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水の啼く星  作者: 葉琉
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前編

 中途半端に肌を焼く太陽のひとつが、空高く輝いていた。

 それをうんざりした気持ちで眺めながら、俺はビーチに造られたバーで、酒を飲んでいる。

 もうひとつの太陽が昇る頃―――午後から雨が降るという予報が出たせいか、俺がいるバーのカウンターにも、周りに並べられた椅子にも、人はほとんどいない。

 そもそも、今の時期、観光客は少ない。

 天候は変わりやすく、雨の量も半端ないからだ。

 おまけに、このリゾート地の目玉でもある海も荒れやすく、時には強い風に外を歩けない日もある。

 一年で、一番すごしにくい季節だ。

 好きでやってくるのは、今の時期の安い値段につられる奴か、人が大勢いるのが嫌いな俺のような変わり者くらいだ。

 ああ、お忍びでやってくる有名人っていうのも、いるらしい。俺は見かけたことはないが。

 そもそもここでは、それなりの収入はあるが、セレブと言われる人達が集まるリゾート地に行くには金が足りないという人間が多い。

 もちろん、そうは言っても、貧乏人には手が出せない金額が滞在するにはかかる。

 だからこそ、贅沢な気分を形だけでも味わえるというのがここの売り文句で、観光シーズンには、羽目を外したいお嬢さんたちや、短い休暇でちょっと刺激的な出会いを楽しみたい中流階級と上流階級の中間ぐらいに位置する奥様達が、大勢訪れる。

 そこには、そういう連中とよろしくやりたいという下心ありの人間も混じっているわけだ。

 もちろん俺にも下心はあるが、本来ここへは仕事でやってきた。

 その仕事を予定より早く終え、しかも今の俺には金がある。せっかく普段こないリゾート地なのだからと、滞在期間を延ばしてみたが、人の少ないここでは、思うように遊ぶこともできない。

