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22》初めてのファミリー

 リモノ族であるアローンは、コゥエステの森の集落で生まれた。そして、伝統である『自由の儀』で命を落とした。けれど、自分の姉に寄生することで、死にながら生に執着していた。

 そして、故郷を捨てたアローンと姉が流浪の旅に出て、たどり着いたのがグルマタだった。資源が豊かで、人民も幸福そうで。でも、どんなに光り輝いていても、いや、だからこそ影が……闇ができてしまうもの。公道で路上販売している商人とかとは真逆の裏道。つまりは、裏稼業を生業としている職業も蔓延っていた。

 しかし、だからこそアローンは生きていくことができた。アローンのように素性が明らかではなく、年端もいかない子どもを雇う職種となると限られる。少なくとも、太陽の下で。肩を風で切って歩ける職ではない。

そして、アローンはどんなことだってやった。比較的健全な職でいうと、要人の護衛とかだろうか。用心棒を雇うぐらい恨みを買っているのだから、雇い主の腹は真っ黒だった。アローンなど足元にも及ばないほどの悪行を積み重ねているやつを命がけで守護するのは、いつだって胃がねじ切れそうだった。もしろ、襲ってくる相手の方が清い正義の味方といった感じで。アローンはただの小悪党みたいで惨めだった。

 確かにまともな職もあったが、アローンのように協調性のないものが、何かの組織に属せるはずもない。なにより、『自由の儀』の一件もあって、二人は他人というものを信頼していなかった。他人と素直に接することの無意味さを痛感していた。

 この世界に生きている人間は自分と、自分の姉だけ。それ以外の人間など残飯にたかる虫程度にしか見えなかった。人間を人間だと認識できなかった。それほどまでに他人を憎んだ。周りが敵としか思えなかった。だから――初めてあいつに出会った時も、排除すべき敵という見解しか持てなかった。

「お前がアローンか。俺は――」

「いやいやいや。てめーなんて虫、名乗らなくていいんだよ。どうせ殺す奴の名前なんて覚えても意味なんてねぇーんだからな」

 アローンは錆びたナイフを、男の首元に突きつけている。遅いかかかって押し倒して、男の身体の上に乗って、動きを封じている。というのに、そいつには余裕があった。今から死ぬかもしれないというのに、汗ひとつかいていない。アローンが子どもだから人殺しをしないと、たかをくくっているのだろうか。そんな嘗めた幻想を抱いていられるのも生きている内だけだ。グッ、とナイフに力を入れると、


「そうか。アローンは殺す奴の名前を覚えるのが怖いんだなあ」

 

 なにやら意味不明なことを言い出した。はあ? と思わず突き立てたナイフを停止させる。どうせいつでも殺せるのだ。遺言代わりに負け犬がどんな断末魔を嘯くのかを聞くのも一興か。

「……どういう意味だ」

「自分の手で殺してしまった奴の名前を知ってしまったら、記憶に残ってしまう。だから、名前も訊かず殺そうとするんだろ。俺の知り合いの本気で他人を殺す覚悟を持っている斧使いがいるんだけど。そいつは人を殺そうとする時に、必ず名前を問う。俺も最初殺されかけた時に、聴かれたな……。まあ、殺されかけたそいつの上司に、アローンを止めろっていう依頼をもらって、その斧使いも俺も生きているんだから、人生っていうのも分からないよなあ」

「聞いたような御託をゴチャゴチャと。単純に俺は、お前自身に興味が湧かないだけなんだよ。ましてやお前の飼い主がどんな奴なのかなんてのもどうだっていい。自分が死にたくないからって、俺を挑発してるのがみえみえじゃねぇーか。真面目に訊いて損した。寿命が少しだけ伸びただけだったな」

 男が何かを口にしても、もうナイフを止めるつもりはない。首元を掻っ切ってやるつもりだ。本気でナイフを動かす――のに、男は瞬き一つしない。死ぬのが怖くないかのように、ただこちらをじっと凝視している。殺されてもいいと覚悟している。いつ死んでもいいという瞳をしている。どうやらこいつは、恐ろしいほど素敵にいかれてしまっている。悲しいほどに手遅れ――


