの記憶を辿る場所にいた事を思う。
一緒にいても…離れている。もし運命という事に自由な飛べる羽があるならば…いつでも僕は君のいる場所に飛んで行く。
……でも……
……君はもういない……。
今…その場所に…もう既にその存在の君は睡眠り続けている。もしかするとそれは永遠の眠り……思いのなかにそう感じた。
咲菜。
……君は突然のように眠りに……。
今も医院の寝台にいて睡眠り続けている。
それは…いつ醒めるとは知れない…。
永遠にも思うような、そんな睡眠りのなかに…。
突然だった。嘉利の妻の咲菜が眠った侭でいた。それに気がついた朝。 その後になってもいつまでも睡眠りから醒めないでいる咲菜。
それは医師もその原因がハッキリしないと言った。でも、何かの外傷などでもなく…それも原因が不明だとそれにも言っていた。
嘉利は思う。いつかの僕の…何かの事にわざとそうして咲菜は睡眠り続けている。
……何ていう事にも思ってもみた……。
でも、咲菜がそれと睡眠った侭にいてそれは現実に嘉利の目の前でいる。
それにある君…咲菜。嘉利は思う。
なにかにいう…それに僕が思い当たる事にも何もないが、咲菜が思うようにあった嘉利の何かの過ちがその原因ならば。
……咲菜……。
……僕は睡眠り続けている咲菜に……。
……君に何ていう言葉をかければいい……。
そんな事にも夕日は少しだけ、さっきよりも段々と海に眠るようにも沈んで行くと、黒々とうねる海渦の向こうに見えた空の色は暗くあるように見えた。
それはどこか…その時の僕…嘉利の思う心のうちのようにもある事に…それに思えたりもしたようだった。
翌日になり、昨日に突然に一人訪れた嘉利がお世話になった。嘉利の妻の咲菜の妹夫婦の其田の家から散歩に出ようとする。
そして今日のうちに思う帰路につく前に、昨日に見ていたようにある。海岸線の続いている海のとある場所に行こうとしていた。
するとそれにある事に玄関にいた。そんな嘉利にかけられた声がある事にも気がついた。
「おはようございます。嘉利さん。昨日は驚いたわ。だって突然に連絡もなしに…こっちにいらっしゃったんだもの。でも、それにあって何のおもてなしも出来なかったけど。よく休めたの? 」
「やぁ…咲月さん。おはようございます。昨日は突然にお邪魔してしまって…本当に申し訳なかった。食事も夕食まで気を遣ってもらったり。それに…その上…それも泊めてもいただく事にもしてくれて…」
「何を言っているの…。嘉利さんは私たちにしても家族の一人なんですからね。でも、昨日の夕方も過ぎた薄暗い時間に、突然に呼び鈴の鳴った玄関先に嘉利さんが立っていた時は、最初…お化けか何かに…それに思ったわよ」
本当にそんなように見えてそう思ったのだろう。嘉利の立っている目の前で、それという顔の表情をしたようにある咲月がいた。
「それは失礼をした。正直に言うと…どうもその侭で帰ってしまうのも何かと…咲菜もいた其田の家の近くまで来たものだったから…。それに咲月さんと弘君にも挨拶程度と思っていて、そうして寄って行くだけのつもりが…つい、お邪魔もしてしまったようでね」
それは昨日の海を見ていて、浮屠して思ったようだったりもした。それも…突然に義理の妹夫婦の自宅…其田の家を嘉利が訪ねた事にある。そして訪れた嘉利に、其田の家の客間に用意してくれた布団と、その前に一緒に食事でもどうか…それにあった夕食での事にもある話の事だった。
「それで…何…? 嘉利さん。…これから朝の散歩にでも行こうとしていたの? 」
「うんん…そうなんだよ。弘君も朝早く仕事場の海に出掛けて行ったようだったし。それで…ちょっと、そこらの海岸にでも行ってみて、ずっと遠くまで続いている海岸線の風景を見て来るかそれに思って…。それで目の前に見える海にまで行って歩いて来ようとしていたんだよ」
それはとても穏やかな風のようにもあった一日の朝にある。それに空の天気の様子も、どこかいい天気のようにもある空にも見えていて、それに思えたりした。
「今日はたぶん天気もいい…朝も穏やかの変わらない海の景色だと思ってね。…昨日は午後遅くこっちに到着いていたから…海もその空も暗くあったからね」
「でも…嘉利さん。起きてから…まだ、何も食べていないでしょう? それなら朝のうちに散歩でもして来てから、一度其田の家の方に戻ってくださいね。それまでに朝ご飯作っておいていますから。そのうちにも…その時になれば、うちの子に迎えに行かせます」
そんな話しにもありながらも、嘉利が見上げた空…それはゆっくりとしていて綺麗に流れていく雲も見えた。
そんなようにもある穏やかな日射しのある朝だった。
「今日は一日…夕方の日射しが海に沈んで行く。海に眠って行くような夕陽を海岸で見ていようと…それから今夜にでも東京の方に帰ろうかなと思っているんだ。今ある休みも後残り二日間ほどだから…」
「だったらよけいに…出来るだけ、いろいろな話も…咲菜の話の事もしてくれたらいいと…嘉利さんに会ったら、それも…うちの子たちもきっと喜びます」
「何だか突然にお邪魔もしてしまったのに、そんな気も遣ってもらうのも…ただ、何となく…咲菜といつかに見ていた事がある。そんな風景が急に見たくなってしまってね」
話しのその言葉に少し照れたようにもある嘉利がいる。それに自分でも気がついたようだった。
「…それだったらお昼はお弁当にして海岸のある場所で、それに弘に持って行かせます。そこで二人でしか分からない。…普段出来ない話でもしたらどうかな」
「ありがとう。でも、…うんん…お言葉に甘えてそうさせてもらおうかな」
一瞬の時間の間…それと答える時に、何か思うそれに逡巡をした。そんな嘉利がいたようにもあった。
「それなら急がなくっちゃね。…そのうちに弘も海から戻って来ると思うから。後…たぶん一時間ぐらいで朝食の用意も出来ると思う。だから…それぐらいに嘉利さん。其田の家の方に戻って来てくださいね」
「咲月さん。何だか悪いね…」
「気にしないでもいいわよ。朝ご飯も…弘が戻ってからの時間に合わせていたら…それもお昼ご飯になっちゃうわ。だから軽く海岸線の見える海で海砂の上でも歩いて散歩して来たらいいわね。…ううん…嘉利さん、それがいい」
そんな言葉に浮屠…何かにある温かい思いが嘉利の胸に込み上げて来た。
「ありがとう。咲月さん。君たちの子どもにも会うのも随分と久しぶりだからね。僕も楽しみだよ。だいぶ大きくなっただろう? 咲菜があんなようになってしまった時以来だから…もう、数年…経つかな…」
「本当に…大変よ。うちは何か子どもは女の子なのに…まるで男の子。いいえ…それ以上だわ」
「そういえば…いつかに聞けば…咲菜も若い時にそういったとこがあったりしたようだと…そんなようにも言っていたからね。」
「何に…あら……まるで私にも…そんなようにも聞こえたわよ。」
そう言う咲月は何かに思うような、そんな表情を嘉利にして見せていた。
「冗談だよ…それじゃあ…散歩に行って来るかな。咲月さん。ありがとう」
そんな話の事にも…
嘉利と咲菜の間に子どもはいない事に、何かそれというような話の事が…どこか…それにある話の事が羨ましくも思えた嘉利がいたようだった。
其田の家からは数分…そこまでは少しだけ歩いて行く事にあった。それにある海沿いに見えた海岸線。そしてまだ、咲菜が今のようになってしまう前に、其田の家を訪れては、いつもこの海沿いにある街を訪れた。それにある海のとある場所に、二人しか知らない。
……嘉利と咲菜が一日を過ごした。それによくいた場所がある……。
そこでは…其田の家に滞在が出来る期間を毎日…それにある繰る日もいつも、嘉利と咲菜は、そこで二人だけにしか分からないような…そんなようにある話しをしていたりした。
それは…出逢った時からもある場所。そこではいつものようにある事でも、たぶんそれと普段では互いに言うようにも無い。
……そんな心に大切にしまっていた……。
……大事な思いにあるその話の事にいた……。
それという事を今に見ている風景にあるなかでいて思い出していた嘉利は、それに歩きながらもいる風景もいつかに重なって見えているようだと、それに思う事に呟く事をした。
「この辺りも…変わらないな…」
どこか嘉利の思う。それといういつかに変わらない風景のある事に、朝にある日射しのなか…それに思うようにいた。
其田の家は数分も歩くと、そこは海に面したようにある。
「歩けば少しだけ…でも、あんなに近くて…それでも、何か遠くて…」
それに思うようにも呟いた。もう少し歩いて行けば…咲菜とよく眺めていた風景が段々と見えて来る。
……海渦の波の音は……。
昨日の夕日の日射しのある海の風景に眺めそれと見る事をしていた。それにあるような暗い何もかもそこに飲み込んでしまうようにも思えた海とそこにあった空を…今はそれに感じる事にいない。
いつからかそこに思うようにもなかった。そんなようにあった場所。でも…今は……そこにある何かに思うようにもいた。
いつかの君…。
いつかの僕…。
嘉利の思いは…そんなようにもあるいつかの日に…約束をした事を思う。
……君と僕……。
……もし、私たちが困難に出会った時は……。
そんな言葉が嘉利に…咲菜…君の言った言葉が僕の頭を掠めていたと思うようにいる。
……歩いていたほんの暫くの時間に……。
そんなような事を思い出して…考えていた嘉利は、歩いている事に浮屠…気がついてみれば、それにあるように思っていた事にある思い出の目的地の海の近くまでに着いていた。
まだ、ほんのり熱い午前の日射しを浴びていた海砂。足下からもそれを肌に感じる。
そして…そこにある海岸の海砂の上を嘉利は…ゆっくりと歩き出した。
然し…そこに思い出されるのは、咲菜の事。どれだけそれと海風に揺れる風景を眺めそれと見ていても、いつでも思いにあるその底にいる咲菜…。
そんな事にも…嘉利は、そこにある目の前の海の波を…ただ、静かに眺め見ていた。
するとそれはどれくらいにある時間をそこでいたのか…? 物思いに耽っていた嘉利に突然に話しかけられた。それに呼びかけている声がある事にそれと気がついた。
「…嘉利さーん。ねぇってばぁぁー。…おおーい…嘉利さーん…」
どこかで聞いた事がある。それに思うような声が聞こえた。
「お母さんが…朝ご飯が…だよって。もうそろそろ出来るってぇー」
それにある呼びかけられた声。嘉利は、それという声がした方に振り向くようにした。
「…んん? もしかしてこの呼びかけられた声にあるのは…」
段々と近づいて来るその声は、いつかのような…でも、どこかそれも違ってもいるようにも思った。それにある思いも嘉利の記憶もその声に辿る事をした。
「もうっ…何度も向こうの道路から呼んでいたのに…。嘉利さん。…結局…私がこの場所にまで来ちゃったようだよ」
「…やぁ…それは悪かったね。んんー」
嘉利はそれに話しかけて来る。目の前にいるその顔を覗き込むようにした。
「…もうっ。少し会っていないうちに…私の事とか嘉利さん。どこかに忘れちゃったんでしょう…? 」
それにあるのは、其田の家の妹夫婦…嘉利にしてみては義理の妹夫婦でもある。その咲月と弘の娘の菜月のようだった。
それに思う嘉利は、いつかの記憶を辿るようにも話しかけた。
「菜月ちゃんだろう。少し見ないうちに大きくなったな…」
すると…そんな嘉利の言葉に、それにある菜月は…その顔にある綺麗な形をした二つの双眸を大きく丸くした瞳でいて、それに言う嘉利の事をキョトンとした侭に見つめてもいた。
「…よく分かったね。あれぇ…何で…? 」
それにある事に菜月は、どこかそれが不思議そうでもあったようでもいるように見えた。
「でも…最初はどっちだか…妹の菜深ちゃんにも…少し思ったかな……」
「なぁんだぁ…そっかぁ」
どこかそれという事に…何故かホッとしているようにもいた。そんな菜月がいた。
「でもね…君たちがまだ…小さい幼い頃は…よく僕も、それはどっちなのかのそれが分からない。そんな事もあったりした」
「んんーそれなんだよねぇ…だけどね…今も……たまにうちに来るお客さんとか…それも私と菜深のどっちなんだか分からないようなのか…幾つかその年齢も離れているのに…でも、それに間違われたりするんだよぉ」
「そうかな…? でも…見れば分かるよ。それに随分と大人になった。それも…」
そこに若い時にあった頃の咲菜がいたようにも思った。それにある菜月を見た時に、嘉利の話す言葉も途切れたようにある事だった。
嘉利の言いかけた言葉もその侭に。そんな事を気にもしないようにもいた菜月は、それという言葉も途中で途切れたようになった嘉利に向かって話しかけて来る。
「それはそうだよ。…私だって、もう、十七歳になったし…そうしたら高校とかにも行ってたりするんだよ。妹の菜深何て…まだ、十三歳だし。でも…小さい頃からよく間違われたりする事が多かったよ」
それにある菜月の話しかけていた言葉に、嘉利はその途切れたような事にあった言葉も続けようとした。
「何か…菜月ちゃんも…君のお母さんに段々と似てきたように思うけど…」
「そんなの全然言われないよぉ。どっちかっていうと…嘉利さんの奥さんの咲菜おばちゃんに似ているって……うちのお母さんが、いつもそんな事に言うけど…なぁ」
そこにいる菜月。嘉利がいるその目の前…。それは菜月の母である咲月が、そんなようにも言う事が分かるようだった。何か…いつかにある若い時に見ていた咲菜がそこにいたように思えた。
そんな気が嘉利は…その時にしたようだった。
「そうかも知れないな…確かにどことなく…若い頃の咲菜にも似てもいるよ」
それにある話も…嘉利がそんなようにある話の事を菜月に話していたその時に…突然に吹いた海風に揺れた。それにある菜月の黒い長い髪が風に揺れていた事を見ると、それも嘉利はそこに妻の咲菜の若い時の事を瞬間に思い浮かべてもいた。
「でも…私の妹の菜深とか何かは、うちのお母さんにそっくりになって来たよ。…たぶん嘉利さんも見たら笑っちゃうよ」
「そういえば…菜月ちゃんの妹…菜深ちゃんは…今日は…? 」
「もう起きていて…家にいるよ。何でなのか…私だけが嘉利さんの迎えに行って、もうそろそろ朝ご飯だと言っといでって…お母さんが…そう言ってた」
「それはありがとう」
「嘉利さん。菜深なんて…本当は一緒に嘉利さんの事を散歩している海岸まで迎えに行くって、朝起きがけに私とお母さんに言っていたんだけど…あいつってば、一度起きてから…また、布団に潜って…それからまだ眠いって言うのよ。それを私が…お母さんに言ったらさ、菜月だけで行って来てってそれに言ったの。嘉利さんの事を迎えに行くのは、私は別に何か思うとかにも無くて…それもどうでもいいんだけど。あいつ…菜深、今頃になって…きっと寝間着も着替えていたりするわ。でも…嘉利さんに私は菜深より先に会えたからね。だから…それはよかった。嘉利さん。お久しぶりでした。挨拶もそれも後になっちゃったけど…」
いつかに会った時よりも、確かに…どことなく大人になっていた。妻の咲菜とある間に子どものいない嘉利にとっては、それにある事に思うようにもなるようだった。
「それじゃぁ…確かに嘉利さんの事は、私は迎えに来たから。私は…先に家に戻っているからさ。嘉利さん。朝ご飯に来るのみんなで待っているからね。寝坊助の妹の事…少しでも叱ってあげなきゃ。じゃぁ先に行っているからね」
そう言うと菜月は小走りに走って行った。それを見ていた嘉利は、軽く笑っていた。
すると何かに気がつけば…海岸に向かってゆっくりと穏やかに打ち寄せて来る海の波は、いつの間にかそこに立っていた嘉利の足に近づいていた。たぶん菜月と話しながらも歩いていて、海岸の波うち際に近づいてもいたようだった。
それにある事にも…海砂の上を嘉利と揃って歩きながらもいた。さっきまでそれといた菜月が小走りに走って行った。海砂に残していた。菜月のその足に履いた靴の足跡も消えている。
それは……海岸のゆっくりとした流れに波うつ揺れる波に混じった海砂で、それにあるさっきまでの嘉利と菜月の二人の靴の足跡をも消して行った。そんな海の波がそこに見えた。
嘉利は、そこに穏やかに揺れている。海原の波のある風景を眺め見ていながらも、ほんの暫くの時間を其田の家に向かって歩いている。
そして玄関先に待っていた菜深が見えた。
「…おはようございます。朝ご飯の用意も、もう少ししたら出来るからだって…お母さんが言っているよ」
「おや…菜深ちゃんだな。おはよう。然し…随分と大きくなった。以前に会った時は…もう少し背丈も小さくて、たぶん年齢も十歳ぐらいだったのかな。久しぶりに会えて嬉しいよ」
そこにいる菜深は嘉利のそんな言葉にもあってなのか。其田の家の玄関先で菜深は嘉利としていた会話にある事にも、どこかその様子はモジモジとしたようにいる。そして少しだけ俯いたようにもいて、その顔にある顎を引いたようにもしているが、その視線だけは嘉利の事を見てもいたりした。
