火刑台の向こうにあったモノ
山田 真子が、『前世』を思い出したのは、大晦日に神社で炊かれた焚き火を見たことがきっかけだった。この大晦日で5歳となった真子だが、何故だか火が怖く、コンロの火さえ近づかない子だったのだが、漸く合点がいった。
真子は、異世界の魔女狩りによって火刑に処された女性、モコの生まれ変わりだったのだ。
その日から、真子は少し変わった。苦手だった野菜も少しずつ食べるようになり、祖母について毎日仏壇に手を合わせ、両親や祖父母、姉と兄のいう事を聞き、弟を可愛がる娘になった。
モコは、寒村の農家の次女として生まれ、外では笑顔でいつつも家の中では不平不満を漏らす兄と姉、喧嘩の耐えない両親と母を事あるごとにいびる祖母、おっとりとした弟と暮らしていた。
酷いときには1日に夕食だけという事もあったが、どうにか誰も口減らしせず生きていたのは、山菜や木の実を得る術を後に覚えたからだろうか。それでも、弟以外皆何も言わず暗い食事は、味けないものだった。
二言目には「村を出たい」という姉は見目美しかった。だが、それが幸いしたのか領主の愛人として連れて行かれた。家にちょっとした金が入った物の、姉は2人の子を産んで儚くなった。
勉強熱心だった兄は、騒ぐとすぐに飛んできて殴ってきた。幼い弟を庇うため、モコはいつも何処かに打ち身をこさえていた。そんな兄は優秀な文官になったものの濡れ衣を着せられて自害した。
両親は子どもを労働力としてみていた。モコのいた世界では、それはあたりまえの事だったが時代が変わりつつある中では『古い』人間だと言われていた。そんな両親は暇さえあれば勉強をする兄を叱り、不満を漏らす姉をしかり、とろくさいモコをしかり、イライラで弟をしかった。愛情をかけてもらった記憶が、何故か思いだせない。
祖母は無口な人だった。ただし、母をいびるときだけは違った。ねちねちお小言を言っては母を困らせる毎日で、母はその度に鋭い眼差しで祖母を睨みつけていた。
両親と祖母は、モコが魔女狩りに遭った後、一家で心中した。森の中でまず祖母の首を絞め、両親も首をつった。
唯一モコに愛情を見せてくれた弟は、いつもにこにこしていた。家族全員を笑わせようと必死だった。けれども、そんな弟もモコと共に魔女狩りに遭い火刑に処された。
そもそもなぜモコと弟は魔女狩りに遭ったのか。
2人はただ、森の中で薬草を取っていた。そして、それを使って自分達の皸を治そうとしていた。それだけなのに村人から『あの2人は魔女に違いない』と密告され、魔女狩りたちに捕まったのだ。
唯一神の教えを守る、閉鎖的な国でおこった、魔女狩り。皆に愛と糧を与えると言われている筈の神は何故魔女を殺せと言ったのだろうか? 迷い子に手を差し伸べるのが神ではないのか。 モコは業火に焼かれながら、弟が泣きながら燃やされていくのを横目で見ながら、弟だけでも助けて欲しかった、と神に不平を漏らして死んでいった。
真子は家族に対し哀れみはあってもうらみはなかった。自分と共に死んだ弟のことだけは心配だった。呪いたかったのは、前世信仰していた神だった。
家族のその後は、記憶が覚醒してから夢で無声映画のような感じで見て知ったが、弟のこと以外に関しては冷めている自分に気付き、自己嫌悪に陥った。
5歳の真子の中に、19歳で死んだモコがいるのは不思議な物だったけれども、前世の暮らしに対して現世はどうだ。1日に3回美味しい物が食べられるし、仲のよい両親と祖父母に恵まれた。兄は勉強の手を休めて真子と遊んでくれることもあったし、姉は面白い話をいつもしてくれた。弟だけは前世と変わらず、とても明るくて元気な子だった。後から、前世の弟が現世の弟に転生していると知ったがその時は本当に今いる世界の仏様に心から感謝した。
今の自分の暮らしがいかに幸せか。前世を振り返ると真子は今の家族に恩返しがしたい、と思うようになった。だから、大人びすぎないように、少しずつ変わっていったのだ。
仏壇に手を合わせるのも、前世の信仰対象との決別だった。
真子は――モコは、火刑台の向こう側に、平和を見た。
死んでから初めて、弟以外に愛をくれる人を知った。
彼女は愛を持って現世を生きることを誓った。
読んでくださりありがとうございました。
異世界転生って、こんなパターンをあまり読んだ事がなかったもので。
こんなのもアリですかねぇ。