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昼間の禅問答を聞かせてやると開口一番に夜鷹は爆笑する。
そんなにおかしな話だろうか。おかしな話だった。
「いやいや、いくら僕でもそこまで残酷なこと言いませんよ」
嬉しそうにビールを飲む姿ではまるで説得力がない。
「やっぱ大人を舐めてるガキには制裁が必要だな」
そう、子どもだからと言って俺は容赦しない。獅子は全力で狩りをするのだ。
「子どもは素直ですからねー、自分と同レベルだと分かればそら生意気になりますよ」
「おう、自然に俺のこと貶すのはやめろ」
「それだけ好かれてるってことじゃないですかー」
あれは好かれてるというより、ダメ男に尽くすタイプの典型的な馬鹿女パターンだろう。
私がいないとこの人ダメになっちゃうってやつ。もうとっくにダメになってるのに甲斐甲斐しくて笑いが出る。自分の尻もまともに拭けないガキのくせに。
「で、加賀美さんはどんな鬼畜な所業を花の女子高生に食らわせるんですか?僕、気になって仕方ないですよ」
「そうだな……とりあえずあの生意気な顔面が腫れ上がるまでぶん殴って、泣きわめく度に、一本一本歯を抜いて、オナホールよろしくって具合にイチモツしゃぶらせてやるかな」
「うわー気持ち悪っ……」
笑みを崩しはしないものの明らかにドン引きする夜鷹。
冗談を真に受けるのは良くない。実に良くない。本気で侮蔑の眼差しを向けられると俺も厳しい。
ビールは相変わらず不味い。
「にしても何で生きてんの、ですか……ほんと何で生きてるんですか加賀美さん?」
「え、そこ掘り下げんの?お前さっき残酷って言ったばっかじゃん」
「冗談ですよ冗談。僕だってそんな鬼じゃないですからー。加賀美さんがほんと何の生産性もなく生き恥を晒してるなんて思ってもないですし」
「俺、嘘つきは嫌いなんだよ」
「奇遇ですね、僕もです」
笑いが出る。滑稽すぎて。身体中で踊るアルコールも世界一ファンキーなバンドになりつつあった。
今、ちょっとだけグルービーな気がする。
どうせなら真っ白のライトで照らしあげてファンファーレの合唱で頭の中をぶっ壊して欲しい。
「だいたい生きる目的なんかあったら、こんなしみったれた場所にいるわけねえだろ」
「それは違うんじゃないですかね。大方の人間にそんな大層なもんないですよ」
笑みを崩さないが少し声のトーンが低い。
「目的なんかなくたって人はどこでだって生きていきますよ。やるかやらないか、それだけの話です」
「そういうもんかね」
「そういうもんですよー」
また一気にビールを飲み干す。
実際、そうなのだろう。やるかやらないか。それの決定権は常に自分の中にある。
外にあるあらゆるしがらみも結局はその自由を縛ることは出来ない。
本質的に自由とはそういうものなのだ。
だから俺はこうしてる。こう生きてる。
「ま、つまるとこ加賀美さんは、いい歳こいていつまでも甘ったれたクソ野郎ってことですよ」
「結局、俺を貶す結論に至るんだな」
「でも、僕はそんなダメダメな加賀美さんが好きですよ」
「女に言われたら今すぐ泣いてるセリフだけど、お前が言うと気色悪いから今すぐその笑顔を引っ込めてくれ」
飾り気もない本心の言葉は果たして夜鷹に届いているのか。
結局、笑みは崩れない。
「笑顔って大事ですよー、女の子誑かすのには必須ですし。あ、加賀美さんには縁のない話でしたね」
「あー、もうやだお前」
ほんと嫌いだ。
それでも俺はこうしている。
仕方ない。だって俺はこの世で一番優しくて博愛主義者なのだから。
空になった缶を放り投げる。「お前って実は結構ロックだよな」
ロックがもう奴の代名詞になりつつ有るのが、ほんと嫌いだ。
今すぐ家から飛び出して六甲おろし歌いながらドブ川に沈みたい。別に阪神好きじゃないけど。
それでも俺はこうしている。
仕方ない。だって俺はこの世で一番優しくてグルービーでクールな最高にいかした平和主義者なのだから。
空になった缶を放り投げる。
ほんの少し残った黄金色が飛び散って、キラキラ輝く。
今の俺は最高にかっこ悪い気がする。クールじゃない。
夜鷹は笑っていた。笑われているような気がしてムカつく。
でも俺はコイツがいる事をしぶしぶ受け入れた。
俺は優しいから。