すると菜深はそんな様子にいてその事だけを嘉利に伝えると、それにある仕種にいる格好でいる侭後ろに振り向き返り、其田の家のなかに素早く走って行ってしまった。
「とにかく伝えたからねぇー」
そんなように菜深は振り向き返り走って行ったその途中で、嘉利にかけた言葉も、其田の家のなかからの…玄関からも奥になる場所からの声でもある。
「ありがとう。分かったよー」
そうにも答えた嘉利がそこにいた。
「朝ご飯…か。随分と誰かにそんなように…朝食とかを作ってもらうのも久しいような気がする」
そんな嘉利の呟く言葉だった。
然し…それという心もどこか懐かしい思いにもあった事でも、さっきの菜深の様子を見ているとそれに嘉利は不思議になるようだった。
「ふうぅ…あれがたぶん…思春期の子どもというようなのかな…? 話に聞いてもいたようでもあったけど…何かに気を遣うようで…大変そうだ」
子どものいない嘉利にとっての正直な感想のようだった。
そんな事にも嘉利の抱えてもいる。その何か知れない疲れを感じていたような思いは、少しずつその重さも軽くなって行くような気がする。それはどこか温かいようにも思うように感じる。そんな其田の家にある事にも。それをどこか思うようにいた。
嘉利が朝に散歩をしていた事から戻り、そして其田の家の玄関先でいた菜深と話した後に、それとある玄関から少しだけ離れた場所で靴についた海砂を払い、玄関に戻り靴を揃えてから咲月と子どもたちのしている話し声のする方へと歩いて向かう事に思う嘉利。
すると嘉利のそれにある事に気がついた咲月。
「あら…お帰りなさい。どうでした? 朝に海岸での散歩なんて。嘉利さん。東京でもなかなかそんなようにも出来ないような事なんでしょうから」
咲月の爽やかな…朝に穏やかに吹いていたような風を思わせる。そんな話しかけたようにある声がした。
「うんん…悪くなかったよ…どっちかっていうと…何か心も落ち着いた。そんなようにある海岸での散歩の風景だったよ」
「それはよかったわね。でも…迎えに行った菜月にも、菜深の事では…嘉利さん。驚いたんじゃない? 」
「それはそうだよ…咲月さん。だって数年前までは、まだ子どもだとしか思う事にも無かったからね。菜月ちゃんも…随分と大人に見えた。それに菜深ちゃんも確りと玄関先に待っていてくれたからね」
それに言う事をした嘉利は、どこかその事にも嬉しそうに話していた声にもいたりしたようにもある。
「大丈夫だったのならそれはよかったわ」
嘉利の話しにある事に、どこか…それにホッとしたような…そんなように話す咲月だった。
「海岸で波うつ風景を見ていた事よりも、そっちの方が気分も晴れたよ。いい朝になった散歩だった」
「でも…嘉利さん。仕事にある赴任先でも…それも仕事で海岸とかも…それに海のなかにとかにも行ったりもするんでしょ…? 」
「ううん…そういう時もあったりもするけど。さもなければ…海のなかにある場所だよ。それも異国での仕事で見る事が出来るだけの海のようだしね。この海沿いにある街の海岸線の方が僕は好きだし…其田の家も…それに咲菜と見た風景でもある。その思い入れが違うよ」
それという話の事にも…嘉利は、今も睡眠った侭でいる。それにある事に残して来た咲菜の事に思う。それもいつかに約束をした。そんなようにもある海岸のある場所にも思うようにいた。
そんな事にも何か浮屠したようにも、それに考えていた嘉利の目の前を、大きな皿に盛りつけられた朝食のおかずを持った菜月が通り過ぎて行く。
すると…その後ろに続きながらも、それよりも小さな皿を二つ。その両手に持った菜深が通って行った。
「嘉利さん…ちょっと退いて。それか…そっちの居間の方で朝ご飯の用意も出来るまでそこで座っていてよ」
「…ちょっと退いて」
そんなように菜月の言った言葉を繰り返したようにして、嘉利に言う事をした菜深。
すると…嘉利と立ち話をしていた咲月は、そこで何かを思い出したのか…それも急ぐように、作りかけの朝食の様子を見に行ってしまった。
「大したものも何にも無いけれど…嘉利さん。もう少しでそっちの居間の方に朝ご飯の用意も出来るから、ちょっとだけそこで座って待っていてくださいね」
そんな咲月の話しかけた声が台所の奥の方から聞こえて来た。
嘉利はそれという事にもあって、玄関から真っ直ぐに通っている台所まで続く廊下の上を歩いていて、その途中…左に見えた居間のある部屋に向かう。
そして居間に置いていた年代物にも見えるテーブルに向き合い、そこに置いていた座布団に座ると…それは…いつかの咲菜の両親がそこにいた事を思った。
「其田の家…か……」
いつか…その頃にあった時の嘉利。たぶん…今になってそれを思えば…都会育ちの何かに思われていた。そんな事にも最初の頃に…嘉利に対しては、それはただ、寡黙のようにいた。どこか嘉利に無言のようにある事でもいた其田の義父…健一郎。それにある代わりにいたような義母…志摩子。
居間のそこにいて座布団の上に座っている嘉利は、久しく訪れる事が無かった其田の家の居間にいて、その部屋のなか…それという空間を見ていた。
そこは…いつか咲菜とした約束にあった結婚への挨拶をしに来た時の事を思う嘉利。
それにあるようにも、その頃の咲月が嘉利の後の義父になる健一郎としていた話も、咲菜を思った説得のようでもあり、漸くそれにある事に健一郎も、その話を始めたようにもあった。
それも言葉にも見えないような義母の志摩子の説得にもあったようだと、その時の話の事はそんなようだったと嘉利は聞いている。
浮屠…そうしていて何かに思うようだった。
それにある嘉利は、ちょうどそこにいたようにも見えた。
それは何かにあるそれという事を、妹の菜深に向かって歩きながら何かにくどくどと話しかけている菜月がいた事に見えた。
それも其田の家の居間にいる嘉利の座っていた場所に近く歩いて来た事に、それと茶碗と箸などが載ったお盆を片手に持っていた菜月に向かって、それとなく…ある事を尋ねてみた。
「菜月ちゃん。其田の家の仏間って…この家のどこにある部屋だったのかな…」
すると…それにある嘉利の問いかけにも菜月はそれと答えるようにもいて、でも、その事にある話の事にでも、妹の菜深に話しかけているようにある話の事は続いてもいたようだった。
「菜深…いい? 約束にあった事はちゃんとしないと駄目だよって…いつもその事は私も言っているでしょう…? この間だってお父さんの用事での話をしていて、それに菜深はその前の日に一緒にくっついて行くって言っていたから、お父さん…随分と菜深の起きてくるのも待っていたんだから…。あ…あ…えぇっと、なぁに…? 嘉利さん…何を私に話しかけていたんだったんだっけ…? 」
そんな事に言う菜月。それにある様子に、ただ…そこにいた嘉利のようだった。
「大事な話の途中だったんだね。菜月ちゃん…分からなくて悪かった。あの…さ…其田の…この家の仏間だけど…どの部屋にあったんだか訊こうかなと思ってね…」
すると菜月はそんな嘉利の話しかけた何かに思うようにも、それと不思議なような顔の表情にいたりもする。でも、それとあった妹の菜深としていた話の事も思う事にあったようにも、菜月はそんな嘉利の問いかけた言葉に答えるようにもいたりした。
「お婆ちゃんとお爺ちゃんの…? 」
「そうだよ。どこだったかな」
それを聞いた菜月は、妹の菜深に言い聞かせていたようにある事も…それもどこかに一時だけ忘れたようにといて、それに答える事をしようとした。
「…嘉利さんのいる。今…この部屋の…」
菜月の…それにある言葉の間を置かないようにも…それにある事に答えた声が別の方からしたようにもある事だった。
「……ありがとう…嘉利さん。今いる居間のその部屋の奥です」
そんな嘉利と菜月としていたその会話が聞こえていたのか…。それにある事を嘉利に話しかけたようにいた咲月の声…。
「あぁ…ありがとう。咲月さん」
それはいつからそこにいたのか…。それに思うようにもある嘉利がいた。
「嘉利さん。きっと…父も…それよりも父よりも先に逝ってしまった母も…たぶん二人して、嘉利さんの咲菜への思い…。分かってくれる。きっと…分かってくれるわよ」
それにあった咲月のする話に…ほんの僅かな少しの時間の間を感じたようにもいた。そんな嘉利。
「もう…それぐらい……は…ね」
それからもたぶん続いたようにもある言葉が…その時の咲月の話していた事に、嘉利はそれも何か思いつく事にも無いようになった。
「…うんん…隣の部屋だった…」
その日の朝は…そんなようにもあった。
嘉利はそれに…それまで座っていた居間の座布団のあるテーブルから立ち上がると、居間の隣の部屋に行く事に思う。そこでは…いつかに見る事も出来ていた。そんな顔が見れる。でも、それは今はもう写真だけのをようでもあったりする。それに何かに思うようにいた嘉利だった。
それという事に…ほんの幾らかの時間をそこでいた嘉利は、それから暫くして居間の隣にある仏間の部屋からそれと居間に戻ると、…もう既に朝食が用意されていた朝食が見えた。
「大した物も無いけれど…もしよかったら、どうぞ召し上がってください」
咲月が用意してくれた其田の家での朝食…。
嘉利は久しぶりの温かい朝にある気分にある事を感じていた。
そして嘉利は、その咲月の言葉に促されたようにも、居間のテーブルの前に座るようにした。
「ありがとう…いただきます。これは美味そうだね」
「嘉利さん。菜月が作ってくれたのよ…玉子焼きとサラダ」
「何で…だって菜深もそれ作るのも手伝ったんだよー」
「そうだったか…だから美味しいわけだよ」
「他にもこの辺での郷土のおかずとかもありますから、遠慮もしないで食べてくださいね」
嘉利を気遣うような…咲月の言葉でもあった。
そんな少しの時間を談笑もありながらも、其田の家での朝は過ぎようとしていた。
朝食も済んだその日の昼になり、それは今日という日の午前を過ぎようとしていた。
そして午後になると日射しもキラキラと海岸の海が見える波に反射していたが、それは今朝と変わらずに穏やかな波の海のようだった。それは其田の家からも見ることが出来た。そんなようにあった風景のようだった。
すると…いつものように早朝の暗いうちに海に仕事に行っていた弘は、その日も午後になった。昼時も過ぎたような時間になってから、海での仕事から其田の家に帰って来ていたようだった。
それにある事に気がついたようにも、それと聞こえて来た声に、咲月と弘…その子どもたちの話す声にある言葉が嘉利に聞こえた。
すると其田の家の内庭に向いたような。比較的に日陰のある縁側に腰かけて座るようにもしている。その足もサンダル履きを足に履き、それをフラフラとさせながらもいた嘉利を弘は見つけると、どちらとも無く話しかけた言葉に、嘉利と弘は挨拶のような会話を交わしていた。
「やぁ…嘉利さん。おはようございます。あ…それも…もう…そんな時間帯でも無いようだけど。昨日はよく身体も休めましたか…? 慣れない布団で身体…大丈夫だったですか? それに何の夕食のもてなしも出来なかったから…それも仕事にある時間に、どうにも気になってしまって。それからさっき咲月に話も聞きました」
「弘君。…何だか気を遣わせてしまっているようで…何か悪いね」
「嘉利さん。そんな事に無いですよ。何を気にしているんですか。後は…それからのこの後…これからの午後にある事にですけど…」
そこに海での仕事に日々ある弘の顔も、それにある事に幾分…海の煌めくその波に反射する日射しによってなのか、それと日焼けているようにも見える。そんな弘の姿を嘉利は、だだ…そんなようにある事に見ていたりする。
「それにある事に何ですけど…それもどうせなら弁当箱持って行って、俺が船出しますからついでに…どっかの場所に行って釣りでもしませんか…? 東京じゃぁ…あまりそんな機会も無いと思うので……。いい釣り場があるんです。それより…嘉利さん…釣りってやった事とかありますか…? 」
それは朝に散歩に向かう時に、咲月が言っていた話の事だと思った。それにもあまりその事は嘉利の考えにも無かったが、折角の厚意に思う事はあったりもした。
「弘君…いつだっか…君と義父の健一郎さんと始めてお会いしてから数年経ったある日の時に…僕だけが何物も釣れずに…。弘君と健一郎さんの釣鉤にかかって来る魚なども数匹いたようだと、ただ、それを見ていた。それにあった記憶が一度あるよ」
その嘉利の話す事に、弘は何かを思い出したのか…。顔も幾分そんなようにある日々の事に日焼けてもいた。その体躯も以前からも大きいように感じた。
そんなようにもある弘は、それに言う嘉利のした話の言葉に…そんな事もどこか忘れていた記憶を辿ったようにも、それに気まずそうな思いにいた。
それはその時の弘がした仕種にある。そんな嘉利の話しにそれを思い出したのか…弘はその頭の後ろの方を手で髪を撫でるようにも掻いた仕種をするようにいた。
「何ぁに…気にする事は無いさ。でも、あれが僕の始めての魚釣りの経験値だよ。単純に糸がついている釣り針に餌をくっつけて、海に向かってそれを放り込む。ただ、それだけの事に何でそんな簡単な事が面白いと思うのかが…? 僕にでは分からないだけだった」
「嘉利さん。…すいません。そういえば…そんな事もありましたね」
「それも…其田の家の義父健一郎さんも、その事に笑っていたが、たぶんそれにあるまでの時間に思う事を楽しんでいたりもしているのか…後からそれに思ったりしただけだった。でも、其田の家とあったその距離感もそれで随分と縮まった気がしたよ。んん…魚釣りとかはとにかくとしても、そこにある場所というのは…少しだけそれも興味があるな」
何故かそんな言葉が…嘉利からあった。でも、それにある嘉利の思う事にではそれにある何かに思うようでもないように聞こえたようにある。
それにあった嘉利の言葉を…弘は一瞬…疑問に思った。
「でも…弘君の言う。その予定をしていた場所というのは…どんなような場所だろうと…それに気にはなるようだけれど…どんな場所なのかい」
「うんん…そこまでは何か上手く説明が…船で行ってみると分かるんだけど…。ちょうどそこの海辺から海岸線沿いに見て行くと…いつもに使うようにある道路からではそれも分からないようにあったりする。それは船でも使ってその海からの場所から海岸線の方を見てみると、瀬戸口のような…海峡にある。両側の崖に狭く挟まれている場所が見えるようにもあるんですよ。道路もそれを避けるようにして通っていますからね。そこからでは見えるようにも無いんです。…今日は風も穏やかで海の波の揺れも大して無い…。天気もいいし…こんな日にそれを眺めて見ると、段々と奥に行くに連れて狭く挟まれている海峡…瀬戸口の風景が綺麗で…とても幻想的に見えたりするようなんです」
それにある弘の言葉に、それをただ黙って聞いていた嘉利は、その表情を変えずにいた。
でも、それは嘉利がそう話していた弘の風貌からもそれに思えば……そんな…どこかそれという言葉にしてもそれは無いだろうと思った話の事に、嘉利はその表情を変えずにいるようにと、それに笑う事を堪えていただけの事でもあった。
「ふふふっ…弘君の口から…風景が…綺麗で…幻想的…」
「何ですか…嘉利さん。…そんなにそういった言葉も…俺は似合いませんか…? 」
嘉利の言葉に少し意外な顔をした。そんな弘がいたようだった。
「でも…弘君が言う…その場所に…行ってみようか」
それは嘉利の思う事も…そこに行ってみれば…たぶん…それが分かるような気がした事に、それに言う弘の話にある場所に、嘉利はそこに行ってみたいと思うようにいたりする。
そんな話の事は…弘も、さっきまでの嘉利の様子と違うとそれに思うと、そんな事を言う嘉利に話しかけていた。
「そうですね…今からだと…昼も過ぎてしまうようですが。でも、それも遅くなってしまうけど弁当箱持っているし…そこで何か二人で話していましょうか…」
そんな事にも嘉利とそれにいた弘は、其田の家の内庭のようにもなっている。そんな日陰のある縁側のような場所で話してもいた。
それにある話の事に、弘は台所にいた咲月に向かって何かの事を話しかけた。すると居間にいて何かのテレビ番組を観ていた菜月と菜深が、それと話しかけて来る。
「なぁに…お父さん…嘉利さんと、海に出かけるの…? 」
…それに尋ねていた菜月…。
「あぁー。菜深も一緒に行くよぉー。狡ーぃよぉ」
菜深はそんなような事を言っていた。
「ほぅら…そんな事を言っていないで…宿題はもう終わっているの…? まだ…でしょう」
「あ…まだ、終わっていない宿題があった」
「テレビ番組も観ていたりするのもいいけど…菜月…菜深の宿題の事…見てあげてくれる。もう夏休みも後は数日しか無い事は…分かっているわよね? いい…菜深…菜月も分かったわね」
