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23》死神の鎌

 カナルは血を失い過ぎたせいか、フラフラと足元がおぼつかなく。やがて、背中をひんやりとした地下道の壁に貼り付ける。エニスが傷を治してくれたとはいえ、これまでの連戦で傷ついたのはなにも肉体だけじゃない。心をすり減らしながら戦ってきた。手を取り合うはずの《ファミリー》と戦ったせいで、もう精神は死にかけている。疲弊しきっている瞼は半分しか世界を写すことしかできなく。その視界の中に――


「……くだらねぇんだよ」


 一瞬で意識を取り戻したアローンが立ちあがってきた。まだ戦うつもりがあるのか、威嚇するように距離を一歩ずつ詰めてくる。

「《惨禍の死神》が誰だとか、その目的がどうかとか、そんなもんどうだっていいだろが! どっちにしたってお前が俺たちを裏切ったことには変わらねぇだろうが!! でも、そんなことだって本当はどうだっていいはずなんだ! 俺にとって大切なのは、俺と、それからねぇちゃんだけのはずだろ! それ以外はどうだっていいはずだろ!? それなのに、どうしてだ! どうして俺の心はこんなに軋んでんだよおおお!!」

 ドンッ!! とアローンに胸を叩かれる。能力が使えないのか、それとも使わないのか。素手で突いてくるその腕を止めることはカナルにはできない。

「うぜぇんだよ、どいつもこいつも!! 俺は俺が大嫌いだ!! そんな俺のことを肯定してくれたのは、世界でたった一人。……ねえちゃんだけだ! でも、その好意に甘えていたせいで、ねえちゃんは今も昔も傷ついちまっている!! ああ、そうだ。そうなっちまったのは、俺のせいだよ!!」

 アローンは固めた拳で何度も、何度もカナルの胸を叩く。感じる痛さはきっと、アローンの心の痛さだ。いつだって姉のフローラに全てを押し付けてきたアローンが、今ようやく。

 もしかしたら生まれ変わって初めて自分と向き合っている。自分の肉体というものを喪失してしまったアローンはきっと、自分を見失っていた。ずっとフローラに寄り掛かって生きてきた。

「でも、じゃあ。どうすればよかったんだよ!! 自分の親に捨てられて、それでもまた信頼できる奴にまた裏切られたんだ! お前だったら、そんな時どうするんだよ!! ああ、俺だって辛かったんだ! あんたと敵対するのは! でも、みんなを守るためにはそうするしかなかったんだ!!」

 過去を振り返って、その時自分はどう考えていたのかを思い出して。それから自分という存在はどんなものなのかを確立していく。人格を形成していって、心を形容していく。

「でも、記憶が蘇って、あの時の俺の行動は本当に正しかったのかって。もっと他のみんなみたいに考えた方がよかったのかって、そう思った。でも、結局答えはでなかった。もしも俺が躊躇していたら、《惨禍の死神》が本当に全てを終わらせていたかもしれないって可能性は絶対に拭えないから……」

 何が正しく。何が間違っているのか。そんなものはコロコロと立場や時によって形を変えていく。だから迷って、傷つく。答えを出せなくてどうしようもない時もある。でも、それでもきっと、答えを出すために傷つくことは間違いなんかじゃない。

「わからねぇんだよ。なにもかも。俺はどうして生きてんだ。一度ならず、二度も死んだはずだったのに。俺はこれからどうすればいいんだ。もう俺には何一つ決められない……。だから――」


「助けて、おにいちゃん」


 アローンがおにいちゃんと呼んでくれたのは、きっと初めてのことだ。いくら《惨禍の死神》がカナルの記憶をいじったとしても、きっとこの記憶は偽装なのではない。ようやく……ようやくだ。ようやく、アローンは《フルハートファミリー》の一員であることを、家族であることを認めてくれた。