 ナイフが男の首に接した瞬間、ガキンッ!! と刃が折れて宙を舞う。


「なっ――んだ――お前、《デバイサー》か!?」

 男は何もしていないはずなのに、ナイフが独りでに折れてしまった。それだけじゃなく、視界がぐるん、と回転する。何が起こったのかを脳が理解する前に、いつの間にか立場が逆転していた。男がアローンを押し倒していた。何をされた。男がなにかやったというよりかは、自ら転がったような感触。いったい、どんな能力なんだと疑問を持つ前に、首元を服で絞められる。

「がはっ!」

「言っておきたいことが何個かあるんだけどさあ。俺には別に飼い主なんていないよ。俺はフリーで活動しているし、組織なんて大仰なものに属していない。主に《バク》の退治を生業としているんだけど、それだけじゃ食いっぱぐれる。だから、こんな風に便利屋扱いされることもあるってわけだ。最近グルマタではしゃいでいる悪童がいるから、叱ってやれって言われてるんだ。それなりに報酬がでるんだよ」

「……はっ。俺みたいな餓鬼を殺して金稼ぎか? お前もたいした悪党じゃねぇーか。だけど俺は、あいつのために殺されるわけにはいかねぇーんだよ」

「あいつってのはフローラのことか?」

「なんで、お前が名前を――!?」

 ガバァッ、と起き上がろうとするが、服と地面が磁石になったかのように動かない。

「もう一人の依頼者だからだ。お前を止めて欲しいらしい」

「止めて欲しい……? ははは。何言ってんだよ、ねぇーちゃん。俺が寝ている間に何勝手なことやってんだよ。いまさら止まってどうなるんだよ。止まれねぇだろ。俺はあんたを守るためにこの手を汚したんだよ。こんな俺が、もう陽の光を浴びて歩くことなんて今更できるわけねぇだろ!!」

「お前の姉は言っていたよ。お前が自分の姉を守ろうとして、必死で汚い仕事をしていることを。……でもな、お前その痩せ細った肉体を見て本当に気がついてなかったのか? お前が稼いだ汚い金には一切手を付けてないんだよ。そんなんで、自分の家族を守っているつもりか?」

「……嘘だ。俺が守ってやってんだろ!? ねぇーちゃんがやっていることなんて、花売りぐらいだろうが!! そんなんで、生きているわけねぇーだろ。綺麗ごとだけじゃ、この世界の半分も語れやしねぇんだよ!!」

 花売りなんて収入は微々たるもの。そんなことするよりも、自分が傷つかずに誰かを傷つけることで得る金の方が圧倒的に多い。

「……手遅れなことなんてないんだ。お前は、もっと誰かを信頼してもいいんだよ。綺麗事でもなんでもなく、お前は生きなきゃいけない。足掻けよ、アローン。お前は自分ひとりで何もかも背負っているつもりだったのか。誰だって誰かを守って、守られてるんだよ。それに気が付かないのは、フローラのことを信頼していないからじゃないのか。もっとあいつのことだって見てやれよ」

「見ているし、知っている。ねぇーちゃんは俺の命の恩人なんだよ。お前に言われたくなんてねぇ。ねぇーちゃんは俺の心の居場所を作ってくれたんだ。死に間際に、自分の肉体を差し出したんだ。一歩間違えれば、ただの無理心中だったていうのによお!!」

 森の中で飢え死にしそうだったアローン。全てを諦めて目を瞑ろうとしたその時に、足音が聞こえた。自分以外の人間がいるはずないのに、それは《バク》の足音ではなく、確実に人間の足音で。最初は、自分のことをトドメにさしに来た刺客かと思った。だけど、違った。涙目になりながら、後になって事情を知ったフローラが追いかけてきてくれた。

 アローンの能力は、生命を操る能力。

 自分自身の生命を操るのは最も得意とするところだった。だが、生き返るなんてことはできなかった。もうすぐ死ぬと分かっていても、それを止めることなど神にしかできないだろう。アローンができることといえば、魂の移し替え。それに伴って必要となったのは、器となる個体。ただの他人では不可能でも、双子の肉体ならば可能だった。しかし、もしもフローラがアローンのことを全力で拒絶すれば、魂は壊死していただろう。……だが、そうはならなかった。