そんな咲月の話しかけた言葉に、菜深はそれとさっきまで横になっていた其田の家にある居間で観ていたテレビ番組の事よりも、それよりも何かに気になったようにでもあったのか…そこで飛び上がったようにもして起き上がると、そこに座り直したようにした。
するとそんな咲月の言葉に、菜深のその横で座布団の上に胡座をかいて座っていた菜月は怠そうにしてそこで立ち上がると、それまで観ていたテレビ番組の流れていた居間のテレビのリモコンを手に持つ。そして手にしたテレビのリモコンをテレビ本体のある方に向けてから、その掌にある指先で電源のスイッチを軽く押してそれの画面を消した。
…プツッ…。
…カタンッ…。
菜月は居間のテーブルに、さっきまでその手に持っていたテレビのリモコンを置いた。
「もうっ…菜深。夏休みも始まった最初の頃に私も言っていたでしょう…? 宿題も先に終わらしておけばいいって…仕方無いな…」
「アハハ…そんな事に言われていたのにも…たぶんあったね。忘れてた」
「ほぅら…宿題も見ていて手伝ってあげるから…さっさとやっちゃおう。でも…宿題にもし問題とがあるなら、その答えは教えてあげないけど」
「…えぇーそれぐらい手伝ってくれても…教えてよぉ。その方が早く終わるし。そうしようよぉー」
すると菜月はそんな菜深の言う事も聞いていないようにもいて、それと居間で横になっていた事からも今はそこで起き上がり、軽く胡座をかいているような菜深の事を見ている。
「菜深…菜月もいつもに珍しくそう言ってくれているんだから、さっさと宿題も終わりにして来なさい」
それに聞こえた咲月の子どもたちに向けた話しかけた声がした。そんなような話の事にもあって、菜深は渋々とそれにいた居間の座布団の上から立ち上がる。
「それじゃぁ…嘉利さんも、お父さんも気をつけて行って来てね。私は菜深の事を見ているからさ。もし…菜深の夏休みの宿題も早く終われば、一緒に何故か行きたがっている菜深を連れて海の方にも行ってみるから。でも…それも菜深の残した侭になっている。夏休みの宿題の進行次第かな」
それにある菜月は嘉利とそこにいた弘に…そんなように笑いながらもそう言っていた。
すると菜月はそれだけを言うと、嘉利に向かって軽くお辞儀でもするようにしてから、どこか不満気にもいるようにもある菜深の片方の腕をその手で掴んで持つようにすると、その侭…菜月と菜深の部屋のある方へ歩いて行ってしまった。
それにある途中…。菜月の歩いているその少し後をついて行くようにもある。それに手を引かれていく菜深は、居間から玄関先に近い場所にいた嘉利と弘の方を見ていながらもあるように、手を引かれ歩く。それも後ろ向きにあるようにいて…それと空いているもう片方の腕とその手の掌を左右に大きく振っていた。
「それじゃぁ…頑張って来るねぇー。また後でねぇー」
それにある事にも…そんなようにもいる菜深だった。
するとそんな時間も暫くしてから、咲月は其田の家の居間から内庭に向いた縁側でいた嘉利に話しかけて来る。
「嘉利さん。ごめんなさいね。もうっ…うちの子どもたちってば本当に困ったものだわ」
「それもいいじゃぁないか。菜月ちゃん。菜深ちゃん。姉妹仲もよさそうなみたいだし。子どもを持っていない僕にしては、少しそれも羨ましい限りだよ」
「…そうかしら……私の子どもの頃にあった時って…ああだったのかしら…」
どこか不思議になるようにもいる。それに思う顔をした咲月。
何故か嘉利はそんなようにも見えた表情にある咲月が…今はその場所に一緒にいない咲菜がそこにいた気がした。
それという事にも子どもたちと咲月のそんな様子を見ていた弘は、それにある事に軽く微笑むと、すぐ隣に立っていた嘉利に何かそっと呟くようにもいた。
「咲月も小さい頃はあんなように元気だったですよ。いつも…元気だった。それを思うと、菜月は咲菜さんのまだ大人になりかけた小さい頃の感じによく似ている気がします」
それに言う弘。
「そうか弘君は…この街は地元だったね。それで…なのか。」
咲月と弘は、この街…海沿いにあるこの街では幼馴染みのようにもあったりしたようにある。
それにある弘の実家は、この海沿いにある街での沿岸工事の事業を営む家庭でもあった。そんな弘はそれという家に生まれ育って来たようにもある。それを嘉利は…その事にある話の詳細を尋ねた事に無かった事に気がつく。
それに其田の家は元々は曾祖父の代に、この海沿いにある街の中心的な発展開発の仕事をした人物でもある。
それが咲菜と咲月の実父でもある健一郎の代になり、海での仕事…海産漁と養殖業に転換していった。
それにある仕事についた弘と、それからの後に一緒になった咲月が平日の空いた時間に弘の海の仕事で得たようにある物で食堂を営むようになる。
「そうか…弘君は…咲月さんと同い年の生まれだったようだと、それに咲菜にいつかに聞いた事があるよ」
そんな僅な時間にも、嘉利と弘は何かに話しをしていたりした。
するとその日の午前も過ぎ…午後になった昼時の時間帯も過ぎようとした事にもある。
それも何かの話から…嘉利と弘が海に行く事にしたようにもあった話の事に、それにいる弁当箱の包みをその手に持って来た咲月が、其田の家の玄関から真っ直ぐに通っている廊下の先…台所の奥の方から、内庭に向いた縁側のような場所で話していた嘉利と弘の方に歩いていて来た。
「はい…これっ…少しだけ…その時間帯も遅くなっちゃったね。嘉利さんと弘の食べるお昼ご飯…お弁当にしておいたから、弘が海での仕事に使う船で海の波に揺られ乗って…どこかに行って来てそれで二人して話しでもしならがらでも…それ食べてくださいね」
「じゃぁ…嘉利さん。行って来ましょうか…。一応…釣竿も…釣糸につける釣鉤もつけてあって…餌も…船に載せてはあるもんですから…。あ…どうします…? 」
「それは…だね。先ずは弘君の言う。その場所に着いてからでも…」
「そうしましょう。船でも釣りは出来るんですけど…それだと、嘉利さん…海の波の揺れに船酔いしそうだから」
その日の午後にある出来事は…そんなようにもあった話の事からもあるようだった。
それという話も嘉利と弘のしている会話を聞いていた咲月は、そんな話の事に、弘にそれを尋ねるようにいた。
「ねぇ…弘さ…海に行ってから船でどこかに航行って来たりするのは分かるけど…その場所が船上にでもないなら…どこに行くつもりなの…? あ……もしかして…あの場所なの…? 」
「うんん……かなぁ…」
「でも…あの場所って」
「咲月…駄目かなぁ」
そこに何かに思う。其田の家の妹夫婦は、それにある事に何かあるように話していたようだった。
その日の午後にある出来事は…そんなような話の事からもあるようにいる。
それという話も嘉利と弘のしている会話を聞いていた咲月は、そんな話の事に、弘にそれを尋ねてもいるようにいた。
「だってさ…海の波の揺れのある船に慣れていない嘉利さんだよ? …きっと船酔いする。いつかにあった俺と嘉利さんが…お義父さんと釣りをしたっていう場所って、あの時は海岸線に沿った堤防のある場所でだったんだよ」
「…そうねぇ…」
「それに…これから向かうつもりのあの場所ってさ…俺にしてもさ…咲月にしても…特別な場所でしょ…? そこに今のようにある嘉利さんの事を連れて行きたいんだ」
「でも…そこにある話とかも、弘はそこに行って何を嘉利さんに話すつもりなのよ…」
「ふうぅ…そんなの嘉利さん連れて行ってみなければ分からないよ」
「どうかしたのかい…? 」
咲月と弘がしている会話のそれに、嘉利はそんなように尋ねる事をした。
「うんん…嘉利さん。何でもない。これから嘉利さんと弘が行こうとしていて、それに向かおうとしている話にある場所って、そこは陸地からも少しだけ遠くて…そこまでは船で航行って行くようなんだけど…。そこはね…この辺りでは昔話のようにある伝えがあったのよ。だけど…そこはね。そんなようにあるその海のなかに、一つだけ上陸も出来る天然の島…それにいっても岩礁の塊にあるような場所なんだけどね。…そこは…後は弘に…聞いてもらってもいいかな…」
それに話していた咲月。嘉利は少しそれという咲月と弘がしていた会話に不思議に思った。
そんなようにも話していた事にある咲月は、用意した弁当箱を包んでいた紙袋を弘に手渡しながら、咲月の目の前にいる嘉利に何かそれというように話していた。
それにある弘。
「…いろいろと…昔話のような話にもある場所なんですけど…それは向こうに到着てからでも嘉利さんにお話ししますよ」
弘の話しかけた。そんな声が嘉利に向かってあった。
それからは…海岸線に沿って通っている。それはいつかに鋪装され、そしてその侭にしてあるような道路を歩いた。それというような事にも歩く二人は、弘が仕事で使っている船を係留ている船着き場に到着いた。
……夏の熱い風がそこにあった……。
…でも、それはどこか穏やかな風だった…。
するとその日の午後の日射しも高い位置に動いたようにもあり、それは目の前に見えている海面も疎らにキラキラと輝く揺れていた波もある事に見えた。
「何だか…綺麗というか…」
それにある嘉利の思わずにも呟いた言葉。
「…ねぇっ…? 嘉利さんっ。どうですか…」
「ん…んん…確かに…でもどこか牧歌的にでもあるが…とても心にもある何かを思う。魅力的な風景だよ」
……夏の熱い風…日射し……。
そこに見えるようにもある海は…打ち寄せる波にゆっくりと揺れている。船も並んだ風景に…それにある事に思うようだった。
「今から…目の前に見えるようにもある。そんなようにある風景とかそれに思っていたら、これから嘉利さんと俺が向かう事にある場所に到着いたらね。…嘉利さん。…何を思うのかなぁ…」
嘉利はそれにある事を思う。…弘の言葉に隠しているその意味を…その思いというようにある。…それにある事に…。
「…さて……嘉利さん。出発でもしましょうか」
「弘君…僕は仕事にもある事に海は慣れているつもりだけどね…。小さな船…こう言っては誤解もあるような言い方だけれど…仕事でもすぐに船酔いする。…お手柔らかに頼んだよ」
「はい…任しといてください。見事に…嘉利さん。参っちゃうかも…。飛ばして行きますよ」
それに言う嘉利の話す言葉に、何か楽しそうにいた弘がいた。
海のなかにその海面を勢いよくそれは滑るようにも航行っている船は、弘の運転にある事で海からの波飛沫も船に流れ込むようにもあった。それにある船が目的の場所に向かって航行っている。
そんな事にも嘉利は甲板の上をゆっくりと移動して行く。すると漸く落ち着いていられる船の甲板の場所を見つけそこに辿り着くと、その船から見えた。それの後方にある風景を眺めようにしていた。
それは…海に真っ直ぐに…線を引いたようにも見えた。それに思うような泡立った白い波の切れて行くようにもある風景の様子だった。それを暫くの時間に…嘉利は、弘の運転している。海のなかを航行り続けているその船の甲板の後方でいてそれを眺めていた。
「…仕事で船も使う事もあるが…大体は船酔いもするよ…」
嘉利はそんな事を一人呟く。
するとそこに座り込んだ。
そんな事にもいた嘉利だったが、その時間もどれくらい経ったのかに…それに思い始めた頃になった。
すると…それと勢いよく航行り続けている船の船首に近い操舵室のなかから、そこについていた小さな窓に顔を出している弘がいた事に気がつく。
海のなかを船が航行っている事である風を切る音…。船も動いている音…。海の風と波が揺れる音…。そんなように何もかも混じった音がするなかで、弘は航行り続けている船にある甲板の後方にいた嘉利に向かって、操舵室の小さな窓から出していた顔を向けると…何か大きな声にしてそれという何かを話しかけた。
「嘉利さーん。あれですよー。見えて来ましたよー。あれっ…あれです」
航行り続けている船の操舵室の方から、弘は…その船の操舵室の小さな窓から出していた顔を引っ込めると…代わりに片腕を出していて、それと船が進んでいる目的の場所がある方を指さした。
弘の指さしたその先の方に見えて来たようにある場所が近づいたようにもあった事に、弘の運転していた船は航行るその速度を漸く緩めたようにある。
…ゴゴゴ…プフフ…。
そして船の操舵室ではそれという場所も段々と目の前に見えたりもする事に、船も航行っていた事に使っていた動力機関を一度停止たようだった。
でも…それまで船を航行らせていた動力を停止た事にでも船は進んでいる侭にあって、船はその向きをゆっくりと回転させるようになって行くと、それは…その目的にあった場所の係留る。そんなように出来るようにもなっている場所に静かに船も着岸したようにもある事だった。
「この場所ですよ。やっと到着ました。…あれっ…? 嘉利さん? 大丈夫ですか…船酔いするとは聞いてもいたけど」
何かに思うようにもそれと見れば……そこに船の甲板の後方でくたくたになっていた嘉利がいた。
「ん…うんん…だ…大丈夫だよ。弘君…。心配無い」
「ちょっと船も速度も早かったからなぁ…。嘉利さん…? 本当に大丈夫ですか」
そんな事にも…弘は船を接岸する事にある準備を始めた。
すると船の甲板に取りつけていた撥水性のある色を塗ってある椅子から立ち上がろうとしていた嘉利に向かって、何か話しかけるようにもあった。
「嘉利さん。ちょっと待っていてください。今…船も繋いで係留て来ますから」
そんな弘の話しかけた言葉に、嘉利は答えた。
「…弘君。大丈夫。急がなくても…ゆっくりでいい。安全に」
嘉利のそんな言葉もある事にも、弘は船の操舵室から甲板に出ると、それと船も近づいたようにもある。
それにある事に見れば、岩礁の塊のような島に高い崖道が続いている。目の前の島に高い岩壁も見える事にも、それに向かって崖道が続いていたようだった。
そんなようにある場所にも、船も係留ておく事が出来るようにもなっている。岸壁の整備もしていたようにもなっていた場所に、弘はそこに移ろうとしていた。
それは旧くもあったようにも見えるようだったが、幾らかそれなりにその岩礁の陸地にある島に船も停泊るようにも出来る。そんなように整備も旧い時代のいつかにされていたようにその場所があった。
でも…それは海からの打ちつけてくる波と、そこに降る風雨などに晒され続いたような事にもあってなのか…。
鋪装され一応は船の発着も出来るようになっている場所も、疎らに壊れたようにもなっていた。
それにある嘉利の様子に心配をしている弘だったが、でも…それにある嘉利の話している言葉にもあるその調子の事に、それにどこか楽しそうにもしていた弘がいたようにもある事だった。
海の波にもゆっくりと揺れながらでもある。
それにある船もその場所に近づいてもいた事に…それと船体も揺れている海の波にもあって、陸地の係留事が出来る場所の地面とあるその隙間に擦れそうにも…そこに船も軽くぶつかり当りそうでもあった。
それという事にも弘は船の操舵室から出て来ると、船を係留るように使う。頑丈そうな太い紐を手に持つようにしてから、それと船体の横端の船縁に立って伸ばした片足を前に出している。
そして船からも目の前のそこに見えている陸地のその場所に、伸ばした片足を船の甲板に立っていたもう片方の足で慣れたように船縁を踏むようにして蹴って…そこにある場所に移って行ったようだった。
すると弘はその片手に持った。船を係留のに使う頑丈そうな紐を素早く岸壁のフックに引っかけ結ぶようにして留めると、それからくたくたに見えるようにもある嘉利に向かって話しかけた。
「嘉利さん。今こっちと船の方に渡る板をかけます。それと…持って来た荷物は俺が取ってくるから、嘉利さん。時間もかかったけど…漸く到着た陸地で少し休んでいてください」
そんなように話しかけるようにもある弘は、素早く船に戻ると甲板の後方に置いていた渡し板を岸壁から船のある船縁のその上に置くようにして板をかけた。そしてその侭操舵室のある方に向かうと、そこにある船の機器の並ぶ操舵室のなかから、それは其田の家から出かける時になって、咲月から手渡された弁当箱を包んでもある紙袋を手に持った。
そうしてから船にいつも載せていた荷物。そのなかから釣りに使う二人分の釣竿とその道具箱…餌も一緒に持って、係留てある船から岩礁の島に移って行った。
「…弘君……荷物も少し持つのを手伝うよ」
嘉利がそれと見れば、そこに弘は両手に抱えるようにもしてそれらの荷物も持っていた。然し…そんな事にも言う嘉利の足下は、まだ、さっきの船での揺れにでもあってなのか…どこかそれにおぼつかないようでもいたりする。
そんなようにもある嘉利を見ていたようにある弘は、そんな様子の嘉利に話しかける事をした。