「なんか、おもしろいこと、ねえかな」

 特にすることもない俺は、ため息とともに言葉を吐き出した。

 こんな場所で、酒ばかり飲んでいるのは面白くない。

 カジノに入り浸るというのも今の気分じゃないし、かといって健全に屋外で楽しむスポーツをするのも面倒だ。

 そんなふうに思った俺の視界に、太陽の光を受けて輝く銀色の髪の女が目に入った。

 リゾート地に相応しい、派手な花模様のワンピースを来た若い女だ。

 白すぎる肌を見る限り、この星の人間ではなく、旅行者なのだろう。大きめのサングラスと鍔の広い帽子のせいで表情はわからないが、少し肉厚の唇が目を惹く。

 悪くないな。

 そんなことを考えたのは、ワンピースから覗く、白く長い足が俺好みだったせいだ。

 ほどよく筋肉がついた足は、モデルだと言われても納得しただろう。

 女は、まっすぐにこちらへやってくる。

 目当ては、ここのバーだろうか。

 それとも、誰かと待ち合わせでもしているのか。

 歩いてくる女を眺めながら、俺は、一人きりなら女に声をかけようか、などと呑気に考えていた。

 そのいささかぶしつけな視線に、女の方も、俺が見ていることに気が付いただろうに、平然としている。

 そして、あろうことか、女は迷うことなく俺の前にやってきた、立ち止まった。

「こんにちは」

 まるで、古くからの知り合いでもあるかのように親しげに話し掛けてきたことに、俺の方が戸惑っていると、女は帽子とサングラスを外した。

 近くで見ると、まだどこかあどけなさが残る顔立ちをしている。

 肌同様、瞳の色も薄い。

 どう返事をするべきか悩んでいる俺に、女は薄く微笑みかけた。

「退屈しているの?」

 女は、そう問いかけ、躊躇うこともなく俺の隣に座った。

「私もね、退屈なの。ここで落ち合うはずの友達に会えなくて」

「約束をすっぽかされたのか?」

「そうみたいね」

 よくあることよ、と囁くと、女はバーテンに軽く合図をした。

 特に何かを頼んだわけではないが、ほどなくして、青い液体が満たされたグラスが女の前へと置かれる。

 常連客なのだろうか。

「綺麗な色よねえ。ここでしか飲めないのが、残念」

 女がグラスを揺らすと、氷が音を立てる。

 この酒は、この星でしか作られない特殊なものだ。アルコールの度数が強いが、ほんのりとした甘みと独特の香りに、好む者も多い。

「毎年、何もかも面倒になると、ここへ逃げてくるの」

 秘密を明かすように女は言う。

「私は、レン。あなたは?」

「イツキだ」

 もちろん、本名ではない。幾つかある偽名のひとつだ。女の方だって、そうだろう。

「そう。ここでは初めて見るわね。旅行?」

「まあ、仕事みたいな感じかな」

 それはもう終わっていたが、とりあえず、曖昧にそう答えておく。

 女がどういう類の人間かわからないが、こういう場所では気まぐれを起こしたお嬢さんたちが適当に男をひっかけて、というのはあることなのだ。

 俺は、改めて女を見る。

 身につけているものは、上等なものだ。

 俺でも知っているブランド名がついたバッグも、細い手首に巻きついた腕輪も、耳元で揺れるイヤリングも、随分と値が張りそうである。

 そういえば、と俺は同業者から聞いた話を思い出した。

 観光シーズンでなくとも、セレブが行くような高級リゾート地は、良くも悪くも目立つ。

 マスコミやパパラッチなどは、警備が厳しいとはいえ、いろんな手を使ってセレブたちを撮ろうとしているようだし、中には金をもらって映像を売る素人もいるのだ。

 そういうことを避けるために、この時期のこういうリゾート地には、有名人だけでなく、人目を忍んだ大富豪の令嬢も来るらしい。

 真偽の程はわからないが、彼女もその噂の類だろうか。

 それならば俺は気まぐれなお嬢様に『引っ掛けられた』ことになるのかもしれない。

 それはそれで面白いが、うっかりのってひどい目に合わないとも限らないから、俺は慎重になる。

 だいたい、俺の格好は、金のあるお坊ちゃんには見えないだろう。

 来ている服は量産店で売っている中でも、少しましな程度のものだし、身につけている時計も靴も、少々くたびれた年代だけは重ねた安物だ。

 下手に声をかけて、遊んだ後、難癖を付けもおかしくないような顔付きだと自分でも自覚しているし。

 見回してみれば、少ないとは言え、このビーチにもバーにも、若い男はいる。

 俺よりも声を掛けやすく、後腐れのなさそうな奴はいるはずだ。

 そう考えると、何故女は俺に声をかけたのか。大した理由はないのかもしれないが、何かが引っ掛かる。

「どうしたの?」

 レンは、少し首を傾げて不思議そうに俺の顔を覗き込んでいる。

 その瞳は少し不安そうで、不審なところは感じられない。

「………いや、俺みたいな怪しげな男に声を掛けてくるなんて、変わっているな、と」

 結局、俺は余計なことは言わずに、正直にも見える感想だけを口にした。

「退屈しているように見えたから。気まぐれみたいなもの?」

 答える彼女の返事は、暇をもてあましたどこかの金持ちを想像させる。

 だが、曖昧すぎて、実際のところ本当にそうなのか、それともそう装っているだけなのかわからない。

 もちろん、俺が退屈しているのは事実だ。

 女の誘いにのって、少々のやばいことになっても、なんとか乗り切る自信もあった。

「それなら、この後食事でもどう?」

 俺は、ほんの少しの好奇心に負けて、そう言った。

 女の口が上がり、喜んで、と言った時、その瞳が一瞬細められる。

 だからなのだろうか。

 俺は、この女の真意が知りたいと、馬鹿なことを思ってしまったのだ。



 それから、ここらではちょっとばかり有名なレストランで夕食を取った。

 合成肉ではないという触れ込みの肉は、確かにうまかった。レンも、満足そうにそれを口にしている。

 それから、別の場所に移動して、少しばかり酒を飲んで。

 気が付けば、彼女は俺の泊まっているホテルの部屋の中にいた。

 そして、ここが一番重要なことだが。

「………なんで、押し倒されているんだ」

 思わず呟いてしまった言葉に、すぐ目の前にあるレンが、嗤う。

 ベッドの上で、俺にのしかかるようにして見下ろすレンの目は、まるでガラス玉のようだった。

 感情など、まったく読みとれない。

 なにより、華奢な体から想像できないほどの強い力が、俺の両手を押さえ込んでいる。

 どう考えても、これから良い雰囲気になるという感じではない。

 いや、確かに酔ったようなぞぶりを見せたレンを、部屋に誘った。ついてくるかどうかは五分五分で―――でも、しなだれかかって潤んだ目を見せるレンに、いけるんじゃないかと期待したのも事実だ。