「リモノ族がどんなもんか、てめぇーは知っているのか? 『自由の儀』ってもんが、どんなおぞましいものか、てめぇーは知っているのかよ!!」

「『自由の儀』……? 子捨て山の……コゥエステの森の儀式か……」

「ああ、そうだ。古い慣習に囚われた儀式だ。閉鎖的な一族が信奉するコゥエステ神とやらが子羊に与える試練ってくだらねぇやつだよ。六回年を越した子どもはその試練を受ける権利が与えられるんだとよ。たった独りで、コゥエステの樹海に置き去りにされちまう。仮にそこで死んでも、コゥエステ神に祝福され、輪廻転生を果たすってなあ。死こそ再生。あらゆる地獄から解放されるための唯一の道とか俺の親だった畜生は言っていた」

 リモノ族では男よりも女の方が扱いはよかった。なぜなら、女は他の家に嫁がせることができるから。利用価値があるから、アローンの親にもフローラは可愛がられていた。土地や牛の所有数が少ないアローンの家では、二人の子どもを育てるのは困難だった。だから、どちらか一方を捨てるならば、アローンしか選択肢はなかったのだ。

「ふざけんな! 何がコゥエステ神の意志だよ! そんな奴どこにいるってんだよ! 神の代行者だとか。聖なる声に耳を傾けよとか、そんな大層なこと言いながら、俺の親がやったことは、自分の子どもを捨てたってだけじゃねぇーか! 自分の罪から目を背けるために、コゥエステ神を利用しているだけじゃねぇか! お前らが一番神を冒涜してんじゃねぇーか!!」

 お前なんか生みたくなかった。フローラさえいれば、それだけで私たちは生きることができたのに、とか実の両親に面と向かって言われた。物心ついてから、ずっと。毎日のように恨まれ口を叩かれた。

 そんな絶望的な日常を送っていて、それでも生きていたいと思えるはずがない。だが、それでも、たった一人の家族であるフローラが泣きながらアローンのことを助けてくれた。魂を移すということは、そんな簡単なことではない。もしかしたら、アローンとフローラ二つの魂が拒絶反応を起こして、二つの魂が消滅していたのかもしれない。それなのに、フローラは命がけで身体を差し出してくれたのだ。

「お前みたいに親から生きることを望まれて生きている奴に、親に捨てられた俺たちの気持ちがわかるのかよ!?」

 人間というものは、自分の親が最も信頼しなきゃいけないものだ。だが、その信頼すべき対象が、もっとも信頼できなかったとしたら。だとしたら、この世で信頼できる人物など一人もいない。いるとするならば、口だけの綺麗事を吐くような奴じゃなく、自分の命を投げ出して他人を助けるような狂った聖人君子だけだ。

 ましてや、上から目線で幸福な家庭に生まれた奴になんかに分かるわけが――


「ああ、俺には家族なんて一人もいないからな」


 そいつは、事もなく言い放った。アローンにでさえ、フローラという家族がいるというのに。自分の肉体を失ったとしても、魂の拠り所となる存在はいるというのに。眼前のそいつには、何一つとしてなかった。それなのに、どうしてそんな青臭い台詞を次々に吐けるのだろうか。

「なあ、知っているか? 異国の文化で詳しくは俺も知らないんだけどな。『まふぃあ』っていう組織構成があるらしい。『ふぁみりー』とかいう、そうだなあ、赤の他人なのに、まるで同じ血を通わせた家族みたいなものらしいんだよ。俺はそれにずっと興味があったんだ」

「…………」

「こんな俺にもさ、まがい物の家族であっても、本物の家族に匹敵するようなものを発足できないものかなって。許可申請は《灰かぶりの銃弾》にねじ込んでもらうってのはありだと思うんだ。今回の報酬で手を打ってもらうってことで、どうかな? 多分、できると思うんだよなあ」

「何を言っている?」

「ああ。安心しろ。あいつらに依頼されたのはお前を止めることであって、別に排除目的じゃないんだ。だからさ、フローラとアローン。お前達二人が、まずは最初のメンバーってことでいいよなあ。あっ、一応発案者である俺がボスになるけど、特に異存はないだろ?」

「そういうことじゃねぇんだよ! だから、お前は一体こんな俺に何をしろっていってんだ!」

「あれ? 分かりづらかったか? だから――」


「俺の家族ファミリーになってくれないか?」


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