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24》炎熱の更地

 炎の鎌に対して、カナルは剣を携えている。だが、その剣を背中から引き抜くことなどできない。いくらエニスが《惨禍の死神》だったとしても、それでもずっと《ファミリー》の一員だと思っていたのだ。それなのにスイッチを切り替えるみたいに、いきなり敵判定して戦うことなんてできない。

「やめろ……エニス。俺はお前と戦いたくなんて……」

 三年前は、話し合いをするまでもなく戦闘は始まっていた。《フルハートファミリー》などという弱小組織がすぐに連絡が来るはずもなく。出遅れて、他の組織が戦っている流れに逆らえず参加したようなもの。

 だが、今は一番先にカナルがエニスと接触している。虚構の関係だったとしても、三年間ずっと《ファミリー》として一緒に活動してきたのだ。聴く耳ぐらい持ってくれてもおかしくない。

「ふうん。戦いたくないなら戦わなくていいよ。私は殺す順番なんてどっちだっていいんだから」

 鎌を縦に振るうと、そこから三日月のような形状をした炎のカマイタチが地を迸る。息も絶え絶えの、まともに動けないアローンに向かって、凄まじい速度で肉薄していく。咄嗟に木の根を生やして壁を造る。が、そんなものは紙の壁が如く炎のカマイタチが切り裂いて、アローンの肉体を灼き斬る。

「ぐあああ!!」

 斬撃の傷口の内部を、炎熱が浸食するその痛みを経験しているカナルはその壮絶さを理解できている。何の躊躇もなく家族を灼熱の炎で斬ったエニスは顔を顰めている。それは、家族を斬ったことに対する負い目から起因するものではなく、木の根の壁によってカマイタチの威力が弱まったこと。それによって、まだアローンが息をしていることに苛立っているように見えた。

「さて、とどめを……」

「……お前」

 鎌の軌道に滑り込ませるように、剣で迎撃する。もう動けないアローンに鎌を振ろうとした。もしも今、カナルが止めなければ、アローンを見殺しにするところだった。

「少しはやる気になった? 私は私がやりたいようにやらせてもらうけど、止めたいんだったら私を殺す気で戦わなきゃ」

 妖艶にほほ笑むエニスは今までとはまるで別物で、


「――そうしないと、今度こそみんな死んじゃうよ?」


 カナルの知っている人間じゃないことだけは確かだ。

「なんで、こんなことするんだ?」

「なんで? そんなの決まってるでしょ」

 炎の鎌による猛攻を剣で受け流す。……といいたいところが、それができるのも時間の問題だ。炎熱によって、鎌の太刀を受ければ受けるほどに、カナルの剣が溶解していく。こんなものいつまでも付き合っていられない。

「理由なんてない。ただ全てを壊したいだけだよ」

 鍔迫り合いのような中距離よりも、遠距離から離れてしまえば、カマイタチに襲われる。瓦礫を投擲してみても、パックリと割られてしまう。だからといって、接近戦を挑もうという気にはなれない。それが一番危険な距離だからだ。

「泣き叫ぶ悲鳴と、焼き焦げる臭いが好きでしかたないだけ。分かるよね? 誰かを支配すると得られる圧倒的快楽。カナルも私と同質の能力が持っているから同調してくれると思うんだけど、どう?」

「そんなの、分かるわけないだろ!」

「カナルは誰かを倒して『やった!』って喜んだことはないの? 誰かに勝利するってことは、屈服させるってことだよね。カナルは私と対峙する前に、ツキミやフローラ、アローンと戦ってきたんだよね。互いに異なる考えを持っていたのに、暴力で説き伏せてきた。そこに歪んだ幸福感は本当に得られなかったの?」

 エニスの能力は記憶操作能力。

 もしもそれが遠距離からできるものであれば、こんな戦闘などやっていない。それでもカナルがまだ無事でいられるのは、エニスが情に流されたわけではない。エニスが能力を使う条件を満たしていないからだろう。

 エニスの治癒能力は肌接触。しかも、頭に何かしら身体の部位が接触していなければ発動できない。それはきっと、記憶操作能力も同じなのかもしれない。脳を弄繰り回すために、頭を掴む。それは三年前に《惨禍の死神》がカナルに対してやったことに相違ない。あれはただの攻撃ではなかった。意識が朦朧としていたのも、あれは記憶を炎熱で捏造していた過程だったからだ。

「人は誰かと干渉することで、意見を捻じ曲げてしまう。人との繋がりが共感という名の洗脳を生む。その快楽欲しさに、誰もが他人と何かしらの関係を結ぶ。それは友であったり、仲間であったり、恋人だったり、家族だったり。それぞれの形は違っていても、自分の意見を反映させたいという欲求がそうさせるんじゃないの? だから、私はこの能力でみんなを私の色に焼き増ししたい」

