8.ストーカースキルの健全な活用法
いつかこうなると思っていたが、まさかこの時期とは思っていなかった。体育大会に向けてクラスの団結力が高まるこの時だからこそ赤川には学校に来てほしいのに。
赤川の家は中学の帰り道でたまたま彼女を見かけたときに知っている。都営の団地に住んでいたが、根気と気合いで部屋番号も特定した。
俺は「学校からの配布物を赤川に届ける」という健全な名目で彼女の家に向かった。
赤川の住む団地は、俺の住む洲崎町と隣町である浜園町にかかる橋のたもとにあり、それなりに大きい所である。そして俺の記憶違いでなければ6号棟の621号室に住んでいる。たぶん。
事前に担任から貰ったプリント類を手に、チャイムを押す。ドアの向こうでピンポン、という音が聞こえ、しばらく経ってから鍵を開ける気配がした。
かちゃり、と小気味良い音とともにドアが開き、赤川が顔を出した。
「あれっ、辻村くん?」
赤川は少し驚いたように俺の顔をまじまじと見た。
「プリント、先生に言われて届けに来た。」
先生に言われた訳ではないが、正直に話したらそりゃ引かれるだろう。
「ありがとう!わざわざごめんね!」
「具合、悪いの?」
俺は一番聞きたい事を遠回しかつオブラートに包んで聞いた。
「うーん、なんか学校行くのだるくなっちゃってさー」
「そうなのか、俺で良ければ話聞くよ?」
「辻村くんは優しいね、でも大丈夫、自分でなんとかするから」
赤川は人の愚痴は聞いても、自分の愚痴は言わない。だからストレスを溜め込みやすいのを今までのストーカー生活で学んでいる。ましてや友達のいないこの状況、これ以上赤川にストレスがかかると、どうなってしまうかなんて考えるのは容易だ。
赤川はヘラヘラ笑っているが、本当はとても傷つきやすく、人知れず泣いている。
中二の頃こっそり帰り道をついて行ったら、公園のベンチで泣く赤川を見てしまった事もある。
だからこそ、だ。
「無理すんなよ。友達だろ?」
俺の言葉にハッと赤川が顔を上げた。
そして少し神妙な顔をしながら、口を開いた。
「え、いつから私達友達になったの?」
辛辣な一言―――!