「大丈夫ですか…もう少しだけ休んでからでも…これから歩いて向かう事にもある場所は、見ての通り…旧い頃からもあるその侭の崖道ばかりにあるんです。今の嘉利さんだと…まだその足下も歩くのに危なさそうだから…もう少し船酔いも落ち着いてからにしましょうか。ん…その時は…んん…そうですね。じゃぁ…その時に弁当箱…持って行ってくれますか…? それだと結構…俺は助かります」
「…あぁ…分かった。もう少ししたら…だ。とにかく今は弘君の言葉に甘えてしまおうか…。もう少しで気分も落ち着きを取り戻すはずだから。…でも……弘君。船の運転にあってそれに僕の事にどこか愉し気にもあったようじゃぁ無いか…。然し…僕は船での移動するようにある事なのは……あまり…得意ではないようだ」
そんなようにも話している嘉利の顔色は、幾分さっきの船から降りたばかりの嘉利の様子からは、その顔色も船酔いから醒めて来ているようにもある事に見えた。
「嘉利さん。でも…よく海洋資源開発とか…どこかの異国での僻地にも行ったりも出来ましたねぇ…。そういう時って…やっぱり船での移動とかもあったりするんでしょう? 」
それに何か思う事にあった弘だった。
「ん…んん…それはあるよ。でも…陸地内地での…僻地…とでも言う場所っていう事になると、そこでは船での移動も大抵は河川だったりするし、そんなのは僕は平気だけど。…それと海の波に揺られた船での事とはまた別物だよ。海のなか…遠い海洋にある場所での資源開発とかになっている場所に向かう。それにある事に乗船するようにある少し大き目な船にでも…僕は時々は船酔いもするようだしね」
「俺は…船なんていつもの事だから全然平気だけど…。たまにこの辺りに来る予約のある釣り客も結構平気なようだしな…。でも、何かでこの街にやって来た。それも突然に海で船釣りとかをしたいというような観光客にある事では…んん…大抵の人はやっぱり船酔いするようですね」
そんな弘のする話の事に、嘉利は…何か複雑な思いになった。
「…それは……たぶん…弘君。…君の船の移動にもある。その運転にも何かの原因もあるような気がするよ…」
「それも…そうなのかなぁ…。確かに船も移動するのも…速度は結構…出ているけど…。今日みたいな海の波も風も穏やかな日は、あまりそういった人とか大して見ないけどなぁ…。たぶん…ん…んん…嘉利さん。海に出る船での移動をするとかにある事に合っていない。きっとそれにあるんだと思います」
それと嘉利と話している弘は、その話しの時々に…そんなようにある嘉利のする話しの調子にその顔も笑うようにもいたりした。
「ふぅぅ…随分と船酔いもしていた気分からも楽になったよ。そろそろ…弘君の言うようにある。その場所にまで行ってみよう」
「そうですね。でも…本当に大丈夫ですか…? 嘉利さん。足下もさっきのその話のように崖道にもあるんですけど。」
何か少しそんな嘉利の言葉に心配をするような弘がいたりした。
「なぁに…船酔いにある気分が気になっただけだらからね。もう楽になったし大丈夫。行ってみようか」
嘉利はそんなように弘に話しかけてそれを促すと、船を接岸してから降りたそこで、しゃがみ込んだように座っていた身体を起き上がらせるようにして立ち上がる。
そして弘の抱えるようにして持っていた荷物も幾つか持つようにしてから、その侭に岩礁の島に見える切り立った岩壁に沿ったようにもある。そんな崖道の続いている方に歩き出した。
岩礁の島はその大きさもあったが、その切り立った岸壁に挟まれたようにもある。それは見上げれば十数米ほどもある高い場所に、深い木々にも囲まれそれに挟まれたようにもある。
……するとその崖と木々の隙間から蒼くどこか透明な色の空が見えた……。
そんなようにもある島の話の事に、それは北西の方に行くとそこにいつからか祠が祀ってあるようだという。話もそれとある弘はそこに嘉利の事を案内したいらしかった。
その島は南東から北西に向かっている岩礁の島のようにもあり、その岸壁に挟まれたようにもある崖道も歩いて進んで行くうちに、そこに鬱蒼とした木々も続いてもいるようにもあった。
でも…今から歩いて行くようにもあるその祠も祀ってあるようにもある場所は、まだ数粁先にある。
振り返るようにすればその岩礁の島から見た海の先に小さく街が見える。
それに見える街の場所からも海を渡る事…そこからも数十粁。
そんなように大きさもある無人の岩礁に守られそれに囲まれた島にあるようだった。
それからは足下の悪い荒れた崖道を歩いて進んで行く。
すると左右にあった切り立った岩壁も、段々とその迫り来るような圧迫感のある風景はその高さを低くしていた。
歩いて行く途中に見ていた岩礁の島は黒い色に染まったようでもあり、そこにある地面に載せていたようにも思う木々などにある植物も色鮮やかな葉と花。原生なのかと…それにも思うような花草も地面に咲いていた。
それは天然でもある自然も原生のような植物もその侭にそこに残っている。そんな崖道での風景だった。
それにある島のなか。通っている崖道も段々とその幅が狭くなって来た。
そんな事にも…島の岩壁に挟まれたようにもある場所をも越え、それにあった崖道の続いている事も…そろそろ過ぎようとしていた頃…。
嘉利と(ひろし)は何かにと話しながらでもいたが…その手に荷物を抱え持ちながらも、大体では一時間もそうした風景に囲まれたようにも話して歩いていたのだろうか…。
そんな事を嘉利が考えていた時に、島に鬱蒼と自生している木々の隙間に、自然の天然石を積み上げて造られた石段のようにある場所が歩いているそのすぐ先の方に段々と見えて来る。
「弘君…もう随分と結構な距離を歩いているだろうか…」
そんな嘉利のした問いかけにも、弘は何か別の話にするようにもあった。それにある弘の何かの思いを感じる。
「…もう少ししたら嘉利さんに見せたい…そんな風景も見せれると思いますから…後…少しです」
「こんなようにある場所に何かがあるのか。今そこに向かっている。話にあったその祠の祀ってある場所…か…」
海からの寄せる波も打ちつける。岩礁に囲まれたようにもある島に到着てからも、嘉利と弘は暫くの時間を左右に見える切り立った岸壁の続く風景にある。そんな隙間のようにあった場所に通っていた崖道を歩いていた。それは自然に出来た。それというようにも思えた。そこにある島の崖道からの風景はそうあるようだった。
「弘君。何か…見えて来たね。あれは…」
その時に見えた事。疎らに壊れたように崩れていたりする。そんな自然の天然石を積み重ねて造られていた石段の登り口が見えるようにある。
それは…この島に残っている伝承…。それも慣習や風俗的な見え方…考え方…というよりも、旧い時代からの信仰などによる因習のようでもある事に、それに思うような話を弘は歩きながらも嘉利に話していた。
上陸したこの岩礁に囲まれている天然の自然に溢れた島にある崖道を歩いていた時に、弘がしていた話の事を…それにある事に思い出した嘉利がいた。
弘は話していた。今そこにいる事にある場所。海のなか…岩礁に囲まれた。旧くからも今に至る現在でも無人にある島の物語…を…。
そこは…そんなようにもある場所も、話も今から約三百年ぐらいほど以前の事に遡っても行く。そんな頃からでも…人がいない。住人もいないようにある。
それも無人の岩礁にも囲まれた自然の森が広がる島にもあって、そこに奥深くある木々もその天然の自然に溢れていた。
何かに思うような、それは山頂に近い場所。
すると、それに隠されたようにも…いつの頃からか…ひっそりと建造られていたようにもある祠があった。
それは今も変わらずにその場所に祠もあり静かに祀られているという。
然し…その祠のある場所の近く。それは小さい殿屋のような、そんなようにも見える建物がある。
でも…そこに静寂に落ち着き、そこからも眺め見る事も出来るはずの美しい借景は見えるようにも無い。それにある窓も無く。ただあるのは人を通すだけの一枚だけの闔扇…。
……それは何のために……。
弘はそれにある事を答えなかった。
そんな事を思いながらにいた嘉利。
すると…その目の前に見えて来た。天然の石を組み合わせて重ね造った石段がすぐそこに見えるようになった。
「弘君。…この場所。」
その言葉に何か気になっていた思いを繋げようとする嘉利。
「でも…何故…こんなようにある場所に祠を造り…何にあるそれを祀っているのか…」
それにある事を不思議に思う嘉利がいた。
でも…嘉利のしたその問いかけたようにある。話しかけたような話しにも、それに構わずのようにもいる弘は、そんな事に思う嘉利に向けてそれとは別にある話しをしているようにいた。
「嘉利さん。石段が壊れている場所もあるからそれに気をつけてください」
嘉利の少しだけ前を歩いている弘。
「んん…弘君。ありがとう。見れば…石段もそんなに長く続いているようでも無い。何とか行けそうだ。大丈夫だろう」
少しだけそこで石段の先を見上げれば、そこにいつかに忘れられたような…それも左右対称に柱も石製のようにもある鳥居がある。たぶん…そんなようにあった鳥居に重なった日射しが見えた。苔にむした石段も重なり続いているその先に…。
「足下も悪いから…嘉利さん。間違っても転んだりして怪我するとか何かだけはしないようにしてください」
そんな弘の嘉利を気遣う言葉のようだった。
「何に…大丈夫だよ。弘君。僕も…そうだね…若い頃のようには行かないけど…まだまだそこまで歳もとってはいないさ」
「でも…足下も気をつけてください。石段…結構荒れていますね」
辺りを見渡しそれに言うようにもある弘と嘉利がいる。
壊れかけた石段を一段…また一段…。ゆっくりと踏み登り歩いた。
長い年月を経ているのであろうその石段は、疎らに壊れ崩れかけていたようにもある事に、積み重ねて造られていた石のその表面にも苔のような物が張りついてもいた。
そんな事にも登り歩いている。そのゴツゴツとした石造りの階段は、地面も悪く足下もそれはおぼつかなくある。それにある石造りの階段が、そこに段々と続いているようにも見えて来る。
……それに続く石段の先……。
でも…それは少しづつ目の前に見えて来るようにもある石造りの鳥居と重なるような風景にある。
……何故か……。
それに何か思うようだった。
「この石段も登ると…そこにさっきの話しにもあった祠の祀ってある場所があります。嘉利さんも歩いて来て分かったと思いますけど…歩く場所も崖道が殆どだし、この石を敷いただけのような階段も、何かそこらの落ちてもいるような天然の大きい石を重ね造ったようです。それも苔もあって滑りやすいようだから、嘉利さん。本当に気をつけてください」
そんな弘の話しかけて来た言葉に、ほんの瞬間をそこにある雰囲気の何かに思う事をしていた嘉利は、それに浮屠したようにいた。
「…ああ分かった。弘くん。ありがとう」
嘉利は弘のそんなように話しかけた言葉にも、辺りの自然に溢れた木々に思う事も、その空気も瑞々しくも静謐さがある。
そんな風景にいつしかその気持ちが解けていた自分に気がつく。
そして何かそれに魅せられたようにいた事にも思うようだった。
石造りの階段…天然の自然石を積み重ねて造られているだけのような石段も、それも段々と見えて来るその風景に辺りの様子も変化って来る。
するとそんな石段の頂上に近づいた時。そこに左右対称の柱のようにもある。石造りの鳥居に重なるように見えていたさっきまでの日射しは、嘉利と弘の登り歩いている石段も照らしていては、それの一段のそれに合わせた高さに少しだけ傾いたように見えていた。
降り注ぐ日射しに翳っていた石段のその踏み上る幅にある翳りの高さも、それに変化っても来ている。
それも…さっきまで高い位置からのようにあった日射しは、そこにある石造りの鳥居にも重なったように反射して光って見えていたようにもあったが、それはもう目の前に見えるようにもある鳥居のなかを突き抜けるようにして射していた。
「ふうぅ…漸く到着ましたね。然し…俺も若い頃は…この岩礁に囲まれるようにある島の鳥居のある場所に、昔に登って来た時の記憶では…もう少しだけ簡単だったような気がします」
それと振り返るようにして見れば、そこに小さく遠くなっていた石段の登り口が見えるようにもあった。
「弘君。とにかく歩いたな。然し…こんなようにある場所も、さっきの弘君の話にもある事を思うと、それに続いている石段の先。それにあったという。今もこの島にあるその物語という事なのが…何となく解るような気がするよ」
それは街からも離れている場所…。海のなかに岩礁に囲まれるようにしてある島…雛島。旧い時代の昔に遡っては…その島の呼称も花捧島と言ったようにある。
旧い時代から続く物語の残る島。今そこに嘉利と弘がいる。
……たぶん今はその二人以外は他に誰もいないだろう……。
その島に…元は村落の集まりのようだった集落郡があった。
そこからも遠く離れた雛島からは海を越えたそこからの向こう側。現在の街がある…。そこは咲菜と咲月の出生地でもある地元にある艟那市。それは弘にしても同じようだというようにもあるが、そこに…その街も…いつかの昔にでは集落郡のある。村落の集まりのようだった艟那頃の時代から伝承されている物語のようにもある事。
崖道を歩きながら弘が嘉利に話していた。そんな話のようにもある事に、それに嘉利は想うようにいた。
………。
「何とか行けそうだ…」
荒れた海。岩礁の島…花捧島。そこに向かう集落郡のごく一部の長たち。
自然の脅威…何かに思う事をした。
それは何かの祟りや奇異な忌みにある事からというようにも。そんな荒れた海を鎮める事に…捧げる。それに荒れ狂う海原に漕ぎ出す枯葉のような小舟…。
……花捧島……。
それは旧い時代から…荒れ狂う海に一人の捧げ人をその島に残して、荒れた海の鎮魂の祈願をした場所だった。
それに見える鳥居からも真っ直ぐの場所に祠を祀ってある。そこにある祠のある奥側に、小さな殿屋のようにある建物がある。そこに送られた捧げ人は、そこで数日間もの時間を海の鎮魂に祈りを捧げ続けた。
……そんな祈りを捧げ願い続けた声……。
それが嘉利は、その心の奥の願いにある。いつかにあった旧い時代の声が聞こえた気がする。
「弘君。どうにもこの場所に来るまでが…それがこんなに凄い場所なわけが…漸くそれが解ったよ。鎮魂の場所。神聖なる場所。海の…自然の脅威に敵う事に出来るようにも無い。それにもあったっていう事にね…」
それに言う事にある嘉利の言葉に…何かに思う。それも不敵に…何か不思議そうにした顔の表情をした弘がいた。
「どうかしたのかい…? 何か可笑しな事でも僕は言ったのか」
それに何かの含み笑いをした弘だった。
「嘉利さん。それにある話の事。それって本当は裏では別な物語があったんですよ」
「そうなのかい? 特にそれは興味深い。どんな話の続きがあったのか」
そんな話の事に、弘はそれにあった物語のようにある事を話し始めた。
旧い時代…それにある集落郡の長たちだけが知る事だった。
それは…海の何かに思うしか…集落郡でもそれに思うようでしか無かった。何かにあるようだとそれに思う事をしていた。
それと暗いようにも黒くうねる荒れた海は、何かにあるようだとそれに思う事をした集落郡にいた艟那の人々。
今の艟那市。
それは弘の言う話にある事では、旧い時代からも、それは現在にある市街になる以前の集落郡でもあった艟那。その村落。それのごく一部の人間しか知る事にも無かったというようにある話の事だった。
それを知るようにも…今そこにいる島も…雛島と呼称ようにもなった。
……旧い時代では花捧島といった……。
その旧い時代。
荒れる海にあるその時の事では、その島の祈りの殿屋に捧げ人を残した。
でも、今の時代にもそれは移り変わって行くと、それからも後に…今にある其田の家もある市街というようになる。
すると弘はそんなようにもある話の事に、何か不思議な人間味に思うような発想にある。そんな当時からの伝承に残された出来事を話してくれた。
「今は雛島ですが、この島の裏側は海に切り立った断崖絶壁になっているんです。ちょうど今いる場所に祠の祀ってある場所からもう少し先の方に、殿屋からも…大体では百米ぐらい先になるでしょうか。海が見える場所がありました。でも…そこからも人はこの場所に登って来る事は出来ないようになっている断崖絶壁。それにあった花捧島です。海に出ればその断崖絶壁の島の場所からも、数粁ほど先に、鬼御内裏島という。いつもでも…大体では海霧のかかる島が見えるようにもあって、そこに人を喰らう鬼が棲んでいると信じられていました。それもあってなのか…海の潮流もいつも荒くあるそこに誰も近づかない。当時の舟では、艟那の集落郡から直接に鬼御内裏島に向かう事は出来なかった。距離的な事にも…その二つ(ふたつ)の島の間に、花捧島があっても、そこは神聖なようにもある穢れた場所のある島。それに行き止まりのような断崖絶壁があります。鬼御内裏島でも、人を喰らう鬼。それだけでも近づく人もいなかったでしょう。海の潮流がいつも荒くもある事にもあって…。そんな事にも…それに海が荒れたり干ばつなんかが起こると、花捧島に人を捧げた。そうする事で自然のその何かを鎮めようと思ったんでしょうね。
