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君の事を知った日

 窓を閉めてまた椅子に座りコップに入ったビールを見つめる


「酒か......」


 アイリスは寝息をたてながらベッドを占領している、この子を娘の様に感じるのは最近の事ではない、そう、爺様の所で君の事を知った日から


 爺様の家は広くは無かったが、全体的に木材を使用した木の香り漂う家だった


 案内されて俺等は席に着く、大きめなテーブルに備えられた椅子に並ぶ様に座る、家具もほとんどが木製の様だ


「少し待ってくだされ」


 爺様は奥の方に消えた、隣を見ると少女が家の中を見渡している、ローブからはみ出した尻尾が静かに揺れていた


 俺は少女のローブを脱がそうとしても少女は大人しかった、脱がし終わると少女は笑って俺を見上げてくるのだった


「がー!」


「よし、いい子だ」


 爺様が奥からでてきた、両手には深い皿を持っている


「疲れたじゃろう、これでも飲んでくだされ」


 目の前に運ばれた皿に俺は涎が出かけた、運ばれてきたのは野菜のスープ、いい香りと暖かい湯気が食欲を唆る、共に運ばれたスプーンを握りすぐに食らいつきたかったのだが


「うーがー!」


「あぁ! こら!」


 スープに手を突っ込もうとした少女を止めると、爺様は優しくその光景を見つめていた


 俺が少女にスプーンを持たせるとすぐに落としてしまう、経験の無い手の動きなのだろう


「これを使えよ」


「うー?」


 少女は俺の動きを真似しようと頑張っている、すると爺様が話し始めた


「まるで親子ですの」


「からかわないでくださいよ」


「若いの、お主何者じゃ」


 爺様を見ると優しい表情が消えている


「ただの旅大工ですよ」


 俺は昨日の事を爺様に話すと、爺様はまた優しい表情に戻った


「奇跡ですかの、あの森で一晩生き延びるとは」


「やはり危険なんですか」


「魔物伐倒隊が毎日の様に森を行き来しておりますの、それでも人間被害は出続けておる」


「がーうー!」


「ふぉっふぉっ! そうじゃな、お前さんのおかげですかの」


 この爺様はこの子の言いたい事を理解しているのか? やはり年を取ると感受性が豊かになるのだろうか


「若いの、お主は獣人についてどこまで知っておりますかの」


「いえ、何も」


「お主も他の奴らと同じですかの、獣人や魔物は人類の敵と」


「えぇ、恐ろしい存在です」


「そういう教育で育ったのじゃろうから、仕方あるまい、魔物は決して人類の敵ではないのじゃ」


 俺には爺様の言葉が理解できない、魔物は人類の敵だ


 人肉を好み血を啜る、これが魔物の常識で獣人も例外ではない


「がーう!」


 スプーンの扱いに慣れてきたのか少女はスープにありつけていた、満足そうに笑みを浮かべている


「見てみなされ、人間の子と変わりはないのじゃ、これが魔物の本来の姿じゃ」


「ですが人肉を食います」


「では獣人について説明しますかの、獣人は基本幼い少年少女の様な背丈の獣の姿をしておりますの」


「えぇ、大きな姿をした獣人は聞いた事がありません」


「それは何故か知っておりますかの?」


「そういう生き物だからなのでは?」


「違いますの、条件を満たすと成長が止まるのじゃ」


「成長が、止まる?」


「人の血じゃ」


 爺様の言葉を聞いて俺は鳥肌がたつのが解る、爺様の表情から優しさがまた消えていた


「人の血?」


「人血は魔物にとって酒であり脳を麻痺させる効果がある、共に食う人肉は酒の肴の様な感覚ですかの」


「じゃあこの子もいずれは」


「それが間違いなのじゃよ、魔物は人など元々食わないのじゃ」


「は?」


 爺様の話は全人類の常識に背いている、魔物が人を食わないだと? そんな訳ない、現在人類は魔物に怯えながら生活しているのが現実だ


「先程も言ったように、人血を啜り快楽を覚えて魔物は初めて人類の敵になるのじゃ」


 俺は少女の顔を見つめる、爺様の話は間違っていないのかも知れない


 森でこの子は果物を食べていた、今だって野菜を美味そうに食べている、何より俺が食われていない


「では、獣人に大人がいないのは?」


「獣人は人よりも体の成長が早い、環境に合わせて成長しますからの、しかし人血を啜ると脳が反応し体が狩りの適正期と判断され成長が止まるのじゃ、そして快楽を求めて人を襲うようになる」


