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君と出会った日

 宿の一室で暗闇の中、テーブルの上でか細い蝋燭がぼんやりと室内を照らす、その光を挟む様に二人の男女が向かい会って座っている


 男は見るからに幸の薄そうで、細身の体で特徴と言えば、髪が水色で顔は見るからにお人好し、歳は30手前と言ったところか


 向かい合う女は対照的に若い、長い黒髪と整った顔立ち、健康的に焼けた肌、見るからにかわいらしい、年は20歳にも満たないようだ、だが人ではない事も解る、まず耳が猫の様にピンと生えており、人より長い牙を2本持ち、狐の様な尻尾が生えており椅子からはみ出てゆっくり揺れている


 最初に話始めたのは男の方だ、木のコップに注がれていたビールを飲みながら話し始める


「こうしてみると、色々あったな」


 女もそれに答える


「お前にはアリガトウしているゾ、覚えているか? 私と出会った日を」


「勿論さ、君が居なかったら俺はもう死んでる、感謝は俺の方がしている」


「クシシ! あの時のお前の驚いた顔と言ったら! 今でも思い出して笑えてくるゾ!」


「あまりからかわ無いでくれ」


 二人は思い出話を始める、二人の出会った日の事を


 その日俺は真夜中の森で馬車を魔物に奪われさまよい歩いていた、どうしてこんな事になったのか、命からがら逃げ出して食料も尽きて空腹に耐えらず仰向けに倒れた、一面の星空で実に美しい、星とはすごい物だ、真夜中の森をこんなにも照らしてくれているのだから


「俺もこのまま魔物に食われてお星様の仲間入りかよ、くそったれ」


 俺の名はライラック、しがない旅大工だ、旅大工は旅をしながら木材加工をする仕事だ、そうは言っても今は鉄や鉱物が発達してしまい木材建築などあまり見ない為、家具や子供用のカラクリを作り路銀を稼いでいる


 店は持たず基本宿で寝泊まりして馬車移動の生活だがそれは言い訳で、まだ店を持てる実力が無かったから今は旅に出て様々な建造物や文化を見て旅をしている、今も旅の途中で初めて来た国で森に貴重な木材の情報を得た為、探しに来てこのザマだ、昼間に帰れば問題ないと思っていたのに森を抜け出せないで夜中になってしまった、護衛代をケチった罰が当たってしまったのだ


 満点の星空を呆然と眺めるしかできない、これからは魔物の時間だ、昼間より活動する魔物が増えてより活発になる、侵入者を容赦なく狩りに来るだろう


 星空の景色に急にひょっこり少女に覗きこまれた


「のばぁぁぁ!?」


 俺は驚き慌て後ずさりした、歳は10にも満たなそうな幼い少女だが、よく見ると少女は人では無かった、耳が獣でちらりと見える牙は人間の長さではない、おまけには狐のような大きな尻尾が生えている


 当たり前だこんな時間に森にいる少女なんている訳が無い、獣人という魔物の一種だ、かつて禁忌を犯した女性が獣型魔物と子を宿した兄妹が始めと言われる神話がある


 魔物の中でも知性が高く、性格も獰猛でかなりの危険種だ、他の特徴としては獣人は若い少年少女の見た目をしているのが一般的だ、一見普通の人間に見える少女はとても服とは言えないボロ切れを身にまとっている


「く、来るなぁ! ばば化け物ぉ!」


 俺は最後の力を振り絞り、懐からナイフを取り出し少女に向けたが、完全に腰が抜けてしまいその体制で震える事しかできなかった


 一方少女は首を傾げて俺の目を見つめてくる、獣人の事だ、どうやって俺を食うか考えているに決まっている、やはり人間とは諦めが悪い、頭の中は死にたくない、この言葉だけが感情を支配する


 少女は四足歩行で近づいてくる、迫る恐怖と死、俺はギュッと目を閉じ刃先を少女に向けていたが何も起きない、そっと目を開くと少女は目の前、鼻と鼻の先にいる、無言で俺の顔を見つめている、恐い、殺される


 その時俺の腹が大きな音を立て鳴った、空腹で歩き回ったのだ、そりゃ腹も鳴るさ


 その音を聞いた少女は急いでその場を去っていった、助かった....のか?


