14》大嫌いな勧誘者
ツキミが覚醒してからの当面の問題。それは、生き延びるということだった。右も左もわからないままツキミは金を稼ぐために奔走した。幸運にも、グルマタでは慢性的な人手不足だった。発展途上であるグルマタは、他の国から出稼ぎに来る人間で溢れていたのだ。
しかし、《無心機》の待遇はいいものだと断言はできなかった。
国が違うだけでも差別がある。だから、人間と《無心機》では勤務地で扱いが違うことはそこまで珍しくなかった。目に見える簡単な差別はなかった。だが、態度や言動の端々に、どうして《無心機》が独りきりで職を探しているのかという疑念が見え隠れした。
《無心機》はただ一人だけのご主人様を定め、その身が壊れるまで仕える。もしも服従を誓った人間がその命を落としても、大体はその家族にそのまま奉仕することが常識だ。それなのに、フラフラ彷徨っている《無心機》など滅多に見られるものではない。
それが例え、様々な文化が入り乱れ取り込まれているグルマタであってもだ。だから仕事をしていても、好奇の眼に晒されていた。しかし、問題は《無心機》という生まれだけではなく、ツキミ自身の能力にあった。
オイルがでてしまうのだ。
焦ってしまうと、無意識的にドロドロと汚いものが体中から汗みたいに流れてしまう。制御できずに、運搬物をつるん、と滑らせてしまったりする。そんなポンコツな《無心機》を長期間雇ってくれるような業種はなかった。日雇いの職を転々とする毎日に辟易としながら、ツキミはほとんど毎日のように、ある場所へ足繁く通っていた。
それは、自分の生まれた場所であり、記憶の発露。
うどん屋の屋台に来れば記憶が蘇るのではないかと期待していたのは、ほんの数日だけだった。ここに通っても何の効果ももたらされなかった。それでも頻繁に足を運んでいるのには、特に理由などなかった。
「……なんで、またここにいるんだ?」
必要以上に硬質な声が口から飛び出てしまう。ツキミが自身のことを初めて認識した時に、瞳に映りこんだそいつは、いつものようにうどんをズルズルと啜っていた。毎日とはいわないまでも、かなりの頻度ここで彼とは出会う。そして大体この時間帯にいるのは、何度も通っている内に嫌でも記憶してしまった。
「ここの店主無愛想だけど、腕は確かだからなあ」
そう軽口を言うと、店主はじろりと睨みつけてくるだけで腕を動かす。料理を作るために、ただ黙々と。客商売だというのに、職人気質の老人。態度は悪くとも、能力があるからそれが許されている。
場所が郊外なだけに、客は多い方ではない。が、それでも客足が途切れることはない。それほどまでに、ここのうどんはうまいのだ。この美味しさに至るまで、いったいどんな修練を積んできたのだろうか。能力がなくて。それに記憶という名の蓄積がないツキミには到底わからないことだった。
「それに、勧誘に来た」
「……また?」
注文したうどんを隣り合って、カナルの横で食べる。ツキミにとってそれがいつもの日常になってしまっていた。他にも席が空いていたが、話しかけてくるのでしかたなしに横に座る。
「ミリタリーだっけ?」
「《ファミリー》! 《フルハートファミリー》だって!」
「どうして私がそんな胡散臭い変な組織に加入しないといけないんだ? そもそも、その組織って……なに?」
「なにって言われても、《ファミリー》は《ファミリー》なんだよ。やることは特に決まっていない。とりあえず、今のところはツキミと俺も含めて四人しか集まってないけど、もしかしたらまた増えるかもしれない」
「私をその変な組織の勘定に入れないで欲しい。言っておくが、私はその変なファフナーとかいうのには、絶対入らないから」
「《ファミリー》だって!」
ツキミのことを、こうして熱心に誘ってくる。ポロッ、とツキミが生活のことで愚痴ってしまったからだろうか。ツキミのことを憐れんで、そんな提案をしてくるというならそんなの願い下げだ。
それに、カナルのことをツキミは良く知らない。知っているのは、このうどん屋で会っているカナルだけだ。《フルハートファミリー》とやらのカナルなど知らない。きっと、その構成員と仲睦まじげに会話することだろう。ツキミが見たことのないような笑顔を見せるのだろう。そんなもの見ても不愉快になるだけだ。
「私はお前のことが嫌いなんだ! だから、もう二度と顔を見せるな!」
そうだ。ツキミはそいつのことが嫌いだ。口から本音がついつい出てしまって、言葉の刃に刺し貫かれた男の顔をまともに見ることもできないぐらいに嫌いだった。




