05》追尾してくる樽
釈放されたカナルは目を眇める。
地下の檻から釈放され、久しぶりに浴びた陽光は眩しすぎる。
目が光に慣れると、そこに広がっているのはグルマタの街並み。
平和な国として有名なグルマタだが、それと同じぐらいお馴染みなのは貿易国だということ。
ガヤガヤと活気が溢れている。
風呂敷を広げながら、出店をしている店がいっぱいある。
その中には国の許可を得ていない、異国の怪しげな商品も散見される。が、全て黙殺されている。
物珍しいものは高値で取引されるし、人気がある。
商品が売れれば、人が増える。
人が増えれば、建物が建てられる。
そうして国がどんどん潤っていく仕組みなのだ。相当危ういものを売らない限りは、摘発されることはない。
こんなにも平穏過ぎると、三年前――火山の噴火によってこの国は滅びかけた。
そんなことが、まるで夢幻のような気さえしてくる。
「さて、誰が迎えに来てくれたんだ?」
この国の法律では、罪人であろうが、冤罪を被った者だろうが、一度牢屋に入れられたものは独りで自由行動を取ることなどできない。
必ず、迎えに来る者。
引き渡さられる者がいるはずなのだ。
身内か、知り合いか。
とにかく、カナルに近しい者がここに来ているはずで。そいつはきっと《ファミリー》の内の誰かだろう。
「………………あ?」
ズズズ、と樽が動いている。
漁船とかに乗っているような樽だ。魚や香辛料でも入っているかと思いきや、勝手に動いている。
人の手がかかっているわけではない。
段差とか坂道のせいで転がりそうになっているわけでもない。
ただ単に――人が樽の中に隠れているだけだ。
「おい!」
樽を足蹴にする。
「ひっ!」
やっぱり樽の中にいたのは、知り合いの女だった。
エニス。
みての通り、極度の人見知りな性格をしている。
「ちょ! いきなり蹴るのはやめてよね! 付き合いが長いからって、やっていいことと悪いことがあるでしょ!?」
「お前が変な隠れ方するからだろ! なんで樽の中にいるんだよ! ここまで来たんだから、普通に待ってればいいだろ!」
「……だって、知らない人ばっかりだから……」
シュン、とうなだれてしまったエニスにたじろいでしまう。
見慣れているはずなのに、物凄く可愛い奴だ。
自分の魅力に気がついているのか、こうやってすぐに落ち込む。涙を流そうと、わざと瞬きをせずに、眼球をかわかしたことも昔あった。
落ち込んだり、涙を流されたりしたら、ころっといってしまう。
例え、幼い頃からずっと一緒にいた腐れ縁のカナルだとしても、心動いてしまう。
「……ったく、相変わらずその性格はなおらないな」
カナルには普通に話せる癖に、こうやって往来の場だと話にくそうにしている。
《ファミリー》の連中とも最初はうまく話せず、仲介役となったカナルはそうとう辟易したものだ。
「でも!」
「ん?」
「それが私にとって『自分らしい』ってことだから! 私は『自分らしさ』を大切にしたい! これは私の個性! だから、変わらないでいいんだよ! 変わらない私って素敵でしょ?」
「…………そうだな」
呆れてものも言えないとは、このことだろうか。
「さっさと行くぞ!」
「ちょ、ちょっと待ってよ、人ごみが!」
人ごみが苦手なエニスが、ここまで来るのは大変だったろう。
手が震えている。
カナルという知り合いに出会ったがために、今まで張りつめていたものが切れてしまったのかもしれない。
元はといえば、カナルがずんずん洞窟を突き進んでしまったのが原因だ。ここまで来てくれたエニスに、このままでは申し訳が立たない。
「ほらよ」
手をさし伸ばす。
普段は気恥ずかしくて絶対にできない気障な行動だが、今だけは特別だ。
ぶんぶん、と手を振り回す。
さっさと握ってくれないと、周りの痛い視線が気になってしょうがない。
「あっ、うん!」
ギュッ、と思ったよりも強めに握ってくる手は温かくて、いつまでも握っていたいと、そんなことすら思ってしまった。