 深い溜息をついて空を眺めると変わらず星は輝いている、朝になれば近くを人が通るかもしれない、それまで生き延びればいい、ナイフを地面に置くと緊張から解き放たれて急に眠くなってきた、少しだけ眠ろう、もう限界だ


 あれからどれくらい経ったのだろう、森は魔物の声すら聞こえず静かで俺は眠りに落ちそうになった、その時茂みから何かが近づく音が聞こえる、一瞬で目が覚めた


「な、今度は何だよ!」


 俺は声を荒げナイフをまた握る、すると茂みからあの少女が姿を現した


「くっ! どこかに行ったんじゃ無かったのか!」


 少女は両腕で持てるだけ果物を持っていた、まさか


 そのまさかだった、少女は俺のところまで慣れないのか、二足歩行でよたよたと歩いてきて果物を置いた


「うが!」


 少女は笑顔でその果物を一つ拾い上げ俺に手渡してきた


「ぅえ? 助けて....くれるのか?」


「がー」


 俺は果物を受け取った、すると満足そうに俺の隣に腰掛け果物を食べ始めた、これが俺たちの出会いでだった、俺はこの日の事を一生忘れないだろう、この子は命の恩人だ


 朝起きると少女は俺の膝の上で眠っていた、俺も警戒心が無さすぎた、今思えばこの子は危険な獣人種、俺が寝ているうちに食われていたかもしれない


 しかし、少女の顔を見ると恐怖の感情は薄れていく、こんな呑気な顔で夢を見ているのだから、それでも不思議だ、この森は魔物が多いと注意されて来たのに姿を見ることも無く朝を迎えられている


「お前のおかげなのか?」


 少女は寝息をたてて起きない、今俺が動くと起こしてしまうだろう、溜息をついてその場を動かない事にした、爽やかな朝だ、魔物の時間が終わり動物達の時間が始まる、鳥が鳴きリスが目の前をちょこちょこ走る、場所が場所じゃなければ気分が良かったろう、今いるのは人気の無い森の中、こっそり地図を取り出し見てみるが現在地がどこかわからない以上地図などただの紙切れだ、解るのはこの森がやたら広いという事だけ


「がー」


 地図から目を離すと少女がこちらを見上げている


「起きたのか、ありがとうな」


「うー?」


「えっと....名前は?」


「がーう?」


 ダメだ会話ができない、それもそうだ人語を話す魔物なんている筈がない、俺は早々に会話を諦め立ち上がりその場を去った、早くこの森を抜けたい、一つの方向に歩いていればいずれ森は抜けられる


 暫く歩き、振り向くと少女が四足歩行付いてきていた、驚いたが無視して歩く


 少女はひたすら付いてくる、どうやら懐かれてしまったらしい


「がー」


「ついてくるなよ、感謝はしてるけどさ」


 走って逃げても獣人に素早さと体力で勝てるはずがない


「がるー? に、にー、にんー」


 少女が何かを話そうとしている、俺は思わず少女に近づいてしまった、何かを伝えようとしてるのは間違いない


「にん?」


「にん....がー?」


 少女は首を傾げて悩みこんでしまった


「おいおい、がーとかうーとか以外も話せるのか?」


「にん、がーう、にんげ....? にんげ! にんげ!」


 少女は俺を指差し『にんげ』と言った、訳が解らない


「にんげ!!」


 少女は急に四足で走り、俺の背面に回った、やられた、少女はタイミングを探っていたのだ、絶好の俺を狩るタイミングを


 意表を突かれたが俺は振り向きナイフを向ける、恥ずかしかった、この子を疑ってしまった事を、少女は俺を守ってくれたのだ


 目の前には巨大な蜥蜴トカゲが倒れていた、これも魔物である、亡骸を見るだけでゾッとする、その長い牙で多くの人肉を貪ったのだろう、そして恐ろしいのは少女だ、一瞬でこの魔物を倒してしまったのだから、裏を返せば俺のような貧弱な人間など何時でも捕食できたのだ、少なくともこの子は俺を襲う気が無いらしい、恐らくだがこの少女は蜥蜴の存在に気づいていた「にんげ」とは、逃げろと言う意味だったのだろうか


