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21》半人前の半身

 アローンの作り出した《ゴーレム》。

 それは木の根から水分を吸収して、成長させることができるアローンの能力の極致。手足が柱のように太く、まるで一つの建造物にも匹敵するほどの体躯をしている。

「《惨禍の死神》の存在を黙殺することの何が悪ぃんだよ」

 《ゴーレム》の後ろに控えるのは、操っているアローン。《ゴーレム》を操作している際には、全く能力が使えないということではない。だが、衝撃の余波に捲き込まれるかもしれないので、後方から《ゴーレム》を操縦することに専念するのがいつものアローンの戦闘スタイルだ。

「どれだけ屁理屈こねたって、死神はあんたしかいない。よしんばあんたじゃなかったとしてもだ。あんな奴、殺してたっていいはずじゃねぇーのか。なあ、あんたはどうしてあんな女をそれだけ庇おうとしてるんだ?」

 ゴッ!! と、《ゴーレム》の腕が斜めに振り下ろされる。その一撃だけで、水分を吸われてすっかり干乾びてしまった地面を打ち砕く。逃げるように勢いよく跳躍するが、背中に壁が激突する。リーチが大きい《ゴーレム》の攻撃を完璧に避け続けられるほど、この空間は広くはない。

 それに、こちらの攻撃パターンの一つである『水』を封じられてしまった。他の物体を利用するカナルの能力は、一つでも封じられてしまうと極端に攻撃の種類が激減してしまう。そのせいで次の行動を先読みされやすくなってしまう。

 そもそも《ゴーレム》そのものが物体なのだから、能力で逆にこちらが支配すればいい。……なんて、そんな単純な解決策は通じない。《ゴーレム》を生み出した本人の方が支配権は上だ。操作系デバイサー同士での能力の優位性は、どちらがより能力を使いこなしているか。もしくは、どちらがより操作する対象と相性がいいか。とか、そんな理由が挙げられる。

 ツキミのオイルをカナルが操作できなかったのと同じように、木造の《ゴーレム》そのものをカナルが操作することはできない。だが、水ならどうだ。と思ったのだが、さっきまであれだけ自在に操っていた水は手元にない。それこそ根こそぎ《ゴーレム》に吸収されてしまった。しかし、水分はまだ残っているはず。《ゴーレム》の躰を構築するものの中に残っている水だけを操作することはどうだ。

 いや、それもできない。

 水を吸収することができるということは、アローンは水を操作する能力にも長けているということだ。外部に晒されている水を支配するならまだしも、《ゴーレム》の体内にある水を操るなど不可能に近い。

《ゴーレム》の大きな口に腕を突っ込んで、内部から水を操作しようとするならば、僅かに可能性がある。外部から木に触れるよりかは、まだ能力が伝達しやすい。しかしそれには、腕一本を犠牲にするだけの覚悟が必要だ。《ゴーレム》に口を開閉されて腕を喪失されることが分かっているならば、他の手段で戦うほうがまだましだ。

「あいつがやったことを忘れたわけじゃねぇんだろ? 俺はどうしてって脳裏にチラつくんだ。あいつが笑顔でみんなを傷つけたことを。あいつが洗脳した奴が、同じ仲間を泣きながら襲っていたのを。そしてそんな最悪の死神の盾になった狂人であるあんたの姿が、この戦いをしている中でも、点滅する光みたいに記憶が蘇るんだよ」

 《ゴーレム》が砕いたおこぼれである石で、アローンを狙う。だが、《ゴーレム》の壁によって簡単に阻まれる。地下道が狭すぎるせいで、後ろにいるアローンに攻撃が届かない。縦にも横にも広い《ゴーレム》が壁となって、全ての攻撃に対応できる。もっと広い場所ならば、厄介な《ゴーレム》を無視して、アローン単体を倒すことに専念できたかもしれないのに。

「お前、本当に気持ち悪いよ」

 《ゴーレム》本体だけを相手にすればいい。基本的には大振りで拳を振るってくるから隙はできやすい。が、大地を揺らすほどの威力で、まともに突進することができない。そもそも接近するのは危険だ。カナルの肉体など、すぐに潰されてしまう。

「あれだけのことをされても、それでも救おうとするなんてまともな神経なんかじゃない。お前はやっぱり洗脳されてるんじゃねぇのか。それとも、自分で自分を洗脳してんのか? それに、仮にあの時の出来事が全て嘘だったとしても、俺は自分のやったことは妙に現実感があった。誇らしかったよ。あんたがやらかしたことに比べればな」