そして再び海が荒れたりする。それに捧げ人を花捧島に祈りの捧げ人を小舟に乗せて行く。すると…いつかに残された祈りの捧げ人が祈りの侭に小さな殿屋に変わり果てた姿であるはずだと…。人々はそんな事に思っていたはずです。でもそれにある事にも、再び自然の脅威に見舞われた。するとまた別の捧げ人を暗いようにある黒い海が荒れた時に捧げ人として連れて行くと…以前の祈りの捧げ人がそこにいない。そこで海に祈りを捧げ続け、それに死んだ形跡も見当たらない事にありました。集落郡の長に選択ばれた事にいた捧げ人も、祠の祀ってある場所に近い小さな殿屋で祈りを捧げ続けているはずにもあって、それは当時の信仰的な慣習…因習とでもいうような事なのかも知れないけれど、それから思う事ではそれは自ら海に消えて行くはずも無い。それにある事に不思議に思うようになった艟那の集落郡にいた人々は、村落からは見えない花捧島の裏側の切り立った断崖絶壁をよじ登って来た鬼が、花捧島にいた祈りの殿屋にいた捧げ人を、いつも海霧に包まれ隠れるようにしてある島。鬼御内裏島に連れて行ってしまうと考えていたんですね」
それにある弘の話は続いていた。
「雛島…旧くは花捧島に残した捧げ人は、本当は数日間を祈りの殿屋で祈りを捧げさせた後日に、闇夜に隠れ秘かにその祈りの捧げ人をどこかに連れて行く。それは海の様子も落ち着いた頃になってから…。そこは、この島からの後側からしか見えない。海霧のいつもかかっている鬼御内裏島に向かっていた船がありました。それもこの祠の祀ってある場所にある小さな祈りの殿屋のなかの縁の下に降りる階段もある。それは建物のなか…祭壇の裏側。そこから地下に通じていた隧道があった。そこから…そう、それも…さっき嘉利さんと俺が一緒に歩いて来た崖道しか無いはずが、その崖道以外に島の反対側の海に出る事も出来た隧道があったんです。それにあった出口に近い洞窟内に舟もそこに隠していたりする。それという事は、艟那の集落郡でもごく限られた長とかでしか知らない事でもあった。…波も荒れ狂う海に花捧島に、艟那の集落郡から、それを知る数少ない長の一りと、舟の漕ぎ手の数人で祈りの捧げ人を舟に乗せ、命からがら島に航った。すると…その日の夜か、その数日とか…そんな後日になってから、艟那の集落郡からも遠くあるその岩礁に囲まれるようにもある島…花捧島。それの辺りの海に不思議な事が起きていた…。それは夜になると、そんな遠いようにもある島の辺りの海に…ふぅぅわっと幽けた揺れのあるようにも見えた。そんな幾つかの揺らめく松明の灯火のような…そんな事にも昔ならそう言うようだったと思う。黒い色をした暗い海に浮かぶ。波風に揺れた…狐火…それがゆらゆらと揺れている海を横切って通って行くのが…見えたって言う話です」
それにある伝承のなかに、旧い時代ではそれに残された記録も話にも無い。今は雛島と呼称。旧い時代では花捧島。いつも海霧に包まれたようにある鬼御内裏島についた。もう一つの話の事だった。
でも、それは島にある話の半分ほどにある。それを弘が嘉利に語る事を、まだ…何故かしないでいる。そんな話の事は、たぶん…その時が来れば、弘は嘉利に話すつもりでもいるようにも思う事があるようだった。
それにある事も…海霧に隠れた島に棲んでいた鬼が建てたとされている。大鳥居がある。それにあるもう一つの隠された物語…それをまだ嘉利は知らないような事にある。
「弘君。そういえば君のしてくれた話のなかにあった…狐火の事を、どこかでは…鬼火…とかという事もあるらしいね。たぶんそれにも諸説あるんだろうけど…」
「んん…たぶんそんなようにあるような事から、鬼御内裏島なんていうように呼称ような事にもあったのかも知れませんね」
……旧い時代ではそうあるようだった……。
それにある事を弘は知ってもいて、嘉利にそれという話の事をしている。
「嘉利さん。さっきの話の事ですけど…。一体誰が考えたのか…不思議じゃないですか…? 俺は考えてみても…悪くすると因習を…信仰的な慣習に変えていた。それが凄いと思っているんです」
「そうだね。それが命を大切にした証とかにあるんだものな。旧い時代…艟那の集落郡でそれを知る数少ない人間は…いつも命懸けで小さな小舟で海を航って行った。そんな事にも何か思うようだ」
そんなような話しになった嘉利と弘の二人。
「そこは人を喰らう鬼が棲んでいる島。鬼御内裏島。そこに夜になると…艟那の集落郡の限られた長たちは、祈りの殿屋に残した祈りの捧げ人を連れ、神聖なる穢れた島でもあるように思えた花捧島からも、それに人々は遠く離れたようにもあってそこに辿り着けないようでもあった場所。海は潮流も荒くいつも海霧に包まれていた鬼御内裏島に秘かに集成された村落に、その時の祈りの捧げ人が逃がされていたんです。人を喰らう鬼が棲んでいる島。その何かに思う。そんなような話の事にもあって、たぶん当時の舟も簡単な物でもある事にも…舟の漕ぎ手の者も、相当な技術と経験がある者たちがいたようにもあったと思います。そんな事にある海にもあってそこにある花捧島にも、人を喰らう鬼が棲んでいると信じられていた鬼御内裏島に、集落郡…艟那に暮らす人々は近寄る事も無かった。でも…それは夜に紛れ荒れた岩礁ばかりの海を行く。波に揺れる海面を航っても行く小舟。それにある海に浮いて見えた…狐火…たぶん松明を掲げての灯火が海面の波に幾つか揺れてそれに移るようにして見えていたのでしょう。捧げ人…。そこは誰も近寄る事も無い場所でもある事に…花捧島に留まる事も、それは艟那の集落郡に再び戻るという事は絶対に許されない事だった。自然の脅威にも、荒れた海の怒りを鎮魂める事にもある。そんな捧げ人だったからだと思いますけど…。だから…そんな海を航って行く。狐火もその時の数日の間に見えたんでしょうか…。それという事も…集落郡の長たちの…集落郡の艟那でも、ごく限られた一部の人間だけが知る。捧げ人がいたという。何か作り話のようでもあった話の事なんです」
「そうか…街からはこの雛島も随分と遠く離れたように見える。船も着岸して係留た場所からも、街のある方を見ても海を越した遠くに…とても小さく街も見えた事を僕は憶えているよ。旧い時代では僕たちが今いるこの雛島までやって来るのも大変だった事だろう。しかも荒れた時の海の波では…それも命懸け。急流にある大海原の海渦の流れにも逆らい…それに見る浮き沈みする枯葉のような小舟のような物では…そんな事をするのも」
「それというようにもあって、集落郡…艟那に、旧い時代…艟那の集落郡に暮らしていた人々は、何故かそんなようにある花捧島の捧げ人が消えてしまう。それだけの不思議な話の事だけを知ってもいた。でも…そこにある本当は知る事にもないようだったという事か…。何かそれにある事からでもなのか…その事にある興味とかにも思う。でも…人捧げにある花捧島に、それは当時の舟の構造にもあった。けど…それにある事にも集落郡…艟那からも遠くある海の向こうに見えた。花捧島に近づくようにある人がいる事も無いようだったりもした。それは…花捧島だけではなくて…海霧に包まれそこに隠れたようにもある。花捧島の後側の切り立った断崖絶壁の岩壁にある海も、急流に荒れる海渦の起きている場所からも数粁の海の先。そんなようにある荒れた海の波も海渦も起こり続けていた。鬼御内裏島にも近づく人はいない。…海の波もいつも大きく揺れている。その潮流も荒れ急流に海渦を巻く海。それは疎らで飛び出た黒い色に染まっていた岩礁もある。そんな事にもあって、そこに行く事も困難でもあったんです。そして…もう一つ…その島に棲んでいると思われていた。…人を喰らう鬼。その鬼が建てたという。黒く鈍く耀いているという大鳥居があって、その先は鬱蒼とした木々に囲まれるようになって行く。それにある深い森林が一度切れたようになっている場所は石ころばかりのようにあって、それは鬼も棲んでいるとその大鳥居を越えてまでは…その大鳥居を境界にしたようにいて、そこから先の鬱蒼とした木々の自生している深い森林にまでは入っては行かないという。そんなようにも伝承され続け、そう信じられていた話の事でした。そこに花捧島に行った祈りの捧げ人が隠れるようにして集成された村落に暮らしている。そんなようにある話から出来た鬼御内裏島の話。それが旧い時代からこの街に伝承されてもいます」
嘉利は…弘がしてくれた旧い時代から伝承として続く物語のようにもある話に何かに思う事にいた。
そんないつかに過ぎて行った時代もその何かにある物語を言葉にする事も出来ずにいる。それはいつかに存在した人々は、それという目の前に起きる事に畏怖もしては、それを解ろうとしていた。そして自然というそれに立ち向かうう事に思うようにいた。そんな何かを思う……。
でもそれは…自然という事と調和して行くようにも…生命と共にそれを大事に思い、そして大切にしていく事。
…たぶんそれは今も人々はどこかにある。その心根についている僅かな思い。意識しなければ…それにある事にいるようにも出来る事も無い。
そんな事を嘉利は弘のする話の事にそう思うようだった。
「僕…に…何が出来るんだろうか」
嘉利の呟くような言葉…。
たぶん…それは今もこの場所からは遠い場所で睡眠り続けている咲菜に向けて思う事でもあるようだった。
……そんな暫くの時間を、嘉利と弘の二人は、そこで話してもいたようにある……。
それは石で造られた鳥居のある。祠の祀ってある場所にいて、そこからの木々の途切れた場所からはそこに海霧に包まれてもいるような島。鬼御内裏島が眺める事が出来る。
すると嘉利のそんな呟くような言葉に、弘はそっと話しかける。
「嘉利さん。そんな話にある物語に続きがあるんですよ。それに嘉利さんをこの場所に連れて来た事っていうのにも…それが話せたらいいと思ったからなんです」
それに言う弘…。でもそれはいつからか何かに懊悩としている嘉利にしては、何かそれにある時間をも考えさせられた。そんな事にもあるようだった。
「嘉利さん。まだ見せたかったその時間帯にも早いからだけど…地元の人間でもあまり知られていない。そんな釣り場もあるんです。そんなようにある場所なんですけど。それに滅多に人は行かない場所だけど、でも…そこは結構いい釣り場にもなっているんです」
「それは…んん…釣り…か…」
「じゃぁ…嘉利さん。そろそろ昼も過ぎてもう数時間経つと夕方にも近くになる。これから向かう岩礁の場所…波は結構な勢いだけど、そこで遅い昼飯も食っていて釣りでもしませんか…? さっきにしたその話の事では無いけれど…そこって、あまり知られていない。いい釣り場があるんです」
それにある弘の言葉に、嘉利は何かに思う。そんなような顔にある表情をした。
「僕にでも何か…釣れたりもするだろうか…」
「大丈夫ですよ。何とかなります。この雛島に来たっていうのも、その目的も釣りでは無いから…。嘉利さんの祈り…願いが叶う事を思っての事だったりするんで…。それもまだ話していないけど…。旧い時代からの事でもそうあった。そんな事からある話ですから…」
「そうするか。何だか腹も空いて来たようだ。釣りの方は…とにかく咲月さんがわざわざ作ってくれた。弁当箱の中身も気にもなる。弘君。それで…どうやってそこまで行くか…その案内も頼んだよ」
「そこに行くにも…もう少しだけ歩くようなんですけど…大丈夫ですか…? 」
そんな弘の言葉もある事に、嘉利はそれに何か思う事をした。
そんな事にも…地元での知り得る人しか分かるようにも無い。そんなようにある場所に移動して行く事にした。
その場所に向かう途中…弘が嘉利に話し始めたその後の艟那集落郡での話をしてくれた。
「嘉利さん。それにあったこの島。それに続きがあるんですよ」
それに言う事をする弘がいた。
それにいう話にでは…。
いつかの時代も…それから近世になって世界中を巻き込んだ戦争が起こり。以来…そんな頃の風習に慣習…悪くもそんな因習は無くなった。そしてその場所であった旧き出来事に思う事を変えたのか…その事に花捧島のとある場所に小さな鳥居が奉納されると…それにある島の祈りの捧げ人がいた殿屋に、そこに人の変わりに人間の形をしたような、小さな…小さな…人形を奉納して置くようになった。そうした事からも、島の呼称名も…雛島となった。
そして旧くは花捧島から、その日から数日間の夕方の時も夜になってから救われていた人々が、匿われていたようにも集まり暮らしていた。
それまでは特別な場所っていう事になっていて、畏怖して人々は近寄る事も海を航って行く事はいけないと言われてもいた。
その島に鬼が棲んでいると信じられていた。鬼御内裏島の存在の真の実態が明かされると、その島とこの辺りの集落の繋がりが出来た。
その事に花捧島の裏側にあった。舟も隠していた断崖絶壁になっている岩礁の場所に小さな鳥居が建てられ奉納されると…そこに向かう手前に残されたようにもある殿屋に、祈りの捧げ人の変わりに、人間の形をしたような小さな人形を置くようになった。
それは今も艟那の集落郡の名残を残したように、それに小さな祈りを願い……地元で造られた酒…籾のついた穂米…近くで収穫も出来る芋殻などを乾燥させた蔦で編んだ。人の代わりにした人形も、毎年の夏の一時期になると街から奉納されているという事だった。
それという事にも嘉利と弘は、その手に抱えるようにして持っていた荷物の置場所というようにもあった。雛島の鳥居から近い場所にある祠の祀ってあるその奥の殿屋の建っている場所にいた。
そして弘のしていた話にもあった。その殿屋の奥の方にある。
そこにある断崖絶壁に階段も削り造った事に、何か…今はそこまでも降りていく事が出来るようにもなっているという。
……木々が途切れた場所……。
海霧に包まれてもいるような鬼御内裏島が、そこから眺望られた場所に…そんなように少しの整備もされている。
迫り来るような断崖絶壁に手摺のついた。地面を削り造られたような階段に向かって行く事にした。
「嘉利さん。大丈夫ですか…? こっちの階段も…手摺がついているだけで…結構…急坂の崖道なのは変わらないですけど…」
「…弘君。…下…下の風景…」
「気にしたら歩けなくなっちゃいますよ。…下の風景…全くの崖ですからね」
それに見れば…そこは手摺があるだけの断崖絶壁にある。黒く鈍く染まった岩礁に白く泡立つように打ち寄せる波もある場所も眼下に見える。ただ…そこは切り立った断崖絶壁の岩壁を削り、そこにある迫り来るようにある場所までの階段を造るだけに、その岩壁を削った地面を造る事にしたような崖道のようだった。
「途中に旧い時代に使っていた隧道が繋がっているのが見えて来ますけど…。それはさっきにいた殿屋から通って来るしか無い…。なので今は通り抜けも出来ないようになっていますが、この雛島が旧い時代にあったその当時の様子も見てそれに感じる事もたぶん出来ますよ」
そんなようにも…弘が嘉利に話しかけた時に…断崖絶壁にもある場所というようにもあってからなのか、そこに不意に通って行く海からの突風がその声をかき消してしまいそうにあった。
「弘君。向かっている場所も…こんなように歩いて来るしか出来無いようなのかい? 」
突然に嘉利はそんな疑問のように思った事を、嘉利の少し前を歩いている弘にそれと尋ねた。
それにある事に弘は片手に抱えるようにして持っていた荷物もその侭に、グラグラと少しだけ揺れるようにある。断崖絶壁に造られた崖道の手摺をもう一つの手の掌で伝うようにして歩いている事からも、少しだけ嘉利のいる方を振り返りながらそれに答えたようだった。
「そうなんです。だからなんですけど…。それも…あともう少し下の方に降りて行くとそれも分かると思うんですが…海のなかにまで疎らの岩礁ばかりの場所にもなってもいるんです…。そこに船も係留る事にしても波が高い…荒くある潮流の海渦のある岩礁の場所にあるんです。今の船でもそこを通り抜けて行くのも…たぶん難しくありますね」
そんなようにもある事に答えた弘がいた。
「そうか…だからわざわざ…こうして今歩いている場所にまでは、雛島の南東部になる反対側からやって来るのか…」
「嘉利さん。さっきにしていた話の事にでは無いけれど…旧い時代からでも、こっち側から先にある鬼御内裏島に、小舟を出してそこまで舟も漕いで行くのにも相当に大変だった事だと思います」
それと話している時間にあった事にも、弘が話していた。雛島の頂上付近にある鳥居から先にある祠も祀っているその奥…祈りの殿屋の縁の下から続いているという隧道があった。