「ではこの子はまだ血の味を知らない?」


「がー!」


 この子からは魔物から感じられる恐怖が消えていた、爺様話が本当ならばこの子はまだ魔物に慣れていない無垢な少女に過ぎない、俺を食おうともしないのはまだ人肉と血の味を知らないからなのか、少女の無垢な笑顔をみて爺様は続ける


「魔物も人血の味さえ覚えなければ人の子、もしくは動物達と変わりないのじゃ」


「しかし、それでは人が被害を受け続けるのですか」


「わかりやすく言えば、文化じゃな……我々人間も動物の肉を食うじゃろう、それがなぜかわかりますかの」


「それは……人間が昔から食糧にしてきたから、そういうことですね」


 爺様複雑な表情を浮かべ頷く、どうやら俺の意見は間違っていないようだ


(その理論が合っているなら、なぜこの子は人を襲ったことがないんだ?)


 爺様がその疑問を答えるように話始める


「恐らくですがの、その子は親がいない、もしくは親が人を襲わなかったか」


「うーがー!」


 少女はスープを飲み干し満足したようにその大きな尻尾を揺らしている、俺は視線を爺様に戻すと手を顔前に組みしっかりと少女を見つめている


(この爺様は何者だ? 獣人について詳しすぎる、それに街から離れこんなにも森の近くで生活できてる時点で不自然だ)


「この子についてなぜそれほど詳しいのですか」


 俺は質問してしまった、この子より爺様の身元をはっきりさせたい、これで危険人物の可能性もある、最悪な状況なら爺様も魔物が化けた姿なのではないかという考えまで出始めていた