「誰かを殺すことで、自分のものにしたい。それがお前の願い? 目的?」

「そうだよ。理由なんてないっていったけど、強いて言うならそうかもね。だって殺せば、殺した人は私のものなんだから。殺せなくても、また記憶を消去して私好みに作りかえてもいい。他人と自分との僅かな差異が悲劇を生む。だったら、最初から心を更地に変えてしまえばいい。真っ白で綺麗なものに。大丈夫だよ。今度こそ私は失敗しないから」

 カナル達が殺されなかったのは、エニスの気紛れだ。エニスにとって、殺人と記憶を差し替えることは同義。どうでもいいのだ。人が死のうが生きようが。どちらにしても、自分の思い通りに世界が廻ってさえいればいい。死んでいなくとも、誰もが自分の思い通りに思い動く人形であればいいのだ。だが、そんなこと――

「――やらせるわけないだろ」

 エニスのような能力があれば、理想の社会がつくれる。自分中心の世界の中で、気に喰わないことがあれば、その度に人間の記憶をつくりかえればいい。それを繰り返している内に、よりエニスは自身の理想に近づいていくだろう。自分だけが傷つかなくてすむ。何もない更地のような世界が。

「誰かと違いがあるから、独りで分からないことも答えを出すことができる。自分の思い通りだけの世界に引きこもって、それでお前は本当に楽しいのか!? 笑っていられるのか!?」

 エニスは樽に隠れ、初対面の人間とは接触したくない。誰かと関係を断絶するような奴だった。記憶を過剰に操作してしまえば、それだけ自分の正体を曝す危険性が増す。だから多用せずに、嫌なことがあればずっと隠れていたのではないのか。

「お前、前に言ってたよな。『自分らしくありたい』って。自分らしくあるために、自分以外の人間を一掃することが、お前の答えなのか!? 自分らしさっていうのは、誰かと本気で衝突して、それでも見失わないものなんじゃないのか? 誰かと一緒に過ごして、他人との違いを楽しんで、そして形成されるのが自分らしさってやつなんじゃないのか?」

「…………そんな昔のことを覚えてくれてたんだ。惚れ直しそうだけど、そんな言葉嘘に決まってるでしょ。どうでもいいんだよ。ほんとうは、自分らしくあるとか、自分らしくないとか。そんなのに意味なんてない。私がちょっと頭に手を当てれば、それで私は人格を粘土みたいにつくりかえることができるんだから」

「お前は……本当に俺が知っているエニスじゃないんだなあ」

「だからそういってるでしょ? 殺されたくなかったら、私を殺すしかないんだよ」

 エニスの言うとおり、ここで彼女を殺さなければ、カナルは殺されてしまう。それどころか、カナル以外の《デバイサー》をも死んでしまうかもしれない。三年前、実際にそれだけの危機に見舞われたのだ。そうなってもおかしくない。

 だから、溶解しつつあるこの剣でエニスの身体を突き刺すしかない。幸い、エニスは油断しているようで、まだカナルは戦えている。エニスの能力をようやくカナルが理解できていて、それに対応する戦い方ができているのも大きい。

 もしかしたら、ヴァルヴォルテ辺りだったら勝てるかもしれない。三年前は不意をつかれた形で終止符をうたれたのだ。だから今度こそ対策を打って戦えるだろう。だから、カナルは決断する。

 エニスが鎌を振りかぶると同時に、カナルも剣を持って突進する。弧を描くような軌道を描く鎌よりも、カナルの剣の方が僅かに速くエニスの身体を突き刺すことができる。……かもしれないが、カナルはそうはしない。

 もう――戦いたくない。

 エニスに書き換えられた記憶は『グルマタの惨禍』だけではなかった。三年前よりももっと以前の記憶。エニスが幼馴染だったことさえも嘘だったのだ。もしかしたら、カナルの持っている記憶全てが偽りだったのかもしれない。アローンとフローラとツキミとの記憶も真っ赤な嘘で、彼らとは《ファミリー》なんかじゃなく、街中ですれ違っただけの間柄だったかもしれない。

 そんな風に残酷なことができるエニスの能力の前では、絆なんて儚きものなのかもしれない。それでも、カナルはエニスを殺すことなんてできない。カナルという存在そのものが嘘によって塗り固められたものだったとしても、それでも戦いたくないのだ。《ファミリー》にこれ以上血を流させたくない。だから、カナルは自ら死を選ぶ。どうしようもなく愚かであっても、エニスを殺して自分が生き残るなんてできない。この気持ちが嘘だったとしても、本物だったとしても。そんなものは関係なく、カナルにとっては価値のあるものだから。

 だからカナルは――剣を捨てて命を投げ出した。


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