でもそれは見た事にも、どこか自然に出来たような風穴のようにも思えたようにある。
「ずっと以前に見た事もあったけど…でもどうに見ても…自然に出来たような…然し凄いですよね。たぶん偶然にもこれが…この雛島の頂上。そこにある鳥居から先にある祠の祀ってある祈りの殿屋の場所に繋がっているなんて…どうですか? 嘉利さん」
それに言う弘の話しかけた話の事に、何か思う嘉利がいた。
「…これは…たぶん…この島が出来た時に…何かにある噴火とかで溶けて流れ出て来た熔岩が、空洞を形成した侭にあって冷えて固まっていた。それにあって…その後々に人が手を加えて通れるように何か整備もしたようでもあるようだ。それに言うのも、この雛島の頂上付近に建てられていた殿屋の下…。縦に続く隧道がある。それという事は…。元は何かそこにあった人工的に造られた井戸か…。そんな何か…。以前からこの場所に続いているこの風穴に続く洞窟も、何かの偶然でその掘削していた事に、それは何かの拍子にその底が抜けた。その時にこの洞窟にまで崩れて繋がってしまったんじゃないないかな…。僕のしている仕事でも、それは滅多に無いような。そんな時々のようにある事にでも、採掘もする場所が海の側にある場所だったりもすると、そんな縦に掘り下げ続く掘削機のその先端が、自然に出来た洞窟を見つけてしまう事もあったりするよ。もし…そうでなければ…自然の不思議な……それにある事に思うよ」
「嘉利さん。俺は…そんなように考えた事も無かったです。それなら納得も出来そうな…そんなようにその話に思えますよ」
「でも…それはハッキリとは分からないよ。だけど…この雛島の頂上付近にあった。石製の鳥居も祠の祀ってある場所にも…。その場所に…真水。大体に思ってみても…それが貯水されるようにしてある。それにある場所によくあるような、手とか口を浄めたりする真水の浄水の御水屋も、置いた石の箱に流れているはずの手水鉢もそこに無かっただろう。そこにあったのは、苔むした大きな天然石を削り造られたような…水の尽きた箱でしか無いようだった。最初に島に降りてからそれを見て不思議に思った。崖道も歩いている事に、それは鬱蒼とした自然の風景にあるなか。それにあった崖道を踏み登り歩いていた時に気がついた。その木々の鬱蒼としたその奥にあるようにも聞こえた水の音。そこに小さな湧水が流れていたと思った。それから先では…そんなような水の音も…それにある風景の事は見るようにも無かったしね。たぶんそうだとすると…旧い時代はこの雛島の頂上まで、そんなようにあった島の登頂途中にあるその場所から、何かで真水も運んでいたんだと思う。だから雛島の頂上付近の鳥居も祠の祀ってある場所に真水の湧き出る井戸を造ろうってなった。もしかすると…そうでは無いだろうか…」
嘉利はそんなようにある事に思うようにも、それという事を弘に話してもいたりする。
「…んん……嘉利さん。この島の物語の想像の読みが凄い。…んん…そうだ…それに俺がまだ子供の頃に…そんないつかに聞いた話の事ですけど。約…三百年の旧い時代よりも…もっと以前に…艟那の集落郡が出来て来るまでのその二百年ぐらい以前までは…この辺りの海の島の幾つかに、そこに海賊がいたようだったといったような…雛島も、それから北西部から見えるようにある。そこに夕日の沈んで行くようにも見える島。…鬼御内裏島にもそれがいたって…そんなようにある話のようでした」
「…五百年から以前の…海賊のいた島…か。もしかすると雛島の北西部から見える鬼御内裏島にある。黒く鈍く耀いている大鳥居は、いつも海霧に包まれてもいるようにある事に…その頃の人々が造り奉納した物なのかも知れないね…」
そんなような話もそこそこにして、その場所から歩き出した嘉利と弘。
崖道も続く。その足下から見えた岩壁に沿って行った崖道の終わる先の方を見ると、確かにそこに旧い時代に舟を隠していたという。たぶん天然の風穴でもある場所があった。
それから近い場所に…それは後世に奉納されたという。それにある鳥居が黒い色に染まったような、岩礁の飛び出たようにある場所に見えている。
嘉利は思うようだった。その艟那の集落郡の頃の旧い時代に…それにある捧げ人が何も知らずにもあった。祈りの殿屋にも隠された縁の下の隧道を通り抜けて行き、連れられた舟に乗り…そこから夕日の沈んで行く方角にある鬼御内裏島に向かって行った。
島の裏側に続いていた隧道から風穴の出口から外に出る。
その時に…聞かされたのであろう艟那の集落郡に…もう再び戻る事に無い。これから待つ永遠の祈りの島。鬼御内裏島。そこで秘かに暮らす事を…。
そこは今も海もその潮流の流れも荒く急流にある。それは……岩壁ばかりが目立つ波の海にあるその先に…。大体の事では…それはいつも海霧に包まれてもいるように隠れた島にある。それにあった事に…。
そんな事にも…段々と見えて来る。その風穴からも近い海に向かって飛び出ているような…岩礁の見えている場所。そこに鳥居が見えている。
「嘉利さん」
先に歩いていたようにもいた弘は、崖道も終わる。それにあって、うねるようにある海から白い波飛沫も時々に届いている。岩礁の黒く鈍く染まった地面に降りて行く。
「おぉい…弘君。もしかして…あの岩壁の崖道も、弘君の若い頃にもあったのかい…? 」
それにある岩礁の地面を弘の後に歩いて続く嘉利。
「…ん? そうですよ? 若い頃に来た時は…もう少しだけ歩き易かったようにも…思いますけど。毎年の…夏の一時期にだけ、この場所に入ってもいい事になってもいるんですが…一般の人は…街の許可がいりますよ。でも…その許可も出せるの俺ですから。大丈夫ですよ」
そんな事をあどけなく笑う少年のようにある。そんな表情で話している弘。
「あぁ…今日は海風も穏やかにあるようだから…大丈夫かな…とかに、それに思ってもいたんですけど…。鬼御内裏島…海霧に包まれてもいるような…そんな感じですね」
「そうか…それは残念だな。でも…それだけを見せる事に、僕をこの場所に連れて来てくれたのなら…それに気を遣う事は無いよ」
それに嘉利は、興味もあるようにもそれに無いようにもある。そんな話しぶりにあるようにいた。
「さて…それじゃぁ…嘉利さん。あの辺りで昼飯…それも少し遅くあるけど、昼飯にしますか」
「そうだね。普段歩き慣れないような事にもあったからか…腹も空いた。咲月さんの詰めてくれた弁当箱の中身も気にもなるし…んん…そうしようか」
すると嘉利は、弘の運転をにあった船を降りてから受け取って持っていた荷物…。それは…弘の妻…咲月の作ってくれた弁当箱の包みにある事なのを、嘉利はその時に何故かそれに意識した。
「嘉利さん。弁当箱…包みから出しておいてください。…んん……あぁ…その辺りの場所がいいようですよ。ちょうど海からの波飛沫も届いてもいないようだし…その辺りの地面に弁当箱も並べていてください。咲月が持たせた弁当箱も重箱のようだから…俺はその間に釣りをする場所も探して来ます」
それと弘が嘉利に話しかける。
すると漸く降り立った岩礁の地面を探り探りに歩いていた嘉利は、そんな弘のいう事にある言葉にも、それという戸惑いにあるような…そんな声にいてそれにある弘に話し返していた。
「弘君。…弁当箱の事はよく分かったが…釣りとは…それは後回しでもいいんじゃぁないか…」
「駄目ですよ…今の時間帯では無い事に…ずぅっと俺は嘉利さんに言っていたじゃぁないですか…。その時間までも少しだけまだ早いんです。それなので釣りは…是非にもする事にあるんですよ。それに早く言えば、まだそのタイミングではないから…だから一応までにです。腹も空いたし…先ずは、それからの話ですね」
「タイミング…時間帯…? 弘君。まだ…何か他にもあったりするのか」
「たぶん…俺が…嘉利さんに見せたかった事。それというのも…その日の天候に随分と左右されてしまうような事なんですけど…。それにも…今はまだその時間帯も早いようです。とりあえず…昼飯にしてから…それまでの時間帯まで、釣りでもしていてその時を待ちましょう。どうせこの場所にまでやって来たんだから、そうしましょう」
すると弘は嘉利をそこに見えるようにある場所にいさせていて、その手に持って抱えるようにしていた荷物の幾つかを、嘉利の傍に身体を傾けるようにして置くようにしてそう言うと、何かそれに海から岩礁に向かう波が打ち寄せて来る時に出来る。白く泡立ったような波飛沫があまり来ない場所を見てとっては、それにある事にも見つけた場所に歩いて行く。
すると手に持って行った釣りの道具類を、黒く鈍く染まった岩礁の地面の上に置いてそれと用意をし始めた。
「なぁに…すぐ済みます。釣竿にも…予めに糸も通してあって、それに釣鉤も最初からつけてあるので…」
「弘君。この場所に来る事なのが…君の言っていた話のそれでは無かったのか? 」
「話してそれを説明するよりも、その時間帯まで待ちましょうか。もし今日にそれが見れたなら…たぶん今の様子では大丈夫だと思いますけど…。その話にある事にも、昼飯の後でも話しますから…。それよりも嘉利さん。昼飯の…弁当箱の用意…頼みましたよ。然し…腹も空きましたね…」
「あぁ…弘君。分かった。今…それもするよ。気をつけてくれよ」
嘉利は弘の言うそれという話の事に、まだその何かが解ってもいない。然し、さっき嘉利のいる場所のそこに弘が置いていった荷物のなかに、日除け屋根のついた折り畳み式の簡易な椅子がある事に気がつくと、それを起こしてから椅子にする。そして岩礁の隆起のあまり無い場所に、二脚広げるようにして組み立てて置く事にいた。
それもよく見れば…それにある椅子に固定も出来るテーブルのようになる板がある。それを二脚の椅子の内側にそれぞれに向けて取り付けると、椅子についたテーブルも突き合わせるようにしてそこに並べていた。
「んん…出来たぞ。後は椅子の脚も…動かないように…その長さも調節もした。後は……んん、あった。」
嘉利はそれと岩礁の地面の上に置いていた。その日の午前に咲月から手渡された弁当箱の包みを手に持ってから、…多少ぐらつく二脚の椅子の内側に取り付けておいた。それに合うようにしてある二脚の椅子に付いた合わせたテーブルの上に、弁当箱を包んでいた紙袋を敷いてから、それに載せるようにして重箱のようにもある弁当箱をそっと置いた。
すると弘の方でも、釣りのその準備も済んだのか…。
足下も悪い。黒く鈍く染まった岩礁の地面の上を…ゆっくりとした足どりで嘉利のいる方に歩いて来る。
「嘉利さん。何だか椅子も上手く組み立てましたね。」
「そうだろう? 椅子の脚も確りと固定もした。テーブルだって上手く考えたよ」
「俺の方でも…いい場所を見つけました。ちょっと足下は悪い岩礁の出っ張りにあるようですけど…。そこは少し波があるから…。でも、たぶん…今日は何か釣れると思いますよ」
弘は嘉利にそう言うと、さっき嘉利が組み立て作ったテーブルのついた椅子に腰かけてそこに座ると、少しだけ後ろに仰向くようにして、椅子についた日除け屋根の日陰の出来ていたそのなかで一息を吐いた。
「さて…嘉利さん。昼飯にしましょうか。咲月の手料理だから…あまり期待はしないでください」
「そんな事は無いさ。どれどれ…開けてみてもいいかい。とにかく腹も空いた」
「どうぞ…召し上がってやってください。以前よりは随分と手料理も出来るようになったと、咲月は言っていますけど」
「では…頂くとしようか」
「然し…本当に腹も空いた。こう腹も空いていたら…こうした時は味もどうとかそれよりも…何を食べても美味いもんですからね…。そう思いませんか? 嘉利さん」
「弘君。せっかく咲月さんが、急いでわざわざ弁当箱を用意して昼飯も詰めてくれたんだ。それは美味いはずだよ」
嘉利と弘のそんな少しの会話にも、それとある弁当箱の蓋を開けてみる。
するとそれは二段の重箱のような弁当箱になっていて、玉子焼きや唐揚げ…郷土料理であろう何種類かにあるおかずが一番上にあり、その下の段には握り飯と稲荷…太巻きの海苔巻きが入っていた。
「どうぞ…嘉利さん。粗末ではあるけれど…召し上がってください」
「そんな事は無いさ。ありがとう。弘君。では…頂くとしよう」
美味い昼飯だった。それに思いも何かを辿る。
いつかに食べた事にあるようにも思った。たぶん…それは咲菜と咲月の実母…。嘉利と弘にしても、義母でもあった志摩子が、いつかに振る舞ってくれた手料理の味がした。
「弘君。咲月さんの手料理も…昨夜の時にもそれに思った事だけど…。義母の志摩子さんの作ってくれた手料理によく似ているよ。もう…あれは……どのくらいに…その時間も経ってしまっている。それも過ぎて行ったようにもある事に…それに思い出したりするようにしか無いようだけれど…」
そんな嘉利の話しかけた言葉にもある事に、弘は遠い海を見ているようにしていて、それにある嘉利のその言葉に答えようとしなかった。
そして手にした握り飯の一口を頬張るようにしていた。
そんなようにしていた弘は、口にしていた握り飯を飲み込むと、嘉利に向かって…さっきの嘉利がしていた話とは少しだけ違う事を話した。
「咲月は…。ふふふっ…若い頃から比べてみると、その手料理も随分と出来るようになったんですよ。最初は手料理らしき物は作れても、味付けとかが特に適当なようでは無くて…それが濃かったり全く味がしなかったりとか…先ずは…とにかくそんなでしたね。そんな事にも、確かに今ではそうかも知れないけれど、似ているようでも…志摩子義母さんの手料理にまでは…全然それに届きません。でも…嘉利さん。いつも忙しそうにしていたようでもあったりしましたし。そんなのもよく憶えていますね」
嘉利は…その弘の話している事は、特に悪気も無い。他意にも無く話しているとそれに思った。
でもそれは嘉利に…今のように睡眠り続けているようになる前の咲菜と一緒に、其田の家を訪ねる事も少なかった。それは嘉利が、その日々の多くを、日本から遠い異国での仕事についていた事にもあった。そんな事に気を遣った話しの言葉にあるように思えた。
「ありがとう。弘君。こんな僕は…咲菜にも…其田の家にも…何も出来ていない」
「…ん? どうしたんです…? 嘉利さん。いいですか? 嘉利さんは、その侭の嘉利さんでいてもいいじゃぁないですか…。咲月だって、たぶん俺と同じ事を言いますよ。それに咲菜さんだって…それを解っていて…嘉利さんと一緒にいたんじゃぁないでしょうか…」
そんなようになっている話しに、弘は深い溜息をそこで一つ吐いた。
「其田の家の…義父も…義母の時も…僕は…いつも咲菜にばかり…そんな事を任せっきりでいた…。……弘君も…咲月さんにも…。その頃の僕は…仕事で日本からも遠くある異国にいた。それは言いわけにしかならないけれど、仕事で日本に帰国する事でも…そんな大事な時でも…そうだったから…何も出来ていない。何よりもそれも仕事にあってとか…妻からの急な知らせでも…だよ」
嘉利は日本からの急な知らせが届いた時にあったその事では、それは日本への帰国の途にもつく用意にもあるようだった。でも…その時の気象やいろいろな都合事情にもあって、其田の家に行く事が出来なかった。
それに思えば…今あるように、その原因も判明らずに睡眠り続けている咲菜の事を看る日々にある事は、嘉利にしてみては、それも当然のように考えていて、それにある事に思うようにいる。
今…嘉利の目の前に広がっている海も…それにある海渦は暗く見える波のうねりもある…。それに見える遠くまでどこまでも続いているような海を眺めている。それは…まるで嘉利の思いに重なっても行くような。そんなようにも思えて来る。
「そういえば…弘君は…咲月さんとは、どうして知り合うようになったのか、それも聞いた事も無かったね」
話の流れからも…少しその話にある事を予めに思っていた弘は、その時に何かに照れるような顔にある。そんな表情をしていた。
「最初…といっても、子どもの頃から咲月とは知り合いというか…幼なじみのような事にもありましたから。そこに咲菜さんもいたりもしましたけど…咲月とは生まれた年もその年齢も一緒だったからですか…。何かに思う事もその興味もどこかその気も合ったようにいたんですが、十八歳頃になって学校が終わると俺は最初にこの小さな街で…海産物の仲卸しをしている会社に働いていたんです。海産物が揚がってくるとそこに行って交渉をする。そしてその時の交渉についた金額に自社の得る利益分を乗せて計算してから…県外からも…それも…東京とか、卸売りの海産物を買付にそれを求めて来る会社に、それにある事でその交渉を進める。そんな仕事でした」
弘のしている話に、嘉利は浮屠…何かを思う。そしてそれにある事を弘に尋ねてもみた。
