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31》光る雪原で

 光の粒が絶え間なく天蓋から降り注ぐ。ふわり、ふわりと夜風に流れる雪のような光球は、獅子の《バク》の原初。記憶の結晶という名の、想いの一欠けら。地面に降り積もっても、すぐに宵闇に溶けてはいかない。高密度の記憶はすぐには風化せずに残る。いや、消えずに残り続けることもある。どれだけ捏造しようとしても、心に刻まれ続けるものもきっとある。

「――エニス」

 カナルは肩で息をしながら、光の雪原の中を歩く。足が縺れるのは、光に足をとられしまいそうになるからだけではない。血を流し過ぎたからだ。ごっそりと、エニスの斧に吸われてしまった。獅子の《バク》を斬るために。血を剣に生成するためには、躊躇なく自分の血を対価として捧げるしかなかった。

 シルキーが治癒能力をかけてくれようとしたが、無言で首を振る。戦闘中は治してもらったが、今は必要ない。くだらない意地だが、最後は自分の足でエニスに近づきたいのだ。他の《ファミリー》もカナルに駆けつけようとするが、助けなどいらない。拒むように足を速める。

 フラフラになっているカナルに、エニスも動揺したが、でもそれだけだ。今にも崩れ落ちそうになっているカナルを信じているようだった。口を小さく開きながら、あっ、と激励しかけてすぐに閉口する。きっと、そんなものには意味がない。かける言葉よりも、ただそこにいて欲しい。そんなカナルの願いがエニスも通じたのかのようだった。

 エニスの足は動かないが、互いの視線が交錯したまま繋がっている。カナルの死んだような瞳の中に希望の光を見たかのようだった。空中に漂う光が眼球に反射しただけなのかもしれないのに、それでも待ち続けてくれていた。……三年。三年もかかってしまった。大切な人を一人助けるために、そんなにも時間が必要だった。どうしようもなく情けないけれど、それでも、

「――ごめん、待った?」

 やっと彼女の肩に手を当てることができた。そういえば、フローラやツキミにはよくからかわれて、肌接触していた。でも、エニスは傷ついた肉体の治癒といった緊急事態以外では彼女に触れることはしなかった。

 もしかしたら、封殺された記憶の中でも、エニスは過去に犯した罪を心のどこかで憶えていて。それで、他人にあまり触れられなかったのかもしれない。記憶を改竄してしまったことを悔やんでいたのかもしれない。

「うん、待ったよ」

 そこは嘘でもいいから、待ってない。大丈夫だよ、このぐらいは……とか言って欲しかった。けれど、そんな遠慮のない一言の中には、逆に親密さが凝縮されていた。

「もう、お前は死神なんかじゃないんだから、答えを聞かせてくれないか。俺の《ファミリー》に入ってくれるか、どうか……」

「入るもなにも、私はもう《ファミリー》の一員だって、そうカナルが言ってたよね。もしかして、さっき自分が言ったこと、もう忘れたの?」

「ああ、悪い。そうだったな」

「とっても嬉しかった。みんなのことを騙していた私のことを勧誘してくれて。そしてそに応えるように、《ファミリー》のみんなが私を助けてくれて。私のせいでこうなったのに、性格悪いからやっぱり喜んじゃった。だから私は――」


「《フルハートファミリー》には戻れない」


「……どうして? そんな……助けられて喜ぶなんて、それは当たり前のことで。傷ついている家族を見て嬉しいってことじゃなくて、その気持ちに感動しただけのことなんだろ? だったら、それは――」

「ううん。ごめん変な言い方しちゃったかな。そういうことじゃない。そういうことじゃなくて、私はたくさんの人を傷つけてしまった。だから、こんな私が《フルハートファミリー》でいられる資格はないよ」

「だから、そんなこと気にしなくていいんだよ。欠陥のない《デバイサー》なんていないんだから」

 心を糧として戦う剣士。

 二つの心を一つの肉体に宿す双子。

 心なき機械。

 そして――心を支配できる死神。

 どいつもこいつも不完全の欠落者だが、それでも、欠けたものを補い合うことができるのが《ファミリー》なんじゃないのか。完全なものが完全なのではなくて、不完全なものが合わさって完全になるのではないのだろうか。

「そうじゃない。私も《フルハートファミリー》には戻りたいよ……。でも、三年前と、そして今回起こした惨禍の罪を償わなきゃいけない」

 《灰かぶりの銃弾》に囲まれている以上、この窮地を脱するのは難しい。もしもここを切り抜けられなかったとしら、エニスを脱獄させるためにカナルは命を懸けようと思っていた。だが、エニスは違った。しっかりと自分の罪と向き合って、それを償う道を見据えていた。何もなかったことにして逃げ出すことの辛さを、きっとエニスが一番味わったから。だから、カナルはその意思を挫くことはできない。また、同じ苦しみを与えることはできない。

 どれだけ残酷なことを自分が願ってしまって、そして都合のいい言葉を吐いてしまったのかを痛感して胸が軋む。エニスだけじゃない。カナルだって沢山の《デバイサー》を傷つけてきた。《グルマタの死神》を救うために、《フルハートファミリー》のみんなを傷つけてしまった。それは許されないことだ。

「三年間、私のことを待たせた罰。今度は……私が戻ってくるのをカナルが待っててくれない?」

 エニスの腕に手錠がつけられる。カナルがかつてかけられた手錠と違って、きっともっと重くて。もしかしたらもう会えないかもしれない。国ひとつを滅ぼしかけたのだ。三年で牢獄から解放されるとは思えない。それでも、

「待つよ。いつまでだって」


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