 この時俺は閃いた、生き延びる方法が目の前にあるではないか、この少女を連れて歩けば安全だと、頑張れば意思疎通ができるようになるかもしれない


「がー!」


「しまっ!?」


 少女が走り去ってしまった、俺はとにかく少女を追った、流石は獣人、体力と機動力が並外れている


 木々をかき分け暫く走ると少女の姿は消えていた、思わず拳を隣の大木に叩きつける


「くそったれ....!」


「ががー!」


 少女の声が奥の茂みで聞こえた、俺は急いで声の元に向かう、草を掻き分けると少女が俺を待っていた


「がうーが!」


 少女は俺の事を確認するとまた走り去ってしまった


「案内してくれているのか?」


 どちらにせよ森を抜け出す術が無い、俺は少女に賭ける事にした


「やった!」


 俺は心の底から喜んだ、森から抜け出したのだ、少女が森から抜けた場所で少女が待ってくれていた、目を凝らせば遠方に街のような物が見える


「がー!」


「ありがとう、本当にありがとうな!」


 俺は礼を言い、何度も少女の頭を撫でた、何度も何度も撫でた、生き延びた事にここまで喜びを感じたのはこれが初めてだった、しかし大変なのはむしろこの後だった


「........」


 振り返ると少女が付いてきている、まさか森の外でも付いてくるとは思わなかった、獣人を連れて街など入れた物じゃないこの子は命の恩人であり魔物なのだから


「がーう! あー!」


 俺と目が合うと笑顔を見せてくる、違う、違うんだよ、これ以上は付いてこないで欲しい、また姿勢を低めて少女と向き合う


「あぁ、ごめんな? これ以上は無理なんだ」


「ぐー?」


 やめろ、そんな目で見るな、そんな真っ直ぐな瞳で俺を見ないでくれ、確かに君は俺を救ってくれたがこれから先は話が別なのだから


「おや? 旅の方ですかな?」


 不意に背後から声をかけられた、振り向くとローブ姿の爺様がいた、長く伸びた白髭が特徴的だった


(まずい!?)


 俺は咄嗟に少女を抱きしめ隠す、これでこの老人には俺しか見えない、顔だけで爺様の方を見て返事する


「えぇ! そ、そんなところですよ」


「具合でも悪いですかの?」


「い、いえ、荷物の確認をしていただけですよ」

(早く何処かに行ってくれよ)


「がー! にんげ! にんげ!」


「おい馬鹿!!」

(君のせいで逃げらなかったんだろ!)


 少女が俺の腕から抜け出し顔を出して爺様を指差す


「おや、獣人ですかの、ここまで人寄りは珍しいですの」


 俺は唖然とした、この爺様は何を言っているのだ? この子は獣人だぞ? 危険な種族の魔物なのに


「気味悪く無いのですか? この子は獣人ですよ? 魔物なのに」


「ふぉっふぉっふぉっ、若いのこの子はそれ程恐ろしく無いですぞ? それにお主をえらく気に入っておるようじゃな」


 少女に目を落とすと俺の体に擦り寄っている


「頼むから噛ま無いでくれよ」


「にんげ!」


 少女は俺から離れるとよたよたと二足歩行をして爺様を見上げるとまた「にんげ」と言った、爺様は優しい表情を見せてそっと少女の頭を撫でる


「その通り人間じゃよ、ふぉっふぉっ! 随分と人慣れしておりますのぉ、若いのの力ですかの?」


「え、いや俺は何も」


 驚いた、「にんげ」とは人間の事だったのだ、これも年の功という物か


「若いの、一回私の家に来るかの、ここは巡回兵が通る、この子が危ない」


「がー!」


 少女は俺の元によたよたしながら帰ってきた、俺に飛び込むように倒れた、俺はそっと抱き寄せるとまた擦り寄ってくる、確かに放っては置けない、魔物でも俺を助けたのはこの少女だ、見捨てるのは後味が悪すぎる