 離れれば離れるほど、射出する石の威力は落ちてしまう。しかし、一か八か《ゴーレム》本体に超接近して攻撃を喰らわせても、傷一つつかないだろう。石が使えないならば、剣はどうだ。いや、仮に斬撃であっても、《ゴーレム》のあの硬度を斬れるとは思えない。斬れたとしても、すぐに再生してしまうだろう。

「俺は《ファミリー》の誰にも、裏切り者であるお前を断罪する十字架を背負わせたくなかった。他の誰にも……神にも譲らずに、あんたを裁くことを決意した。他の誰もが身動きできない中。俺だけは傷つく覚悟をしていたんだ。どれだけ恨まれたとしても、仲間を殺した咎人だと後ろ指を指されたとしても。それでも俺は、あんたを殺そうとした」

 一度造りだしてしまった《ゴーレム》を破壊することは困難極まる。アローンに《ゴーレム》を造られてしまった時点で、勝負は決まっていたのかもしれない。

「それはきっと、尊い選択だった。苦しくても、それでも俺は重圧に負けなかった。敢えて憎まれ役を買ってでた。そして、みんなを救おうとしたんだ。それが……俺の選択だ。人として当たり前のことだ。俺はもしあれが現実に起こったことでも恥じることはないし、誇らしい。俺はあの時、誰よりも傷ついたんだからな!」

「――アローン。お前は傷ついてなんかないよ」

 ツキミ達が傍観していた時に、アローンはカナルと敵対することを選んだ。それが尊い選択で、痛みを伴うことはきっとそうだろう。そこまではカナルも納得できる。でも、本当の意味で傷を負ったのは一体誰なのか。

「お前、さっき覚醒した時傷が修復されたよなあ。いや、修復されたように見えたよな。あれは傷を二人で分割したから治ったように見えただけなんだよな。確かに傷の治りは常人の二倍だろうけど、それでもお前はほとんど傷がないよな。それはどうしてだ?」

 

「お前、傷のほとんどを自分の姉におしつけるだろ」


「お前がいつも前線で戦う。ああ、確かに痛みを先に感じるのはアローンだ。でも、そのあと傷のほとんどをフローラが担っている。蟹の《バク》の時だってそうだ。あいつは重症でまともに動けないほどだったぞ」

 傷ついても、それをすぐに姉におしつける。どこまでも優しすぎるフローラは弟の傷を何も言わずに甘受する。こうして戦っているアローンが、傷だらけになりながら戦うのは非効率的だ。姉に傷を負わせて、自分は綺麗な躰で戦った方が戦闘は有利だ。でも、そんなことをやったら、本当に痛いってことがどんなことか分からなくなってしまう。

「……お前がっ……そんなんだから、姉のフローラが我慢強い性格になってんじゃないのか。自分の言いたいこともまともに言えなくて。自分のやりたいことよりも、自分の弟の意志を尊重するような損な性分を持ってしまったんじゃないのか」

 自分の傷は自分で背負わなければ意味がない。そうじゃなきゃ、自分の過去と向き合うことなんてできない。そんなんじゃ、自立して生きているなんていえない。

「いつまでも半人前のお前にだけは、俺は負ける気がしない」

 ゴウッ!! と空気を裂く《ゴーレム》の拳を避けて跳躍する。下からは《ゴーレム》の巨体のせいで。攻防を避けることができない。だから、上から《ゴーレム》を飛び越して、直接アローンを叩く。そう思っていたのに、《ゴーレム》の腕の付け根が、ゴトンッと落ちる。

「なっ――?」

 カナルは何も手を出していない。アローンは、わざと《ゴーレム》の腕を自爆させた。カナルの進行を防ぐためには鈍重な動きをする《ゴーレム》の腕を引き戻していたのでは間に合わないと判断した。だから自らの腕を壊して、そこから新たに木の根を生やした。

 アローンの木は水分を吸収して成長する能力が備わっている。壊れた《ゴーレム》は空気中の水分。それから、他にも水分を求めるようにして、眼前にいるカナルに根を伸ばす。壊れた腕から伸ばしたその複数の根が吸ったのは――


 カナルの傷口から溢れ出た血液だった。


「あああああああ!!」

 悲鳴を上げるカナルの血が吸われるごとに、木の根が膨張する。干ばつしたように罅割れた地面に叩き付けられたカナルは、血液と一緒に生気まで吸われる。このままでは本当に死んでしまうが、石を投射しても、木の腕を手で叩いたり、剣を振るっても、やはり傷一つつかない。

 だから地面に手を当てて、水分が吸収されて枯れ果てて脆くなった部分を能力で動かす。溝のようなものをさらに掘り返して、転がれるような空間を作り出す。その空間ができた瞬間に、自分の服を能力で動かしてなんとか《ゴーレム》の魔の手から逃れる。が――明らかに満身創痍。もう一度カナルがあの手に捕まれてしまったら、本当に死んでしまうかもしれない。だから――カナルは剣を放り投げる。