 だが、部屋に入り、もう一度乾杯して、それなりに盛り上がったムードのまま、ベッドへと移動したあと、事態は急変した。

 あれ、と思ったときには、こういう体勢になっていたわけだ。

 油断していたわけじゃない、はずなんだが。

「ねえ、教えて。あなたが情報を売った相手は誰?」

 甘く囁くような声が、混乱する俺に向かって投げかけられる。

「なんのことだ?」

「誰かに頼まれて、ある人物の行動を追っていたでしょう?」

 その人、お友達なの。

 レンの声は甘く、頭の芯が痺れるようだ。酔いの残る体にはとても心地よい。

 だからといって、正直に何もかも答えるはずもない。

「……知らないな」

 俺が否定すると、レンは薄く笑った。

「まあ、依頼されたお仕事のことを話さないっていうのは、当然よね。そうでなければ、信用を失ってしまうもの」

 レンの指先が俺の頬に触れた。

 ひやりと冷たく、まるで氷のようだ。

 彼女の手は、こんなに冷たかっただろうか?

「別に、話してもらえるとは思っていない」

「知らないものは、知らないとしか言いようがないだろう」

「それでいいのよ、私は待っているだけだもの」

 何を、と聞き返すと、レンは曖昧に笑う。

「それに、私、あなたのこと、気に入ったみたい」

 好みなのよ、と囁く声とともに、俺の唇はレンによってふさがれてしまった。



 何故だろう、水の匂いがする。

 懐かしく、もの悲しく、遠い昔を思い出させる匂い。

 俺が生まれた場所には水が溢れていて、それが当たり前だった。たくさんの川が流れ、少し奥地に入れば、澄んだ水を湛えた場所が多くある。

 地表の半分以上が海に覆われ、穏やかな気候のその星での生活は、刺激の少ない毎日だった。

 居住区に住む人々も、必要以上に争いを好まず、自然の恵みに感謝して過ごす。

 あの場所は好きだった。濃い緑の木々も、水の匂いも、誰かが地球と成分が似ていると言った海の香りも。

 でも、自分は確かに異質で、そういう穏やかな生活を送ることが良いとは思えなかった。

 もっと違うものを見てみたい、外の世界で、今以上の生活をしてみたい。土にまみれて生活するのではなく、派手な生活もしてみたい。

 馬鹿な若者が考えること―――だが、その星では誰も考えないようなことを俺は夢見る。

 誰もが俺を諭し、思いとどまらせようとしたが、俺はそれを聞くことはなかった。

 わずかな金だけを手にし、外の世界に飛び出し、現実を知り、挫折どころか命の危機まで味わって、結局俺がやっているのは、人から見ればろくでもない仕事だ。

 そうやってその星を出て、もう何年経つのか。

 懐かしいと思いつつも、あれから一度も故郷へは帰っていない。

 今の姿を見せられないという理由だけではなく、もうあの世界に戻るには、俺は歪みきってしまっている。戻っても秩序を乱すだけの存在だ。

 それを後悔しているわけではないが、でも―――。

 ああ、また水の匂いだ。

 どうして、そんな匂いがするのか。

 そもそも、水の匂いなんて、どんなものだったかさえも、曖昧なのに。

『イツキ』

 誰かが俺を呼んでいる。

 水の匂いが濃くなる。

『イツキ、そろそろ起きて』

 ひやりと冷たい何かが、唇に触れた。

「目が、覚めた?」

 目を開くと、そこに薄く青い色をした瞳があった。

「………レン」

 夜あったことが全て嘘であったかのように、優しく微笑むレンがいる。

「お寝坊さんよ、もうすぐお昼になる」

「いや、それ、俺のせいじゃないし」

 あの後、俺はまさにレンに貪り食われた。立場が逆じゃないかと何度口にしたことか。

 ………いい、俺のプライドにかけて、なかったことにしてやる。

 そんな決意を胸に、俺は気になっていたことを口にした。

「シャワーでも浴びていた?」

「ええ。でももう、何時間も前のことよ。どうしてそんなことを聞くの?」

「水の匂いがしたからな」

「あら」

 レンが面白そうに笑う。さきほどまでの慈母のような笑みでもなく、夕べの嗤いとも違う、無邪気なものだ。

「やっぱり、あなたとは相性がいいのかもね」

 不思議な言葉を口にすると、レンは俺に飲み物を差し出した。

「喉、渇いているでしょう?」

「そうだな」

 渡されたのは、さっぱりとした飲み口のジュースのようなものだった。ほんのりと果実の香りはするが、俺が感じた水の匂いはない。