「よろしいのですか?」


「構わないぞい、この森の近くじゃよ、その子にはこのローブを使うといい」


 そう言うと爺様はローブを脱ぎ少女に被せる


「うー?」


 少女は不思議そうにローブの裾を持ち上げ首を傾げている、こうしてみると人間と相違ない、ただ尻尾のせいで尻が膨らみ不恰好だがなんとかなるだろう、俺は少女の手を引き歩こうとしたが、俊敏な獣人といえ立って歩くのには慣れていないようでふらふらと歩く、正直遅い、爺様も少し心配気な表情を浮かべる


「仕方ないな」


「がー」


 何をやっているのだろう俺は、そう思いながらも少女を抱き上げ爺様について行った、せっかく近づいていた街から歩く度離れていく


「おい! 貴様ら!」


 背後から馬の走る音と男の声が聞こえた


「やれやれ、面倒な相手に見つかりましたのぉ」


 爺様は髭をさすりながら小さくぼやいた


「こんな所で何をしている! この森は危険だぞ! すぐに街に戻れ!」


「あ、えーと」


 俺は何も言えなかった、森で迷い獣人に懐かれ今から見ず知らずの爺様の家に行くなど、口が裂けても言えない、それを見て爺様がフォローしてくれた


「この者はこの老いぼれの友人じゃよ、最近娘が生まれたと聞いての、一目見たくて呼び寄せたのじゃよ」


「貴様は......ふんっ」


 爺様を見た男は馬を走らせ去っていった、この爺様は何者だ?


「やれやれ、肝が冷えましたの」


「今のは?」


「巡回兵じゃ、魔物を駆除する部隊の言わば偵察係じゃよ」


「魔物を駆除......」


「うー?」


 暫く爺様についていくと木造の家が見えてきた、こういった一軒家を早く俺も建てられるようになりたい物だ、そうすれば店だって持てるのに、俺は家をずっと眺めていると爺様が声をかけられた


「どうしたですかの?」


「あ、いえ何でもないです」


「ささ、中に入りなさい」


「お邪魔します」


「がーう!」


 俺と少女の旅はここから始まったのだ、宿屋で始まった思い出話、この時はこの子がこれ程大きく成長するまで一緒にいるとは思っていなかった


 目の前で座っている女性があの時の少女だと思うと不思議だが面影はしっかりと残っている


「そうだったなー、あの時のじーさんはいい人だったゾ!」


「そうだな、あの時の君は喋れない歩けない、何考えてるか解らないの三拍子だったからな」


「むー、私はなー、獣人の中でも頭が良かったのだゾ?」


「そうかもしれないな」


「なぁ、こう言うのはなんて言うのだ? えー? 昔話か?」


「思い出話、かな」


「思い出話か! またやろうな! 思い出話!」


 女はニカッと笑う、体は成長しても心は無垢な少女なのだと実感する


「そうだな、だけど今日はもう寝なさい」


「くぁ〜、それもそうだナ」


 大きなあくびをして女はベットに倒れこむ、魔物の癖に夜になると眠くなる、人間と変わらないのだ


「おやすみ、アイリス」


「んがー」


 アイリスとは彼女の事だ、アイリスはそう返事をするとベット上で丸くなり寝息を立て始めた、俺はそっと席を立ち上がり緩くなったビールを飲みながら窓枠から外を眺める、空は綺麗な星空だった、あの時のように

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