「……なんのつもりだ、てめー」

「これだけで……十分だ」

 ギュッと、血の気の通っていない拳を握る。力をこめられているのかも分からないぐらい、手の感触がない。顔色が青ざめて、今にも倒れそうなカナルがそんなことを言っても、負け惜しみの戯言にしか聞こえないだろう。

「またお得意の不意打ちか? お前がどんな罠を仕掛けていようとも、関係ねぇー! 俺の《ゴーレム》がその罠ごと粉砕してやる!!」

 アローンは《ゴーレム》を操作させながら、カナルの動向に目を光らせる。主に放り投げた剣、それからカナルの躰に接している地面などに注視し、それ以外の場所にも意識を裂いている。それはカナルの戦法をよく知る者としては正しい思考の巡らせかただ。だが、カナルは何も小細工などしない。それどころか《ゴーレム》の拳から逃げずに、正面から受けて立つ。

 目を疑うアローンの目の前で、ついに《ゴーレム》の拳と、カナルの拳が激突する。ただの人間の拳では、いくらカナルの能力で加速させたとしても逆に潰れてしまうだけ。なのに――


 カナルの拳は、《ゴーレム》の躰を粉々に砕いた。


「なっ――にぃ――!!」

 爆ぜるようにしてブチ壊れた《ゴーレム》は、ただの拳で壊れるようなやわなものでないことは散々証明されてきた。先刻と違ってアローンがわざと自壊させたなどということは決してない。正真正銘、カナルが《ゴーレム》を破壊したのだ。ただの体術では到底説明できない破壊力。ならば――答えは能力使用で爆ぜたという答えしか残らない。

 しかし、カナルの能力では《ゴーレム》そのものを操作することはできない。それなのに、まるで内側から爆散させたように破壊されたのは一体何故か。アローンよりもカナルの方が能力で操作できるものなど限られてくる。木や水などではない。カナルの方が馴染み深いもの。それがなんなのか気づいたアローンは目を剥く。

「てめぇ! まさか、血液を操るために、自分からわざと傷ついたのか――!?」

 常に血管を流れている自身の血液ならば、こちらの方が操作の主導権は上だ。だが、それに気が付いた時には、もうアローンに接近できている。破壊された《ゴーレム》の木片が躰に礫となって当たりながらも、構わず走り抜く。

「だが、そんなものはまた空気中の水を掻き集めればいいだけじゃねぇーか」

 砕けた木からも水分を吸収することができる。だから、アローンは自分の右手の横に、もう《ゴーレム》の腕を形成しつつある。そして、それを自分の右手と一緒に振るおうとする。真正面から正々堂々と、カナルを打ち倒すために。


 でも、その《ゴーレム》の腕は横から回転してきた剣によって斬られた。


 無理に生成した《ゴーレム》の腕ならば、まだ剣の硬度の方が上だったわけだ。ついでに、鞘でアローンの腕を弾く。一度拳で向かってきたせいで、アローンはまたカナルが拳で向かってくると信頼してしまった。それが致命的。

 フェイントと見せかけて、本物の拳。本物の拳と見せかけて、フェイント。これを織り交ぜられたら、アローンでは対応できない。いいや、対人戦闘能力が優れているアローンだからこそ、ひっかかってしまう。対応力が他の人間よりも優れているアローンは他の人間よりも一歩先んじる。それでは、カナルの後出しの拳には対応できない。

「悪いな」

 がら空きになった顎に向かってカナルは拳を突き出す。が、アローンは疑心暗鬼の顔をしながら、対応に遅れる。もしも。もしもこの拳が嘘だったら? もしもこの拳そのものが最後の一手なのではなく、疑似餌だったとしたら? そして、本命はもっと別にあって、今この拳に対応してしまったら、また罠にかかってしまうのではないかと、自分の頭の中で虚構を作り上げてしまっていることだろう。

 しかし、そんなことはない。他にカナルが操作できるものなど、この地下道には存在しない。あったとしても落ちている石や土ぐらいなもので、それほど脅威なものなどない。剣は手元を離れている。そう認識していても。……どうしてもアローンの腕が動かない。

「お前の戦闘経験の豊富さを逆手にとらせてもらった」

 何かがあればすぐに姉に相談してきたアローンは、ここぞという時。究極の選択をするときに一人で解決することなどほとんどない。それは、カナルも何度も見てきた。いざとなれば、誰かが守ってくれる。そう思って姉に依存しきっているアローンは、何もできずに、カナルのただの拳によって意識を昏倒させられた。

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