 やはり、気のせいだったのだろうか。

「ねえ、あなたの仕事って、もう終わったの? それとも継続中?」

「そのことに関しては、俺は何も言わないぞ」

「別に仕事のことはもういいの。今の私にはそれほど重要じゃないから」

 飲み終わったコップを受け取ると、それをサイドテーブルに置き、レンはじりじりとベッドの上の俺に近づいてきた。

 思わず逃げそうになる体をどうにか意思の力で抑え込み、俺は睨み付けるようにレンを見る。

「そんなに警戒しなくても、取って食ったりしないのに。私はただ、仕事が終わっているなら、頼みごとをしたいと思ったのよ」

「仕事の依頼ってことか?」

「そう。継続中なら無理だけど、ほら、あなたが調べていた人、いなくなっちゃったから、もう仕事は終わっているんじゃないかって」

 つまり、彼女は俺がなんのためにここにいて、何を調べているかなど、知っていたということなのだろう。偶然を装った出会いも、おそらく全て偽り。

 別にそのことはめずらしくもなんともない。こちらが調べていることに気が付いて、情報を聞きだそうとする人間には、何度も接触したことがある。

「お友達、いなくなったっていったでしょう?」

「………ああ」

「彼女は私同様ちょっと特殊な事情を抱えていて。そのせいで連れ去られてしまったのだけど、私自身も狙われているのよ」

 つまり、護衛でもしてほしいってことだろうか。

 だが、俺のような胡散臭い相手を雇うなんて、どう考えても不自然だ。

「護衛を頼むってことか? だが、そういうのはちゃんとした奴を雇えばいいだろう?」

「それじゃ面白くないじゃない。それに、あなた、なかなか腕も立つって聞いたわ。か弱い女性を一人守るくらい、たやすいでしょう?」

 か弱い、という部分には異議を唱えたい。

「それに、四六時中一緒にいるのなら、退屈も紛らわせる相手がいい」

 それを選択基準にするってところでいろいろ間違っている気がする。

「期間は3日間。それ以上のびるならば、追加料金もはずむわ。……どう?」

 提示されたのは、『護衛』に払うには、破格の金額だ。

「随分、胡散臭い金額なんだが」

「ちゃんと払うわよ」

「それはもちろんだが」

「ああ、心配しているのは、何か裏があるのかってこと?」

 ただの護衛だけなら、妥当な値段ってものがある。そのくらい、目の前の女が知らないはずはない。

「そうねえ、ひょっとすると、命を脅かすようなこともあるかもしれないから、その保障もかねて?」

 笑うその顔が、すでに怪しい。

「引き受けてくれる?」

「どうにもこうにも胡散臭くて、おまけに提示された金額に納得できない。あんたの言う、命を脅かす危険ってのも、曖昧すぎだ」

「残念。簡単に騙されてくれるかと思ったのに」

 レンの手が伸びてきて、するりと俺の頬をなぞる。

 冷たい指先は、そのまま俺の唇に触れた。

「もらった報告書は訂正しないといけないわね。あなた、お金を積まれればどんな無茶な依頼でも、多少怪しい依頼でも、引き受けるって聞いたわ。ねえ、『なんでも屋のイツキ』」

 ある意味正しい。

 どんな無茶な依頼でも、俺は引き受ける。

 ただ、少しでも納得できないことがあれば、断ることだってあるんだ。

 俺はいまだ唇の上にあるレンの指先を掴むと、それを引きはがし、その目をまっすぐに見つめた。

「引き受けないとは言っていない。ここがちりちりするときは、やばいことだってわかるんだよ。だから、そういう依頼は、俺自身が納得できてからでないと、受けたりしない」

 自分の額のあたりを指して、俺は言った。

「おもしろい特技ね」

「役に立つ特技だよ」

 正直、自分でもそこまで話した理由はわからない。ただ、レンは偽りを口にしたが、俺が突けばあっさりとネタ晴らしをした。

 初めから、そこまで必死に隠すつもりはなかったのだという気はする。

「わかったわ。全部話すことは出来ないけど、口にすることが出来る範囲なら事情を話すわ」

「で、俺に依頼した本当の目的はなんだ?」

「囮?」

 実にあっさりと、天気でも確認するかのようにレンは言った。

「囮って、どうして俺が?」

「私は純粋に休暇だけれど、私のお友達は、こちらへは仕事で来ていたのよ。あなた、その予定や誰と会うか、プライベートでどこか行く予定があるのか、調べていたんでしょう。彼らはそれを元に、私のお友達を攫ったわけだけれど……。ちょうど、3日前のことね」