「馬鹿だな……アローンは。ほんとうに馬鹿だ……」

 もしかしたら、これもまた依存なのかもしれない。分からなくて、迷うことが嫌で、とにかくカナルの答えを求めて。それを自分自身の答えだと納得したいだけなのかもしれない。フローラからカナルへと依存する対象を変えただけなのかもしれない。

 でも、そんなことを思ってしまう奴の心は、きっと死んでしまっているのだろう。


「迷うまでもなく、助けるに決まってるだろ」


 独りでできないことはきっとたくさんある。それを支えたいって思えることは。思える人間がいるってことは、それだけで幸せなんだ。本当の兄なんかじゃないけれど、それでも弟に頼られたらかっこつけることしかできない。なにをもって助けるのかすら分からない駄目な兄だが、これからどうすればいいのか考えて――


「カナル!!」


 必死なって走ってきたエニス。その声から非常事態が差し迫っていることが嫌でも分かってしまう。

「もう……すぐそこまで、《灰かぶりの銃弾》が迫ってきてる! 速く撤退しないと!!」

「な……!」

 惨禍の始まりの場所に来ても、あまり収穫がなかった。ここにいてももう意味がないし、今《灰かぶりの銃弾》と鉢合わせしても余計な詮索をされそうだ。こんな場所で暴れていては、以前のように拘束されても文句は言えない。《惨禍の死神》と何らかの関係を持つのだと疑われてもしかたがない。

「アローン、歩けるか?」

 振り出しに戻ったが、収穫がまるでなかったわけではない。《ファミリー》それぞれの意見を聞いて、おぼろげながら惨禍の真相に近づけたきがするのだ。《ファミリー》と戦ったのはとても辛かったけど、戦いながら得たものもきっとあった。それに、みんなと初めて邂逅した記憶が蘇った。

 いつも通りの平和な日常を送っているだけではあまり思い出せない、大切なことを。アローンやフローラが初めての《ファミリー》で、それから、ツキミが加入した。それに、エニスも…………どうしてだろうか。そういえば、エニスは最後の最後に《ファミリー》に所属をした……はずだ。でも、それはいったいどうしてだろうか。エニスとカナルは幼馴染だ。仲が悪いわけではない。むしろ、かなり仲が良いし、今回の件もずっと支えてくれた。それなのに、どうしてカナルはエニスのことを《ファミリー》へ最初に誘っていなかっ――


 炎の刃がカナルの身を灼ききる。


「がっ!!」

 カナルは忘れていた。――『グルマタの惨禍』が起こった時の惨状を。しかし、『メモリーダスト現象』によって思い出した時に、どうして疑問がわかなかったのか。火の海が広がっていたあの惨状を引き起こしたのを一体誰なのかを。いったい、あの炎は誰の能力だったのかを。

「――は」

 彼女の能力は治癒能力だけだったはず。それなのに、どうして炎を発現させることができたのか。幼馴染なのに、どうして知らなかったのか。隠していたのか。いったい何なのためにだ。

「……あ――は」

 蟹の《バク》が生みの親に惹かれるかのごとく執拗に強襲してきたのは、カナルなどではなかった。その後ろにずっといた人物だった。それをずっと自分自身だと勘違いしていた。

「アハハハハハハハ!!」

 彼女が手を掲げると、そこから地下道を照らす光の揺らめきが発生する。ボッ! と音がすると、炎が線を描く。それから切っ先が折れ曲がって生成されたそれは、炎の鎌だった。地下道どころか、グルマタの街をも燃焼させた死神の鎌だ。

「二人ともうまく共倒れしてくれたみたいだね。もう満足に身体を動かすこともできないでしょ? ああ、よかった。これでようやく――」

 グルマタを壊滅寸前まで追いつめ。それから《デバイサー》の記憶をことごとく死滅させた《惨禍の死神》。それは――《フルハートファミリー》の一員であって、《フルハートファミリー》の一員ではなかった、エニスだった。

「ようやく――みんなをちゃんと殺してあげることができるよ」


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