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拝啓、こんな暑苦しい日々にスーツで戦う皆々様。
ざまあみろ。せいぜい苦しめ。俺だって苦痛だ。何がってやることがないからに決まってる。
そんな恨み節もほどほどに、窓から射し込む暴力的な陽射しを全身に浴びながら欠伸をする。
ベッドから動かず、このまま光合成でも出来れば何も文句はない。だが、いかんせん人間の身体はそこまで都合良くもできてなく空腹はごまかせない。
ああ、何て可哀そうに。ラブリーでハッピーな日は程遠い。
クーラーもなければ金もない。スリルもなければ甘く素敵な快感もないわけで、時間だけが無為に消費されていく。それでも続いていくのが人生なのだから救いようがない。
「爆発しよう」
脳がそう囁いた。ああ、そう爆発だ。ダイナマイトだ。核爆弾だ。地球まるごとふっ飛ばして、このしみったれた最高に素敵な一日を終わらせてやろう。
俺もハッピー。みんなハッピー。ラブリーデイズでラブラブハッピーエンドだ。
俺はハッピーエンド至上主義者だ。みんなまとめて幸せにしてやる。
だから俺も幸せにしてくれと切に願う。
いや、幸せにしてくれなくていいからお金をください。
「……腹減った」
ようやくでた一言にセミが大合唱。俺を包むハーモニー。歓喜にあふれて泣きたくなる。
「もしもーし、ニート生きてるー?」
コンコンとドアをピチカートする。おかげで涙が引っ込む。
「生きてませーん。死んでまーす」
外から聞こえる声に答える。実際、死んでるのと大差ないので嘘ではない。俺は嘘が嫌いだ。
「じゃあ、死人の晃にはスイカは必要ないかな?」
「死人にお供え物やっとかないと化けて出るぞ」
「その死んだ魚の眼で枕元立たれたら恐怖しかないね」
ニコニコと機嫌良さそうに渚は部屋に入り込む。両手にはお盆とカットされたスイカ。
実に優秀。普段もこのくらい気を利かせてくれたら少しは文句も減るというものだ。
「ニートだからって昼過ぎまで寝てるとボケるよ」テーブルの上にお盆を置きながら呆れ口調で吐き捨ててくる。
「ほら、元気だった老人が寝たきりになった瞬間、ボケるみたいな。気をつけなきゃ晃もそうなっちゃうよー」
「そこまで歳食った覚えはねえよ」
「介護するのも大変なんだから、ボケそうになったら裏の小宮さん家の軒下に行ってね」
「安心しろ、俺がボケても居座り続けて、腐乱死体になってこの部屋いわくつきにして迷惑かけまくってやるから。あとどうでも良いけど小宮さんどんだけ嫌いなんだよ」
「私、小宮さん好きだよー」
「分かった。この話はこれ終わろう」
何言ってんだこいつと言わんばかりにきょとんとした表情で返されると俺も返答に困る。
首藤渚はこういう娘だ。時々、会話が噛み合わない。きっと脳みそやってしまってる。
「それはそうと晃はいったい何で生きてるの?」
「そらまた唐突に残酷なこと聞くんだな」
スイカを齧りながら唐突に始まる禅問答。きっとコイツは相当に頭を病んでしまっているのだろう。
「働かない穀潰しのニートで金もないから家賃払わないしー今日も真っ昼間まで寝てて女子高生にスイカを恵んでもらってるかわいそうな人だなーって。おまけに目つき悪いし」
切りそろえられた前髪から覗く眼光は何とも言えない色をしていた。何だか値踏みでもされてる養豚所の豚の気分だ。
「目つき悪いについては言及しないとして、残りの二つに関しては俺にも言いたいことが有る。まず一に俺は働いてる。それも日夜ひいひい言いながら身を粉にしてキチガイ原理主義者共に囲まれながらもへこへこしながら世界平和のためにロックンロールしてるわけだ」
「ごめん、ちょっと意味がわからない」
「それはお前が子どもだからだ」
俺も何を言ってるのかわからない。
でも、それでいい。世の中、理屈では語れないものの方が遥かに多いのだから。
世の中理不尽なものだ。
「じゃあ、私が生きてる意味って何のかな?」
「そら、俺に美味いもの運んでくることだろ」
何を当たり前のことを尋ねてるのだと説教してやりたい。
渚は一瞬だけきょとんとしたと思ったら、また小憎らしい顔になる。
「もー晃は素直じゃないんだからー」
何を言ってるのかわからない。馬鹿は無視して、スイカを頬張る。
みずみずしくて甘ったるい。甘ったるくて反吐が出る。
全然、クールじゃない。全然、グルービーじゃない。
大音量でバラード聞かされてる気分だ。
「あんま美味くねえなこれ」
「ほんと、晃は素直じゃないんだからー」
ほんと甘ったるくて嫌になる。
陽射しは今日も俺に優しくない。