 確かにレンの言うとおり、俺はある人物のこの星での予定を可能な限り調べた。

 ある程度のことでも構わないと言われていたが、突発的に予定を変えたりしなければ、ほぼどんな行動をとったか、あるいは取るかを調べて渡している。

 毎日報告をしてほしいというのは面倒だったが、それが終了した、と言われたのが3日前の朝。

 調査対象の様子を見に行こうとしていた時だった。

 恐らくそのあたりで、レンの友人とやらは、攫われたってわけか。

 その人物に関する調査は、ある事業に関係している重要な事なのだという理由を信じたわけではなかったが、そういう素行調査めいたことはよく依頼されることだ。

 調べた事実が何に使われようと、俺には関係ない。

 調査会社が調べるよりも小回りが利くせいで、俺のような仕事をする奴に頼む連中も多いのだ。おおっぴらに頼めないという事情を抱えている奴もいる。

 仕事自体は、割りと楽だから、よほどやばそうな依頼でなければ、俺は引き受けることが多い。

「あなたは仕事が終わっても、この場所でバカンスを楽しんでいたわ。あなたは純粋に休暇のつもりだったんでしょうけれど、そこに私が現れたら? 彼らは、私とお友達の関係を知っているわ。私がお友達を探していると考えるのも自然なことよ。もしかすると、自分達に情報を売ったように、金を積まれて私にも情報を流したのかも、そう考えるかもしれない」

「確かに」

 世間一般の評価では、俺は金を積まれればなんでもするってことになっている。

「私だったら、気になるわ。あなたが情報を別の人に売ったかどうか。もし、まだ情報を売っていないのだとすれば、ねえ?」

 意味ありげな眼差しに、俺は背中あたりがすうっと冷えたような気がした。

「とりあえず捕まえて、痛めつけて、真実を吐かせて、後は……」

 濁した言葉の先にはあるのは『死』だろう。

「もちろん、彼らがそこまでするかどうかはわからないけれど、私としては適当にあなたにくっついてまわったあと、あなたを一人にして、彼らが接触してくるかどうか、観察したいわ」

「なるほど、そういう意味の囮か。でも、それだと、彼らはまだこの星にいるってことに……」

「外へ出てないことなんて、わかっている。だって、匂うんですもの」

 目を細め、赤い唇を歪めたまま、レンは笑う。

 まるで、肉食獣のようだ。

 獲物を舌なめずりしながら、今にも飛び掛かろうとしている、そんなイメージを持ってしまう。

 そして、今まさに食われそうになっているのは俺だ。

 いつのまにか俺はベッドの横の壁まで追い詰められ、動きを両手で封じられてしまっている。

「でも、うまく隠れていて、見つけ出せない。この星では、私の行動も限られてくるからね。あまり勝手も出来ないのよ」

 近づいてきたレンの唇が耳に触れた。

「返事は?」

 囁いたその甘い声に、体が熱くなる。

 ああ、いろいろやばい。

 そんなことをぼうっと考えていたら、耳たぶを舐められた。

「さっさとこの星を離れて、別の星でバカンスすればよかったのに。そうすれば、私、あなたを利用しようなんて思わなかった」

 いいじゃないか。

 有名なリゾート地だ。

 二度と来ることがないかもしれないから、出来るだけ楽しもうって、そう思ったんだよ。

「大丈夫、危なくなったら、私がちゃんとあなたを守ってあげる。だから、依頼を引き受けて?」

 それも何か違う気がするんだが。

 だが、結局俺は観念した。

 どうも、レンから逃げられる気がしない。

「………わかった。依頼は引き受ける。ただ、やばいと思ったら俺はすぐに抜けるからな」

「それでいいわ」

 満足そうに笑ったレンが、ようやく俺から離れた。

「そういうわけで、イツキ。海に行きましょう。今日は、雨は降らないそうよ」

 なんで、そうなるんだ、という問いかけは無視され、それから数分後。

 俺はレンに引き摺られるようにして、このホテル自慢のプライベートビーチへと行くはめになった。

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