「そうですの、本棚」


「本棚?」


「若いのは大工なのであろう? 最近書物が増えて整理できていないのじゃ、簡易的な物でいいから作ってくれると助かりますの」


 この爺様はいきなり何を言い出すのかと思えば俺に大工としての仕事を依頼してきたのだ


「待ってくださいよ! まだ話の途中です」


「久々の客人ですの、ゆっくりしていって欲しいのじゃ、このジジの我儘を聞いてくれませんかの」


「ですが……」


「木材は家の脇にに積んでおる、あらかた道具もありますの、金も払うからどうか頼めませんかの」


 何のことだ、この爺様の考えが読めないが大工仕事ができて収入も得られるなら断る意味もない、俺は溜息をついて依頼を受けた


「わかりましたよ、本棚ですね」


「助かりますの」


 俺が席を立ち外へ向かうと、少女が慌てて椅子から降りてついてきた


 俺は家の外で本棚を作り始めると少女は俺の真似をし始める


 木材のサイズを測り鋸で切り揃えるが、近くに少女が居て危なっかしい


「なぁ、少しどいててくれないか?」


「がー!」


「がーじゃなくてさ、危ないから」


「うー?」


 ダメだ話にならないし作業も進まない、俺は少女に気をつけながら作業を再開する、丸太を角材にしてその後板状に加工するのだ


 日頃の仕事より気を使う、これは大変な仕事だ、何とか木材を切り落とし組み立ての作業に入る


 俺が杭を打っていると、隣で少女が真似をする、首を傾げながらトンカチを扱う動作を真似している


 このエアー大工さんをうまく使えないだろうか、俺はそんな事を思うようになっていた


「君もやってみたいのか?」


「がうー!」


 少女は笑顔で俺を見上げる、試しにトンカチを渡してみた


「大丈夫か?」


「うー!」


 少女はトンカチを目を輝かせながら360度見渡す、不安な為余った木材を渡してみた、勿論釘は渡さない


「これを、こう、これを、こうだ」


「がーーう!!」


 俺がジェスチャーで教えると、少女が振り下ろしたトンカチは木材を大破してしまった、余った木材で良かった、本当に良かった


「よし何処かで遊んでなさい」


「うー?」


 少女が尻尾を揺らしながら俺を見上げてくる


「なんだよ」


「うー?」


 何となく少女が求めている事が解った、溜息をついて頭を撫でると満面の笑みを浮かべた


「ありがとうな、もういいから」


「がー」


 暫く一人で作業を続けると少女は飽きもしないでずっと俺の事を見つめてきた


 やりづらい、視線を感じるのがここまで気が散ると思わなかった


「せめて話ができればな」


 思わずぼやくが、少女は理解していない


 暫く作業を続け、やっと本棚らしい形になってきたが時間も進みもう夕方だ


 一面紅い夕焼けに包まれる、街では男達が仕事を終えて帰る前に飲み始める時間だ

 一方俺は森近くでなぜか本棚を製作している、暗くなると森から魔物が出てきそうで怖かった、これは作業を急がなければ


「おお、さすがは旅大工ですのぉ」


 家から爺様が様子を見に来た、どうやら形になってきた本棚に喜んでいるようだ、俺は汗を拭い爺様に片手を上げて声を掛ける


「もう少しでできますから、待っていてください」


「がーうー!」


 少女も爺様に手を振っているように見える


「では夕餉の支度をしてきますかの、本棚のお礼じゃ」


「そんな……いいですよ」

(これはついてる、報酬に加え夕餉までいただけるとはな)


「気にするでないぞ、久々の客人じゃ、もう少し話に付き合ってもらいたいですしの」


「そういう事でしたら、遠慮なく」


「本棚は完成したら裏口から入れてほしいですの、そっちの方が入口が大きくての」


「かしこまりました」


 俺が頭を下げると爺様は家に戻っていった


「がーうー?」


「やったな! やっと人間らしい食事にありつけるぞ!」


「うー!」


 俺は飯の嬉しさに舞い上がり少女の両脇に手を入れ担ぎ上げ笑ったが、すぐに冷静になってしまった

 魔物とこんな事をして何をやっているのだろうか、少女をおろし作業を再開して本棚を仕上げる


「こんなもんかなっと、裏口だったな」


 派手な装飾は無いが安定性重視ってことでいいだろう、さっそく裏口へ本棚を運ぶと少女も後ろをついてきた


 改めて見るとこの家の作りはおかしい、異様に裏口が馬鹿でかいのだ、高さは2メートルはあるであろう扉が重々しく構えている


 さらに本棚を担ぎ一周して気づいた、けして狭くなんてないと、先程俺達が案内された居住区だけが狭かったのだと思われる


 不可思議な点はまだある、裏口に近づくにつれ家が傷んでいるのだ


(森が近いからか?)


 そんなこと考察しながらも本棚を一度置き裏口を開ける、どうやら鍵はかかっていないが扉が重い

 何とか開くと中は明るかったが爺様の姿がなく、見たこともない装置が並んでいる、何かの研究部屋の様だ


「本棚できましたよー!」


 奥から爺様の声が返ってきた


「すまんのお、そこの奥が書斎ですの」


「へいへい、運べってことか」


「がー?」


「引っ越ししてるみたいだな」


 慎重に本棚を運ぶ、研究室を抜けると書斎になっていた書斎も中々の広さで所せましに本棚が敷き詰められている、整理できていない本が床に並べられている、そこに爺様がいた


「ご苦労ですの、ありがたやありがたや」


「ここでいいですか?」


「おぉそこじゃ、ありがとう」


「あれ……? すいません探してきます!」


 本棚を置いて気づくと少女がいない、俺は慌てて研究室に戻った


「さすがは獣人、嗅ぎつけましたかの」


 俺が書斎を出る際爺様が小さく呟いた


 少女はすぐに見つかったが様子が変だ、壁に立てかけられた鉄棒に威嚇している、四足で尻尾を逆立て唸っているのだ


「うるるるるるる!」


「これがどうかしたのか?」


 鉄棒は用途が不明だが、全体が錆びている事から、かなり古くに使われた物だと解る


「うぐぁぁ!」


 驚いた、この少女がこんな顔をするなんて、敵意はこの鉄棒のようだが


「とりあえずここを出よう」


 少女を後ろから抱き上げ書斎に戻ると爺様が早速本の整理を行っていた


「戻られましたかの」


「すいません」


「では部屋に戻りますかの」

 