「でも…どうしてかな…いつかに聞いた事もある話にだけど…弘君はこの海沿いにある街の…まだそれも集落の集まったようだった土地の場所の頃に、其田の家の曾祖父の代にそれと同じくしてこの辺り…今のこの街の発展した形を造った沿岸工事の事業での家ではなかったのかい…? それがどうして地元での会社に働いていたりしたのか…それに今でも続いている。大事な事業を成した家にある事じゃないか…」
そんな嘉利の言葉にそれをただ、黙った侭にいてそれを聞いていた弘は、岩礁の隆起した地面にある。今にいるそこからも海を越えて見えた街の方向に、そこからは小さく見えた街からは見る事も出来ない切り立った海峡にある瀬戸口の遠い風景を眺めているようにもいて、そんな嘉利の問いかけた言葉に答える事をした。
「俺は…何か…特に何もそれにある街の開発とか発展とかの歴史なんかにある家とか…それに思う事にも無かったから…。それに弟たちもいた事だったし。だから…この街の何か…そんな事よりも、たぶん…俺は…自分っていうものを見てみたかった。何か…今ではそれに思います」
そんな嘉利の問いかけたようにあった話しの言葉に、そう答えた弘。
すると自然とそれに続いた話しになる。
「家同士の近い関係もあったせいなのか…咲菜さんと咲月の父親でもある健一郎さんにも、仕事でもよく面倒をみてもらった事にもあって、何か其田の家の事にある手伝い…というか…何かの力になりたかった。今ではそんなように思っていますけど…。でもそのお陰で、数年間…暫く会ってもいなかった咲月にまた会えたんです」
そこに何かに思う。そんないつかの思い出のようにも話している弘がいた。
「咲月はいつもならこの街の隣り合わせた街にいたようなんですけど…その時に何かの…その時に働いていた会社での事で、そこで何かにある問題があったとか…とにかくそれで仕事を辞めてしまった。それにあって偶々に帰った其田の家にいた日に、義母さん…あ…志摩子さんが、近所辺りの寄り合いなのか…そんなような集まりがあったとかっていう事に、いつもなら昼過ぎになると健一郎さんに届けていた弁当箱を、志摩子義母さんのその代わりに咲月が漁港まで持って来たんですよ。…午前から外出していたようにいた志摩子義母さんでもあったので…弁当箱も詰めるのも…どうやら咲月が作ったようでした」
「それはいい。僕と咲菜の間に…子どもはいないからね。健一郎さんも、さぞや喜んだ事だろう。それに思ってみるだけでも…いい」
嘉利はその時の事を想像してみていた。
すると…嘉利は、それという話も何かに思うような事にもあったのか、弘と隣り合って椅子に腰かけて座っている。それにいる事に昼飯にある時の話しにも、それという何か思うような事を弘に尋ねていた。
「それと…弘君。僕と違った意味からだと思うけど…其田の家…義父でもあった。…健一郎さんの事を…名前だけでしか…呼んだ事が無いようだけど…」
「それは…子どもの頃から…知っているようだったし…それに仕事でも随分とそういうように名前で呼んでもいたからな。それも咲月と一緒になる前からだったから…仕事からでもあって…いつの間にかのように…そんなように名前だけでしか呼んだりもしなかったですね」
「…んん…そうだったのか…。僕も義父の事は名前だけでしか呼んだ事が無い。咲菜のいた…生まれ育った街。僕と咲菜が一緒になる。それで僕が連れられ初めて帰郷した当時からだから…随分と生意気なように健一郎さんも思った事だったろうな…」
嘉利は…其田の家と何かの思いに溝があるようだった。
「偶々…咲月が…其田の家にいた。それは…健一郎さんに、お昼も過ぎた頃にあっても弁当箱を持って来たんです。その日は今度にある海の仕事での水揚げにあるその取引話を健一郎さんとしていた。それは先に見込んだ事にもあったりもした話の事だったけど…それをあてにした県外からも来ていた買付の会社…業者と決まっていた取引の話にもあって、その事にある相談でした。そして昼からも遅くある時間にでも…その時の咲月が持って来た弁当箱に詰めていた昼飯を、健一郎さんが俺に分けてくれたんです。…その時の弁当箱に詰めていた。咲月の握り飯…とても味が濃くて…それは…とにかく味が濃くてそれに驚きましたよ」
それに思う事をした嘉利…。
「んん…ん? 僕は…義母の…志摩子さんの手料理も何度か其田の家で頂いた事もあったけど…そんな事にも無かったようだった。咲月さんの手料理も…昨晩のも今日の弁当箱のなかに詰めてあるそれだって全然美味い。僕の味覚のせいなのかな」
すると…それにある顔に苦笑をした表情の弘がいる。そして嘉利に話しかけるようにもいた。
「違うんですよ…さっきもそう言いましたが…その時の弁当箱にあった握り飯は、偶々…手料理も出来なかった咲月の作った物だったんですよ。それも初めて作った弁当箱の中味だったって…。後日になって、それもこの頃の最近になってから…咲月とそれにある話をしていたときの事に、そんな事を本人が言っていましたから…たぶん本当ですね」
それにどこか懐かしそうな表情にいて、何か照れたようにある弘がいた。そんなようにも見えた気が、嘉利はしたようだった。
「でも…嘉利さんの言うように、たぶん…咲月は…そうですね…。いつしか志摩子義母さんの作った。いつかの手料理に、何か似ているようにも思います」
そんな話しにもある時間。それは段々と日射しもさっきの位置からも、ゆっくりと動いていたように思うようにある。
そして嘉利と弘に、咲月が手料理を詰めてくれたようにもあった弁当箱のなかも、そろそろ残りも僅かになっている。そうして見れば、その弁当箱に一つの握り飯が残っている。
「嘉利さん。その握り飯も食べちゃってください。残しても俺…帰ってから、咲月に何か言われる…」
「それは勿論だ。咲月さんに悪いとか…そんな事にでは無い」
すると嘉利は、横に突き合わせるようにして並ぶ椅子についたテーブルに置いてある。それにある弁当箱のなかから、一つだけ残っていた握り飯に手を伸ばし、その掌にある指先だけでそれを持つと、一口に頬張りそれに食べてしまった。
「ん…ん。美味い…んん…」
「嘉利…さん…? 大丈夫…ですか? 」
嘉利のそれという事に心配した弘。
「…弘君……さっきの荷物の横に…注いであるお茶……ポットからでもいい…ちょっと取ってくれないか…」
「えぇ…と…あ…はい、ありました。どうぞ…ゆっくりですよ」
「…ん…んん…あぁー。本当にいい昼飯だった。咲月さんに感謝だ」
それから嘉利と弘の二人は、それまであった日除け屋根のついた。折り畳み式の椅子と、咲月が持たせてくれた弁当箱を手早く片付けた。
そして弘の言う。黒く鈍く染まったような色をした。海に岩礁が飛び出たようにもある場所で、嘉利と弘は並んで立っていて、そこで釣りを始めた。
「なかなか…釣れない物なんだねぇ…」
「まだ…5分も経っていないですよ…嘉利さん」
「僕は…以前から何と無く思っている事があるんだ。それってたぶん…釣りに向いていないんじゃないか…それにね」
「それ…以前…ですか。いつかに咲菜さんと嘉利さんが一緒に其田の家に帰郷して訪ねて来た時にも…健一郎さんに…同じ事を…言っていましたけど…」
「そうだったかな? 僕はそれを憶えていないな…」
そうしたようにも…暫くの時間をそうした話しにいると…。嘉利の糸を垂れている釣竿に、何かの予兆が感じられた事に気がつく。
「弘君…何か…さっきまでと異なるように…不規則に揺れている。これは…」
そんな嘉利の話しかけた言葉にもある事に…隣に立っていた弘は、糸も垂れていたさっきまで持っていた釣竿をその場所に置くようにして放り投げると、嘉利の糸を垂れている釣竿に触れてそれを確認していたようだった。
「ん…んん。嘉利さん…。遂に…これは当たっているのかも知れないですよ…。ちょっとだけ待っていてください」
「ん…? 何が…当たったとか…。もしかして…釣れているのかい…? 」
「今それにある予兆…当たりに合わせるようにしますから、嘉利さんはその侭でいて、釣竿も確りと握って持っていてください」
「…ああ…分かった。この侭でいるようにするよ」
すると…嘉利の隣に立っていた弘は、それと手を伸ばして嘉利の握って持っている釣竿に触れている。そして釣竿から伝わって来る独特の揺れにある。その間隔を計っていたようにもいたようだった。
「ん…嘉利さん。今…今ですよ。勢いつけて、釣竿を上に向けて引っ張り上げてみてください。いいですか…今です。…はいっ」
嘉利はそれにある弘の言葉に、そんなようにして動いた。
…ギュゥゥン。
…キリッキリ…。
嘉利の今まで感じた事に無い感覚だった。
嘉利の手に握るようにして持っている釣竿からある透明な糸は揺れ動くようにもあって、それは…そこからは目に見えない海のなかで何かを追っている。
そんなようにも思えた振動も不規則な揺れも…釣竿から伝わって来る。
すると嘉利が握って持った釣竿は、それにある急な重さで弓形のようにもあるように、大きく屈して弧状するようにも撓っていた。
「やったーぁ。嘉利さん。たぶん何か釣れた。…糸を見た動きだと…魚類とかでしょうね。んん…これからが、嘉利さんの頑張りです。焦らないでいて…ゆっくりですよ。それも…ゆっくり釣竿も動かして…それにある糸も巻いて行ってください」
そんなように言う弘の言葉に、何か…戸惑うようにもいる嘉利。
「…こ…これは…随分と…持ち上げるのも重い。糸も急に海のなかに向かって延びているよ」
「海に波もあって底も深くなってもいたりする。…岩礁が疎らにある場所だからあまり糸も出さない方がいいです。魚も逃げようとして海のなかで岩礁にある底で糸も切られちゃいますからね。だから…釣竿も時々に上に向けて持ち上げるようにして、それに釣竿も下に下げる時にでも、少しづつ糸は巻いて行くようにしてください」
そんな事にも…暫くにある。そんな長い時間にある事に思った。でも…それは嘉利の思うそれよりも…もっとほんの少しの時間をそうしていただけにある。
そして…それと言うようにもある弘の言うようにしていた嘉利がいる事に、その手に握って持っている。それにある釣竿に通している糸を巻いて行く。
すると…何かの魚のような物が、黒く鈍く染まった色の岩礁にある。海も波を打ち寄せる岩礁にいる嘉利と弘が立っている場所に、それが近くあるように見えて来た。
「もう少し…です」
それと見れば岩礁の場所から少し身体を屈めていて、その手に持った長柄にある魚網で魚を掬い上げた。それにある弘がいた。
「…ふうぅー。大変だった。どうだい…? 弘君…。僕だって魚ぐらいは釣れる」
「でも、それも初めて…あ…あのぅ…魚が釣れたのが…です。本当はこの場所のようにある場所って、釣りも結構難しかったりするんですけど…。本当に釣ってしまうとは驚きです。大きさも今の時期ではいい方ですね。形もいい…黒鯛ですよ」
それに釣り上げた魚を見た嘉利。
「黒鯛…それは凄い。弘君のお陰でもあるが…僕は自分でもそれが釣れた。もし…今…健一郎さんが…いたら…それに何て言ってくれたのか。あの頃に僕は都会育ちの何かに…そんなように思われてもいた」
「そうですね。…嘉利さん。都会育ちだったから…健一郎さん。最初はそれに何か…あまりいいようにも…。…? …あ……すいません。何か…そういったつもりでは…無かったんですけど」
「いいや…大丈夫だ。気にしないでくれていい。僕も何か…そんなようにもいるようにもあった頃だったからな…それは感じてもいた」
どこか寂しそうにもした。そんな嘉利がいたようにも弘は見えた。
「そうだね…いつか咲菜が帰郷する事にいた時があって、その時に僕がついていった。そんな僕と咲菜のつき合いにある話の事も、以前に咲菜からの話だけでは伝えていたようにもあるようだったが…。その時が其田の家を訪れた最初だった」
いつかを懐かしんでいたようにも、どこか寂しそうにいるようにも見えた。そんなような嘉利がいる。それを何故か弘は、その話しの時間にある事に思うようにいた。
「それに数年後になって…咲菜とする結婚の許しを得る。その挨拶をする事に、其田の家に咲菜と一緒に行った。その時までは僕に何か寡黙でいた健一郎さんだったが、僕と咲菜が結婚したいという思いにある。そんな話をした時に…微笑んでから…僕に…笑ったんだ。そして一言だけ…」
「分かった。まだまだ未熟者の娘だが宜しく頼む。嘉利君」
「そんな事にね…」
普段からあまり話しをする方でも無かった。でも…その時の嘉利の言葉に、漸くその気持ちの何かが解けた。そんな寛容な気持ちにあった健一郎がいた事に嘉利は、その思いも辿る。
そしてその数日間にその頃はまだ…其田の家とは別にある家で暮らしていた咲月と弘が、其田の家にやって来て、そんなようにもある報告を二人にもした事でもあった。
「それ以外では…咲菜と僕がつき合いにある時期でも…それからの結婚後からも数えると、十数年間…それにある事…その後日では、其田の家を訪れたのも、ほんの数回ほどだった。そう考えると…つき合い始めた最初にあった時のそれからも…咲菜と結婚してからのそれにあっても…其田の家とは…随分とその時間も時々に空いてもしまってもいたからね」
それにある嘉利のする話の事に、弘はその顔に何か思うような…そんな表情を浮かべた。
「でも…嘉利さん。それって仕事に都合があるようだったからでしょう? そんな時の話の事なんだし、其田の家の方だって…そのくらいは解っていたはずですよ…俺も咲菜もそれは嘉利さんと最初に会った日の時から、嘉利さんのしている仕事については、その話の事は聞いてもいましたし…」
そんなようにも弘のする話しにも、嘉利の話しは話し続いていた。
「…そんなように何かに言ってもらえると…ありがたい。でもね…するべき時に僕は其田の家…義母の時…義父の時の事に…それにあったどっちの急な知らせにも…何も…僕はその最期の二人の顔すら見ることが叶わずにそれが出来なかった。そして時間だけが過ぎて行くと…其田の家を訪れるタイミングを見つけられなかった。すると今度は…咲菜が睡眠り続けるようにもなってしまった。確かにそれは、僕の仕事に都合やその時々の事情にもあったりもした。でも…ね…」
嘉利の話しているその言葉は、そこで…何故か…それにある言葉もその口からは出て来ないようにある。
それにいる嘉利の事を見ていられないような気持ちになった弘は、そんな嘉利に…どこか弘らしい。そんな事に話しかける。
「最初に其田の家で嘉利さんと会った。その数日後に…嘉利さんと咲菜さんは帰京して行ってしまったけど…。でも…そうしたら…数日後になってから、うちの産まれて間もない菜月へのお祝いに、わざわざ祝いにある贈物も郵送してくれた。その時の事では、嘉利さん。何か律儀でいて、それにとても驚いた記憶があります。でもそれは…まだ咲菜さんと嘉利さん。その頃に婚約したような時期だったから。それから…菜深の時は、わざわざ咲菜さんと其田の家にまで訪ねて来てくれて…お祝いもしてくれた。それは俺も咲月も同じだったけど…其田の家でも、随分と嘉利さんの人柄がそれより解った時だったと思っています」
「何だよ…弘君。そんな事にもよく憶えているね。もう今からでは…随分と以前にある話の事だ」
「それは憶えていますよ。だって…ちょうどその頃に菜月が産まれていた事ですからね。それからも数年間は海産物の仲卸しの仕事もしていて、まだ会社勤めにでもあったんですけど、仕事をどうするか…それに考えている時期だったのと、その頃は菜深が出来て…それも産まれて来る頃になってからの事だったから。だから俺はその時の事はよく憶えていますよ」
そんな事にも話している弘は、さっき嘉利の釣り上げた魚を掬い上げた長柄の魚網のなか、それにある魚の口にかかっている釣鈎に繋がっている糸を持っていて、荷物にもそれを纏めて持って来ていた小さめのクーラーボックスに、長柄の魚網のなかで透明な糸を手繰り寄せた魚を指先で掴んで持つ。
すると魚のその口から釣りに使った糸が繋がっている釣鈎を素早く外してから、それにあるクーラーボックスのなかに嘉利の釣り上げた魚を入れていた。
それにあっていても…弘の話は続いているようにある。
「そんな事にもそれから俺は、それまで働いていた仲卸しだった会社を辞職て、其田の家に入ったんです。それは咲菜さんと、咲月の父親でもあった健一郎さんの仕事を…その跡継ぎになろうと思ったからなんですが…。どっちにしても、それは遅かれ早かれいつかは…と思っていたから、それもいつでも同じ事でしたけど…。だからどうせなら早くから覚えるようにある事に出来る方がいい。ちょうどその頃に…それにあるようにも…もっと以前からも…いつからかそう思っていましたしね…」
そんなような事に話している弘の顔は、どこか照れたようにして笑っている。それにある表情を見ていて、嘉利は何かを思い出したようだった。
「…そういえば……さっきまでそれにある事も忘れていたよ。弘君は…咲月さんと結婚した時の事では、其田の家に入った婿養子だったんだよね」
「うんん…そうなんです。特に何か期限付とかでは無かったんですけど、咲月と一緒になった時か…結婚した当初では其田の家とは別々に暮らしていましたよ。それに…話は少しだけ以前の事に戻りますが、確か…咲菜さんが十八歳ぐらいになった時の頃かな…。その頃では、俺も咲月も…まだ学生だったけど…。咲菜さんが学生も終わった事にもあったのか…それからいつの頃からか東京に行くって言い出したみたいなんです。こんな田舎街にずっといるのも…それも嫌だって…。就職する会社もその仕事も決めて来たからっていうようで、それでも健一郎さんは最初の頃かな…それは反対していたそうです。でも…それにあった事にも、咲菜さん…密かに荷物も少しづつ纏めていて、学生の終わった事にも…ある日にそれ持って其田の家から飛び出して家出て行っちゃったんですよ。都会に出て行ってそこで暮らして行くからっていう。とりあえずの仮住まいのアパートとかの住居も、いつの間にか見つけていたりして…それで数年間という時間が経って行くまで…其田の家とは…何の連絡しないでいて、それもその侭にしていたようでした」
弘が嘉利にしているその話の事に、何故かそれにある咲菜の話に…どこか顔も愉しそうにした表情をしている。何か思い出の話のなかにいるような、そんな嘉利がそこにいた。
「いつか…咲菜にその話の事は聞いたようにもあるよ。それからほんの数年間…。其田の家…といっても、健一郎さんとは話しもしていない。でも…咲菜は、その時にしていた仕事にも漸く慣れて来た頃にもなって、それまで数年間の時間を電話でも手紙ですら…何の話しもしていなかった。…そんなような事にもあっても、数年間も過ぎていたようにもあった事でも、何故かその年の夏のある日に、咲菜は其田の家に帰郷した。その事は健一郎さんに何も知らせずにいてそれに帰郷をしたようだよ。すると…実家に帰宅した咲菜がいたその時の事に、最初は何の口もきこうとしない健一郎がいた。…それに続く話もあるが…とにかく咲菜のそうした事情都合で帰郷したその年の夏にもあったその数週間を其田の家でいてそうあった時に、その其田の家からも近い。そこにある夏の海岸で、咲菜と僕は最初に知り合ったんだ」
「…えぇ…そうなんですか…? 初めて聞きました」
「そんな事にもあった。だからとても思い出も深い話を聞いてもいるようだったよ。それからは口をきこうとしなかった健一郎さんの事を宥めるのに…義母も…志摩子さんも咲月さんも大変だったっていう話だった」
「んー。…たぶんそれかな? 咲菜さんが急な帰郷で其田の家に帰って来た時に、健一郎さんも…一週間ぐらいは、それに何か思う事にでもあったのでしょうか…。何年間かの時間も経っていた事にも、それで口も閉ざした侭でいたとか…。それにあるまでの話になる事は、当然に咲菜さんも以前からも、それに健一郎さんにも、志摩子義母さんにも話しもしていたんでしょうが…。それでもなかなか咲菜さんの家を出て行くというその話に許可が出なかった事に、それで突然のように其田の家を飛び出して行ってしまった。そんな事にもあったみたいですけど。でも…志摩子義母さんと、咲月がそれに随分と健一郎さんと話してから、それも…咲菜さんが其田の家に帰って来てからも…それでも…その一週間ぐらいは、健一郎さんは咲菜さんと話しもしなかったというようです。でも、そうした事にもあってなのか。それからまた数日が過ぎると、たぶんそんな時間も過ぎて行った後日になってからかな…。優し気な雰囲気で健一郎さんと咲菜さん。父娘で海岸を散歩していたっていう事にもあったようですよ。あ…でも…この話も、当時の咲月から聞いただけですけどね」
そんなようにも嘉利と弘は話もしている。
それにある話しに…弘は、何かに思うような…そんな不思議そうにした表情の顔にいた。
「だから…たぶん…だからですよ。咲菜さんが、健一郎さんに話のついたような…そんな許しも得ずに、其田の家から家出てしまったから…。そんな咲菜さんが、そうして東京に行ってしまったからじゃぁないでしょうか? それで最初に…嘉利さんに会った。その時の…健一郎さんが、嘉利さんにあまりいい印象を持つようにも無かったのっていうのも…」
そんな弘の言う話しの事に、嘉利は…軽く苦笑いをしたようにいた。
「それはそうだろう。咲菜からも聞いてもいた話にでもあったが…。誰だって話にもあった。その気持ちの準備が出来る前にそうなってしまえば…。だから僕は初めてお会いした頃の健一郎さんの…僕に思うような事も…。たぶん気持ちも複雑にあった事だろうと思っていたからね…」
そんなようにある話しでもあった。
そうしている時間にある事にも…暫くすると…それにある何かに嘉利気がついた。
嘉利と弘が立っている岩礁の飛び出しているようにある場所の突端に鳥居がある。そしてその近い場所に黒く磨かれたように耀く小さな石碑がある事に、それは見えた風景のなかに自然と存在しているようにも思えたようにもある。
それは浮屠したようにも…海に眠るように沈み隠れて行くまでに見える夕陽の明るさにそれは気づかされるようだった。
旧い時代の事…。
艟那の集落郡に暮らす人々に信じられていた事に伝承され、今に伝わる。それにあるようにいた慣習…それは信仰的に考えたようにもある因習のようでもあった。
海のなか…岩礁に囲まれるようにある島。花捧島。その島の頂上に近い辺りに祠の祀ってある場所がある。そこに祈りの捧げ人を小さな殿屋に残して来た。
それは…自然の脅威にもある。それに荒れた海に暗く黒い海渦が起こり、そんな海の怒りを鎮めようとした事に始まったのか…。何か分からない事は畏怖され…時に奇異な忌みからもそうある事だというようにも思うようにあった話の事。
然し…その一方では、普段ではそれも海霧に包まれ隠れていたようにもある事に…それを見る事も出来ないようにもあった。そこに鬼が建てたと伝承されていた大鳥居がある。それは夕方の陽射しが見えるようにもある場所。鬼御内裏島。
そこからも離れた島。
鬼御内裏島に夜の暗闇に紛れ…そこにある海霧に隠れ…そこに秘かに向かう舟を隠していた花捧島…現在では雛島という。その島の岩礁の飛び出している場所から、海霧に包まれ隠れていた島…鬼御内裏島に向かう小舟が乗り出した場所にある。そこに鳥居が建てられ奉納された。
それは近世になり…いつからか…その雛島にある鳥居の内側になる場所から見る風景に、鬼御内裏島が海霧から晴れて、そこに雛島の岩礁の飛び出している場所にある鳥居の内側からそれに重なって見えるようにある鬼御内裏島の大鳥居のなかに、そこに夕方の日射しが真っ直ぐに射した風景も見れた時は、その二つの鳥居の内側を合わせ重ねた線も真っ直ぐに射す夕陽が見えた時は…その思い…祈り…何かの縁にある。それに思う願いも叶うとされている。
それも…ある条件は調った時のその時間帯になると…花捧島から見た。黒く磨かれ耀く鬼の大鳥居が眺め見えた時は、その思いにある人とか、それある願いも叶うと信じられていて、現在ではそれにあるような縁を祈願する場所にも今はそれになっていたりもする。
でもそれは夏の限られた時期だけに許可が出る。たぶんそこまでを辿るまでの道程にもある事だというようだった。
…旧い時代。
…何か…それに思った。
…人はどこかに自由に飛んで行ける羽も無い。
…でも……。
…それはでも…。
…もしかするとそれにある思いは羽ばたける。
それが人間的な発想にある。そんな思いに生えた羽もある事なのかも知れなかった。
それにある思い。
…それとは別からのそれに思うその意味からも、それは離れてしまった人を思う事をした。
そこにある後世になって奉納された鳥居。それからも…もっと後世になった近世に建立された鎮魂の黒い色をした石碑。
それはいつの頃からか…それも今ではそこにある祈りの殿屋に、それに小さな祈りを願い人の代わりにしたような小さな祈り人形も奉納されているという。
それはいつしか近年になり、この街では毎年の夏に決まった期間にだけ行く事が出来る。そして年に一度の海の安全の祈願にある。街の恒例行事のようになってもいる。
そんな因習に誰もがそれに思うようになった後世になってから、祠の祀ってある小さな祈りの殿屋。そこから鬼御内裏島に航って行った。再び戻る事に無かった人を思うようにあった事から、雛島と呼称ようになった島の裏側の岩礁の突き出た場所のその先に、鎮魂の石碑を建てた事が始まりだった。
それは秘かに行き着く場所でもあった…。
鬼の棲んでいると信じられていた。
人々は畏怖もした。
そんな特別にある場所。
それにあるが故に、誰も近寄っては行かないようにあった鬼御内裏島。
旧い時代では…花捧島と海霧に包まれ隠れていた鬼御内裏島…。
その二つの島にあった秘密の出来事にもある事は、そこは花捧島から見えた艟那の集落群からも遠い。…数十粁と、海に遠くも眺めるに近い距離にもあった。
そんな海霧に包まれ隠された島の場所に、そんな祈りの捧げ人は秘かに移されてもいた。
それは旧い時代…艟那の集落群での人々に知られない。
荒れた海に出て行った花捧島に連れられた祈りの捧げ人は、それは誰に知れずとどこかで生きている。
でも、それは…再び艟那の集落群に戻る事は出来ない。
そして当時の慣習としてもそれは信仰的な考え方からなのか…因習としてみた時でも、艟那のそんな昔話のような出来事があった事に…。普段は海霧のかかるその岩礁の島。…それは雛島の裏側にある場所から眺め見た鬼御内裏島にある。
そこに艟那の集落群から出た一艘の小舟は、祈りの捧げ人が行く花捧島の祠の祀ってある場所。そこにある小さな祈りの殿屋に向かう。
そして数日の間も経ち夜になると、荒れた海も落ち着いた頃になってから、殿屋の縁の下から人知れずにある。島の裏側に繋がっていた隧道を通りそこに降りて行く。
そして二度とそこからは戻る事にない。人を喰らう鬼がいると信じられていた。いつも海霧に包まれ隠れていたようにもある。鬼御内裏島に向かう枯葉のような小舟に乗り込んでいった。
それは…艟那の集落群でも、限られた一部の長など…そんなようにある人間だけが知っていた事…。
何かにある合図にも思うような、暗い黒い闇夜の海の上をゆらゆらと歩くような狐火。
それはたぶん…無事に鬼御内裏島へと向かった事を知らせていたのだろう小舟についた…松明の灯火の揺らめいた海に移った風景にある事に思う。
……そんな事にも思いながらもあった。旧い時代に人捧げの慣習…は、どこか信仰的な因習に見せかけた。そんなようにある命とそれに思う心の羽を大切にした。そんなような事にあったのかも知れない……。
それが解るような事に、嘉利と弘が釣りをしているように立っていた岩礁の飛び出していた場所の先端に、少しだけ彫刻の装飾のある鳥居が建っていた。
それをよく見ると…それにある鳥居にある紋様は、片方の柱に花束。もう片方に鬼のような紋様が彫刻されている。そしてその鳥居は天の部分に光を放つ太陽と、夜の空に浮いている月と雲が、彫刻によって装飾れてもいた。
それは黒く鈍く染まった岩礁の飛び出しているようにある場所に、何かの石を材料にして造られてもいるようだった。
そして…海からの波飛沫に晒されながらも、旧い時代を見つめる事をしていた。何かをそれに感じる事が出来たようにある。そんな気がした。
「……嘉利さん……」
そこにある風景を眺めていた嘉利に、それは突然のようにも弘が話しかけたようにある。
「嘉利さん……俺と咲月しか……。それも誰にも言った事は無い話の事だけど。でも…嘉利さんにだけ教えちゃいます。…旧い時代から近世になってからの話に、そしてそこに飛び出している黒い色に染まったような岩礁の先端辺りに鳥居があります。たぶんその時代の変化にある頃に奉納されたようですけど…。いいですか…? 今は安全面からの問題でなんですが…この場所は本当は立ち入り禁止になっているんです。でも、俺は一応それにある権限があるので今日は特別に構わない事にしてます。けど、いつかからか…それは艟那の集落郡の時代の後になる頃からの秘密の旧い伝承です。俺とか…勿論ですがそれは俺の家だったり、其田の家とか…それと旧くからある家にだけ伝えられ、それに信じられている話があります。この島のこの場所…黒い色に染まったような岩礁の場所に来て、そこにあるその鳥居の内側から眺めた海の先…そこに…普段は海霧に包まれたようにもある。それに隠れた鬼御内裏島の石で造られてもいる。黒く耀いてもいる。その大鳥居の内側を照らすようにも通り過ぎ…そして海に眠るように沈んで行く夕陽がその二ヶ所の鳥居の内側から見た風景のなかに重なるようにして見えた時は…その人が願う思いも叶うといいます。若い頃に…俺が咲月と一緒になる約束をした。その時にもそれが見れたんです」
それにある話しにも、弘はそこに話も続けた。
「でも俺は…ずっと子どもの頃からも…それは学生だった頃でも…それからも過ぎていた時間にも…ずっと…。咲月の事を…それは今でも変わらずに、ずっと見ていたような気がしていますけど」
そんな弘の話している事に……嘉利は思う……。
……自分はどれくらい咲菜の事を見ていたのか……。
知り合ってからの二人だけの約束の場所を見つけた時からも…。
……いつから…それにいた咲菜の事を見続けていたのか……。
それに…思うようだった。
嘉利はそんな思いに…咲菜の傍にいてやる事も大して少なかったようだったという時間にも…どれだけ咲菜という自分の愛する人を見ていたのか…それにある事を…思う。
そんな事にもいると、それは日射しが傾いて来た。そしてその場所を夕方になる前にあるような、そんな夕陽の明るさで辺りを包んで行く。
それは鳥居に近くある黒い色をした石碑の表面で、そんな黒く磨かれた耀きを反射している。
すると…何かのそれに気がついた弘が急いだような話しぶりにいて、それにある嘉利に話しかけて来た。
「嘉利さん。あれっ…あれです。ほら…あの岩礁の飛び出している場所。あの鳥居の内側から鬼御内裏島のある方…黒く耀きながらもある大鳥居を見るようにしてみてください。こっちの鳥居のなかからですよ。ほらほら…早く早く。うわぁ…普段から大体では見えない島…鬼御内裏島が見えていますよ」
それはまだ幾らかそこにさっきまでその位置も高かった日射しがさっきよりも傾いたようにもある。
何かに恐ろしいと感じるような、そんなような事にも感じる思いも…目の前の奇蹟のような出来事と、岩礁の場所に打ち寄せて来る。海からの白く泡立つ波の音に…消されて行く気がした。
そして…日射しは、そこに沈みつつある陽射しに変わると、辺りの風景はその色も風合いをも変えている。
夕陽は海に眠るように沈み…隠れて行くと、そこに夜と境界にあるような空気の色に包まれる。
……それは数分間というだけの奇蹟のような時間だった……。
嘉利と弘はそんな夕日にある風景のなかにみえた光景を見続けていた。
すると…それにある奇蹟のような出来事に、ただ、そこでいて何かを思うような嘉利に、弘がそっと嘉利の肩にある辺りに、その手の掌を当てたようにすると、嘉利に向かって軽く微笑んだ。
「本当は…見れるとは思って無かったんですけど…嘉利さん。よかった。んん本当によかったです。」
「弘君。ありがとう。君が僕に見せたかった事って…こういう事だったのか…ありがとう」
「それはそうと…魚も釣れた事だし…目的も果たせたです。そうですねぇ…嘉利さん…帰りの時間もあるので、それも来た崖道を戻って行くから、そろそろ釣りも仕舞いにして帰りましょう。今夜はさっき嘉利さんが釣った黒鯛で…楽しみですね。」
「僕が…釣れた何て…信じられない。でも…何かに触れられた気分だよ」
嘉利も見た。鬼御内裏島…(おにおだいりじま)に建っている。黒く耀きながらもある大鳥居の内側から…雛島の(ひなじま)の岩礁の出っ張っていた場所に建っている鳥居の内側を突き抜けたような一本に沈む夕陽が重なる。
陽射しが真っ直ぐ通って見えた事を…嘉利は、たぶん…生涯にそれを忘れないだろう。
夏の時期だけでも…それは通年にあっても、それは年に何度かの稀な…奇蹟にある事だった。
普段から海霧に包まれたようにも隠れた島。鬼御内裏島の(おにおだいりじま)の海霧の晴れた数分間だけの奇蹟のような風景。
……その時に何を嘉利が願ったのか……。
それは嘉利という。その本人だけでしか知る事にも無い。
「弘君…ありがとう。何か…」
「大丈夫ですよ。頑張りましょう。きっと大丈夫です。嘉利さんの願いも…」
そして…其田の家での夏の数日間という。そのその時間も…それという時間のようでもあって、段々と空にある月も満ち欠けているようにも…少しずつそれは過ぎても行ったようにある。