 爺様は数冊本を抱えて歩き出した、俺は少女を抱き上げながらついていく、扉を一枚開くと最初に通された部屋に繋がっていた


来た時のように少女を隣の席に座らせるが、そわそわと落ち着かない、そして俺の服の袖をしっかり握って離さない、先程の鉄棒の影響だろうか


「うーるー」


「どうしたんだよ君は」


「さて、若いの本棚感謝しますの」


「いえ、それより」


「まずはこれじゃな」


 俺の言葉を遮り爺様は一冊本を開く


「これは......古い絵ですか?」


「そうじゃな、この絵を見て気づくじゃろう」


 本に書かれた絵は、異様な光景が描かれていた、人と人ではない生き物が共に描かれているが争っている絵ではなかった


「人と魔物ですか?」


「その通り、これは実際にあった遺跡の壁画らしいのじゃが」


「ですがおかしいですよ、明らかに共存しています、だれかの夢物語なのでは?」


 そう、この絵は人と魔物が共に生活している姿を描いている


「確かに、これが本来の姿とは限らないですのぉ、しかし夢があるではないか、それにその子を見ていると本当にこのような過去があっても不思議ではないと思えませんかの?」


「ですが」


「お主らならできる、この世界を元に戻すことができる、間違った常識を覆して欲しいのじゃ、その子と」


「......」


 俺は言葉が出なかった、爺様の言葉もそうだが、この子を見ていると確かに否定ができない


「若いのは次にどこへ向かう予定ですかの」


「は?」


「行き先じゃ、旅を続けるのじゃろう?」


「ですが、この子は」


「うー」


 少女は袖を離そうとしない、森に置いていこうとしてもついてくるのが目に見えている、俺は止むを得ずこの子を旅に同行させる事を余儀なくされているのだ


「目的地は無いですけど、暫くはこの辺りを拠点ししようかと」


「その子を連れて街に入ると?」


「それは......」


「若いの、お主はリアンを目指しなさい」


「リアンだって?」


 リアンとは治安がよく、多くの人間が住んでいる大国家だ、しかしここからはかなり離れている、荷馬車を走らせてもいつ着くか解らない


「リアンにある、サンパティー教会に行けば何か役に立つはずじゃ、あそこのシスターは物分かりがいいですの」


「待ってくださいよ、いきなりリアンと言われても遠すぎますよ」


「目的もないじゃろうし、それに旅仲間もいる、これをジジの助言として受け取って欲しい」


「うぅ......」

(リアンか、確かに行ったことのないけど今は馬車すらないんだぞ?)


「ここからリアンまでは鉄道がありますの」


 鉄道は近年開発された高速移動手段だが、あまりにも高価で利用者が少なく、殆どが上流階層の貴族しか使わない、とてもじゃないが俺のような一般人が乗れた物ではない


「鉄道? そんな高価な物乗れませんよ」


「本棚の報酬じゃ」


 そう言うと爺様はテーブルの上に大量の金貨を広げた、目が眩む、こんな大金を本棚1つで払われても疑いを生むだけだ


「こんな大金受け取れませんよ」


「そうかの? これは本棚代とお主への投資じゃよ」


「投資ですか?」

(罠だろうか、これが原因で多額の借金を負うとかないだろうな)


「そうじゃ、どうかこの世界の未来を正してくだされ、それにこのジジはこんな大金を持っていても持て余すだけじゃ、だから若いのに託しますの」


 爺様の顔は真剣だ、どうやら本気で言っているらしい


「リアンか......」


「行く気になってくれましたかの、さて少し早いが夕餉にしますかの」


 爺様は奥の方に消えていった、残された俺は無言で金貨を見つめるしかできなかった、まだ爺様がここまでする理由が解らない


 こうして俺と少女の目的地が決まり旅が始まった、俺とアイリスの長い旅路


 アイリスはまだ眠ったままだ、静かに寝息を立てている彼女の耳を手で押さえる、顔だけ見れば普通の人間の女性だが、立派な尻尾が生えている


「随分と大きく成長したな」


 俺は手を離し寝るためにソファに横になる、今も昔も変わらない、アイリスと同じ部屋で眠るのが普通になっていた

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